2023 年 2023 巻 p. 265-292
タイでは2022年を通じ次期下院選挙に向けた政党間の熾烈な駆け引きが続いた。プラユット・チャンオーチャー首相の権力基盤が揺らいだことを受け,最大与党パラン・プラチャーラット党(Palang Pracharat Party: PPRP)は分裂した。対照的に,最大野党タイ貢献党(Pheu Thai Party)はタクシン元首相一族を中心に政権奪回に向け攻勢に転じ,連立政権第2党のタイ矜持党(Bhumijai Thai Party)は他党から議員を受け入れて党勢を拡大した。11月末には憲法裁判所が選挙関連憲法附属法案を合憲と判断し,各党は選挙態勢に入った。
経済は,民間需要の拡大と観光業の再開を中心に成長率を回復したものの,実質国内総生産(GDP)は新型コロナウイルス感染症拡大前の水準に届かなかった。消費者物価指数は通年で6.0%上昇し,政府は新型コロナ禍での経済支援に続いて,インフレに対する負担軽減策を講じることとなった。また,製造業の中核である自動車製造にかんして,タイはBEV(バッテリー電気自動車)の販売振興策を開始した。これは政策の恩恵を享受するメーカーに車両の国内製造を義務づけるもので,タイのEV(電気自動車)産業育成に対する積極的な姿勢を示した。
対外関係では米中対立やロシアのウクライナ侵攻をめぐり慎重な立場を堅持しつつ,アジア太平洋経済協力会議(APEC)の議長国として合意取りまとめに腐心した。また1980年代以来断交していたサウジアラビアと国交を回復する一方,ミャンマー問題をめぐる特別会議を開催し,独自の外交関係構築を試みた。
プラユット政権の権力基盤は,国軍と国会であった。プラユットは2014年の軍事クーデタ後にクーデタグループ「国家平和秩序維持評議会」(NCPO)の議長として政権を掌握した。2019年の民政復帰後は,NCPOの受け皿政党であるPPRPを通じて下院を支配し,NCPOの任命した議員により上院を統制してきた。この統制システムにおいて,国軍と国会を抑える要はプラユットではなく,元NCPO副議長で現在PPRP党首を務めるプラウィット・ウォンスワン副首相だった。陸軍第2歩兵師団出身のプラウィットは,陸軍司令官時代に同師団出身者を陸軍の要職に置き軍を支配した。しかし,2018年頃から国軍の権力中枢はラーマ10世マハー・ワチラロンコーン国王とつながりが深い第1歩兵師団を中心とする派閥(通称「赤首」グループ)へ移ったことで,プラウィットの国軍に対する影響は弱まった。
国会におけるプラユットの影響も後退した。2022年1月19日,PPRP執行部は前年9月のプラユット内閣不信任決議で造反を企てたタマナット・プロムパオ幹事長ら党員21人の除籍を決定した。除籍されたタマナットは他の18人とともに小政党タイ経済党(Sethakit Thai Party)へ,残る3人は連立第2党のタイ矜持党へ移籍した。さらに同じ1月には2020年にPPRPを離党していたウッタマ・サーワンナーヨン元党首らが新党「タイ未来建設党」(Sang Anakhod Thai Party)を設立し,プラユットとの対決を宣言した。
離党したのは,いずれもPPRP内の反プラユット派である。プラユットはPPRP を中心に17政党の指名によって首相となったが,首相自身は議員でもPPRP党員でもない。PPRP内では,NCPO以来の非政治家党員と,結党時に他党から移籍した政治家党員の間で主導権争いが続いてきた。プラユット首相は党の亀裂を座視し,ウッタマやタマナットといった政治家議員との対立を深めたうえ,彼らの背後にいるプラウィットPPRP党首・副首相との関係も悪化していった。
プラユットの影響力低下に拍車をかけたのが,憲法の定める首相の任期問題である。現行の2017年憲法によれば,現在の下院は2023年3月の議員任期満了に伴って解散し,5月に総選挙が行われる。また憲法は,内閣総理大臣の任期を通算8年間と定める。もし2019年7月の首相就任から起算すれば,プラユットの任期は2027年6月までである。しかし,NCPO政権下で首相に就任した2014年8月から起算した場合,任期満了は2022年8月となる。次期選挙まで1年を切ったことに加え,プラユットの首相任期満了による政権交代の可能性が高まったことで,野党は内閣を退陣に追い込むべく攻勢に出た。
タイ貢献党は2022年6月15日にプラユット首相ら閣僚11人に対し,経済政策の失敗などを理由に不信任動議を下院に提出した。7月23日の不信任決議で全員が信任されると,8月17日に他の野党とともに首相任期の判断を憲法裁判所に請求した。憲法裁判所は訴えを受理し,9月30日に首相の任期を現行憲法が公布された2017年4月6日から起算するとの判断を下した。これによりプラユット首相の任期満了日は2025年4月に確定した。憲法裁判所の判断で即時解散こそ免れたものの,プラユットの首相としての任期が確定しことで,政権の求心力低下はいっそう顕著となった。
国民のプラユット政権に対する支持率も低下した。国立行政学院(NIDA)の世論調査機関NIDAポールの調査結果によれば,プラユットを首相候補として支持するとした回答は2020年12月の30.32%から2022年12月には14.5%にまで落ち込んだ。同様にPPRPの支持率も2020年12月の17.8%から2022年12月の4%まで下がったことで,プラユットの権力基盤は大きく揺らいだ。
バンコク・パタヤー首長・議会同時選挙2022年5月22日,バンコク都とパタヤー市の2カ所で自治体首長・議会同時選挙が行われた。これらの都市は自治体のなかでも首長の権限や予算の大きい特別自治体であり,2014年のクーデタ以来初となる今次の選挙は,地方における選挙民主主義の動向を示すものとして注目を集めた。
バンコクは保守層が多いといわれ,過去4回の都知事選挙はいずれも保守派である民主党の候補が勝利している。しかし2019年の下院選挙では民主党とPPRPの間で保守票が割れ,民主党は大幅に議席を減らした。そして今回のバンコク都知事選挙では,無所属で出馬した元タイ貢献党のチャッチャート・シッティパンが138万6215票という史上最多得票で地滑り的勝利を果たした。都議会選挙では,50議席のうちタイ貢献党20議席,前進党14議席,民主党9議席,アサウィン前都知事を支持する「ラック・バンコク派」3議席,PPRP2議席,タイ貢献党から離党したタイ建設党が2議席という結果となった。
都知事選におけるチャッチャートの歴史的大勝の背景には,いくつかの要因が考えられる。チャッチャートはかつてタイ貢献党政権で閣僚(運輸大臣)を務め,現在も同党と近い立場にあるといわれる。その一方で,彼は王室を支持する保守的な一族の出身であり,穏健な保守派からも支持を集めた。選挙期間中チャッチャートは政権批判には触れず「すべての人のためのバンコク」を訴えて実務的課題解決を掲げた。PPRPが支持候補を一本化できず,保守票を糾合できなかったこともチャッチャートの追い風となった。NCPOの任命で前知事を務めたアサウィン(独立候補)や他の連立与党派候補の得票数の低さを考えれば,都知事選の結果はタイ貢献党への支持に加えNCPO=PPRP体制への批判票によってもたらされたものであり,穏健な保守派から革新派まで幅広い有権者に実務能力を訴えたチャッチャートの戦略が奏功したといえよう。都議会選挙も同様に,PPRPへの不満がタイ貢献党躍進の追い風になったとみられる。
