2023 年 2023 巻 p. 225-244
2022年,人民党政権は安定的な権力継承のために,憲法改正や党首残留の方針を示し,地方選挙で台頭した野党勢力に対する締め付けを強化した。コミューン評議会選挙では,人民党が想定どおり圧勝した一方,キャンドルライト党が2017年の救国党解党以降行き場を失っていた野党支持者の票の受け皿となって台頭し,2割を超える得票率を上げた。これに対し人民党政権は,キャンドルライト党の指導者への抑圧を強化し,翌年に控えた第7期国民議会選挙に向けて弱体化を図った。フン・セン首相は,首相退任後も党首を継続し,党・政府人事を掌握する方針を示すとともに,憲法を改正し,権力継承に向けた道筋を整えた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)蔓延後,停滞していた経済は回復基調を印象付けた。中国からの支援で進むインフラ開発では,初となる高速道路が開通し,さらなる高速道路や高速鉄道の建設方針も示された。近年社会問題化し,国際社会から注視される外国人を被害者とする人身取引では,年央以降摘発が強化された。
対外関係では,3回目のASEAN議長国を務めた。フン・セン首相にとって最後の議長国運営であったため,ミャンマー問題の解決に前のめりで取り組んだが,その手法をめぐり一部加盟国から批判され,年内に解決の道筋をつけることはできなかった。中国との蜜月関係が継続する一方,2020年にEUによる特恵関税が一部撤廃されて以降,最大の縫製品輸出先となっているアメリカとは,国内の政治・軍事問題への介入には応じない姿勢を堅持しつつ,対話を維持する姿勢も示した。日本やインドなど米中に次ぐ国々との関係強化も進んだ。2007年に開廷したカンボジア特別法廷(クメール・ルージュ裁判,ECCC)は,多くの問題を抱えながら,最後の被告人に対し終身刑判決を出し,幕を閉じた。
6月に実施された第5期行政区・地区評議会選挙(以下,コミューン評議会選挙)では,想定どおり人民党が圧勝した一方,旧救国党支持者の票の受け皿となるキャンドルライト党の台頭が見られた。今回のコミューン評議会選挙は,2017年に最大野党救国党が解党され,2018年の第6期国民議会選挙(以下,総選挙)で人民党が全議席獲得して以降,最初の直接選挙であり,旧救国党指導者が事実上の亡命状態または裁判下に置かれ,国内の野党勢力が多数の政党に分裂するなか実施された。翌年に実施される総選挙の前哨戦であるだけでなく,コミューン評議会議員が間接選挙である上院議員選挙と首都・州および市・郡・区評議会選挙の投票権を持つことからも重要な地方選挙であった。
選挙結果は表1のとおりである。人民党は,1652選挙区中1648選挙区で第1党となり,第1党が担うコミューン評議会議長(議長はコミューン長を兼任)ポストを獲得するとともに,1万1622議席中9376議席を得た。一方,キャンドルライト党は得票率22.25%で4つの議長ポストを含む2198議席を獲得した。キャンドルライト党は,2012年に旧救国党に合流したサム・ランシー党を前身とし,2017年に同名に改称された党である。旧救国党に移籍していた元幹部が同党解党後に一部復帰したことで,2021年11月に再始動し,野党のなかで唯一人民党に匹敵する数の候補者を全国規模で擁立した。救国党解党以降,同党に代わる求心力をもつ野党が不在であったなか,キャンドルライト党の存在感が強まった。キャンドルライト党の得票率は前身のサム・ランシー党が2012年のコミューン評議会選挙で獲得した20.84%を上回っており,強権化が進むカンボジアにおいて,強固な野党支持者が2割近くいること,サム・ランシーのようなカリスマ的指導者を擁さない政党でも議席を確保できることが示された。そのような状況を政府が放置するわけもなく,選挙前には同党に対し,候補者の逮捕,脅迫,買収など抑圧的手段を行使し,選挙後も締め付けを続けた(山田裕史「独裁強化と世襲に動くカンボジア政治:2022年コミューン評議会選挙がもつ意味」『IDEスクエア』2022年)。
(出所)国家選挙管理委員会(NEC)発表の公式結果に基づき,筆者作成。網掛け部分は旧救国党関係者が設立・運営に関与する政党。
人民党は,野党勢力に対して司法的抑圧と懐柔を強化し,潜在的に脅威となり得る勢力の弱体化を狙った。その背景には,6月のコミューン評議会選挙でのキャンドルライト党の台頭と,同党との共闘を模索するクメール意思党や草の根民主党の動きがあった。また,11月に旧救国党議員・幹部に対する5年間の政治活動禁止令が解除され,その去就が注目されるなか,彼らをけん制する狙いもあったと推察される。結果として,政治活動禁止令解除後にキャンドルライト党に参加した者はごく一部にとどまっており,半数近くは引退するなど,政治活動を再開させていない。サム・ランシーをはじめとする旧救国党指導者の多くは,有罪判決を受けて帰国できない状況または帰国が阻止される状況にある。
