アジア動向年報
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各国・地域の動向
2021年のシンガポール 次期首相選定問題の再発と迷走
久末 亮一(ひさすえ りょういち)
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2022 年 2022 巻 p. 341-364

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2021年のシンガポール

概 況

2021年のシンガポールは,長引く新型コロナウイルス感染症の影響から,政治や経済の各種課題が,良い意味でも悪い意味でも仕切り直しとなった1年であった。

政治面では,リー・シェンロン首相の後継者に内定していたヘン・スイーキア副首相兼財務相が,4月に突然の辞退を表明し,後継者選出が再び迷走している。財政は前年に続き,新型コロナウイルス感染症の影響から大幅な赤字となったが,今後の財政均衡に向けた財務調達手段の柔軟化や増税への動きも進んでいる。国会では与野党間でさまざまな問題に関して活発な論戦がみられたものの,他方で与党「人民行動党」(PAP)は最大野党「労働者党」(WP)の不祥事を執拗に追及している。また,「外国干渉対策法」の制定,政権に批判的なオンラインメディアの運営免許取り消しなど,この10年でみられた社会的自由の拡大が後退した。

経済面は実質国内総生産(GDP)成長率が前年の-4.1%から7.6%に回復したが,消費者物価指数も2.3%上昇し,10月には金融管理局(MAS)が金融引き締めに動いた。こうしたなかで政府は,新型コロナウイルス対策の基本方針を「封じ込め」から「共存」に転換し,海外とのヒトの往来を積極的に再開することで,経済センターの優位性を保とうとしている。雇用情勢は全体失業率が2.7%と落ち着いているが,政府は「シンガポーリアン・コア」(国民優先雇用)の実現を目指し,外国人労働者の流入制限を継続している。産業育成では,2月に発表された「シンガポール・グリーンプラン2030」で,持続可能性関連産業の創出による国内経済の強化が発表された。

対外関係面では,関係の悪化している米中両国がシンガポールに外交・安全保障・経済面での働きかけを強めているが,シンガポールはバランス外交の原則堅持を表明している。しかし,年後半にはリー首相自らがアメリカの対中姿勢に苦言を呈する場面があり,中国への微妙なバランス傾斜がみられたことは注目に値する。このほか,2月に発生したミャンマー政変では,同国への最大投資国として対応に苦慮する場面もあった。

国内政治

ヘン副首相の次期首相辞退と後継者選出の迷走

近年注目されてきたリー首相の後継者問題には,大きな変化が発生した。4月8日,後継者に内定していたヘン副首相兼財務相が突如として次期首相の座を辞退すると発表した。理由としてヘン副首相は,次期首相には長期政権を担当できる若い指導者がふさわしく,自らの年齢を考慮すれば不適任であると述べている。

これには次のような背景がある。新型コロナウイルス感染症拡大の影響が続くなか,リー首相は従来から公言していた2022年の70歳での引退を棚上げし,当面は政権を担当するとしている。しかしコロナ禍の終息に見通しが立たず,ヘン副首相が次期首相に就任できる時期は不明確となった。一方で,一度首相となれば10年以上政権を担うことがシンガポールの通例である。このため,2021年時点で60歳のヘン副首相が後年に首相を引き継いだ場合,長期政権は年齢的に難しい。

この発表を受けた同日,リー首相は「ヘン副首相の私心のない決定に感謝したい」として辞退を受け入れると同時に,「新たな後継者選出には数カ月が必要」と述べた。また,「自分は必要以上に地位にとどまることを望まない」と改めて表明している。国民の反応をみると,現地有力英字紙『ストレーツ・タイムズ』が4月9日に実施した世論調査では,次期後継者の決定について回答者の4割が1年以内,同じく4割が1~2年以内での実現を望むとし,後継者問題については5割が懸念し,3割が懸念しないと答えている。

ヘン副首相の辞退発表後,現地メディアは次期首相候補として,次世代指導者層「第四世代」のなかから,軍出身のチャン・チュンシン通産相,官僚出身のオン・イエクン運輸相とローレンス・ウォン教育相を挙げた。4月23日の内閣改造発表では,ウォン教育相がヘン副首相の兼任していた財務相に,チャン通産相が教育相,オン運輸相が保健相に内定した。これによって,チャンやオンより3歳若い49歳のウォンが抜き出たようにもみえる。しかし,これはヘン副首相とともに有力な後継者候補といわれてきたチャンやオンと,閣僚および首相候補としての経歴面でバランスを取るためと考えられる。

現時点では,3人の候補者はそれぞれ一長一短があり,最終的な後継者が誰になるのかは,いまだ先の読みづらい状況である。例えば,ヘン副首相と共に前回の最終候補ともいわれたチャンは,あからさまにエリート然とした態度や発言が物議を醸すことも多く,また,オンはきわめて実直な性格から国民へのアピールや人気が不足する傾向がある。この点,両者よりはやや若く,閣僚としても地味なポストを歴任していたウォンは,いまや財務相としての大役を果たしつつある。財務相就任以降のメディアへの積極的な露出なども,同氏が次期首相となることに向けての,世論への地ならしとも捉えることができる。

いずれにしても次期首相は,「リー家」という建国以降の暗黙のリーダーシップが存在しないなかで初の政権を担うため,指導層各人の能力を調和的に引き出すことのできる指導力が求められ,選出には慎重にならざるを得ない。11月28日にはリー首相も,PAP党大会で「第四世代のチームが決断を下すまで,今しばらくの時間がかかる」とする一方で,「次の総選挙(筆者注:2025年)のかなり前までに決まるものと信じている」と述べた。

なお,4月の内閣改造発表で新規入閣者はいなかったが,ガン・キムヨン保健相が通産相,S・イスワラン通信・情報相が運輸相,ジョセフィン・テオ人材相兼第二内相が通信・情報相兼第二内相,タン・シーレン首相府相兼第二人材相兼第二通産相が人材相兼第二通産相に異動することが内定し,5月15日に就任している。