変化と実効的政策運営とが争点となったバンコクに対し,パタヤーの自治体選挙は旧来の地元政治家系の強さを再確認する結果となった。パタヤーを含むチョンブリー県は長らく地元の政治一族でありPPRPにも参加するクンプルーム家の影響下にあった。しかし,2019年の国会下院選挙では,クンプルーム家の支持する候補がパタヤー選挙区で革新派野党・前進党に敗北した。今回の自治体選挙でもクンプルーム家の支援する候補の動静が注目されていたが,蓋を開けてみれば同家と関係の深い「ラオ・ラック・パタヤー派」に属する候補らが市長選と議会選をともに制し,地元政治家系の根強い影響力を印象づけた。
タイは有権者の政治志向をめぐる地域的な差異が大きく,自治体選挙の結果から直接国政選挙の動向を占うのは難しい。とはいえ,今回観察された地方政治に隠然と影響を振るう地元政治家系と,変化と政策実効性を求める大都市の有権者の存在は,来る下院選挙でも結果を左右しうる重要要因となることが予想される。
下院議員選出法をめぐる攻防2021年に2017年憲法の選挙関連条項が改正されたことに伴い,国会では憲法附属法である政党法と下院議員選出法(下院選挙法)の改正が課題となっていた。法案審議は,議席配分数の算出方法を定める下院選挙法をめぐり政党間や政権内部の利害対立に翻弄されて迷走し,プラユット首相の求心力・統率力の低下を印象づけた。
前年の憲法改正は,小選挙区の得票数に基づき比例代表議席数を算出する現行の制度から,1997年憲法で採用されていた小選挙区と比例代表で個別に議席数を算出する制度に戻し,さらに下院定数を現行の小選挙区議員350人,比例代表議員150人から,小選挙区議員400人,比例代表議員100人へと変更するものであった。この改正を踏まえ,5月に下院選挙法起草特別委員会(特別委員会)が,小選挙区と比例代表の議席配分をそれぞれ個別に算出する案を国会に上程した。同案は1997年憲法下の選挙制度を復活させるものであり,成立すれば選挙は大政党に有利になると目された。
しかし7月5日,プラユット内閣は特別委員会案ではなく,小政党である新法力党のラウィー・マーッチャマードン党首が提出した案を支持することを決定した。ラウィー案は,各党が小選挙区で獲得した議席数をもとに比例代表議席配分数の上限を設けるというものである。これは実質的に,中小政党に有利と言われた2019年総選挙時の制度と同じであった。プラユット首相は新党への参加を念頭に置き,自らに有利なラウィー案を支持したのである。6日の国会上下院合同会議第2読会では,ラウィー提出の内閣案が賛成354,反対162,棄権37,不投票4で可決された。
しかし最終的に,ラウィー案は特別委員会案を支持するPPRPプラウィット派やタイ貢献党の反発を受け廃案に追い込まれた。7月26日,上下院合同会議第3読会で政党法案と下院選挙法案の審議が行われ,政党法は賛成多数で可決された。下院選挙法案は特別委員会に差し戻す提案が賛成476,反対25,棄権29で可決され,再審議となった。8月に再開された国会上下院合同特別会議では,タイ貢献党やPPRPなどの議員が欠席し定足数不足で審議ができないまま憲法の定める採決期限を越えた。憲法第132条は国会上程から180日以内に憲法附属法の採決を義務付けており,採決できなかった場合,法案は自動的に廃案となる。今回はこの規定に従い,ラウィー案は廃案となり,代わって特別委員会案が上程した法案が成立した。
新法力党などの小数政党はこれを不服とし,8月25日に106人の国会議員の署名とともに下院選挙法案の内容に矛盾があるとして憲法裁判所へ審査を請求した。憲法裁判所は11月30日に下院選挙法案を合憲とする判断を下し,同案は12月20日に国王へ上奏された。
政党間の離合集散とタイ矜持党の党勢拡大2023年が近づくと,政党間の離合集散は加速した。2022年11月20日,プラユット首相が2021年に結党された小政党タイ団結国家建国党(Thai Ruam Sang Chart, United Thai Nation Party: UTN)へ加わることが明らかになった(Krungthepthurakit [電子版],21 November, 2022)。UTNは民主党から移籍した議員と,PPRPから離党したプラユット派が主なメンバーである。保守派で南部に地盤をもつ民主党系議員の集票力を頼りに,プラユットは同党の首相候補として再選を目指すものとみられる。他方,プラユットが離反したことでPPRPは党内対立が解消され,プラウィット副首相の下で党勢立て直しに向かった。11月21日にはタイ経済党の元PPRP議員5人がPPRPに復党することが報じられ,タイ経済党党首となっていたタマナットもプラウィット副首相への支持を表明して,PPRPとの連携をアピールした。タマナットはかつてタイ貢献党に所属し,現在もタクシンと近い関係にあるといわれる。タイ貢献党にパイプを持つタマナットがPPRPと連携することで,タイ貢献党とPPRPによる連立の可能性も浮上した。これに対しプラユットは11月30日にPPRP内のプラユット派議員3人を新たに閣僚に任命して対立勢力をけん制した。
そうしたなか,12月14日に下院事務局がPPRP,タイ貢献党,前進党,民主党などの主要政党を含む10党の下院議員31人の辞職を公表した。PPRPは11人が離党し,下院での議席数は2022年1月1日時点の116議席から84議席に縮小した。16日にはこれらの議員がタイ矜持党へ移籍することが明らかになった。連立与党第2党であるタイ矜持党は, 2019年の総選挙後から解党処分を受けた党の議員を受け入れるなどして,静かに党勢を拡大してきた。2020年2月に解党された革新派政党・新未来党からは9人を,2022年初にはPPRPを除籍されたタマナット派のうち3人を受け入れている。12月の大量移籍後,タイ矜持党の重鎮政治家であるネーウィン・チッチョープは,アヌティン・チャーンウィーラクン党首(副首相兼保健相)を首相候補として連立を受け入れる用意があるとの談話を発表し,政権獲得への意欲を示した。
タイ矜持党はアヌティン副首相兼保健相のもと2019年から大麻の段階的合法化や新型コロナウイルス対策などを通じて存在をアピールしてきた。2022年6月には大麻を危険指定薬物から除外した改正麻薬取締法を成立させ,大麻栽培を推進して「タイ農家の収入拡大」を訴えた。タイ貢献党,民主党,前進党は,規制緩和が乱用による中毒など社会問題の深刻化につながるとし,タイ矜持党へ激しい批判を展開した。しかし民間世論調査会社スーパーポールが12月に実施した調査結果によると,回答者1190人のうち61.4%が,国民生活改善を期待できる人物としてアヌティン副首相を挙げており,同党の影響力拡大をうかがわせた。