国内に残る野党指導者への司法的抑圧では,COVID-19感染拡大によって延期されていた旧救国党党首クム・ソカーに対する裁判が1月に再開された。クム・ソカーはアメリカの支援を受けて国家転覆を謀ろうとした容疑(刑法第443条「外国との通謀」)で逮捕されており,ほぼ隔週で審理が行われた。12月の最終審理で検察側は,外国の組織と通謀し,サム・ランシーとともに市民や軍関係者を扇動して国家転覆しようとしたと主張し,重罰と政治活動の無期限禁止を求めた。一方弁護側は,検察側が証拠としたビデオテープは編集されており,アメリカと共謀したという具体的な証拠が示されていないと主張した。判決は2023年3月に持ち越された。同審理の政府答弁では,政府弁護団が刑事裁判終了後にクム・ソカーに対して損害賠償請求訴訟を提起すると発表した。クム・ソカーに対する政府の攻撃は止まる兆しがない。
人民党に対抗可能な野党として台頭したキャンドルライト党に対しては,党指導者に対する法的措置がとられ,また解党の可能性を示唆する圧力がかけられた。6月のコミューン評議会選挙の結果をめぐり批判を展開したソン・チャイ副党首が人民党と国家選挙管理委員会から名誉棄損で提訴され,一審,控訴審ともに有罪判決を受けた。選挙の競争性が著しく減退するなかでも,選挙結果に対する国民からの信頼の確保は支配の正統性を主張するうえで重要であることから,人民党は選挙不正を訴える声を徹底して抑え込む姿勢を見せている。また,人民党は国内で活動する野党指導者に対し刑事・民事訴訟で多額の金銭を請求するという手法でも野党の弱体化を図っている。2023年初頭には,人民党への批判は法的措置の対象とすると首相が明言し,その直後,キャンドルライト党最高顧問(2022年10月就任)コン・コアムは,住居が外務省の資産であるという事由で国への住居返還と損害賠償を求められるとともに,地方遊説中の発言により扇動罪(刑法第495条)と再改正政党法第6条(新・第2回)違反でも訴えられた。政府は,同党の活動にサム・ランシーが関与している場合,政党法違反で解党する可能性もあると示唆している。キャンドルライト党は関与を否定しているが,政府による恣意的な判断も可能なだけに,野党は厳しい状況に置かれ続けるだろう。
一方,2022年は人民党に懐柔される野党指導者も目立った。7月末に党の解散を発表し,人民党へ移籍した元愛国党幹部らには,翌8月に郵便・電信省の長官や次官の地位が与えられた。11月には草の根民主党の首相候補であり創設者のヨーン・サイ・コマーの人民党入党が突如発表された。その直後,コマーは農林水産省長官(農業部門)兼首相補佐特命大臣に任命された。これは,草の根民主党が2023年の総選挙においてキャンドルライト党との連携を模索していたタイミングでもあり,野党共闘にとって痛手であった。
フン・セン首相は,サム・ランシーなど国外で活動する野党指導者らを「過激派」と呼び,抑圧一辺倒で対応している。サム・ランシー個人に対する訴追が繰り返し行われ,10月には「国土全体または一部の外国への譲渡し」(刑法第440条)で初めて終身刑判決が下された。サム・ランシーは過去にも有罪判決を受け,事実上の海外亡命状態に追い込まれたのち,恩赦を受けて帰国したことがあった。しかし,フン・セン首相は恩赦に署名するくらいなら「その腕を切り落とす」とまで言い,今まで以上に厳しい態度を示した。また,2019年のサム・ランシー帰国計画の関係者に対する集団裁判の第1審では,サム・ランシーを含む51人に対し,叛逆の共謀罪(刑法第453条)と扇動罪(刑法第495条)で有罪判決が下された。サム・ランシー帰国計画に関しては,当初138人が被告として起訴された。しかし,人数が多すぎるとして裁判の効率化の観点から,国内外の指導的立場にある60人を対象とした裁判と,それ以外の野党支持者を中心とした78人に対する2つの裁判に分けて審議が進められた。今回,サム・ランシー帰国計画で有罪判決が出されたのは前者である。もうひとつの集団裁判である2021年のムー・ソックフオ旧救国党副党首帰国計画の関係者に対する裁判の第1審でも,サム・ランシーを含む36人に対して叛逆の共謀罪(刑法第453条)で有罪判決が下された。さらに,フン・セン首相は12月の欧州歴訪時に,国外で政府批判を展開する野党関係者に対して,国内に残る家族を特定し,警察に訪問するよう要請したと述べ,国外における政府批判にも厳格に対処していく姿勢を示した。