2021年度予算案と財政の諸問題

2月16日,ヘン副首相兼財務相は国会に予算案を提示した。このなかで,新型コロナウイルス感染症拡大に見舞われた2020年度の財政赤字は,過去最悪の649億Sドルになると述べた。一方で,2021年度の歳入は766億4000万Sドル,歳出は1023億4000万Sドル,投資運用収益組入金(NIRC)などを含む総歳入は962億Sドル,特別移転(Special Transfers)などを合計した総歳出は1072億Sドルとなり,引き続き110億Sドルの赤字を見込むとした。

主な歳入内容は,法人税179億7000万Sドル(全体比23.5%)が最大で,次いで個人所得税123億7000万Sドル(同16.1%),物品・サービス税(GST)113億4000万Sドル(同14.8%)となっている。主な歳出内容は,保健188億4459万Sドル(全体比18.4%),国防153億6030万Sドル(同15%),教育136億2000万Sドル(同13.3%),運輸110億6664万Sドル(同10.8%),内務78億7594万Sドル(同7.7%),通商産業71億7560万Sドル(同7%),人材56億1678万Sドル(同5.5%),国家開発55億2877万Sドル(同5.4%),社会・家庭41億1285万Sドル(同4%)となっている。

近年,シンガポールは恒常的な財政赤字に陥っており,そこにコロナ対策で歳出が急増したことで,さらに赤字が膨張し,財政バランスの回復は従来にも増して重要課題となっている。2月にはヘン副首相兼財務相が,「4~5年先には財政収支を均衡化させる」と発言し,財務手法の柔軟化・多様化を図っている。例えば,5月に国会で可決された「大型インフラ政府融資法」は,政府機関に今後15年で最大900億Sドルの大型インフラ整備に使途を限った借り入れを許し,1990年代以降は政府会計から直接歳出していた関連会計をオフバランス化するものである。9月にはこれを活用して,MASが26億Sドル分の債券を発行した。

財政赤字を補填する重要な手段であるNIRCは,2021年度には過去最大の195億6000万Sドルが組み入れ予定となった。この主柱のひとつである政府投資公社(GIC)は,3月末までの過去20年間の実質利回りが4.3%と好調を維持し,もうひとつの主柱である政府系持株会社テマセック・ホールディングスも,運用資産額が過去最高の3810億Sドル(前年比25%増)に達し,株主総利回りは24.53%と急伸した。しかし,GICは今後の利回り低下の可能性を警告し,ポートフォリオや投資手法の見直しを積極的に行っている。また,テマセックもハイテク,バイオ,食糧,持続可能性関連など,新たな利益をもたらす投資先の発掘・多様化に余念がない。

他方で政府は,新型コロナウイルス流行による経済低迷もあって,一般的な歳入確保の手段である増税を控えている。例えば,2025年までに実施予定であるGSTの引き上げは,前年に続き実施が見送られた。政府は「すべての増税時期は,国内の財政事情と景気により決定する」(ウォン財務相,7月27日)としている。

国会での論戦活発化と野党抑圧の再開

2020年総選挙では,野党が選挙区選出10議席,非選挙区選出2議席を獲得して大きく躍進し,リー首相は野党を公式な国民の声の一部として扱うことを約束した。しかし,この総選挙直後の姿勢とは裏腹に,2021年後半からは野党への抑圧が再開されている。

議席を大幅に伸ばした野党は,国民の関心が高い外国人労働者問題,プライバシーや言論の自由,税制などの各種課題について,国会で活発な質問や議論を展開し,政権との間で激しいやりとりが行われた。こうした野党の積極姿勢に対し,政権側は国民に共感が拡がることを警戒しはじめた。そこで2021年後半には,この数年は下火になっていた野党の信頼性を落とすための工作が再開された。

その契機となったのが,WPの新人議員ライシャ・カーンが国会で虚偽発言をした問題である。これは8月3日の国会で,同議員が性的暴行を受けた被害者に付き添って警察署に赴いたとする際の,警官の対応を批判したことが発端であった。ところが,政府側から詳細を問われたカーン議員は曖昧な説明をした。10月4日にはK・シャンムガム内相兼法相が,警察の取り調べ記録にはカーン議員の言及した事件はみられないとして説明を求めたが,これについても同議員は回答を拒絶した。結局,11月1日にカーン議員は,被害者に付き添って警察に赴いたことはなく,国会で3度にわたって虚偽発言を行ったことを認め,関係者に謝罪している。

これを受けて,WPが立ち上げた党内の紀律委員会と国会の特権委員会が正式調査を開始した。こうした動きのなかで,11月30日にカーン議員は辞職と離党を余儀なくされた。しかし,与党議員で構成される特権委員会は,カーン議員の虚偽発言についてWP執行部が隠蔽を試みていたと指弾し,12月に入るとプリタム・シン党首などを数度にわたって特権委員会に召喚し,執拗に追及している。

この背景には,カーン議員が当選した選挙区の事情も絡んでいる。同議員は2017年の大統領選挙で立候補を目指した実業家ファリド・カーンの娘で,2020年総選挙で新設されたセンカン・グループ選挙区で,PAP「第四世代」ホープの1人であるン・チーメン前首相府相のチームを破って当選した。PAPはWPが52.12%の得票率で競り勝った同選挙区の奪還を狙っている。このためカーン議員の虚偽発言問題を追及することは,選挙区奪還への下準備として,また,WPの信頼性を貶めるうえでも一石二鳥の効果をもつものであった。

再び狭まる社会的自由

シンガポールでは2010年代に入ると,若い世代の国民を中心に,建国以降の統制的な社会のありかたへの不満が強まっていった。政府は民衆の意識変化の根底に,インターネット社会における自由な情報発信・アクセスがあると認識している。そして政権内のリベラル派後退の可能性も相まって,2019年に「オンライン虚偽情報・情報操作防止法」を成立させるなど統制を強め,2021年も継続して社会的自由は再び狭められていった。