攻勢を強めるタイ貢献党タイ貢献党は支持層の拡大を目指して組織改革を続けてきた。2021年には党の実質的首領であるタクシン元首相の次女ペートーンターンを党顧問に就任させた。2022年3月にはペートーンターンをリーダーに「プアタイ・ファミリー」と称する選挙運動を開始した。彼女自身は政治経験が浅いものの,タクシンやタイ貢献党への根強い支持を反映する形で同党の首相候補としての立場を固めつつある。
タイ貢献党の「選挙強さ」を再確認させる出来事も続いた。2022年1月末に行われたバンコクでの下院議員補欠選挙では,タイ貢献党候補がPPRPの対抗候補を大差で下して当選し,5月のバンコク都議会選挙では他党を抑え第1党に躍進した。
下院選挙制度改正も,タイ貢献党への追い風となっている。改正法は下院選挙を1997年憲法当時の制度に戻すものだが,タイ貢献党は同制度の下で行われた3度の選挙でいずれも大勝し第1党となった経験をもつ。次期選挙も大政党優位との見方が強まるなか,2022年7月にはタイ貢献党から分裂したタイ建国党(Thai Sang Thai)の一部党員がタイ貢献党に復帰した。NIDAポールが10月28日から11月2日にタイ貢献党の地盤である北部地方で2000人を対象に行った世論調査では,48.70%の回答者が小選挙区でタイ貢献党に投票すると答えている(Prachathai[電子版],7 November, 2022)。過去の成功と強固な地盤を踏まえ,同党は12月6日の臨時党大会で5%を超える経済成長率の達成,最低賃金を現行の日額300バーツから600バーツへの引き上げなど強気の公約を掲げた。プラユット政権下で経済成長率の低迷が続いたことを批判しつつ,過去の経済政策実績を有権者に訴える戦略とみられる。
(青木)
2022年のタイ経済を概観すると,通年で6.0%という高いインフレ率にもかかわらず,コロナ禍の反動ともいえる民間需要の拡大と門戸開放による観光業の改善が経済全体を支えた。実質GDP成長率は2.6%であった。着実に経済回復が続いているものの,実質GDPの水準は,新型コロナウイルス感染症拡大前の2019年に届かなかった。
四半期別の実質GDP成長率は,第1四半期は対前年同期比2.2%増,第2四半期は2.5%増と,2021年第4四半期から継続して上向いた。続く第3四半期は,経済活動への規制解除と観光業の改善に伴う旺盛な民間需要に呼応して4.5%成長に加速したが,第4四半期は輸出需要が下押しされ1.4%増に落ち込んだ。
次に実質GDPの生産面をみると,農業は第1四半期,第2四半期ともに3%を超える成長をみせたが,第3四半期は洪水被害により前年比-2.2%のマイナス成長に転じ,通年では2.5%増にとどまった。反対にサービス業は第2四半期以降に大きく回復し,通年で4.3%の成長となった。なかでも観光業の復調によりとりわけ大きなプラスを記録した宿泊・飲食サービス業は前年比39.3%成長の回復をみせた。一方で製造コスト上昇が重荷となった製造業は前年比0.4%増と伸び悩んだ。
支出面では,民間最終支出が大きく回復し,通年で6.3%の成長を記録した。なかでも個人消費は前年比9.3%増と大幅に改善している。民間消費指数も上向き傾向にあり,特に耐久財(車両)の消費指数の回復が堅調である。総固定資本形成も前年比2.3%増と回復を続け,民間部門の固定資本形成は5.1%のプラス成長となった。財輸出は,第3四半期まで対ドル為替下落により力強さをみせていたが,第4四半期に外需縮小のあおりを食い前年同期比-10.5%のマイナス成長に転じた。国別では,中国向け物品輸出が頭打ちになったものの,アメリカ,インド,ASEAN向けが好調であった。同時に,財輸入は原油,ガス,工業製品を筆頭に大幅増加した。実質GDP成長率への寄与度をみると,サービス純輸出(寄与度3.8%ポイント),民間最終支出(同3.7%ポイント)が大きく貢献したが,財純輸出(同-2.4%ポイント)はマイナスの貢献となった。
前年に赤字に転落した経常収支は,旅客増加に伴うサービス収支赤字の改善により第4四半期に経常収支全体もプラスに転じた。対して,貿易収支は為替安と原油高で縮小傾向にあり,第3四半期の貿易収支は赤字を記録した。四半期別の貿易収支が赤字となるのは2013年以来9年ぶりである。結果として,通年の経常収支は赤字を継続している。為替介入により外貨準備高減少が続いたが,10月時点での外貨準備高は2287億ドルで,輸入金額の約9カ月分,対外短期債務残高の約2.7倍と主要な指標の適正水準範囲内にある。
政策金利は2020年より0.5%という異例の低利率を維持してきた。インフレが金利引き上げの圧力となるなか,タイ中央銀行は家計債務比率が対GDP比90%に迫っている圧迫感と,民間消費の減退を避けるため,金融引締めに慎重であった。最終的には8月,9月,11月にそれぞれ0.25%の小幅な引き上げがなされ,1.25%となった。また,10月より最低賃金が2年半ぶりに改定され,名目賃金は全国平均で5.2%上昇した。一方で,国家経済社会開発評議会事務局(National Economic and Social Development Council: NESDC)が発表するThailand’s Social Outlook(12月14日)によれば,2021年第3四半期以降,実質賃金は低下傾向にあり,2022年第3四半期には前年同期比で3.1%縮小したとしている。急激な物価上昇に所得の伸びが追いつかない実態から,好調な個人消費にブレーキがかかることが懸念される。
インフレーションと政府の対策ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー需給のひっ迫など国際情勢を主因として,2022年のタイではインフレーションが続いた。また,2021年末からの国内養豚場における家畜伝染病の蔓延や,9月から10月にかけて発生した洪水による農作物被害は,食料価格高騰の国内要因になった。インフレ率は6.0%に達し,なかでもエネルギー価格は6月に前年同月比40%と激しい上昇を記録した。政府はコロナ禍の経済支援に続き,エネルギー支出補助,価格抑制による家計負担軽減策を試みた。支出補助は,使用量に応じた家庭用電気料金の割引,国家福祉カード所持者への給付金増額のほか,タクシー・バイクタクシー運転手への補助金給付がなされた。価格抑制は,液化石油ガス(LPG),自動車用軽油の小売価格に対して設定された。どちらも国家石油基金(State Oil Fuel Fund)が小売価格に介入し,さらに自動車用軽油については物品税の引下げが行われた。国家石油基金による小売価格介入は,小売価格が基準額を超えた分を基金から補填し,超えない場合は一定額を徴収する形で行われる。軽油の基準額は5月まで1リットル当たり30バーツであったが,その後段階的に引き上げられ,35バーツの上限が半年以上続いた。結果として11月には1300億バーツ以上の赤字が基金に累積した。政府は本来なら400億バーツである国家石油基金の借り上げ上限を撤廃し(3月15日閣議決定),その後,10月に1500億バーツの資金調達計画を許可し,資金の借り入れに財務省による返済保証を付与した。軽油の物品税については,通常1リットル当たり5.99バーツが徴収されているが,2月19日から3カ月間は3バーツ,以降は5バーツ割引された。このほか,低所得者支援策である「コン・ラ・クルン」も前年から引き続き実施された。
