2022 Volume 62 Issue 1 Pages 28-31
リボソームはmRNAにコードされた遺伝情報を,アミノ酸の配列へと変換する暗号解読装置である.クライオ電子顕微鏡は,構造を次々と変化させながら機能するこの超分子複合体の構造解析において威力を発揮する.本稿では,クライオ電子顕微鏡によるリボソームの構造解析の概要と最新の成果をご紹介する.
Ribosome decodes genetic information encoded on mRNA to corresponding amino acid sequences forming proteins. Accuracy of translation is maintained by dynamic motions of the ribosome at multiscale levels. To understand mechanistic details of how ribosomes regulate translation, single particle cryo-electron microscopy (cryo-EM) is a powerful technique since it can obtain ribosome structures in functionally different states. In this article structure and function of ribosomes and how they could be revealed by cryo-EM are overviewed. In addition, one of our recent results about how Hepatitis C virus hijacks the host human translation machinery is reviewed.
細胞内は形状も機能も多彩な,大腸菌の場合約4千種類ものタンパク質に満たされた分子夾雑環境にある.これらタンパク質は細胞内の恒常性を維持するため,必要とされる時と場所で機能し,その発現は高度に制御されている.この遺伝子発現過程で中心的な役割を担うのが本稿で紹介するリボソームである1),2).遺伝情報はメッセンジャーRNA(mRNA)上に4種類の核酸塩基の組み合わせによりコードされている.リボソームは,三つの塩基(トリプレット)から一種類のアミノ酸を指定するアダプター分子であるトランスファーRNA(tRNA)を正確に取り込むことで,アミノ酸の配列へと変換する.4種類の核酸塩基により構成された配列を,コドンという枠組みで読み取り,20種類のアミノ酸の配列へと変換する,いわば暗号解読装置として機能している.そのため,この暗号解読が正確に進行し,そのタイミングを制御することは生命システムの恒常性の維持において重要である.
まず原核生物のリボソームを例として,その形態を見て行くことにしよう.リボソームの実体は直径25 nmを超える巨大な超分子複合体で,機能的な構成要素として,ペプチド転移反応を担う大サブユニットと,暗号解読の精度を維持する小サブユニットにより構成される(図1).その会合面には空洞(Intersubunit cavity)が存在し,その内部に存在する三つのサイト(A, P, E)を順にtRNAが転座することで翻訳が進行する3),4).リボソームを構成成分で考えると,中心骨格を3種類のリボソームRNA(rRNA)が担い,その外側を54種類のタンパク質が取り囲むRNAを中心としたマシナリーであると言える.中心領域(common core)は機能的に重要であることから,進化的に高度に保存されている.
リボソームの形態.(A)大小二つのサブユニットがブリッジ(赤丸)を介して会合する.(B)リボソームタンパク質を透明で表示した図.中心骨格は3種類のリボソームRNA(rRNA)で構成される.内部に空洞が存在し,その中をtRNAが移動することで翻訳が行われる.赤矢印はtRNAの転座の方向を示す.
tRNAはこれらのサイトを移動する際,現在のサイトにアンチコドン側,次移動するべきサイトにアミノ酸が結合したCCA末端側を傾斜させて結合するハイブリッド状態をとることが知られている(図2A)5).その際,リボソームの大サブユニットと小サブユニットとの間で相対的な回転角の変化を伴う(図2B)6).このように,リボソームは全体構造をダイナミックに変化させることで,内部を移動するtRNAや翻訳過程に参加する翻訳因子の結合を巧みに制御し機能している.そのため,超分子複合体であるリボソームのサイズの異なる階層レベルで構造変化を可視化し,その機械的な動きを解析することは,リボソーム機能を理解する上で重要である.
リボソーム機能における多階層な構造変化.(A)局所的な構造変化の一例.tRNAがPサイトからE サイトに移動する際のハイブリッド状態を示す.(B)全体の構造変化の一例.サブユニット間の会合面に垂直な軸を中心として小サブユニットが大サブユニットに対して相対的に回転することで,内部のtRNAの位置を変化させる.