9月14日,政府への批判的姿勢をとる独立系オンラインメディアThe Online Citizen(TOC)は,資金源の開示義務を怠ったとして,情報通信メディア開発庁(IMDA)から運営免許の停止を命じられ,9月16日には閲覧不可能となって事実上消滅した。IMDAはTOCを「外国が影響を及ぼす手段になりうる」としたが,TOCのテリー・シュー編集長は外国の資金供与を受けたことはないと表明し,その後の猶予期間中もプライバシー保護を理由に有料購読者リストの開示を拒否した。このため10月15日には最終的な免許停止となった。これについて国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは9月,「合法規制を装った理不尽な検閲で,何が何でもTOCを消滅させようとしている」と強く批判した。

しかし,政府はTOCへの圧迫と軌を一にして,9月13日に「外国干渉対策法案」を国会に提出し,国内外からの懸念が示されるなか,10月4日に賛成75,反対11,棄権2で成立した。同法は,外国やその国内代理人の国内干渉・撹乱活動を防止するため,内相がSNS運営者やネットプロバイダーなどに情報開示,アカウント制限,コンテンツやアプリの削除などを要請できるとした。これに対して野党は,各種定義,濫用への監督機能,新法自体の必要性に疑問を呈し,国際人権団体からは「弾圧を正当化する」(ヒューマン・ライツ・ウォッチ),「最も悪質な全体主義の種子を含んでいる」(国境なき記者団)との強い批判の声が上がっている。

一方で政府は,SNSによる情報伝搬手段の変化から,新聞を独占発行してきたシンガポール・プレス・ホールディングス(SPH)の効用と限界を意識しており,改革に着手した。SPHは5月,メディア部門を分離後に非営利組織化し,その他の事業部門を中核に存続する大幅な組織改編を発表した。これにはSPHのメディア部門が,紙媒体の衰退とデジタル化による広告収入の減少で継続する赤字を,不動産部門などの多角化事業の収益で補ってきたという背景がある。同提案は9月10日の臨時株主総会で可決され,12月1日に事業移管が実施された。

経 済

景気動向

景気動向は実質GDP成長率が7.6%(改定値ベース)と,2020年の-4.1%から一転して力強く成長した。2021年1月11日にヘン副首相兼財務相は,下半期に経済活動が徐々に正常化することで,緩やかな回復が見込まれるとの見通しを示し,2月15日には通産省も年間成長率予測を4~6%と発表した。しかし実際は,堅調な製造業に加えて,工事の再開した建設業や需要の回復したサービス業が貢献して,年初予測を上回る成長となった。消費者物価指数(CPI)も,国内外の需要回復を背景として大幅に上昇し,通年で2.3%増(前年-0.2%)となった。

各期の具体的な成長率をみると,第1四半期は製造業が11.5%と回復したものの,建設業は-22.2%,サービス業も0.2%と低迷し,全体では2.0%にとどまった。これを受けて4月14日のMASの半期金融政策決定会合では,2020年3月に緊急導入した緩和策を維持した。一方で,同月28日発表のMASマクロ政策レビューでは,外需の改善が見込めることから成長率は年6%を上回るとの強気の見通しを示している。もっとも,通産省は5月25日の成長見通しで,新型コロナウイルス流行の行方次第では4~6%の範囲から上振れも下振れもあり得るとして慎重な姿勢をとり,7月5日にはウォン財務相も国会で同様の見解を述べた。

しかし,第2四半期は製造業が18.2%と好調を維持したうえ,規制緩和による建設作業の再開で建設業が118.9%と急増し,サービス業も11.5%を記録して全体では15.8%と急回復した。このため8月11日に通産省は,年間の成長見通しを6~7%に引き上げている。第3四半期も製造業が7.9%,サービス業が6.8%と堅調を維持するとともに建設業が69.9%と大きく続伸し,全体では7.5%の伸び率となった。第4四半期は,製造業が15.5%と再加速したものの,建設が2.9%と急減速し,サービス業も4.4%にとどまったため全体では6.1%の成長となった。

CPIはMASが政策決定上で重視しているコアインフレ指数を含めて10月には8カ月連続で上昇したことから,同月14日に実効為替レート調節の傾きを引き上げる金融引き締め策を実施した。これについてMASは声明で,「景気回復へのリスクを考慮しながらも,中期的な物価安定を確保する」としている。しかし,11月と12月のCPIも上昇を続け,年間では2.3%の上昇となった。

経済センターとしての競争力強化と諸課題

シンガポールは地理的優位性と政治的・社会的安定性を基礎に,経済センターとしての機能を進化させるとともに付加価値を高め続け,独自の競争力を発揮してきた。特に,新型コロナウイルス感染症の流行で競合都市が停滞するなか,次を見据えた動きを強めている。

チャン通産相は2021年3月の国会演説で,シンガポールは危機を機会に変えるため,(1)高い品質・信頼に基づく世界的ビジネスハブとしての価値を高める,(2)グローバル・バリューチェーンで独自の存在となる,(3)国内企業や労働力のグローバル競争力を高める,という戦略を提唱した。同時に,「規模が小さいという機動性を利用し,競争相手に先んじる」とも述べた。チャン通産相は同月16日の講演でも,シンガポールが2020年に170億Sドルの外資を誘致したことは,「不確実性が高まるなか,世界がシンガポールを信認している強い証拠」として,経済センターとしての競争力を引き続き強化する姿勢を示した。

その反映として,「世界経済自由度指数」(米ヘリテージ財団,3月)でシンガポールは2年連続の1位,「新華―バルティック国際海運センター発展指数」(英バルティック海運取引所・新華社通信,7月)で8年連続の1位,「スマートシティー・ランキング」(スイス国際経営開発研究所・シンガポール工科デザイン大学,11月)で3年連続の1位となった。ただし,「競争力ランキング」(スイス国際経営開発研究所,6月)では前年1位から5位に転落し,金融分野も「国際金融都市ランキング」(Z/Yenグループ,3月)で香港の後塵を拝し5位,「グローバル・フィンテック・ランキング」(英フィンテックサブル・独マンブー,6月)も前年4位から10位に後退するなど,一部で競争激化による退潮も目立った。

