2022 Volume 62 Issue 1 Pages 32-35
ヒトの口腔内,腸内細菌叢の主要構成細菌であるBacteroidia綱細菌はヒトの健康に大きく関わっている.これらが持つ付着装置の線毛はピリンがリポタンパク質として菌体表面に輸送され,プロテアーゼ依存性のストランド交換反応によって根本から伸長するユニークな形成機構を持ったV型線毛である.
Adhesion is an essential ability for bacteria to survive and occupy a niche in the environment. Filamentous adhesive machinery called “pilus” or “fimbria” plays an important role in colonization, biofilm formation, and infection of many bacteria. Newly characterized type V pilus is common in the class Bacteroidia bacteria including a major oral pathogen Porphyromonas gingivalis. The monomer form and polymerized form of type V pilus subunits were revealed by X-ray crystallography and cryo-EM analysis, which led to the proposal of a unique model of type V pilus assembly mechanism involving protease-mediated strand exchange. These insights broaden our knowledge of infection mechanisms and microbiota development of class Bacteroidia bacteria.
細菌は浮遊,付着・定着,増殖を繰り返しながらニッチを獲得し勢力を拡大している.細菌が至適な環境に付着・定着することは生存に必須であり,そこで形成されるバイオフィルム内では多種多様な微生物との協調による環境への適応,遺伝子交換による進化の促進が起こる.一方,細菌の付着は感染症,配管つまり,金属腐食,流しのヌメリなど医工業を含め人類の活動のあらゆる場面で問題を引き起こしコストを発生させる脅威である.
細菌の付着装置である線毛は1950年にHouwinkとvan Itersonが行った電子顕微鏡観察によって初めて認識された後,“fimbria”もしくは“pilus”と呼ばれ研究が発展してきた.線毛は構成タンパク質“ピリン(pilin)”の重合体であり,線毛の構築様式によってChaperone-usher pili(Type I or P pili),Curli,Type IV pili,グラム陽性細菌のSortase-dependent piliに分類されている1).またナノワイヤーとしてはたらく導電性線毛e-piliも存在する.近年,歯周病原細菌Porphyromonas gingivalisをはじめBacteroidetes門Bacteroidia綱に属する細菌は特有のV型線毛を有することが判明した2).本稿では我々が明らかにしたV型線毛の構造とその構築メカニズムを中心に紹介する.
歯周病は最も罹患率が高い難治性慢性感染症であり,日本の30歳以上の成人およそ8割が罹患していると言われている.歯周病の原因は口腔内で500種を超える細菌が塊となって歯を支える歯周組織にとりつき,形成されるバイオフィルム(デンタルプラーク,歯垢)である.そして,その中でも強い病原性を持つP. gingivalisは歯周病キーストーン病原体として歯周組織の炎症および歯の喪失を引き起こすばかりでなく3),全身の炎症性反応,肺炎,糖尿病,関節リウマチ,心・血管疾患,アルツハイマー病,早産・低体重児出産などの全身性疾患を引き起こすリスクファクターでもある.P. gingivalisは偏性嫌気性の寄生細菌であり,糖を栄養源として利用できない.そのためジンジパインと呼ばれる強力なタンパク質分解酵素を菌体表面や菌体外に分泌し,増殖に必要な栄養素やヘム鉄を宿主細胞を破壊して得る.また,宿主上皮細胞への結合,バイオフィルム内での他の細菌との結合に必要な線毛は,ジンジパインと共にP. gingivalisの重要な病原性因子である4).
