日本ベントス学会誌
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深海化学合成生物群集から出現するベントスのエネルギー獲得戦略:軟体部の炭素,窒素および硫黄の安定同位体組成による解析
溝田 智俊山中 寿朗
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2003 年 58 巻 p. 56-69

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抄録

深海底の熱水噴出孔および冷湧水地帯周辺には,硫化水素およびメタン,あるいはこれらの両化学種を酸化してエネルギーを得る独立栄養細菌と体内共生し,これらが生産する有機物に依存するベントスが広く認められる.これらのエネルギー獲得戦略を明らかにするために,軟体部と,栄養源である硫化水素,メタンおよびアンモニアの炭素―窒素―硫黄同位体組成の変動と関連させながら,既往のデータに基づいて考察した.硫黄酸化細菌を共生させる種の炭素同位体組成は,溶存重炭酸(δ13C=0‰)がRubiscoの触媒作用によって還元されるために,おおよそ-35±5‰ 付近に収斂した.メタン酸化細菌を共生させている種は,メタンの多様な起源を反映して,著しく軽い軟体部(δ13C=-75‰)から,反対に著しく重いもの(δ13C=-19‰)まで観察された.メタン酸化細菌のみを体内共生させている種では,海水硫酸イオンが主要な硫黄栄養源であるために,海水硫酸イオン(δ34S=+21‰)の取り込みに伴う動力学的な,負の同位体効果を伴って,軟体部のδ34S値は,+13から+16‰ の比較的狭い範囲内に収まった.硫黄酸化細菌が共生する種のδ34S値は,マグマ性硫化水素や硫酸還元菌による海水硫酸イオンの還元に由来する軽い硫化水素に対応して幅広い変動をした.硫黄酸化細菌およびメタン酸化細菌を同時に共生させる種の硫黄の安定同位体組成は,海水硫酸と局所的な硫化物態硫黄の2成分混合を示唆する中間的な値となった,陸生や浅海の生物群集の多くが,プラスのδ15N値を示す一般的な傾向とは異なり,化学合成生物群集のベントスの中には,かなり軽いδ15N値(-10‰ まで)を示すものがしばしば見出された.この軽い窒素が,給源窒素の特異性に由来しているのか,あるいは共生細菌一宿主間の代謝過程を通じての窒素同位体分別の結果に由来するか明らかにすするためには,今後は生息環境中のアンモニアの窒素同位体組成の測定値が不可欠である.

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