こうしたなかでシンガポールはリスクを覚悟で先手を打ち,海外とのヒトの流れを再開して優位を取ろうとしている。6月24日,政府は従来の新型コロナウイルス封じ込めから,ワクチン接種の進展とともに規制緩和を進める方針に転換した。これにより,ワクチン接種率(2回目完了)は7月19日に50%,8月29日に80%を達成する一方で,規制緩和を適宜実施したことで新規感染者も増え,9月18日には1000人であったのが,翌月27日には5000人にまで達した。しかし,9月には「ワクチン接種済みトラベルレーン」(VTL)の導入で海外との本格的な往来再開に踏み切り,11月末までに対象国を18カ国に拡大した。これによりシンガポールは,地域内の競合相手である香港が中国のゼロ・コロナ政策に追従して厳しい制限を続けるなかで,先んじようとした。もっとも,12月に入ると新型コロナウイルスのオミクロン変異株流行の影響から,12月中に拡大予定であったVTL対象国9カ国の追加を中止し,同月22日にはVTLの全面停止が発表されている。

一方で,政府は世界的に議論が進んだ最低法人税率の導入への対応を迫られた。現在の法人税率は17%だが,税制優遇・免除措置を利用した実効税率はより低く,外資誘致のインセンティブとなっている。しかし,6月5日に先進7カ国(G7)財務相会議が最低法人税率の導入で合意し,10月8日には経済協力開発機構(OECD)の15%案に136カ国が合意した。ウォン財務相は,国際合意後は法人税制に必要な改定を行うと表明したが,税収や優遇措置への影響も認めている。10月31日にローマで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議にゲスト参加したリー首相も,導入後は厳しい競争が予想され,投資誘致戦略に修正が必要と述べている。

外国人労働者問題への対応

2021年の在住外国人を含む全体失業率は2.7%(前年2.8%),国民・永住権者失業率は3.5%(前年3.9%)と改善した。一方で,経済悪化に加え,前年から再強化された外国人雇用規制を受け,2021年6月末の外国人人口は10.7%減少し,この影響から総人口も4.1%減少の545万3600人となった。

もっとも,国民の外国人流入への拒絶感は強く,3月公表のシンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院の調査によると,70.2%が外国人の受け入れ数に厳しい制限が必要と回答し,43.6%が移民は失業率を悪化させると考えている。また,56.9%が外国人をあまり信頼しない・まったく信頼しないと答え(同大学院7月公表),50.2%が外国人移住者は国民の雇用を奪っていると述べている(同大学院9月公表)。こうした国民感情に配慮し,リー首相は8月29日の施政方針演説で,「我々は問題を認識し,国民の懸念に向き合い,外国人への憤りを和らげる必要がある」と述べ,外国人就労ビザ発行基準の厳格化を継続すると表明した。

現実問題として政府は,新型コロナウイルス感染症拡大で影響を受けた雇用市場に配慮しつつ,比較的高賃金な専門・管理・幹部・技術職(PMET)で国民割合を高め,雇用の質的転換を推進する「シンガポーリアン・コア」(国民優先雇用)の実現を目指している。このため前年に続き,2月には中技能就労ビザ「Sパス」の発給上限を現在の全従業員中20%から2022年に18%,2023年には15%まで引き下げることが発表され,5月には外国人の帯同家族に認めていた就労資格も厳格化された。一方で政府は,国民で代替の難しいハイテク分野の人材不足には,1月に特別就労ビザ「テックパス」を導入するなど,産業競争力育成への影響緩和を図っている。

これに対して,4月発表のシンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院の調査では,国民の72%が政府による「シンガポーリアン・コア」への取り組みを評価した。また,実質的な政府傘下にある統一労組組織の全国労働組合会議(NTUC)も,10月21日に就労ビザの発給審査厳格化を盛り込んだ提案書を人材省に送っている。

他方で,経済界は人材の不足や流出を懸念し,政府も過度の外国人材の流入制限は,発展機会の逸失になると理解している。9月14日にウォン財務相は国会答弁で,過剰制限は企業の国外移転を招き,開かれた経済を維持できないと述べた。そのうえで,2011~2019年の国民人材所得中央値は年3.2%増,2010~2020年のPMETの国民人材は30万人増になった一方で,外国人材は11万人増にとどまるとして,バランスを重視する政策の正当性を主張した。

以上のPMETの外国人労働者とは別に,新型コロナウイルス感染症対策を目的とした入国規制から,単純労働力の不足とコスト高騰も顕在化している。5月18日に発表された人材省の試算では,渡航規制を継続した場合,サービス業7万人,建設業3万人,家庭内メイド3万人の不足が生じるとした。特に,建設業では工事が停滞し,公共事業や住宅の完工・供給に影響が出はじめた。このため人材省は,8月13日には建設,造船,加工製造などの労働集約型産業ですでに雇用されている外国人労働者の雇用更新規制を,10月26日には新規労働者の入国規制を緩和している。また,12月21日には,2020年から実施してきた人頭税の払戻・免除も,2022年3月までに延長することが発表された。

この他,政府はコロナ禍で打撃を受けた低中所得層を支援して不満を和らげることを目的に,労働者の賃金底上げにも積極的であった。政府は数年前から導入した,技術水準に応じた累進最低賃金制度(Progressive Wage Model)を年内にさまざまな業界に拡大し,2~3年以内には22万人が対象になるよう目指している。7月23日にはMASのメノン長官が,一律最低賃金の導入可能性について述べ,9月30日には人材省が,低賃金労働者に関する政府・労働組合・雇用者の三者委員会建議を全面的に受け入れた。10月29日には別の三者委員会が,月給総額2000Sドル以下の労働者賃金を,4.5~7.5%か70~90Sドルの高い方での引き上げを勧告するなど,労働者の待遇改善は政府全体の取り組みとして進んでいる。

持続可能性関連産業の積極的開発

2021年1月にチャン通産相は,2030年の製造業を現在比50%増の1600億Sドル規模に成長させるとして,技術革新と高付加価値製品の生産能力が競争力の要になると述べた。8月にもガン通産相が,最高クラスの企業による最先端分野への投資誘致を維持し,それらの製造施設を定着させると表明した。資金面でも,運用が開始された「2025年研究・革新・企業計画」(RIE2025)から5年間で総額250億Sドルが投じられる予定で,テマセック・ホールディングスもディープテック(差別化された高度・革新的科学技術)分野に年間10億Sドルを投じるとしている。