このように,リボソームは正確なタンパク質合成を実現するために,その構造を次々と変化させる.そこで威力を発揮するのがクライオ電子顕微鏡による単粒子解析である.2017年にクライオ電子顕微鏡法の初期の技術開発に多大な貢献のあった3名の研究者にノーベル化学賞が与えられた.その中で特に単粒子解析の手法確立に貢献のあったヨアヒム・フランク博士はリボソームを試料として用い,リボソームの生物学における多くの重要な発見も行った.クライオ電子顕微鏡によるリボソーム構造解析の歴史は,1990年代初頭に始まった7).当初はリボソームの大まかな特徴のみがわかる程度の分解能であったが,2000年代に入るとリファレンス構造を用いた画像分類(Supervised classification)により,当時結晶構造解析で構造解析の難しかった,翻訳因子の結合した機能的な複合体の構造解析に取り組み,翻訳作用機序を明るみに出す重要な中間体構造のスナップショットが次々と可視化された8).その後,電子を直接検出する直接電子検出器の登場による像質の向上と,画像処理技術のめざましい発展によって,今日では原子モデルを構築するレベルの構造解析が可能になった9)-11).特にリボソームはクライオ電子顕微鏡による構造解析に適していることから,現在では2 Åに迫るリボソームの高分解能構造を日常的に取得するに至っており,リボソームの構造解析において欠かせない存在となっている12),13).
クライオ電子顕微鏡は,生体試料を溶液状態のまま急速凍結し専用の透過型電子顕微鏡により液体窒素温度で直接観察する手法である.試料は直径3 mmの金属メッシュに穴あきカーボンが添付されたグリッドに載せ,ろ紙で余計な水分を吸い取ることでホールに試料を含んだ液膜を形成させ,そのまま液体エタンなどの寒剤で浸漬凍結することで非晶質の氷に試料を包埋する(図3①-②).リボソーム試料の場合は,グリッド上に薄いカーボン膜を貼付し,カーボンにリボソームを吸着させ,急速凍結を行う14).グリッドはクライオ専用のハイエンド透過型電子顕微鏡に挿入し,自動でデータ収集を行う(図3③).取得したリボソーム粒子を含む電子顕微鏡ムービーは,電子線照射時の試料の動きを補正する処理が施され,高分解能情報を正しく反映した粒子像として扱われる.その後,自動粒子拾い出しプログラムにより粒子像を取得し,画像処理に進む.2次元の画像分類,3次元の画像分類により試料中の構造多型の解析を行い(図3④),その後,さらなる構造の精密化を行い高分解能構造を取得するのが大まかな流れとなっている(図3⑤).
クライオ電子顕微鏡単粒子解析の流れ.1)試験管内でリボソーム複合体を再構成する.2)カーボン膜を貼付したグリッドにリボソーム試料を載せ急速凍結を行う.3)クライオ専用の透過型電子顕微鏡を用いてデータ収集を行う.4)計算機を用いて粒子像の拾い出しと構造分類を行う.5)精密化を行い高分解能構造を取得する.
リボソームに結合するtRNAの転座のみならず,様々な翻訳因子が結合することにより構造を変化させ翻訳を行う.前述したように,その構造変化は,リボソーム全体のダイナミックなものから,翻訳因子の有無のような局所的なものまで,多階層に渡る.クライオ電子顕微鏡単粒子解析では,構造分類を大きな構造変化の分類から(図4),局所にフォーカスした構造分類まで様々な階層で分類することが可能となっている15).
リボソームの構造分類の一例.リボソームの全体構造の違いによる分類で,構造的に均一な粒子を集めて構造精密化を行う.