人民党内の権力継承への準備フン・セン首相退任後の党指導方針が示されるとともに,権力継承に向けた政権内の人事異動が見られた。2021年12月に長男フン・マナエト国軍副総司令官・陸軍司令官への首相職の継承が発表されて以降,フン・セン首相の退任後の去就が注目されてきた。そのようななか,9月に首相自ら,首相引退後も人民党党首に留任するとともに,党首として党・政府人事を掌握すると明言した。このことは,党内にフン・センのライバルと目されるソー・ケーン副党首・副首相兼内相を含むシニア世代が残るなか,フン・マナエトへ権力継承する際に,党内の調和が乱れ不安定化しないよう党結束の要となり,長男を中心とした次世代への権力継承を支える意図があると思われる。しばらくの間,政府はフン・マナエト,党はフン・センという親子による党・政府運営が続くと見られる。
2013年の総選挙以降進められてきた政権の世代交代をめぐり,2022年も動きが見られた。フン・セン首相は,2023年の総選挙後に党幹部子弟を中心とした政府を構想していると繰り返し表明してきたが,それに先立ち,10月に農林水産相の交代があった。欧州外遊中だったヴェン・サコン農林水産相は,国内の洪水被害への対応が不十分として首相から叱責され,突如更迭された。2022年の洪水状況は例年と比較して被害は大きかったものの,大規模な洪水被害が発生した2020年と比較すると3分の1の被害規模であり,対応をめぐり大臣を交代させる必要があったと考えづらい。後任に抜擢されたのが,フン・センの側近である最高裁判所長官ドゥット・モンティーの息子ドゥット・ティナーであった。1979年生まれのティナーはフランスで学位を取得し,大臣就任直前は鉱業・エネルギー省長官を務めていた。サコンは更迭直後に首相補佐特命大臣に任命されており,今回の交代劇の目的はサコンを罰するためというよりも,政権の世代交代であったとみる方が妥当だろう。
首相職の世襲に向けた憲法改正政府は憲法を改正することで,今後予定されているフン・セン首相から長男フン・マナエトへの首相職の世襲を確実に進める道筋を整えた。8月に国王の署名により発効した第10次憲法改正は,首相指名・組閣に関する条項(第19条,第119条),高官への答弁要請(第89条),内閣不信任案提出に関する条項(第98条),非常事態時の上院議員の任期延長・解除(第102条),首相職の空席への対処(第125条),国民議会指導部選出と大臣会議(内閣)承認の一括投票(国家機能の正常な活動を保障する憲法附則法第3条,4条)が対象とされた。第19条と第119条の改正では,国民議会議長が両副議長の賛同を得て行うこととされていた首相指名が,国民議会で最多議席を有する政党の権限となった。これによって,仮に野党所属の副議長から賛同を得られずとも,人民党単独で首相指名・組閣が可能となった。この規定は,任期途中に何らかの事情で首相職の空席が確実になった時にも適用される(憲法第125条)。これにより,人民党が国民議会で最多議席を有し,かつフン・センが首相でいる限り,確実に首相職の世襲を進めることが可能となった。また,2022年のコミューン評議会選挙の結果から,2023年の総選挙で野党が30議席以上を獲得する可能性が考えられるとともに,世襲に反対する人民党議員が造反する可能性も否めないことから,内閣不信任案提出に必要とされる国民議会議員数を30人以上から3分の1(42人)以上に増やし,そのハードルを高くした(憲法第98条)。
2022年の経済は,観光業の回復や縫製関連品の輸出拡大に支えられ,コロナ禍からの順調な回復を印象付けた。実質国内総生産(GDP)成長率は,世界銀行と国際通貨基金(IMF)はそれぞれ12月に4.8%,5.0%と予想したが,経済・財務省は2023年初頭に5.2%と発表した。
カンボジアを含む世界的なCOVID-19の水際措置の緩和により,観光業の回復が顕著である。とはいえコロナ禍以前に外国人観光客の3割強を占めた中国人観光客は,中国の規制強化が続き,以前のペースに戻っていない。しかしそのほかの外国人観光客は戻りつつある。観光省によると,2022年の年間外国人観光客数は227万6626人で,前年比1058.6%増となった。特に第4四半期の伸び率が大きく,101万人がこの時期に訪問した。ASEAN諸国からの来訪者が70.4%を占め,そのうちタイからが37.5%,次いでベトナムからが20.4%であった。ASEAN諸国以外では,中国からが最も多く,10万6875人で全体の4.7%を占めた。しかし,コロナ禍以前2019年の年間外国人観光客数は661万人であり,それには依然及ばない。政府は2023年には中国からの来訪者数が増えると期待して外国人観光客数を400万人と予想し,コロナ禍以前の水準への回復を目指している。