こうしたなかで特に重視されたのが,持続可能性というテーマである。天然資源を有さないうえ,都市国家としての制約があるシンガポールでは,持続可能性は重要な課題である。例えば従来からも,恒常的な水資源不足といった国内課題のソリューションを生み出す過程で,戦略的な付加価値産業化やエコシステムを構築しつつ,さらにはこれを輸出産業化するという経験を積み重ねている。したがって,世界的にも注目されている持続可能性をテーマとした知識集約型産業は,これまでのシンガポールの戦略的経験・蓄積をシナジーとして活用できる分野であり,関連産業の積極育成によって世界的イニシアティブを取ることを目論んでいる。

その具体策として,2月10日に政府は「シンガポール・グリーンプラン2030」を発表し,気候変動,資源供給,生活環境に関連した新産業の創出で国内経済を強化すると発表した。特に,(1)持続可能な住環境,(2)資源節約型の社会・生活様式,(3)クリーンエネルギーや効率性向上による二酸化炭素排出量削減,(4)持続可能性の競争優位としての活用,(5)気候変動への耐性と食糧安全保障の強化,という5項目に重点をおいている。

すでに具体化されている政策のひとつが,電気自動車(EV)の普及である。政府は2020年2月に2040年までの内燃エンジン車廃止を宣言したが,これは単なるEVへの転換だけでなく,周辺産業とのエコシステム構築による総合的な経済効果を狙っている。この推進のため,1月にはEV購入者向けの車両排出税の改定と早期導入助成を開始した。2月の予算案でも各種の推進措置が盛り込まれ,これに沿って同月には2030年までのEV充電スタンド6万基の設置案発表やガソリン増税の実施,3月にはEV追加登録税の時限的無料化,割増道路税の減額,2025年でのディーゼル乗用車の車両登録停止が発表された。この他にも政府,公共交通機関,配車サービス各社は,2030~2035年までの車両のクリーンエネルギー化を発表している。

クリーエネルギーについても具体策が示された。2021年7月12日,グレース・フー持続可能性・環境相は,二酸化炭素の排出削減目標を達成するため,公共部門の太陽光発電の利用目標を,2030年までに1.5ギガワットピークに設定すると表明した。こうしたなかで,7月には45ヘクタールの貯水池の水面に太陽光発電施設が開設されるなど,急速な開発が進んでいる。しかし,2030年までの太陽光発電目標を達成しても,国土狭小から発電施設拡充に限界があり,全電力需要の3%しか供給できないとの予測もある。

このため政府は供給源の多様化に向け,2035年までには再生可能エネルギーによる低炭素電力を,全電力供給量の3割まで周辺国から輸入する計画である。これを受けて7月には民間企業のサンシープが,シンガポールに近いインドネシアのバタム島沖に世界最大規模2.2ギガワットピークの浮体式太陽光発電施設の建設を発表している。一方で11月2日には,民間主導の低炭素発電への移行が進まない場合に備え,エネルギー市場監督庁による電力インフラの経営を可能にする,エネルギー産業規制法改定案が国会で可決された。

この数年で取り組みが進められている,持続可能な食糧供給の分野も動きがみられた。4月には食品庁が,地産地消推進計画「シンガポール・フード・ストーリー」に関連し,養殖技術やハイテク都市型農業など12事業への助成を発表した。9月にはNTUCが,ハイテク都市型農業への人材供給を目的に訓練施設を開設し,規格評議会も化学農薬無使用の都市型農業促進を目的とした安全新規格「SS661」を制定している。11月には企業庁と南洋理工大学も,「アグリフード・イノベーション研究所」を設立した。

特に進展したのは,過去20年で育成した生物化学分野との相乗効果が期待される,植物由来代替肉や培養肉など代替タンパク質の分野である。4月には食品庁が代替食品安全性の研究機関「未来対応型食品安全ハブ」の設立を発表し,7月には科学技術研究庁が代替タンパク質の開発・商業化支援を目的に「食品バイオ技術革新研究所」を設立した。11月にはテマセック・ホールディングスも同分野の成長加速を目的に,研究開発・小規模製造施設の提供,商業化支援,資本との有機的結合を提供する「アジア持続可能性食品プラットフォーム」を開設した。こうした積極支援もあり,前年,世界に先駆けて販売認可された培養鶏肉製品に続き,9月には世界初の培養鶏肉の商業生産施設が稼働を開始し,12月には培養鶏胸肉が販売認可されるなど,シンガポールは世界有数の代替タンパク質の研究開発・実用化拠点に成長しつつある。

対外関係

米中関係複雑化による外交・安全保障への影響

シンガポールは,マラッカ海峡の突端にあり地域内のハブでもあるという地政学的重要性に加えて,米中双方と長年にわたる密接な外交関係を築いており,またASEANでも主導的役割をはたしている。このため米中双方は,シンガポールを地域内外交で鍵を握る重要国と認識しており,関係深化に積極的である。

しかし,急速に悪化している米中関係は,シンガポールの外交的選択肢を狭め,その立場を難しくしている。3月1日の国会で,バラクリシュナン外相は「原則に基づく外交政策を維持する」と述べ,同月14日の英BBCのインタビューに答えたリー首相も,「基本として双方と友好関係にありたいが,進むべき方向は自らみつける」として,バランス外交に徹する姿勢を強調した。一方で,3月にはヘン副首相が複数の講演で,米中は相互利益のため協力が可能であり,緊張関係をコントロールする枠組みの構築が必要と述べ,双方の自制を求めている。

だが,2021年後半にアメリカに対する意見が相次いで表明されたことは,シンガポールの認識やバランスが微妙に変化しつつある可能性を示唆している。例えば,8月3日に米コロラド州アスペンで開かれた安全保障フォーラムに出席したリー首相は,強硬化するアメリカの対中姿勢は非常に危険と指摘し,「アメリカは中国を敵として戦うことが,どれだけ手強い相手と向き合うことであるかを理解しているのであろうか」と述べた。11月17日には台湾問題についても,米中双方の不運や誤算で非常に微妙な事態となる可能性があるとの危機感を表明している。