P. gingivalisの線毛研究は1980年代から始まり,Fim線毛(major fimbriae)とMfa線毛(minor fimbriae)が同定されている5),6).それぞれの線毛は異なる遺伝子群Fim locusとMfa locusにコードされており,ピリンがねじれながら数珠状に重合した構造である.ピリンは線毛本体を構成するストークピリンFimA(Mfa線毛ではMfa1),基部に位置し線毛の菌体表面への固定に関与するアンカーピリンFimB(Mfa2),先端に局在し付着に関与すると予想されるティップピリンを含むマイナーピリンFimC,FimD,FimE(Mfa3, Mfa4, Mfa5)に分類される.これらピリンのアミノ酸配列をみると,他の線毛ピリンよりも分子量が2~3倍以上大きくFimAは約40 kDa,Mfa1は約70 KDaもあり,N末端に大腸菌のリポタンパク質シグナル配列に類似した配列を持っていた7).そして,グロボマイシンによるリポタンパク質シグナル配列切断酵素の阻害や,放射性標識されたパルミチン酸のピリンへの取り込みが確認されたことから,ピリンがリポタンパク質として菌体表面に輸送されることが示唆された8)(図1①).このようなピリン輸送機構はV型線毛特徴的である.他の線毛のピリンは外膜に存在するチャネルタンパク質,Curli 線毛ではCsgG,Chaperone-usher線毛ではPapC/FimDファミリータンパク質が形成する穴を通って菌体表面に輸送され,重合する.また,Type IV線毛ではATP依存的にピリンがペリプラズムで重合し,線毛は外膜のPilQのチャネルを通して外膜を貫通する1).
V型線毛の形成過程.①ピリンはSec依存的に内膜(IM)ペリプラズム側に輸送される.IM上で脂質が付加されたピリンはシグナルペプチド(オレンジ)の切断後,リポタンパク質として菌体表面にABCトランスポーターを介して移行されると予想されている.②菌体表面でピリンはRgpによって切断され,C末端ドナーストランドが反転する.この結果,CTDに疎水性の溝が現れる.③CTDの溝に重合相手となるピリンのドナーストランドがC末端から結合する.④ドナーストランドの結合が引き金となり,N端アンカーストランドからピリン本体が遊離しピリン同士がストランド交換によって強固に結合する.⑤ピリンが根元から次々に挿入され線毛は伸長する.伸長過程にある線毛は根元に位置するピリンのアンカーストランドによって膜に保持される.⑥アンカーピリンが結合すると線毛の伸長は停止する.先端にティップが付加されるためにはティップピリンから重合が開始する必要がある.
V型線毛のもうひとつの特徴は,菌体表面に輸送されたピリンがプロテアーゼの限定的な切断修飾を受け重合を開始することである.これはP. gingivalisが産生する複数種のジンジパインの中で,アルギニン残基のC末端側を切断するアルギニン・ジンジパインプロテアーゼRgpの欠損株が線毛形成不全となったことから判明した9).FimA,Mfa1のN末シグナル配列に続く領域にはRgpが認識し切断するアルギニン残基が存在する.一方,アンカーピリンにはRgp切断サイトは存在しない.アンカーピリンが欠損すると線毛が菌体から培地中へ遊離しやすくなることから,アンカーピリンは線毛の根元で線毛と菌体を強固につなぎ止めるアンカーとして機能していると考えられた10).このようにP. gingivalisの線毛研究が先行して行われ多くの知見が得られていた中で,我々はBacteroidia綱に属する細菌のピリンの包括的なX線結晶構造解析を行い,V型線毛がBacteroidia綱細菌に広く分布していることを明らかにした2).