貿易では,経済・財務省関税消費税総局(2023年1月発表統計)によると,2022年の輸出入総額は524億2454万ドルで,輸出総額は前年比16.7%増の224億8294万ドル,輸入総額は前年比4.3%増の299億4160万ドルであった。主要な外貨獲得源である衣料品・履物・旅行用品(GFT)分野の輸出は前年比16.4%増の126億3297万ドルで,輸出総額の56.2%を占めた。輸出に関して国別でみると,アメリカへの輸出が最も多く,前年比19.7%増の89億6873万ドルであった。対米輸出が拡大した背景として,カンボジア衣料品・履物・旅行用品協会(TAFTAC,11月にカンボジア縫製業協会[GMAC]から改称)によると,2020年のEUの特恵関税(EBA)一部撤廃後に,アメリカへ市場を転換したことが影響しているという。このことは,EUが人権問題に絡めて制裁を科したにもかかわらず,アメリカが歩調を合わせなかったために効果が薄かったことになる。
一方,中国への輸出はベトナムに次いで3番目に多いものの,前年比17.9%減の12億4063万ドルであった。年始に中国とのFTAが発効し,輸出増が期待されていたが,中国のCOVID-19対策による経済の失速が影響したと考えられる。
投資は,第1四半期にインフラ関連事業への新規投資が集中したことで拡大したが,その後は減速した。経済・財務省の四半期別報告書によると,2022年の民間投資(認可ベース)総額は前年比7.4%減の40億3285万ドルであったが,物流センター,港湾,水力発電,病院などを対象とした投資事業が増えたため,経済特区外の投資総額は,前年比48.7%増の34億4490万ドルとなった。
このようななか,世界的な燃油・食料価格の高騰の影響を受け,インフレは6月に過去10年で最大の上昇を記録した。国立銀行の報告書によると,2022年のインフレは1月から2月にかけて4.08%から6.33%へ跳ね上がったのち,7%前半を推移し,6月には7.85%まで拡大した。その後,上昇は抑えられ,10月には3.64%に下落し,12月には例年並みの2.9%と落ち着いた。
中国の支援で進む大規模インフラ開発中国からの支援で大規模インフラ開発が進んでいる。カンボジア初の高速道路がプノンペン=シハヌークビル間で10月に開通した。これまで5時間以上かかっていた所要時間(国道4号線利用)が2時間へと大幅に短縮され,物流の効率化が期待される。建設を担ったのは中国の中交路橋工程の現地法人で,BOT(建設・運営・譲渡)方式で受託した。同社は2023年着工,2027年初頭完成予定のプノンペン=バベット間の高速道路建設も担う。同プロジェクトでは,メコン川にかかる5キロメートルの橋も新たに建設予定で,完成時にベトナム側の高速道路(ホーチミン=モクバイ)と接続する。11月には,高速道路事業第3弾としてプノンペン=シアムリアプ間の実行可能性調査の実施計画も明らかにされた。また,政府は高速鉄道建設にも意欲を示しており,12月には,首相がプノンペン=シハヌークビル=タイ国境を結ぶ高速鉄道建設の決意を表明した。高速鉄道事業に関しては,中国政府からの財政支援を受ける予定である。
人身取引の取り締まり強化近年,カンボジアでは港湾都市のシハヌークビルや首都プノンペンにおいて,中国,台湾,東南アジア諸国などから言葉巧みに呼び寄せられた外国人が違法賭博や特殊詐欺に従事させられる犯罪が問題視されている。政府はこれまでも幾度か違法賭博や特殊詐欺に関わる人身取引の摘発をしてきた。しかし7月にアメリカ国務省が発表した『人身取引報告書』で,カンボジアは反人身取引の取り組みへの意志が弱いとして,4段階評価のうち下から2番目の「Tier 2 Watch List」から最低評価の「Tier 3」へ格下げされた。8月には台湾出身者がカンボジアで犯罪に巻き込まれているという報道が台湾で過熱し,国際的な注目を集めたことで,政府は対応に本腰を入れざるを得なくなった。首相は違法賭博が経済回復を遅らせるという見方を示し,9月には首相命令で違法賭博の大規模摘発が行われた。内務省は,1月から10月30日までに536件の通報があり,人身取引に関与した281人の容疑者を逮捕し,661人の被害者を救出したと発表した。
2021年の国軍によるクーデタに端を発するミャンマー問題への対処が注目されるなか,カンボジアは3回目のASEAN議長国を務めた。2012年の2回目の議長国運営の際カンボジアは,南シナ海問題で中国の意向を重視したため合意形成に失敗し,ASEAN史上初めて外相会議で共同声明が発表できないという苦い経験をしている。今回は,フン・セン首相にとって最後となる議長国運営であり,カンボジアを内戦から平和へと導いた指導者という自負のもと,年始からミャンマー問題に積極的に関与する姿勢を見せた。
