2022 Volume 62 Issue 1 Pages 56-57
神経や脳をもたない植物は,どのようにして傷つけられたことを感じて,その情報を全身に伝えるのだろうか.最新のイメージング技術によって解き明かされた植物の全身を流れる高速シグナルと,神経系とは異なる植物独自の傷害感知・情報伝達機構を紹介する.
畑で育てられているキャベツを眺めていると,アオムシが見つかる.アオムシはムシャムシャと葉を食べ,キャベツは穴だらけだ.これだけ食べられても,植物は何も感じないのだろうか?自分の身を守るための防御応答はしないのだろうか?
近年,顕微鏡技術やバイオセンサーの高感度化を背景に,植物の知られざる長距離・高速情報伝達機構が見えてきた.本稿では,神経や脳をもたない植物が傷つけられたことを瞬時に感知し,全身にその情報を伝達させる仕組みについて紹介する.
カルシウムイオン(Ca2+)は,生命維持に必須なミネラルであり,その細胞内濃度変化(Ca2+シグナル)は,神経伝達物質の放出や筋肉の収縮などの様々な生理学的反応で利用されている.植物においてもCa2+シグナルは,細胞内の情報伝達を担うセカンドメッセンジャーとして働いており,乾燥・温度・病原菌・害虫・機械刺激(重力・接触)などの様々な環境ストレス応答に関与していると考えられている.
これまで植物のCa2+シグナルの研究は,主に時空間的な情報が得られるイメージング技術を用いて行われてきた.初期には,Indo-1などの蛍光プローブやAequorinなどの発光タンパク質を用いてCa2+が可視化されてきたが1),最近では,YC-Nano2)などの高感度かつ高輝度な蛍光タンパク質センサーが用いられるようになってきた.これらのセンサーの内,我々は,1波長蛍光型のCa2+バイオセンサーであるGCaMPを用いて研究を行ってきた.GCaMPは,緑色蛍光タンパク質(GFP)にカルモジュリンおよびミオシン軽鎖キナーゼペプチドを連結させた融合タンパク質であり,Ca2+を結合するとGFPの蛍光強度が上昇する3).つまり,GCaMPを発現させた場所でのCa2+濃度変化をGFPの蛍光変化として可視化することができる.我々は,植物のCa2+シグナルを個体レベル(約4 cm × 4 cm)でリアルタイムイメージング(30フレーム/秒)するために,開口数の大きい低倍の対物レンズおよび高量子効率かつ広視野センサーを有したsCMOSカメラを搭載した電動ズーム式実体蛍光顕微鏡を用いた4).
キャベツと同じアブラナ科の植物であるシロイヌナズナの葉を,ピンセットで挟んだ時(図1,Movie S1),傷害を受けた部位で瞬時に細胞内Ca2+上昇が起こった(7秒,破線枠).このCa2+上昇は,葉脈を伝播して(30秒,白矢印),直接傷つけられていない遠く離れた葉に到達し(30~60秒,赤矢尻),そのまま5分間以上Ca2+上昇が維持された5).組織特異的なCa2+イメージングを行ったところ,このCa2+シグナルは1.1 mm/sの速度で葉脈内の師管/伴細胞を伝播していることがわかった5).一般的に,師管は全身に養分を運ぶ管として考えられてきたが,長距離・高速情報伝達という新たな機能を有していることが示唆された.さらに,このCa2+シグナルが伝播した遠方の葉では,植物ホルモン(ジャスモン酸)の合成や抵抗性遺伝子の発現が開始しており,傷害(虫害)に対する全身性の防御反応が誘導されていた5).自由に動くことができない植物は,葉が捕食された時,その傷害情報をCa2+シグナルとして全身に伝え,将来の攻撃に対して備えていると考えられる.
シロイヌナズナの葉をピンセットで傷つけた時に起こる長距離・高速Ca2+シグナル.緑色がGCaMPのGFP蛍光で,細胞内Ca2+濃度が上昇すると明るく蛍光を発する.ピンセットで葉を数回挟むと,傷つけられた部位で瞬時にCa2+上昇が起こり(7秒,破線枠),遠くの葉に伝播した(30~60秒,白矢印,赤矢尻).
我々の脳内に発現し,記憶や学習に関与すると考えられているイオンチャネル型グルタミン酸受容体(iGluR)は,リガンドであるグルタミン酸を結合すると活性化し,Ca2+などの陽イオンを透過させる.シロイヌナズナのゲノム上には,グルタミン酸受容体様遺伝子GLUTAMATE RECEPTOR LIKE(GLR)が20種類存在し,GLR3.3は師管に,GLR3.6は道管に接する柔細胞に局在している5).非常に興味深いことに,この2種類のGLRを欠損したglr3.3glr3.6二重変異体では,葉を傷つけてもCa2+シグナルが発生しないことがわかった5).植物のGLRが,動物のiGluRと同じような活性化機序を有しているのであれば,グルタミン酸を結合して活性化し,Ca2+流入が引き起こされるはずである.そこで,GLRが発現している組織に細胞外からグルタミン酸を投与したところ,葉を傷つけることなく長距離・高速Ca2+シグナルが発生すること,さらにこのCa2+シグナルが伝播した葉では虫害抵抗性が上昇していることが明らかになった5).また,グルタミン酸のバイオセンサーであるiGluSnFR6)を用いたグルタミン酸イメージングを行ったところ,シロイヌナズナの葉を傷つけると,傷害を受けた部位で即座に細胞外のグルタミン酸濃度が上昇することがわかった5).
これらの結果に基づき,GLR/Ca2+シグナルを介した植物の傷害感知・高速情報伝達モデルを提唱した(図2).植物が害虫に捕食された時,①傷ついた細胞や組織からグルタミン酸が細胞外に流出する.②このグルタミン酸が師管や柔細胞に発現しているGLRを活性化させることで③細胞内にCa2+が流入する.④このCa2+シグナル(電気的シグナル)が師管などを介して遠方の葉に向かって高速伝播し,⑤傷害を受けていない葉で将来の攻撃に備えて抵抗性を上昇させる.
グルタミン酸受容体(GLR)/Ca2+シグナルを介した植物の傷害感知・高速情報伝達モデル.
植物は無口で,無反応で,何も感じていないように思われるかもしれない.しかし,最新のイメージング技術を用いれば,植物は,動物とは異なる仕組みを用いながら鋭敏かつダイナミックに外部からの刺激を感じていることがわかる.現在,このCa2+イメージング技術をナス科の植物であるタバコ7)や食虫植物であるハエトリソウ8)にも応用しており,低温ストレスによるCa2+上昇や捕虫葉の高速運動を引き起こす超高速Ca2+シグナル(53.0 mm/s)の可視化に成功している.植物には中枢神経系は無いが,Ca2+シグナルを用いた長距離・高速情報伝達系は,多くの植物種に保存された新しい仕組みかもしれない.
豊田正嗣(とよた まさつぐ)
埼玉大学大学院理工学研究科准教授,SunRiSE fellow,University of Wisconsin-Madison Honorary Fellow