ここでリボソームの機能制御解明にクライオ電子顕微鏡を用いた一例として,筆者が理化学研究所の伊藤拓宏博士のもと行ってきた最近の結果を紹介したい16).C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus, HCV)はIRES(Internal ribosome entry site)と呼ばれる,mRNA上の5ʹ非翻訳領域に存在する二次構造を形成する配列を利用して,自身の遺伝子を宿主であるヒトのリボソームに翻訳させる.これまでIRES依存的な翻訳は,解離した小サブユニットを標的として結合し,一から翻訳を開始するモデルが提唱されていた17),18).しかしながら,ヒトの細胞内では多くのリボソームは活発に翻訳を行っており,その構造としてはmRNAやtRNAなどの因子を取り込んだ状態にある.翻訳中のリボソームの方が細胞内での存在比が多いことから,HCV IRESは翻訳途中のリボソームを標的としたほうが効率良く宿主翻訳システムを乗っ取ることが出来るのではないかと考えた.実際に,ヒトの細胞内からポリソーム(翻訳途中のリボソームがmRNA上に連なったもの)を精製し,蛍光標識したHCV IRESを添加しショ糖密度勾配遠心で分離したところ,HCV IRESがポリソームの画分にも存在することが明らかになった16).この結果は,HCV IRESが翻訳途中のリボソームに結合することを示している.そこで,HCV IRESがどのように翻訳途中のリボソームに結合しているのか明らかにするため,クライオ電子顕微鏡単粒子解析による構造解析に取り組んだ.単粒子解析のための試料として,ヒト無細胞翻訳系を利用して翻訳途中のリボソームの調製を行い,in vitro転写で合成したHCV IRESを添加しクライオ電子顕微鏡単粒子解析を行った(図5).
試料調製と単粒子解析.翻訳中リボソームは無細胞翻訳系を用いて調製した.HCV IRESのモデル(PDB ID: 5A2Q).
構造解析の結果,HCV IRESが40Sサブユニットのプラットフォーム上に結合している様子が明らかになった(図6).この複合体は,リボソームサブユニット間の空洞のPサイト内にペプチドが結合したtRNAを含んでおり,翻訳途中のリボソームであることを示している.興味深いことに,このHCV IRESは結合部位においては強いクライオEM密度が観察されたものの,翻訳開始時に利用するとされているLong armの密度が非常に弱いことが明らかになった.この特徴は,Long armが翻訳途中にEサイトから排出されるtRNAを妨害しないようフレキシブルに動いている可能性を示している.
さらに,無細胞翻訳系にHCV IRES依存的に翻訳を開始し終止コドンで翻訳が停止するシステムで試料調製を行ったところ,翻訳終結因子と翻訳開始に関わる因子であるHCV IRESが同時に結合した複合体の構造を得た.この試料について3次元の構造分類を行ったところ,40Sサブユニットの回転角の異なる二つの構造状態にHCV IRESが結合することが明らかになった.このことから,HCV IRESが翻訳途中のリボソームを乗っとるとそのまま翻訳伸長とともに共存し,次のラウンドの翻訳開始過程で自身の遺伝子をリボソームに挿入する,より効率的な翻訳制御システムを採用していることが示唆された16).この結果は,C型肝炎ウイルスが巧みにヒトの翻訳系を乗っとる仕組みを明らかにし,今後感染症対策としての有用な知見になると考えている.
HCV IRESが翻訳途中のリボソームに結合し翻訳システムを乗っとる様子.(A)HCV IRESが小サブユニット上のプラットフォームに結合する様子が観察された.Long arm部分はフレキシブルであるため構造が見えない(B)大サブユニットを半透明で表示した様子.tRNAと新生ペプチドが存在する様子が可視化された.複合体のモデル(PDB ID: 6IP6).
リボソームは生命維持にとって重要な分子であることから,感染症対策においても重要な標的となりうる.病原性細菌の治療薬として用いられる抗生物質の一部は,リボソームを標的としている19).近年既存の抗菌薬に耐性を持つ,薬剤耐性菌の出現が公衆衛生上の大きな問題となっている.近年のクライオ電子顕微鏡単粒子解析によって取得する構造の到達分解能の飛躍的な向上から,リボソームに結合する抗生物質の高分解能での可視化も可能となってきた.高分解能での構造の可視化に加えて,本稿で述べたように,クライオ電子顕微鏡は構造変化など機能に迫る情報も取得可能である.筆者らは近年これらの抗生物質のリボソームとの複合体の構造の可視化と機能解明を中心に研究を進めている.今後は,これらの公衆衛生上の問題を解決する知見の取得,新規の抗菌薬につながる創薬研究にも期待したい.