また,タイ政府は日用品についても恒常的に価格統制,監視を行っており,インフレが続くなかで統制価格の引き上げが議論された。1999年に制定された「商品およびサービス価格法」による規制は,不当な商品・サービスの値上げを防ぐものであるが,現在は低所得者の生活費負担軽減策としても位置づけられている。これは商務省国内取引局が作成するリスト内の品目の価格を統制・監視するもので,2022年時点での価格統制品・サービスは56品目,その範囲は,食品から一般消費財,建材や紙製品まで幅広い。価格統制品の値上げには商務省承認が必要で,原料費高騰により肥料など一部商品は値上げが承認された。しかし,7月に即席麺メーカーが行った申請は低所得者への影響の大きさから,一旦却下された。その後,同メーカー5社合同で値上げについて嘆願書を提出し,商務省は製造コストの定期的な報告を義務づけたうえで,8月24日,14年ぶりに1袋当たり1バーツの値上げを認可した。メーカー側は小売価格が固定されるなかで原料価格の上昇が続けば,国内事業の利益が見込めないと主張している。現状の価格統制制度は,事業者側負担が大きく,適切な企業運営が妨げられることによる国内企業の競争力への悪影響を勘案すれば,制度自体に再考の余地があるといえよう。
コロナ禍の収束と持続可能な観光業の模索タイでは,2022年1月から新型コロナウイルス感染第4波が発生したが,大きな混乱はなく,6月23日に新型コロナウイルス感染症問題解決センター(CCSA)はすべての都県で飲食店でのアルコール提供および遊興施設(カラオケ,パブ,バーなど)の営業制限を緩和,マスク着用義務を撤廃した。9月30日にはCCSAが解散し,深南部を除き非常事態宣言は解除された。コロナ禍によって甚大な影響を受けた観光業は,すでに2021年後半に積極的な観光客受け入れを再開しており,2022年も国内規制緩和に並行して入国条件緩和を進めた。入国時検査での陰性証明をもって検疫隔離を免除する「テスト&ゴー」が5月に廃止され,ワクチン完全接種者は入国時の検査が不要となった。また,7月に事前入国申請制度「タイランド・パス」が廃止されると,タイへの入国規制はほとんどなくなった。結果,2022年の外国人旅行者数は1115万人に上るなど,徐々に回復が進んでいる。
観光業は近年のタイの経済を支える産業のひとつである。ただし,コロナ前のタイでは,オーバーツーリズムによる悪影響も懸念されていた。そのなかで注目を浴びたのは,ハリウッド映画のロケ地に抜擢されたクラビ県ピピ群島国立公園内マヤ湾である。観光客急増による環境汚染のため2018年に封鎖され生態系の再建を試みたのち,2022年1月に入域制限を伴って開放された。
タイ政府は,「BCG(バイオ・サーキュラー・グリーン)経済モデル」(『アジア動向年報2022』参照)の一環として,持続的な観光を促進し,幅広いニーズをもつ外国人に付加価値の高い滞在を提供する方向へ舵を切ろうとしている。政府は新たに医療用ビザの発給を許可したほか,9月よりタイ長期居住者ビザ(LTRビザ)を導入した。これは,専門家や,リモートワーカー,富裕層の外国人に,更新可能な10年ビザの取得と就労許可,所得税減税などの特典を提供する制度である。なお,当該ビザ保有外国人に対し居住用の土地所有を一部許可する法案は国内の批判が殺到し撤回された。観光業が経済回復のエンジンとなっている反面,観光客の一極集中により,環境破壊といった弊害や,都市部・リゾート地に偏った発展を経験したタイにとって,観光関連産業の持続可能性や強靭性の向上は避けて通れない課題となっている。
BEVの国内生産誘致が本格化タイの内燃機関車製造は製造業の中心であり,日系企業が8割を超えるシェアを占め,サプライチェーンを確立してきた。タイ工業連盟(FTI)によれば,2022年の自動車国内生産台数は188万台,うち完成車輸出台数は103万台,輸出額は6193億バーツと好成績を記録した。しかし同時に,タイの自動車輸出先の約20%を占めるオセアニアでEVが推進されるなど,輸出市場に変化が生じている。これに応じてタイは2030年までに国内自動車生産台数のうち30%をEV車にする目標を掲げ,EV生産の国内誘致に力を入れ始めた。
2月15日に閣議決定されたEV振興策では,乗用車,ピックアップトラック,二輪車のBEVを生産するメーカーに対し輸入関税および物品税の減税,そして販売補助金の交付を行うことで,国内市場の創出を狙っている。その参加条件は,2024年もしくは2025年までに車両の国内生産を開始すること,そして補助金の交付を受けた輸入車の販売台数と国内生産台数を,国内生産開始年に応じて一定割合で相殺することである(表1を参照)。さらに,2026年以降,二輪車以外のすべてのバッテリーに国内生産品もしくは国内組立品を用いることが求められている。
(出所)2022年5月30日掲載官報(https://ratchakitcha.soc.go.th/documents/17208408.pdf,最終アクセス2023年4月11日)およびBangkok Post 電子版,23 February, 2022に基づき筆者作成。
つまり,この振興策はタイ国内でのBEV生産を義務づけ,今後数年間の現実的な生産計画を要求している。この条件のもと,12月までに財務省物品税局と乗用車について覚書を交わしたのは,国内コングロマリットCPと中国の上海汽車(SAIC)の合弁会社であるSAIC Motor-CPのほか,長城汽車(GWM),比亜迪(BYD),東風小康汽車(DFSK),合衆新能源汽車(Hozon New Energy Automobile),トヨタ,メルセデスベンツであり,中国系企業の存在感が大きい。当面は,内燃機関車の需要も残存すると考えられるが,従来の国内サプライチェーンは縮小・再編を要する可能性が高く,労働者雇用への影響も注視される。また,資源産出国ではないタイが,安定した原料調達と効率的な生産を維持するには,ASEANや関係国との綿密な連携がこれまで以上に求められる。
第1期を終えた「20年国家戦略」タイは2017年憲法制定時から,同憲法上で規定された「20年国家戦略」に基づいて発展計画を進めている。この「国家戦略」開始から5年が経過したところで,長期開発計画全体の進捗を確認し,計画を更新する段階に入った。