Bacteroidetes門に属する細菌はヒト腸内細菌叢の主要構成細菌であり,ヒトの恒常性維持や疾患発症に大きな影響を及ぼすことから,その重要性が注目されている.我々はこの門に属するBacteroidia綱細菌の線毛主要構成ピリンFimAファミリー8個,アンカーピリンMfa2ファミリー4個,およびマイナーピリンDUF3988ファミリー8個の計20個のX線結晶構造解析を行った2).加えてP. gingivalisのFimA構造も明らかにした11)(図2,PDB ID: 6JZK).これらのピリンは構造的に保存されており,N-terminal domain(NTD)とC-terminal domain(CTD)の2つのドメインからなり,それらは7つのβストランドがギリシャの雷門紋様状に配列されたギリシャキーβサンドイッチ構造をしている(図2).このような構造はヒト体内でアミロイド線維を形成しアミロイド病を引き起こすトランスサイレンチンタンパク質と類似している.ピリン結晶構造のC末端βストランド(ドナーストランド)に注目すると,ピリン本体に折り畳まれクローズな構造をとるもの,折り畳まれず構造から外側に突出しオープンな構造をとるもの,そもそも突出するβストランドが無いものがあった2).FimAファミリーピリンはいずれもクローズな構造をとっており,P. gingivalisのFimAのドナーストランドはN末端βストランド(アンカーストランド)に続くRgp切断部位を含んだループに抱え込まれるように折り畳まれていた(図2).クローズな状態のピリンは菌体表面でRgpの切断修飾を受ける前のモノマーフォームを反映している.
ストークピリンFimAのモノマー形状.C末端のドナーストランド(赤)はN末端アンカーストランド(青)から続くRgp切断サイト(黄丸,アルギニンR/アラニンA)を含んだループの下にもぐり込むように保持されている.NTD,CTDは7つのβストランドを含むギリシャキーβサンドイッチ構造をしている.
我々はまず,FimA,Mfa1のドナーストランドのC末端アミノ酸がピリンの重合に不可欠であることを示した.次に,ピリン間の結合によってドナーストランドと接近すると予想されたアミノ酸残基ペアをシステイン置換し,ジスルフィド結合による架橋が生じるかどうかでドナーストランドの結合位置を推定した2).そして,ピリン間の結合様式を直接的に示すため,クライオ電子顕微鏡を用いて重合したV型線毛の構造解析を行った.クライオ電子顕微鏡解析は,タンパク質複合体の機能的でありのままの構造を高分解能で明らかにできる手法である.しかしながら不均一な構造の解析は不得意である.P. gingivalisの菌体表面の線毛はマイナーピリンを含み不均一な可能性があり,また,解析に必要な充分量の線毛を単離・精製することも課題であった.そこでFim線毛の試験管内再構成を試みた.大腸菌で発現させ精製したリコンビナントFimA(rFimA)は37°Cリン酸バッファー中でRgpによってすみやかにN末端側が限定分解されたのち,2.5分子/分の速度で自己重合し,1時間後には1 μmを超えるフィラメントを形成した.こうして菌体上のFim線毛と類似した均一なrFimAフィラメントを得ることができた11).
これまで様々なクライオ電子顕微鏡画像処理ソフトウェアが開発されている.我々はまず,らせん対称を持った構造の3次元再構成用に開発されたSPRING12)を用いてrFimAフィラメントの3次元再構成を行った.しかしながらフィラメントのしなやかさと曲がりによって厳密な対称性が見出せず,高分解能な像は得られなかった.そこで,ソフトウェアRELION13)やcisTEM14)を用いて対称性を考慮しない単粒子解析を行った.RELIONは現在最もよく使われており万能であると思われたが,rFimAフィラメントの解析には適しておらず,最終的にはcisTEMによって分解能3.6 Åの3次元電子密度マップを得た(図3,EMD-0724).cisTEMは線毛構造解析だけでなく,曲がった超らせん構造であるべん毛フック構造解析でも有用であったことから15),繊維状構造の解析を得意とするようだ.こうして得られたマップにモノマー FimAの原子モデルを当てはめ改変し,3分子のFimAが重合した原子モデルを構築した(PDB ID: 6KMF).重合したFimAピリンはRgp切断サイト47番目のアラニン残基から始まり,アンカーストランドは消失していた.そしてC末端383番目のトリプトファン残基は上方のFimAサブユニットCTDに位置し,FimAは腕を伸ばすように隣のピリンに結合していた(図3).これらの結果により,ピリンがRgpによって切断されると,C末端βストランド(ドナーストランド)が解放され反転し,疎水性の溝が露出する.そこに隣のピリンのドナーストランドが入れ替わるように結合するというプロテアーゼ依存性のストランド交換反応によってピリンが重合していくことが示唆された(図1②-④).