一方で,ヘン副首相は7月や9月の公開フォーラムで,ASEANと中国の経済関係の強化が相互利益になるとの発言を繰り返しており,リー首相も11月22日のASEAN・中国首脳会議で双方の連携強化を強く主張している。こうした主張は一見すると,中国との経済関係を重視する従来姿勢の延長線上にもみえる。しかし,これはシンガポールが,将来的な中国による地域内での支配力の獲得が避けられない可能性に備え,今後はアメリカによる安全保障の提供とのバランスを以前ほど留意せずに中国との経済関係構築を進めることを,ASEANを前面に出しながら構想しはじめた兆候とも考えられる。

こうした姿勢の変化には,中国の積極的な外交攻勢が影響している可能性もある。3月31日,バラクリシュナン外相は中国福建省を訪問し,王毅国務委員兼外相と会談して,両国関係のさらなる強化で一致した。王外相は前後して,マレーシア,インドネシア,フィリピンの外相とも個別会談し,地域内へのアメリカの介入を排するため,ASEANの取り込みを図った。王は9月にも東南アジア各国を歴訪し,13~14日にはシンガポールを訪問してリー首相,ヘン副首相,バラクリシュナン外相と会談している。こうした二国間外交での根回しを,中国・ASEAN間の首脳会議や外相会議などでのコンセンサス形成に利用している。

このほか,中国は二国間の軍事協力関係の推進にも積極的であり,2月24~25日には両国海軍がシンガポール海峡北東海域で合同海上演習を実施し,9月14日にはリモート方式で実施された「シンガポール・中国防衛政策対話」で,両国の「温かく友好的な防衛関係」が確認され,協力強化が謳われた。もっとも,5月31日には中国軍機がシンガポールの飛行情報区に進入する事件も発生しているが,シンガポール側は7月上旬に野党議員の質問に答える形で公表するまでは,事実を伏せていた。

これに対してアメリカも,シンガポールと積極的に接触した。6月22日~7月7日にグアム沖で二国間海上演習「パシフィック・グリフィン」が実施され,7月27日にはロイド・オースティン国防長官がシンガポールでン・エンヘン国防相と会談して,防衛協力を再確認した。8月22~24日にはカマラ・ハリス副大統領がシンガポールを訪問し,23日にはリー首相と会談した。記者会見でハリス副大統領は,「アメリカはシンガポール,東南アジア,インド太平洋地域への永続的関与を再確認する」と述べ,リー首相は「アメリカの地域での積極的役割を評価している」と応じた。11月16日にはジーナ・レモンド商務長官も,シンガポールでリー首相と会見している。ただしハリス,レモンドの両者は,米中どちらかを選ぶ必要はないとも述べており,シンガポールが板挟みとなっている現実に配慮を示す形となった。

シンガポールからは,10月26~29日の日程でバラクリシュナン外相が訪米し,アントニー・ブリンケン国務長官やカート・キャンベル国家安全保障会議インド太平洋調整官と会談した。11月3日には,訪米中のン国防相が講演で,アメリカはアジア太平洋地域での継続的な軍事プレゼンスに加え,域内での経済的指導力を発揮する必要があると述べた。これは,アメリカがアジア太平洋で中国に対抗する新たな経済圏構想の策定を視野に入れはじめていることを意識した発言であり,同時に軍事面での米中対立が和らぐことを望むシンガポールの姿勢の表れでもある。このほか,米英豪によるインド太平洋地域の安全保障枠組みであるAUKUSについては,9月16日にリー首相が発言した内容を踏襲し,ン国防相も地域安定化につながることを期待すると述べている。

なお,2017年1月から空席が続いた駐シンガポール米国大使には,実業界出身のジョナサン・キャプランが指名され,議会承認を経て12月6日に着任した。一方で,12月9~10日にアメリカが開催した「民主主義サミット」に,シンガポールを招待しなかったことは憶測を呼んだ。これについて外務省の元重鎮であるトミー・コー無任所大使は,アメリカがシンガポールを民主主義国として認めていないために招待されなかったとの見解を示している。

ミャンマーおよびマレーシアとの関係推移

シンガポールにとってミャンマーは,域内での経済的フロンティアとして関係を深めてきた重要な投資先であり,その累積投資額は243億米ドルと諸外国中で最大である。それゆえに,2月1日に発生したミャンマー政変はシンガポールに衝撃を与え,外務省は即座に「重大な懸念」を表明した。一方で当初,バラクリシュナン外相は「広範囲かつ無差別な制裁は実施すべきでない」として,シンガポールの投資権益を守るためにも,介入に慎重な姿勢をみせていた。

しかし,ミャンマー軍による武力弾圧や人権侵害の深刻化を受けて,2月18日にはインドネシアと共にASEAN非公式閣僚級会合の開催を支持した。3月2日には英BBCのインタビューに対してリー首相が,ミャンマー軍の民衆弾圧は「容認不可能な破滅的行為」と述べ,異例の強い批判を行っている。3月22日からはバラクリシュナン外相が,ブルネイ,マレーシア,インドネシアを訪問して対応を協議し,早期のASEAN首脳会議開催で合意したが,その後は膠着状態となった。結局,10月26日にミャンマーを排除して開催された首脳会議で,リー首相はミャンマーにASEAN特使との完全・迅速な協力を求めている。さらに12月7日には外務省が,情勢への深い懸念と全政治犯の釈放を求める声明を発表した。

最隣国マレーシアとの関係は安定的であった。1月1日,両国政府は数年来の計画であったシンガポール=クアラルンプール間高速鉄道の最終的な中止を表明した。シンガポールはすでに2億7000万Sドルを投じていたが,3月29日にマレーシア側が3億2027万リンギの違約金を支払うことで決着した。一方で,シンガポール=ジョホール間都市鉄道は1月22日に起工式を迎え,2027年1月の運営開始を目標に工事が進行している。