「国家戦略」の下,「タイランド4.0」の中心事業である東部経済回廊(EEC)では,開発第1期にあたる2018年から2022年の間に,当初の目標を上回る約1兆8000億バーツの投資誘致を達成した。さらに,来期計画では2兆2000億バーツを目標としている。2022年のタイ投資委員会(BOI)への投資申請は2119件,6646億バーツ,投資承認額は6186億バーツであり,うちEEC向けは35%にあたる2213億バーツであった。BOIが承認したEECへの年間投資額は,2017年,2018年は3000億バーツを超えたが,2019年以降2000億バーツ前後で推移し,中弛みが続いた。EECの開発第2期では,投資優遇措置がある「ターゲット産業」12業種のうち,次世代産業に当たる,ロボット,航空・ロジスティックス,バイオ燃料・化学,デジタル,医療と包括的ヘルスケア,教育・人的資源開発,そして防衛産業の7産業の育成に取り掛かる。このため,BOIが2022年10月に発表した新たな5カ年投資促進戦略(2023年~)では,奨励対象業種を追加するほか,タイへの技術移転が期待される高度技術事業や研究開発拠点の設置に追加恩典を付与するとした。タイは依然として外資誘致を中心とした産業高度化,そして新産業育成を模索しており,投資優位性を高めるための優れた技術人材育成や開発環境の整備が不可欠になりつつある。
また,EECと並行して政府が再考しているのが,同じ特区方式を用いた新たな地域経済回廊の建設である。過去にも同様の計画が承認されてきたが,具体化は叶っていなかった。5月5日,経済特区政策委員会は,北部経済回廊(NEC),東北部経済回廊(NEEC),中西部経済回廊(CWEC),南部経済回廊(SEC)の開発を承認し,12月8日付BOI布告にて上記の経済回廊への投資恩典を付与した。恩典対象となる産業は,すべての地域において農・食品産業と,地域の特色を活かす産業がそれぞれ指定されている。これで経済特区は,EEC,国境特別経済開発区(国境SEZ)にこの地域経済回廊が追加された。今後は,特区同士の連携を強化し,バランスのとれた発展を目指すとしている。2015年に開始した国境SEZは,国境に位置する10県において非熟練外国人雇用規制緩和やインフラ整備を行う投資特別奨励区であった。しかし,政府主導のインフラ計画の多くが2024年までに供用開始を予定しながら,2022年12月までに投資恩典を認可された件数はわずか75件,184億バーツで,同期間の対内投資承認額の0.4%と振るわない。新たな地域経済回廊では,前者の轍を踏まないためにも,強い推進力が求められている。この点,EECはもともと産業集積地であったうえに,NCPO政権下で設立されたEEC政策委員会の法的に強力な権限により迅速に進行した。しかし,今回の新経済回廊の開発計画は,上記投資奨励以外まだ明確にされていない。
一方,前年に国家戦略アジェンダに記載された「BCG経済」モデルは,国際的な枠組みとして間口を広めた(「対外関係」参照)。工業,デジタル産業におけるイノベーティブな次世代発展を強調したEECとは対照的に,「BCG経済」モデルは,主に農関連産業とサービス産業を中心とした包摂的で持続的な成長をテクノロジーにより支えていくことを目指す。ここで包摂的とは,低所得者層や非熟練労働者の底上げを含む経済格差の是正を意味する。しかしながら,国内の市民団体から,「BCG経済」は見せかけの環境配慮をアピールするグリーンウォッシュであり,社会的弱者を無視して大企業の利益のみを追求しているとの批判も出ている。これまで,政府は技術開発投資,投資恩典付与,国際連携を中心に推進しており,具体的な包摂策が欠落していることに批判の一因が求められよう。「BCG経済5カ年行動計画」は2月に内閣から承認を受けたばかりであり,今後の実施動向が注目される。
(高橋)
2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻をめぐり,タイは中立の立場を維持した。2月26日のASEAN外相共同声明では,すべての関係当事者に対し自制と平和的解決,主権,領土の一体性保全,平等な国家間関係といった原則の支持を求めるという控え目な態度にとどまった。3月10日の政府公式声明では,具体的国名には触れず3月3日の国連決議を支持するとし,ウクライナ領内の自国民帰国を最優先とした。
一方で,タイはロシアへの具体的な制裁は行わず,国連でのロシア関連決議でもあいまいな態度をとった。3月2日の国連特別緊急総会におけるロシアのウクライナ侵攻非難決議で,タイはラオスとベトナムを除く東南アジア8カ国とともに賛成票を投じた。しかし,4月7日に行われた国連人権委員会へのロシアの参加資格停止に関する決議や,10月12日の国連でのロシアのウクライナ4州併合非難決議(賛成143カ国)ではいずれも棄権した。
その背景には,自国とロシアとの利害関係を踏まえたタイ政府の思惑がうかがわれる。2010年代に入り,タイはロシアとの間でヘリコプター,戦車といった装備の調達や共同開発,メンテナンス施設建設といった防衛産業協力を検討してきた。長期的にみれば,直接的争点をもたないロシアとの関係は,タイにとって中国やアメリカといった対大国関係を相対化する選択肢のひとつであり積極的に遠ざける理由はない。タイ国内では,若者を中心にウクライナを支援しロシアに抗議する集会が開かれたが,いずれも小規模にとどまった。
台湾問題と対中姿勢をめぐる官民の温度差2022年もプラユット政権は中国との友好を維持した。一方で,2020年から台湾・香港との連帯を謳うタイ国内の反政府勢力に対し,中国政府が直接けん制する発言を続けたことで,国民から反発を招く事態がしばしば起きている。こうした動きを踏まえ,2022年4月には中国安徽省でドーン外相と王毅外交部長が会談し,両国の友好を改めて確認する声明を出した。8月2日,アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問を端緒として米中間で緊張が高まった際も,タイ外務省は翌日に「一つの中国」原則順守を宣言し中国支持の姿勢を堅持した。ただしSNS上では,8月以降に国際的な民主化推進運動「ミルクティ同盟」(milk tea alliance)のハッシュタグをつけ,台湾との連帯を訴え中国政府を批判する動きが活発化した。このように政府と国民の対中姿勢には依然として温度差が見られる。
APEC議長国としての会議外交タイがウクライナ問題や台湾問題をめぐり消極的な態度にとどまった背景として,APEC会議の影響は無視できない。プラユットにとって,1年で100回以上行われる一連のAPEC会合を成功させ,次期選挙に向けた国内向けの「実績」作りが必要だった。また外務省や経済関連省庁は,ロシアや米中といった大国間関係に振り回されることなく,地域の具体的課題解決に向け協力のモメンタムを維持しようとした。2022年5月2日,タイ,インドネシア,カンボジアの外相らが,それぞれAPEC,主要20カ国・地域(G20)首脳会議,ASEANの議長国として,すべての加盟国参加のもと協力を推し進める姿勢を確認する共同声明を発表した。