ストランド交換によるFimAの結合.線毛中でFimAは腕を伸ばすようにドナーストランド(赤)が反転し,隣のサブユニットに結合し連結していた.
P. gingivalisの株間でFim線毛の長さが異なり,アンカーピリンFimBが欠損した株は異常に長いFim線毛を形成する.一方,その株にFimBを発現させるとFim線毛は短くなる.またMfa線毛でもMfa2が線毛の長さを制御していることが示された2),10).このことからアンカーピリンが伸長途中の線毛に結合すると,新たなストークピリンの結合をブロックし線毛の伸長を停止させると考えられた(図1⑥).では,伸長途中の線毛はどのように膜に保持されているのであろうか?FimB欠損株でもFim線毛は膜に緩いながらも保持されているようである.
Fim線毛を形成しないFimAのC末端欠損変異株はモノマーFimAを菌体表面に蓄積する.それらのFimAはRgp切断型であったが,アンカーストランドは本体NTDと近い位置にあることが架橋アッセイによって示唆された.また,N末端にHisタグが付加されたrFimAが重合したフィラメントでは,根元に位置するサブユニットにHisタグ抗体の局在がみられた11).これらより,アンカーストランドはピリンが線毛に組み込まれるまでは脱落しないことが示された.伸長途中の線毛は自身の根元のサブユニットが持つアンカーストランドによって菌体外膜上に保持されると考えられる(図1⑤).これらの知見を統合してピリンの分泌から重合まで,一連のV型線毛形成モデルを提案した(図1).
病原性に関与する線毛は創薬の有力な標的候補である.歯周病の病態,重症度の異なる患者から分離されたP. gingivalis は抗原性が異なるFim線毛を持ち,線毛はFimA遺伝子型からI-V型およびI型亜種Ib型に分類されている.Fim線毛型と病原性には関連性がみられ,IIもしくはIV型のFim線毛を持つ株は上皮細胞への付着能や侵入性能が高く強い炎症性反応を引き起こす16).Fim 線毛は宿主の接着分子であるインテグリンやICAM-1,ケラチン,細胞外マトリックス,唾液成分と結合する.また免疫応答分子である補体受容体,CD14,CXCモチーフ型ケモカイン受容体CXCR4などと相互作用し免疫反応を惹起する.さらに口腔内レンサ球菌Streptococcus gordoniiの菌体表面にはFim,Mfa 線毛を認識するレセプター分子GAPDHとSspA,Bが存在する17).我々が明らかにした重合状態のFim線毛原子モデル上に,これらの宿主分子結合領域をマッピングし,正しい位置関係と構造を示した11).これらの結合を阻害することができれば歯周病予防につながるため,予防医療への基盤を提供できたと言える.
Bacteroidia綱細菌を含むBacteroidetes門はProteobacteria門に次いで大きなグループをなし,嫌気性で寄生・共生関係を維持しながら生存する細菌群と,好気性で運動能のある細菌群に大きく分けられる.Bacteroidetes門細菌はV型線毛のみならず,他の細菌にはみられない滑走運動装置やIX型分泌機構を有することから18),19),独自の進化を遂げてきたと考えられ,細菌の多様性を知るうえで重要な研究対象である.Bacteroidetes門細菌が関与するヒト細菌叢の形成機構を理解し制御することができれば,ヒトの健康維持に貢献することができる.
研究をサポートして頂いた長崎大学中山浩次先生,庄子幹郎先生,大阪大学今田勝巳先生,沖縄科学技術大学院大学Matthias Wolf先生,鳥取大学藤井潤先生と各研究室員の皆様に心より感謝致します.