しかし,ミャンマー問題に対するフン・セン首相の独自路線はインドネシアなど一部のASEAN諸国から歓迎されなかった。年始に他の加盟国に対して事前の相談もなくミャンマーを訪問し,ミンアウンフライン国軍最高司令官と会談しただけでなく,会談後の声明では,2021年4月にASEANとミャンマーの間で合意された「5項目コンセンサス」に盛り込まれた暴力の停止や全勢力との対話ではなく,ミャンマーが内戦に陥らないよう少数民族武装勢力との停戦を進めることや,その停戦協議にASEAN特使が参加する可能性に言及した。独自路線とも呼べるカンボジアの動きは,ASEANの方針から逸脱したものであった。
会談直後,1月に予定されていた非公式外相会議(リトリート)が延期された。軍政が任命した「外相」を同会議に招待することをカンボジアが提案し,他の加盟国がそれに反対したこと,「5項目コンセンサス」にはない停戦協議への仲介を特使の役割に盛り込もうとしたことに反対したためと言われている(鈴木早苗「ASEAN議長国によるミャンマー政治危機への対応」『IDEスクエア』2022年)。
このような反応を受け,カンボジアは2012年の経験から,加盟国との対話を重ねる姿勢を示した。一方で,「全勢力との対話」がなくともASEAN特使を派遣することが可能となり,特使となったプラック・ソコン副首相兼外相は3月と6月に2度ミャンマーを公式訪問した。しかし,2度目の訪問直後にミャンマー軍政が国際社会からの制止を無視して政治犯を処刑し,カンボジアは議長国としての面目が潰れた。11月のASEANサミットは,軍政関係者の参加を認めずに実施し,「5項目コンセンサス」の具体的な履行計画を策定したものの,成果がでないまま次の議長国インドネシアにバトンをつないだ。
米中対立が深化するなかで模索する大国との関係米中対立が深化するなか,カンボジアは日本やインドといった大国との関係強化を進めている。カンボジア国内における米中対立の争点となっているシハヌークビルのリアム海軍基地をめぐっては,6月に中国による同基地北側の船舶修理作業場の起工式が行われた。これを受け,起工式直後のアメリカでの報道や,12月に米国防総省が発表した報告書において,リアム海軍基地内に密かに中国軍専用の海軍軍事基地の建設が進んでいるという疑惑が改めて示された。カンボジアや中国はこれを繰り返し否定している。
中国との軍事関係は中国からの武器輸入や合同軍事演習の再開が発表されるなど良好である。海軍基地の起工式において,ティア・バニュ副首相兼国防相は同基地において中国との海軍合同軍事演習実施を検討していると表明し,2023年初頭には3月に陸軍合同演習「ゴールデンドラゴン」を再開すると発表した。
経済面でも蜜月関係が続いている。11月のASEANサミットで中国の李克強首相が来訪した際には,「カンボジア国民の生活向上」という名目で,教育,地雷除去,インフラ建設,農産物輸出などの分野で2億元規模の支援を約束し,両国首相立会いのもと,インフラ事業への融資などを含む18の協力文書が署名された。
とはいえ政府はアメリカとの関係悪化を望んでいない。EUによるEBA一部撤廃以降,最大の輸出相手国となったアメリカとの良好な経済的関係の維持は必須である。その一方で,国内の政治・軍事問題への介入には応じない姿勢を堅持している。ASEANサミット時の首脳会談では,人権問題やリアム海軍基地に対する懸念をカンボジアに伝えたとアメリカ国務省は発表したが,フン・セン首相はそのような懸念は示されなかったと主張した。ただし,年末には首相が両国関係改善のため異例の在カンボジア・アメリカ大使館訪問を行うなど,対話姿勢を維持した。
米中対立が深化するなかで,カンボジアは日本やインドといった米中に次ぐ大国との関係を強化し,多角的な外交関係の創出を進めている。特に2022年は対日関係の強化が顕著に見られた。2月,フン・マナエトが将来の首相候補と人民党に承認されて以降初めての外遊先として日本を訪問し,岸田首相と会談した。8月には過去最大規模(413億9000万円)の円借款事業となる「シハヌークビル港新コンテナターミナル拡張事業(第1期)」が調印された。ASEANサミット開催時には,両国政府間で,国交樹立70周年を迎える2023年に両国関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすることに合意した。
カンボジア特別法廷閉廷2007年に開廷した民主カンプチア時代の犯罪を裁くカンボジア特別法廷(ECCC)は,9月にキュー・サンパン元民主カンプチア国家元首の上告を棄却し,終身刑が確定した。これで全判決が出そろい,ECCCは閉廷した。12月末にはECCCの本部が置かれていた国防省所有の建物が軍へ返還された。開廷以来,ECCCは国内・外国人スタッフ間の軋轢,資金不足,政府からの圧力,被告の高齢化,裁判の長期化など多くの問題を抱えたが,日本をはじめとする国際社会からは,和平プロセスの集大成であり法の支配の強化に資するものと評価され,支援が継続された。閉廷までに,第1事案(S-21強制収容所所長を対象)と第2事案(最高幹部を対象)で判決まで至った。第2事案に関しては,4人の被告人のうち,イエン・チリトとイエン・サリの2人はそれぞれ認知症と死去により途中で審理対象から外れ,キュー・サンパンとヌオン・チア(人道に対する犯罪を対象とした第2-1事案で終身刑判決,2019年死亡)に対してのみ判決が出された。一方,中堅幹部を対象とした第3事案と第4事案は,政府内に元中堅幹部を擁するために政府からの強い反発を受け,審理にまで至らなかった。