新型コロナウイルス感染症拡大以前は1日約30万人ともいわれた両国間の往来の再開にも,進展がみられた。2月には,2020年8月に導入された往来制度である「グリーンレーン」が停止したものの,2021年3月23日にマレーシアを訪問したバラクリシュナン外相は同国のヒシャムディン外相と会談し,往来再開の協議を進展させることで合意した。こうしてワクチン接種完了者の隔離なしでの入国を認めるVTLが11月29日に開始され,当日には8月28日に就任したイスマイル・サブリ・ヤーコブ首相がシンガポールを初訪問してVTLの実施を見守り,その後にリー首相と会談している。この席では,中止されたシンガポール=クアラルンプール間高速鉄道に関して,マレーシア側から新たな提案があり,議論が行われたとされる。

継続するテロ活動への警戒

シンガポールは多民族・多宗教国家ゆえに,その安定・調和に敏感で,これを破壊しようとするテロ活動を警戒している。内務省はテロ脅威評価報告で,2015年以降にテロ関連で内国治安法により処罰された人数は54人(うちシンガポール国籍者32人)に上るとして,引き続き「国内へのテロ脅威は高い」と記している。

この警告を反映するように内務省は,1月に市内2カ所のモスク襲撃を計画した16歳の少年,3月にユダヤ教礼拝所の襲撃やパレスチナ渡航を計画した20歳の男性,6月には海外のIS(「イスラーム国」)関係者と密接な連絡を取っていた過激思想を持つ34歳の女性を,それぞれ拘束している。7月にはシリアやマレーシアでテロ活動に資金供与していた51歳の男性が起訴され,9月に禁錮実刑判決を受けた。また8月に政府は,治安対策として2030年までの監視カメラ設置数を現在の9万台から30万台まで増やすと表明した。これには国民の66%が賛成している。

対日関係の推移

日本との関係についてみれば,両国にとって単に経済面だけでなく,米中の角逐が強まるなかで,地域内では鍵を握る国として相互に認識されており,交流を維持・深化させたい思惑がある。

首脳・閣僚の交流は,新型コロナウイルス感染症の影響から直接的往来は限定的であったが,リモート方式で着実に実施された。5月25日,菅義偉首相はリー首相と電話会談し,経済・安全保障分野の協力確認に加え,シンガポール側からは福島県産食品の輸入規制完全撤廃が表明された。また,11月22日には岸田首相とリー首相の電話会談があり,安全保障やグリーン・エコノミーでの協力確認が行われた。

閣僚間では,6月9日に梶山弘志経産相とガン通産相がオンライン会談をして,経済・貿易秩序や脱炭素化などを協議し,7月2日には武田良太総務相とテオ情報通信相が,情報通信分野の協力強化覚書を締結している。12月1日には林芳正外相とバラクリシュナン外相の電話会談が行われ,安全保障,グリーン・エコノミー,デジタルなどでの協力強化を確認した。この他,7~8月の東京オリンピックにあわせ,シンガポール・オリンピック委員会会長を務めるタン・チュアンジン国会議長が訪日し,8月2日に大島理森衆議院議長と会談している。

両国省庁間の協力関係構築も活発で,3月には国土交通省とシンガポール政府系組織インフラ・アジアとの第三国インフラ整備計画の協力協定,5月には日本銀行とMASの二国間通貨交換協定の改定・更新,両国法務省間の国際商事仲裁の連携協力覚書などが,それぞれ締結されている。

2022年の課題

2021年は,リー首相の後継者に定まったはずのヘン副首相が,突如その座を辞した。しかし,次の後継者候補に挙げられている「第四世代」の有力者3人は,資質や性格のうえで一長一短があると思われ,指導層だけでなく国民からのコンセンサスも含め,衆目の一致した結論を得るのは難しい。

本来,「ポスト・リー・ファミリー」時代の到来は,長期的にみれば予想されたはずである。その新たな時代を担う最高指導者の具体像と育成を欠いたまま,2010年代に入って過去と同様のスケジュールで,従来型エリートから後継者を探しはじめたことは,今から振り返れば実は不備であったのかもしれない。それはリー首相が表舞台から去る時期が近づいている現在,国家運営の安定性への不安感を内外に与えるという代償をもたらしつつある。

現実として,数年以内の首相交代は避けることのできない問題である。シンガポールは,内には財政問題や経済成長の維持という課題に取り組まねばならず,外には米中関係悪化による地域秩序の不安定化から影響を受けている。こうしたなかで,国家としての持続性,国民への求心力,国際社会や外資からの信用を確固として維持するには,後継首相の選定問題について短期間での決着が望まれる。

(開発研究センター)