しかし,一連の会合でタイは難しい舵取りを迫られた。5月21日のAPEC貿易担当閣僚会合では,ロシア代表の発言に際し日本やアメリカなど5カ国の代表が退席する一幕があった。8月26日のAPEC食料安全保障担当閣僚会合はウクライナ侵攻をめぐり共同声明を出せず,10月20日のAPEC財務担当大臣会合では,ウクライナ侵攻に加え台湾海峡の緊張をめぐる対立も加わり声明を取りまとめられなかった。ロシアを外すよう先進国から働きかけがあったともいわれるなか,11月の首脳会合に向けタイ外務省はロシアにAPEC参加を促す交渉を続けた。10月にはプーチン大統領の参加が伝えられたものの直前でキャンセルとなり,結局「すべての国の参加」に向けた努力は実を結ばなかった。
最終的に11月18日から2日間にわたり開催されたAPEC首脳会合では,プラユットが議長を務め,アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)設立に向けた能力構築支援アジェンダ計画(2023~2026年)や,域内移動インフラの安全性確保に関するタスクフォース提言を踏まえた首脳宣言を発出したほか,「バイオ・サーキュラー・グリーン経済に関するバンコク目標」を取りまとめた。「バンコク目標」は気候変動緩和など発展の持続可能性に関するAPEC初の包括的目標である。そこに政権の推進する「BCG経済」への言及を盛り込んだことで,プラユット首相はAPEC首脳会議が「成功裏に終わった」と強調した。
しかし,APECの成否について国内からは懐疑的な声が上がっている。APEC会議期間中,政治改革を求める反政府グループ「人民党」(Khana Ratsadon)などの呼びかけにより「2022 APECを阻止する人民集会」が開催された。これはAPEC批判の形をとった反政府集会であり,参加者は「BCG経済」への批判やプラユット退陣を訴えた。政府は会場付近への立ち入りを規制し,警官隊を投入してデモ隊の強制排除を行った。このためAPEC会場付近では,集会参加者や報道関係者が負傷するなどの混乱がみられた。
サウジアラビアとの国交回復二国間関係で注目を集めたのは,サウジアラビアとの国交回復である。2022年1月25日,プラユット首相はサウジアラビアからの招待を受ける形で同国を訪問した。ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子との会見ののち,両国首脳は関係正常化を宣言する共同声明を発表した。両国の関係は,1989年の「ブルーダイアモンド盗難事件」を機に悪化していた。同事件は,サウジアラビア王室所有の宝石がタイ人によって盗み出されたのち,タイ国内で押収した警察によってその一部が紛失されたものである。同事件の捜査にあたったサウジアラビア政府関係者が殺害されたことから事件は外交問題に発展し,サウジアラビアはタイとの外交関係を格下げし,タイへの渡航ビザを停止する事態が続いていた。今回の国交正常化を受け2022年7月には二国間でビジネスマッチングイベントを開催し,企業間交流を推進した。11月にはAPECのゲストとしてムハンマド皇太子がタイを訪問し,マハー・ワチラロンコーン国王夫妻と会見した。
タイにとって,サウジアラビアとの関係回復による代替エネルギー開発やタイ人労働者の出稼ぎ再開,食料品輸出の機会拡大など経済的可能性を拓くことが期待される。また米中ロの間で緊張が高まる国際関係にあって中小国同士の関係を強化することは,大国への依存を低減し,外交上の選択肢を増やす機会として期待されている。
ミャンマー問題への対応ミャンマーの国内対立はタイにとって安全保障上の脅威であり,内戦の激化は最も避けたい事態である。プラユット政権は2022年もミャンマー軍事政権を刺激しないよう融和的態度を取り続けた。6月には国境付近で反政府勢力を攻撃するミャンマー国軍戦闘機がタイ領空を侵犯する事態が起きたが,タイ政府は抗議を控えた。
2022年12月22日,タイ政府はミャンマー国軍の任命したワナマウンルイン外相を含むASEAN諸国外相を招待し特別会合を開催した。会議には非国軍政府代表との対話を求めるインドネシアやマレーシアといった島嶼部ASEAN5カ国は参加せず,大陸部東南アジア5カ国のみの外相会談として行われた。タイ外務省の発表によると,会議では人道援助の可能性とあわせ「5項目合意」の実施について協議したという(Reuter, 23 Decembner, 2022)。孤立したミャンマー軍事政権と接触し,ASEANでの対話の機会につなげようとしたものとみられるが,国内からはミャンマー軍事政権を容認するとして批判の声が上がった。
(青木)
最大の政治課題は,2023年5月半ばに行われる下院総選挙が無事に実施され,その後の政治安定に繋がるかどうかである。2023年1月28日には下院選挙法と政党法が国王署名を経て発効した。プラユット首相は1月にUTNに正式に加入して首相候補に選出され,PPRPは首相候補にプラウィット党首を指名した。一方パタヤー市を抑えたクンプルーム家はPPRPを離れタイ貢献党への合流を表明するなど,政党間では連立をにらんだ離合集散が続いている。
他方,拘束中の反政府運動家の保釈を求める活動家が2022年末からハンガーストライキを開始し,それを端緒として政治改革を求める反政府運動が再燃した。今後選挙に向けて王制を含む政治改革運動がさらに先鋭化した場合,各党は政治改革について改めて旗幟を鮮明にすることを迫られるだろう。次期選挙がつつがなく実施されるかどうかに加え,実施された場合,政治改革や経済構造改革といった国家基本構造を問い直す政治に向かうのか,それとも1990年代にみられた党利党略をめぐる政党間の権力闘争に回帰するのかが注視される。
経済では,輸出需要の下押し圧力が強まるなか,観光関連産業と国内需要の回復を維持できるかが課題になる。長期的には,近年の経済成長率の低迷から産業高度化が肝要とされるなかで,2017年憲法で規定された開発計画に基づく資源配分が,総選挙を経てどのように変化するかがポイントになる。また,選挙前には大票田となる低所得者層に向けた人気取り政策が立案されてきたが,コロナ禍から続いた財政出動により,政策上の余力は限られている。短期的な経済支援策から,経済成長と根本的な格差是正に資する仕組みへの移行が重要な課題である。
対外関係では,引き続きミャンマー問題への対応が課題である。2023年1月,アメリカ国防総省はタイ政府と共同議長を務める拡大ASEAN国防相会議へミャンマー軍事政権代表を招待すると発表した。ミャンマー問題をめぐるタイ独自の動きをASEANのイニシアティブとつなげられるのかどうかが焦点になろう。また個別の案件に加え,外交方針をめぐる政権と国民の意見対立が続く状況にも注意が必要である。
(青木:地域研究センター)
(高橋:地域研究センター)
1月 | |
4日 | 内閣,2023年度予算の大枠を決定。歳出総額3.2兆バーツ。 |
12日 | 萩生田経済産業大臣来訪(~13日)。日タイ間でクリーン・エネルギー協力覚書に署名。 |
16日 | チュムポーン県第1区およびソンクラー県第6区の下院議員補欠選挙で民主党候補者当選。 |
18日 | 内閣,最大10年間有効となる長期居住者(LTR)ビザ制度を原則承認。9月1日から発給。 |
19日 | パラン・プラチャーラット党(PPRP),タマナット幹事長ら下院議員21人の除籍を決定。 |