7月に実施予定の総選挙に向けて,人民党は党勢を拡大するとともに,野党や市民社会に対する抑圧・懐柔を強化している。2023年1月にはキャンドルライト党副党首タッチ・セターが2019年の小切手偽造問題で逮捕された。有罪判決が出た場合,最長5年間の拘禁刑が科されうる。政府批判が封じられるなか,野党は法的措置をとられないような闘い方を模索する必要がある。2023年3月に政治活動の無期限禁止を伴う禁錮27年判決が出されたクム・ソカーに対しては,フン・セン首相は恩赦を出さない方針を示している。人民党内の権力継承をめぐっては,将来の首相候補と党が定めるフン・マナエトの動向のみならず,その他の党幹部の子女が選挙後に組閣される新政府でいかなる役割を担うのか注目される。
経済では,中国人観光客が戻ることで観光業のさらなる回復が見込まれる。一方,2023年はアメリカ経済の後退が予想されており,これまで好調だったアメリカ向けの縫製品の輸出は伸び悩むことが懸念される。
対外関係では,最大の輸出先であるアメリカとの関係の維持が課題である。また多角的な外交関係を構築するため,インドや日本といった米中に次ぐ国々との関係強化が引き続き進むとみられる。
(地域研究センター)
1月 | |
1日 | 中国とのFTA発効。 |
7日 | フン・セン首相,ミャンマー訪問(~8日)。ミンアウンフライン国軍最高司令官と会談。 |
12日 | 外務省,同月18~19日にシアムリアプで開催予定だったASEAN非公式外相会議(リトリート)の延期を発表。 |
19日 | 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大により延期されていたクム・ソカー旧救国党党首の公判再開。 |
26日 | 首相,ミャンマーのミンアウンフライン国軍最高司令官とオンライン会談。 |
2月 | |
5日 | ナーガ・コープ社から解雇され,デモに参加した労働組合員3人,COVID-19法違反で逮捕。 |
9日 | ノロドム・チャクラヴット王子,フンシンペック党臨時党大会で党首に選出。 |
10日 | 首相,鮮鶴平和賞財団からの平和賞授与式出席のため訪韓(~13日)。韓国の文大統領と会談(11日)。 |
14日 | フン・マナエト,訪日(~17日)。将来の首相候補指名後,初の海外訪問。岸田首相らと会談。 |
15日 | 郵便・電信省と外務省,ナショナル・インターネット・ゲートウェイ導入延期を発表。 |
15日 | ASEAN外相会議リトリート,ハイブリッド形式で開催(~17日)。 |
23日 | マレーシアのイスマイル・サブリ首相,来訪(~24日)。 |
3月 | |
1日 | 経済センサス開始(~31日)。 |
4日 | 17政党がコミューン評議会選挙に候補者を登録(~6日)。 |
17日 | プノンペン地裁,サム・ランシーを含む旧救国党関係者20人に対し,叛逆の共謀罪(刑法第453条)と扇動罪(刑法第495条)で有罪判決。 |
20日 | 岸田首相,来訪。フン・セン首相と首脳会談。 |
21日 | プラック・ソコン副首相兼外相,ASEAN特使としてミャンマー初訪問(~23日)。 |
31日 | 首相,2023年国民議会選挙に首相候補として立候補することを明言。 |
4月 | |
22日 | 首相,訪日(~24日)。第4回アジア・太平洋水サミットに出席。岸田首相と会談(23日)。 |
27日 | 国民の心党党首シアム・プルック,文書偽造罪で逮捕。 |
5月 | |
2日 | 首相,ミャンマーのミンアウンフライン国軍最高司令官とオンライン会談。 |
8日 | クム・ソカー,5日に死去した首相の兄フン・ネーンの葬儀に出席し,首相と4時間会談。 |
10日 | 首相,米ASEAN特別サミット出席のため訪米(~13日)。北米在住カンボジア人との懇親会に出席(11日)。 |
18日 | 首相,インドのモディ首相とオンライン会談。 |
21日 | コミューン評議会選挙キャンペーン開始。 |
6月 | |
5日 | 第5期コミューン評議会選挙実施。投票率は80.19%。 |
8日 | ティア・バニュ副首相兼国防相,リアム海軍基地の起工式に出席。 |
13日 | 首相,COVID-19により2年間延期されてきた公務員の給与引き上げを2023年に再開すると発表。 |