重要日誌 シンガポール 2021年

1月
1日 政府,マレーシアとの高速鉄道計画の最終的中止を表明。
22日 ジョホール州との都市鉄道が着工。
25日 チャン通産相,2030年までに国内製造業を50%成長させると表明。
26日 警察,教育省前でLGBT学生の権利擁護を訴えた3人を逮捕。
2月
1日 外務省,ミャンマー政変に「重大な懸念」を表明。
2日 感染追跡システムの個人情報を警察も利用可能にする法改正が国会で可決。
10日 政府,「シンガポール・グリーンプラン2030」を発表。
11日 イギリスとの自由貿易協定(FTA)が完全発効。
16日 ヘン副首相兼財務相,2021年度予算案を国会で発表。人材省,中技能労働者向け就労ビザの発給枠を厳格化。
21日 ヘン副首相兼財務相,財政収支は4~5年以内に均衡化が可能と発言。
24日 海軍,中国海軍との海上演習を実施。
26日 ン国防相,国軍研究所へのバイオセーフティーレベル4相当の施設整備を発表。
3月
1日 バラクリシュナン外相,米中対立下での原則的外交姿勢の堅持を表明。
2日 リー首相,英BBCインタビューでミャンマー軍の民衆弾圧を「破滅的」と非難。
3日 人材省,技能水準に応じた累進最低賃金制度の適用業界の拡大を発表。
4日 オン運輸相,2025年からディーゼル乗用車の新規車両登録を停止と発表。
9日 インドネシアとの投資協定が発効。
16日 ハリマ大統領,2021年度予算案と政府準備金110億Sドルの引出し枠を承認。
31日 バラクリシュナン外相が訪中し,王毅中国国務委員兼外相と会談。
4月
5日 財務省,大型インフラ政府融資法を国会に提出。
8日 ヘン副首相兼財務相,次期首相就任の辞退を表明。
14日 金融管理局(MAS),半期金融政策決定会合で現状維持を決定。
23日 リー首相,内閣改造を発表。
27日 教育省,小学校卒業試験の評価方法と中学出願制度の改正概要を発表。
5月
6日 シンガポール・プレス・ホールディングス(SPH),メディア事業の分離・非営利化計画を発表。
8日 新型コロナウイルスの市中感染再増加で,関連規制を再強化。
16日 8日実施の新型コロナウイルス対策をさらに強化。
19日 外務省,米国大使館の地元団体とのLGBT関連ウェビナー共催を非難。
21日 日本銀行,MASとの二国間通貨交換協定を改定延長。
25日 菅首相,リー首相と電話会談。
28日 財務省,新型コロナウイルス流行に伴う企業・労働者向けの8億Sドル規模の追加支援を発表。
31日 中国空軍機がシンガポールの飛行情報区内に進入。
6月
10日 オーストラリアのモリソン首相がシンガポールに来訪し,リー首相と会談。
21日 外食時の人数制限を2人まで解禁。
22日 海軍,米海軍と海上演習「パシフィック・グリフィン」を実施。
24日 省庁間タスクフォース,新型コロナウイルス対策の根本的な方針転換を発表。
7月
1日 リー首相,中国の習近平国家主席に共産党設立100周年の記念書簡を送付。
5日 国家開発省,マレーシアと領有問題が解決したペドラ・ブランカ島の整備を開始。
12日 外食時の人数制限を5人まで緩和。
16日 リー首相,アジア太平洋経済協力(APEC)臨時首脳会議にオンライン参加。
20日 オン保健相,ワクチン接種率が19日時点で50%に到達と表明。
21日 通産省,メキシコ,チリ,コロンビア,ペルーとのFTA交渉が妥結と発表。
23日 メノンMAS長官,将来の相続税や一律最低賃金制度の導入検討の可能性を示唆。
27日 オースティン米国防長官がシンガポールに来訪し,ン国防相と会談。
28日 MAS,国内銀行に2020年後半から課していた配当制限を撤廃。
8月
2日 大島衆議院議長,訪日中のタン国会議長と会談。
3日 リー首相,アスペン安全保障フォーラムでアメリカの対中姿勢に警告。
13日 人材省,労働集約型の特定業界で働く外国人労働者の雇用規制を一時緩和。
23日 ハリス米副大統領がシンガポールに来訪し,リー首相と会談。
29日 オン保健相,ワクチン接種率が80%に到達と表明。
30日 米司法省,北朝鮮への密輸に関与したシンガポール人所有のタンカーを接収。
9月
1日 高等裁判所,リー首相の名誉を棄損したとして,オンラインメディアの編集長と記者に37万Sドルの支払いを命令。
2日 MAS,国際決済銀行および3カ国と中央銀行デジタル通貨の決済実験計画を発表。
6日 新型コロナウイルスの市中感染再増加で,関連規制を強化。
14日 王毅中国国務委員兼外相がシンガポールに来訪し,リー首相と会談。
16日 リー首相,オーストラリアのモリソン首相と電話会談し,AUKUSを肯定評価。
28日 MAS,大型インフラ政府融資法に基づく26億Sドル相当の債券を発行。
10月
1日 リー首相夫人のホー・チン氏,テマセック・ホールディングスCEOを退任。
4日 外国干渉対策法が国会で成立。
6日 ASEANのサイバーセキュリティ訓練施設がシンガポールに開所。
11日 英空母クイーン・エリザベスが寄港。
14日 MAS,半期金融政策決定会合で金融引き締めを決定。
15日 リー首相,習中国国家主席と電話会談。
19日 エネルギー市場監督庁,電力不足に備えた発電燃料の備蓄・供給計画を発表。
23日 ワクチン未接種者の出勤禁止など,新型コロナウイルス対策の再強化実施。
26日 リー首相,ASEAN首脳会議にオンライン参加して演説。
30日 リー首相,ローマで開催されたG20首脳会議に招待枠で参加。
11月
1日 タン人材相,2022年から定年・再雇用年齢の段階的な再引上げを開始と表明。
3日 訪米中のン国防相,アメリカの軍事プレゼンスと経済的指導力が求められると表明。
16日 レモンド米商務長官がシンガポールに来訪し,リー首相と会談。
22日 岸田首相,リー首相と電話会談。
28日 人民行動党(PAP),党大会を開催。
29日 マレーシアのイスマイル・サブリ首相がシンガポールに来訪し,リー首相と会談。
12月
6日 キャプラン米大使が着任。
14日 リー首相,PAPは次期指導層への交代と新しい価値観を持つ世代の台頭から転換期にあると表明。
23日 政府,ワクチン接種済みトラベルレーン(VTL)の全面停止を発表。

参考資料 シンガポール 2021年

① 国家機構図(2021年12月末現在)

(注)1) 一院制,選挙区選出議員定数93(任期5年)。与党・人民行動党83議席,野党・労働者党9議席,欠員1議席。

② 閣僚名簿(2021年12月末現在)

主要統計 シンガポール 2021年

1 基礎統計

(注)総人口は居住権者(シンガポール国民と永住権保有者)と非居住権者(永住権を持たない定住者あるいは長期滞在者)から構成。

(出所)Ministry of Trade and Industry, Republic of Singapore, Economic Survey of Singapore 2021および The Singapore Department of Statisticsウェブサイト(http://www.singstat.gov.sg)。

2 支出別国内総生産(名目価格)

(注)2021年は暫定値。

(出所)表1に同じ。

3 産業別国内総生産(実質:2015年価格)

(注)2021年は暫定値。

(出所)Ministry of Trade and Industry, Republic of Singapore, Economic Survey of Singapore 2021.

4 国・地域別貿易額

(出所)表3に同じ。

5 国際収支

(注)金融収支の符号は(+)は資本流出,(-)は資本流入を意味する。

(出所)表3に同じ。

6 財政収支

(出所)表3に同じ。

 
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