19日 | ウッタマ元PPRP党首,スラキアット元副首相ら,タイ未来建設党結党。 |
20日 | 新型コロナウイルス感染症問題解決センター(CCSA),防疫規制緩和(24日~)と「テスト&ゴー」の再開(2月1日~)を決定。 |
24日 | 内閣,「コン・ラ・クルン」など経済支援策を承認。予算518億バーツ。 |
25日 | プラユット首相,サウジアラビア訪問。ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子との間で国交正常化合意(26日)。 |
26日 | アヌティン副首相兼保健相,大麻合法化法案を国会に提出。 |
30日 | バンコク第9区下院議員補欠選挙でタイ貢献党議員当選。 |
2月 | |
8日 | タイ矜持党の閣僚ら,BTSグリーン線計画事業延長案に反対し閣議をボイコット。 |
8日 | 内閣,バイオ・サーキュラー・グリーン(BCG)経済の5カ年行動計画を承認。 |
15日 | 内閣,電気自動車(EV)振興策を承認。国内生産を条件に輸入関税・物品税減免と販売補助金交付を行う。 |
20日 | 多国間合同軍事演習「コブラ・ゴールド」,前年の3分の1規模で実施(~3月5日)。 |
24日 | 国会上下院合同会議,選挙関連憲法付属法改正案2件の審議を開始。 |
3月 | |
1日 | ドーン外相,ロシアのウクライナ侵攻に対しタイは静観と談話。 |
9日 | 国家エネルギー政策委員会,国家石油基金(State Oil Fuel Fund)の借り入れ上限撤廃を承認(15日閣議承認)。 |
22日 | 内閣,エネルギー価格上昇の影響緩和のための10の経済支援策を承認。予算700億バーツ。 |
23日 | 内閣,チョンブリー県バンラムン郡での東部経済回廊(EEC)スマートシティ建設計画を承認。 |
23日 | 証券取引委員会(SEC),暗号資産を利用した商品・サービスの決済を禁止。 |
4月 | |
4日 | ドーン外相,中国安徽省を訪問し王毅中国外交部長と会談。 |
12日 | パリン民主党副党首,セクシャルハラスメント容疑の引責で離党。 |
19日 | スパタナポン副首相兼エネルギー相,訪日。萩生田経済産業大臣と会談。 |
22日 | CCSA,「テスト&ゴー」の終了を決定。 |
22日 | 財務省,バッテリー電気自動車(BEV)の輸入関税減免措置を公示。 |
5月 | |
1日 | 岸田首相,来訪(~2日)。プラユット首相との会談で新型コロナウイルス対策のため500億円の借款供与で合意。 |
5日 | 経済特区政策委員会,EECをモデルとした全国4地域での特別経済回廊創設計画を承認。 |
6日 | プラユット首相,ウクライナ情勢をめぐりタイの中立維持を明言。 |
9日 | デジタル経済社会省,通販サイトラサダのオンライン広告を不敬罪で警察庁テクノロジー犯罪取締部に告訴。 |
12日 | プラユット首相,米ASEAN特別首脳会議参加のため訪米(~13日)。 |
12日 | 下院議員選出法(下院選挙法)起草特別委員会,1997年憲法と同様の選挙制度採用で合意。 |
13日 | タイ中央銀行,外貨取引規制を緩和。 |
17日 | 内閣,「インド太平洋経済枠組」(IPEF)への参加を承認。 |
17日 | 内閣,軽油物品税の5バーツ引き下げを承認。 |
19日 | 前田国際協力銀行総裁,EECにおける3空港連結高速鉄道計画の進捗確認のため来訪。 |
21日 | アジア太平洋経済協力会議(APEC)貿易担当閣僚会合開催(~22日)。 |
22日 | バンコク都知事・都議会選挙,投開票日。無所属のチャッチャートが史上最多得票で都知事に当選(31日に公式確定)。都議会選挙ではタイ貢献党が第1党に躍進。 |
22日 | パタヤー特別市市長・市議会同時選挙,投開票日。選挙管理委員会(EC)の判断で再投票(6月12日)へ。 |
26日 | プラユット首相,訪日(~27日)。岸田首相と会談。 |
6月 | |
1日 | パンカム・ラオス首相来訪。プラユット首相と会談。 |
1日 | 個人情報保護法が完全施行。 |
7日 | 内閣,同性カップルに異性婚と同等の権利を認めるシビル・パートナーシップ法案を承認。 |
8日 | 中央銀行金融政策委員会,政策金利0.5%の維持を決定。 |
9日 | 条件付きで大麻栽培・加工・販売を合法化する改正麻薬取締法施行。 |
13日 | EC,パタヤー特別市市長選挙でポンラメートの当選を認定。 |
13日 | オースティン米国防長官,来訪。プラユット首相と会談。 |
13日 | タイ投資委員会(BOI),エネルギー大手PTTと台湾のFoxconnによるEV用バッテリー生産を行うジョイントベンチャーを承認。承認額は361億バーツ。 |
14日 | チャッチャート都知事,バンコク都内の教育機関を「大麻フリーゾーン」にする指示を発令。 |
15日 | タイ貢献党,プラユット首相ら閣僚11人に対し不信任動議を提出。 |
17日 | CCSA,外国人入国者の事前申請制度「タイランド・パス」を7月1日に廃止することを決定。 |
23日 | CCSA,すべての都県で飲食店および遊戯施設の営業制限,マスクの着用義務を撤廃。 |
25日 | バンコク都,都の管轄施設7カ所を政治集会場として開放する条例施行。 |
30日 | ミャンマー国軍戦闘機,ターク県上空でタイ領空を侵犯。 |
7月 | |
1日 | プラユット首相兼国防相,ミャンマー国軍の謝罪を受け領空侵犯を穏便に処理する意向表明。 |
1日 | タイ国鉄と中国=ラオス鉄道間の貨物積み替え施設が完成。軌間が異なる両鉄道間の貨物輸送を接続する。 |
4日 | 王毅中国外交部長,来訪(~6日)。プラユット首相と会談。 |
6日 | 商務省,タイ・サウジアラビアのビジネスマッチングイベント開催。 |
6日 | 国家サイバーセキュリティ機構(NCSA),イスラエル国家サイバー総局と相互協力覚書に署名。 |
10日 | ブリンケン米国務長官,来訪。プラユット首相と会談。 |
19日 | 下院,プラユット首相ら閣僚11人の不信任案審議を開始(~22日)。23日の不信任決議投票で全員信任。 |
20日 | 米国務省人身取引報告書,タイの格付けを「第2段階」へ引き上げ。 |
26日 | 上下院合同会議,改正政党法案を可決するも,改正下院選挙法案の差し戻しを承認。 |
26日 | 内閣,「コン・ラ・クルン」,国家福祉カードへの追給延長などの経済支援策を決定。予算は274億バーツ。 |
8月 | |
3日 | タイ外務省,台湾問題をめぐり「一つの中国」原則継続を宣言。 |
10日 | 中央銀行金融政策委員会,政策金利を0.25%引き上げ,0.75%を適用。 |
15日 | 国会上下院合同特別会議,下院選挙法案を定足数不足で審議できず,特別委員会案を事実上承認。 |
17日 | タイ貢献党,プラユット首相の在任期間問題の違憲審査を請求。 |
17日 | ジャイシャンカル・インド外相,来訪。ドーン外相との会談でタイ印両国の関係強化覚書に署名。 |