14日 | 人民党,キャンドルライト党(CP)副党首ソン・チャイを名誉棄損でプノンペン地裁に提訴。 |
14日 | プノンペン地裁,2019年のサム・ランシー帰国計画に関わったとして,旧救国党関係者51人に対し叛逆の共謀罪(刑法第453条)と扇動罪(刑法第495条)で有罪判決。被告人のうち残り9人に対しては起訴取り下げ。 |
17日 | 国家選挙管理委員会,CP副党首ソン・チャイを選挙の信頼を失墜させたとしてプノンペン地裁に提訴。 |
20日 | 首相,ベトナムのファン・ミン・チン首相と史跡「コ・トゥモーX-16」を視察。 |
22日 | 首相,生年月日の訂正をプノンペン地裁に請求。地裁,1951年4月4日から1952年8月5日に訂正。 |
29日 | プラック・ソコン副首相兼外相,ASEAN特使として2度目のミャンマー訪問(~7月3日)。 |
7月 | |
11日 | ダニエル・J・クリテンブリンク米国務次官補(東アジア・太平洋担当),初来訪(~15日)。 |
16日 | 人民党,中央委員会臨時総会開催(~17日)。 |
17日 | CP党員ノル・ポンティアロアト,暴行され重傷。 |
19日 | アメリカ,カンボジアの反人身取引の取り組みへの意志が弱いとして最低評価の「Tier 3」へ格下げ。 |
19日 | アメリカ上院外交委員会,「カンボジア民主主義・人権法2022年」を全会一致で可決。 |
25日 | 旧救国党関係者7人,2018年から2021年にかけて政府や国王に対抗するよう扇動したとして起訴される。 |
26日 | 草の根民主党,「同盟2023」を発表。野党共闘を呼びかけ。 |
28日 | 国民議会,第10次憲法改正案承認。8月6日にシハモニ国王が署名し発効。 |
29日 | 愛国党党首,首相および人民党を支持するとして党の解散を発表。 |
8月 | |
3日 | 第55回ASEAN外相会議,プノンペンで開催。カオ・キム・ホーン首相補佐特命大臣,次期ASEAN事務総長に任命。 |
5日 | 首相,王立プノンペン大学から開発学の名誉博士号授与。 |
7日 | 日本,過去最大規模の円借款事業となる「シハヌークビル港新コンテナターミナル拡張事業(第1期)」に調印。 |
11日 | サム・ランシー,「国土全体または一部の外国への譲渡し」(刑法第440条)で起訴される。 |
15日 | 国連人権特別報告者ヴィチット・ムンターボーン,初来訪(~26日)。 |
29日 | クム・ヴィアスナー民主連盟党首,「大洪水による人類滅亡」予言を発し,最大2万人近くが党首所有の農場に集まる。 |
31日 | 精神科医チム・ソティアラ,マグサイサイ賞受賞。 |
9月 | |
7日 | 国立銀行,16年ぶりに国債(リエル建て)発行。 |
9日 | 政府,COVID-19拡大への懸念と同時期にASEANサミット開催のため首都での水祭り中止を発表。 |
13日 | 首相,首相退任後も人民党党首に留任すると明言。 |
13日 | サム・ランシーを含む旧救国党関係者20人を有罪とした裁判(3月)の控訴審,第1審判決を支持。 |
15日 | プノンペン地裁で2021年1月に旧救国党副党首ムー・ソックフオ帰国計画の関係者に対する裁判開始。 |
17日 | 首相命令による大規模な違法賭博摘発実施(~20日)。 |
21日 | 縫製業労働者の2023年1月からの最低賃金,月額200ドルに決定。 |
22日 | カンボジア特別法廷(ECCC),キュー・サンパンの上告を棄却し,終身刑確定。全判決が出そろい裁判終了。 |
22日 | 首相,訪米(~23日)。国連総会に出席(23日)。 |
23日 | 首相,キューバ訪問(~25日)。 |
26日 | 首相,安倍元首相の国葬出席のため訪日(~28日)。 |
10月 | |
1日 | カンボジア初の高速道路(プノンペン=シハヌークビル),開通。 |
3日 | COVID-19による水際措置,事実上すべて撤廃。 |
4日 | キューバのマヌエル・マレロ・クルス首相,来訪(~6日)。 |
6日 | 首相,COVID-19で影響を受けた貧困層への現金給付政策を1年延長すると発表。 |
8日 | ヴェン・サコン農林水産相,更迭。首相補佐特命大臣に任命(11日)。 |
8日 | プノンペン地裁,CP副党首ソン・チャイに対し名誉棄損で有罪判決。 |
9日 | カンボジア主義党,クメール民族統一党への統合に合意。 |
10日 | 政府,カンボジア繊維業協会(GMAC),国際労働機関の三者,ベター・ファクトリーズ・カンボジアプログラムの5年間の延長の覚書に調印。 |
10日 | パリ大審裁判所,首相が提訴したサム・ランシーに対する裁判で,名誉棄損にあたるが,亡命状態下で表現の自由を行使しているものとして特例的に無罪判決。 |
14日 | 国民議会,最高裁判所長官の息子ドゥット・ティナーを農林水産相に承認。 |
19日 | プノンペン地裁,サム・ランシーに対し「国土全体または一部の外国への譲渡」(刑法第440条)で終身刑判決および政治活動の永久的禁止を通告。 |
19日 | 東ティモールのジョゼ・ラモス・ホルタ大統領,来訪(~22日)。 |
31日 | サム・ランシー,YouTubeで国王を侮辱したとして国王に対する侮辱行為(刑法第437条[2])で起訴される。 |
11月 | |
9日 | 中国の李首相,「カンボジア国民の生活向上」という名目で2億元の支援を約束。インフラ事業の融資など18の協力文書に署名。 |
10日 | 第40・41回ASEANサミットと関連会合,プノンペンで開催(~13日)。 |
12日 | 政府,2023年に日本との関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすることに合意。 |
15日 | 首相,COVID-19陽性でG20サミットを欠席。 |
16日 | 旧救国党議員・幹部に対する5年間の政治活動禁止命令解除。 |
26日 | 青年連盟連合,臨時総会でフン・マナエトを名誉会長に選出,シアムリアプ州知事ティア・セイハーを副会長に追加選出。 |
27日 | 首相,草の根民主党首相候補・創設者ヨーン・サン・コマーと副幹事長レック・ソティアが離党し,人民党に入党したと発表。コマーは農林水産省長官兼首相補佐特命大臣,ソティアは農林水産省次官に任命(29日)。 |
29日 | 国民議会,2023年度予算案承認。 |
29日 | UNESCO,カンボジアの武術ロボカタオを無形文化遺産に登録。 |
12月 | |
1日 | 韓国とのFTA発効。 |
12日 | 首相,欧州歴訪(~16日)。ASEAN・EU記念サミット出席(14日)。 |
14日 | 控訴審,CP副党首ソン・チャイに対して罰金と損害賠償金を増額する判決。 |
21日 | プノンペン地裁,クム・ソカーに対する最終審理。 |
22日 | プノンペン地裁,旧救国党副党首ムー・ソックフオ帰国計画に関わった旧救国党関係者36人に対し叛逆の共謀罪(刑法第453条)で有罪判決。 |
23日 | 首相,アメリカ大使館訪問。 |
29日 | ECCC本部の建物,軍へ返還。 |
(注)*は副首相,**は上級大臣。
(注)人口は2019年は同年人口センサスに基づく確定値,2021年,2022年は同センサスに基づく推計値。インフレ率は2018年以降,籾米生産の2021年については予測値。為替レートは市場レートの中間値を参照。
(出所)人口は計画省統計局(2019年はGeneral Population Census of the Kingdom of Cambodia 2019: National Report on Final Census Results(https://www.nis.gov.kh/index.php/en/15-gpc/79-press-release-of-the-2019-cambodia-general-population-census),2021年と2022年は同局への問い合わせに基づく),籾米生産はFAO “Country Briefs: Cambodia”(https://www.fao.org/giews/country-analysis/country-briefs/country.jsp?code=KHM),インフレ率と為替レートは中央銀行 “Monthly Average Exchange Rate”,“Consumer Price Index and Inflation Rate” (https://www.gov.org.kh/english/economic_research/monetary_and_financial_statistics_data.php)。
(出所)ADB, Key Indicators 2022(https://www.adb.org/publications/key-indicators-asia-and-pacific-2022).
(出所)表2に同じ。
(出所)IMF, Direction of Trade Statistics (https://data.imf.org/?sk=9D6028D4-F14A-464C-A2F2-59B2CD424B85). 輸出はFOB価格,輸入はCIF価格表示。
(注)IMF国際収支マニュアル第6版に基づく。したがって,金融収支の符号は(+)は資本流出,(-)は資本流入を意味する。
(出所)表2に同じ。
(注)1)中央政府の超過予算を除く。2)暫定値。
(出所)表2に同じ。
(注)1)中央政府の超過予算を除く。2)暫定値。
(出所)表2に同じ。