23日 | 下院,2023年度予算法案を可決。30日に上院も可決し,法案成立。 |
24日 | 憲法裁判所,在任期間問題をめぐりプラユット首相に職務停止の仮処分判決。 |
26日 | 中央賃金委員会,最低賃金改定を決定。10月1日から発効。 |
29日 | ジュリン副首相兼商務相,サウジアラビア訪問。タイと湾岸協力会議間の自由貿易協定(FTA)締結について協議。 |
9月 | |
5日 | ニポン内務副相(民主党),辞任。 |
8日 | 国会上下院合同会議,上院議員の首相選出投票参加を廃止する憲法改正法案を否決。 |
8日 | 国家コメ政策委員会,農家所得補償制度を予算1500億バーツで承認。 |
9日 | ブリンケン米国務長官,来訪。ドーン外相と会談。 |
12日 | ラーゴ米商務次官,来訪。スパタナポン副首相兼エネルギー相と会談。 |
13日 | 内閣,家庭用電気料金助成(9~12月),国家福祉カードへの追給延長など,エネルギー高騰による生活費負担軽減策を承認。 |
21日 | タイ工業連盟(FTI),カーボン・クレジットの取引センターを発足。 |
21日 | タイ警察,資金洗浄と違法薬物取引の疑いでミャンマー人を含む男女4人を逮捕と発表。 |
27日 | 米国防脅威削減局,タイ政府へ化学・生物・放射性物質・核・爆発物(CBRN)検出装置寄贈。 |
28日 | 中央銀行金融政策委員会,政策金利を0.25%引き上げ,1.0%を適用。 |
28日 | 台風16号(ノルー)が上陸,大雨により北部,東北部,中部を中心に浸水や洪水が発生。 |
30日 | 憲法裁判所,プラユット首相の任期を2025年までとする判決。 |
30日 | 内閣,非常事態宣言を解除しCCSA解散。 |
10月 | |
6日 | ノーンブアランプー県の保育所で元警察官が拳銃乱射。幼児含む38人が死亡。 |
6日 | アヌティン副首相兼保健相らラオス訪問。ヴィアンサワット公共事業・運輸相と会談し両国関係を戦略的パートナーとすることで合意。 |
17日 | BOI,新たな投資促進戦略を発表。奨励策は2023年1月3日より有効。 |
20日 | 国家放送通信委員会(NBTC),移動通信大手TRUEと同DTACの合併へ介入する権限なしと合意。経過措置のもと合併を事実上承認。 |
25日 | 内閣,LTRビザ保有外国人に住宅用地の取得を許可する法案を承認(11月8日取り下げ)。 |
26日 | 内閣,国家石油基金に対して上限1500億バーツの資金調達計画を財務省の返済保証付きで承認。 |
11月 | |
1日 | 小規模酒造による酒類生産規制を緩和する財務省令を官報記載。翌日施行。 |
2日 | ペニー豪外相,来訪。「タイ豪戦略的パートナーシップ共同行動計画」に署名。 |
3日 | 下院,新憲法起草についての国民投票を求める野党動議を可決。 |
7日 | 中タイ合同委員会開催。中タイ高速鉄道工事の進捗などについて協議。 |
10日 | プラユット首相,ASEAN首脳会議参加のためカンボジア訪問。フン・セン首相と会談。 |
17日 | 岸田首相ら来訪。日タイ首脳,外相会談。 |
17日 | 習近平中国国家主席,来訪。中タイ首相会談。 |
18日 | APEC首脳会合バンコクで開催(~19日)。「BCG経済バンコク目標」を採択。 |
18日 | APEC会場付近で反政府集会。警官隊が参加者にゴム弾を発射して2人負傷,10人が逮捕。 |
19日 | ハリス米副大統領,来訪。プラユット首相と会談。 |
22日 | ワラウット天然資源・環境相,エジプトで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)にて「国際的に移転される緩和成果」(ITMO)の活用を表明。 |
23日 | 麻薬密売容疑のチャイヤナット容疑者,バンコク都内で警察に出頭。 |
29日 | 個人での株式投資に対する金融取引税の課税を閣議決定。 |
29日 | ドーンムアン空港第3期開発計画を閣議承認。投資額は約360億バーツ。 |
30日 | 中央銀行金融政策委員会,政策金利を0.25%引き上げ,1.25%を適用。 |
30日 | 憲法裁判所,憲法附属政党法について合憲判断。 |
30日 | 憲法裁判所,憲法附属法下院選挙法について合憲判断。 |
30日 | プラユット首相,閣僚3人を新たに任命。 |
12月 | |
3日 | ソンクラー県サダオで鉄道爆破。 |
6日 | タイ貢献党臨時党大会。下院総選挙に向け最低賃金引き上げ,医療無料化などの公約を発表。 |
13日 | NGO憲法擁護協会シースワン代表,憲法裁判所にタイ貢献党の解党請求。 |
14日 | プラユット首相,ASEAN・EU特別首脳会議参加のためベルギー訪問。タイ・EU間相互連携・協力協定に署名。 |
14日 | 警察庁麻薬取締部,東北地方の麻薬密売組織拠点30カ所を摘発。 |
15日 | 王室秘書局,パチャラキティヤパー王女の心疾患による入院を発表。 |
16日 | PPRPなど10党31人の下院議員,タイ矜持党への移籍のため辞任。 |
17日 | 王室秘書局,マハー・ワチラロンコーン国王夫妻の新型コロナウイルス感染と公務の一時休止を発表。 |
18日 | プラチュワプキーリーカーン県沖で海軍小型汎用艦「スコータイ」号が転覆。 |
20日 | 内閣,「新年の贈り物」として,景気刺激策を閣議承認。予算は186億バーツ。 |
22日 | タイ政府,ミャンマー問題協議の特別会合をバンコクで開催。 |
23日 | プラユット首相,タイ団結国家建設党(UTN)への参加を表明。 |
(注)各省の大臣官房は省略。
(出所)官報など。
(注)カッコ内は軍・警察における階級。政党名は,PPRP(パラン・プラチャーラット党),PJT(タイ矜持党),DP(民主党),CTP(タイ国民開発党),PRPC(タイ国民合力党)。1)兼務。2)2022年9月5日辞任。3)11月30日任命。
(出所)官報を参照。
④ 警察人事
(注)カッコ内は任命日。
(出所)官報および警察ウェブサイト。
(出所)人口:内務省地方行政局(https://dopa.go.th/)。労働人口,消費者物価上昇率,失業率,為替レート:タイ中央銀行(http://www.bot.or.th/)。
(注)2021年と2022年は暫定値。2019年と2020年は修正値。 国内総生産(生産側)-国内総生産(支出側)は統計上の誤差。
(出所)国家経済社会開発評議会事務局(http://www.nesdc.go.th/)。
(注)2021年と2022年は暫定値。2019年と2020年は修正値。
(出所)表2に同じ。
(注)EUはイギリスを含む28カ国の合計値。CLMVはカンボジア,ラオス,ミャンマー,ベトナムの合計値。中東は15カ国の合計値。
(出所)タイ中央銀行(http://www.bot.or.th/)。
(注)2021年と2022年は暫定値。IMF国際収支マニュアル第6版に基づく。ただし,金融収支の符号は(-)は資本流出,(+)は資本流入を意味する。
(出所)表4に同じ。