Seibutsu Butsuri
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Theoretical and experimental techniques
The Shape of a Microfabricated Scaffold can Control Cell Migration Direction
Hiroshi SUNAMI
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2022 Volume 62 Issue 1 Pages 62-65

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Abstract

細胞は三次元的な足場のシャープなエッジ部分に沿って接着し伸展する性質を持つ.この性質を利用した,細胞を一方向へ遊走させる技術を紹介する.足場のシャープなエッジ部分の配置が,細胞を偏在させるほどの細胞遊走を引き起こすメカニズムの一端についても説明する.

1.  細胞の遊走とは

細胞の運動は細胞遊走と呼ばれ,我々の体を維持するのに不可欠な機能である.細胞遊走の向きは,刺激の向きによって決まる.刺激の向きとは,栄養,サイトカイン,細胞外基質などの細胞誘引物質の濃度勾配などである.細胞は,この細胞誘引物質の濃度の高い方に突起を伸ばし,その方向に遊走する.こういった細胞誘引物質を用いて,細胞を一方向にのみ遊走させるアッセイ(例えば,ボイデンチャンバーアッセイなど)は既に存在するが,これらの遊走は局所的で短距離なものに限定される1)-3).なぜなら,細胞の感じ取れる細胞誘引物質の濃度の範囲はそれほど広くないからである.つまり,従来の方法では,細胞の遊走方向を広範囲に制御することは困難だと言える.

そこで,私は凹凸のある細胞の足場の形を工夫することで,細胞を一方向のみに遊走させようと考えた.これまでの細胞の足場の形の研究から「細胞を一方向にのみ遊走させられる足場の形は存在する」と考えたこと,これを実現できれば新しい細胞遊走アッセイや細胞分離技術,人工臓器などに応用できると考えたことなどが動機となった.

2.  足場の形を利用した遊走方向の制御

私が着目した細胞の足場はマイクロパターンと呼ばれるものである.特に,シリコンウェハ上に作製された規則的な凹凸構造を持つものにこだわった.シリコンウェハ上であれば,フォトリソグラフィー技術により,望む形のマイクロパターンを容易に作製できる.マイクロパターン上での細胞培養の研究は,Glasgow大学のA. CurtisとC. Wilkinsonらによって1990年頃から本格的に開始された4).その後,様々なグループによって多種多様なマイクロパターン上で細胞の形態5),6)や増殖5),6),代謝7),分化8)などが調べられ,マイクロパターンの形によってこれらを調節できることが報告された.マイクロパターン上の細胞の遊走5),9)についても,次の2つのことが報告された.マイクロパターン上で培養された細胞は,まず,マイクロパターンの三次元的にシャープなエッジに沿って接着および突起伸長,遊走する9)ことである(図1).三次元的にシャープなエッジとは,凹凸マイクロパターンを構成する平面と平面の境界が鋭く突出している場所のことである.私はおおよそ90°以下の角度ものをシャープなエッジと呼ぶことにしている.次に,マイクロパターンの平坦面が連続する方向に接着伸展し,その方向に遊走する9)ことである(図1).

図1

マイクロパターン上の細胞の遊走方向.(A)市松状パターン上の細胞遊走.(B)ストライプ状パターン上の細胞遊走.各図の明るい部分がマイクロパターンの凸,暗い部分が凹である.凹凸の境目が垂直な崖(エッジ)である.赤い実線の矢印の向きは,エッジに沿った細胞遊走の向きを示す.赤い点線の矢印の向きは,平坦面に沿った細胞遊走の向きを示す.

私はこういった知見を参考にしつつ,様々な形のマイクロパターンを設計・作製し,一方向への細胞遊走の発現を目指した.

3.  一方向への細胞遊走を発現させる戦略

では,マイクロパターンの形を用いて一方向のみへの細胞遊走を引き起こすにはどのようなマイクロパターンを用意すれば良いのか?私が着目したのは,細胞が三次元的にシャープなエッジに対して強く接着し,それに沿って突起を伸長しやすいという性質であった.細胞は,突起の伸長する方向に遊走することが知られている10),11).私はこういったシャープなエッジをうまく配置し,突起の伸長方向を制御することで,一方向への細胞遊走を発現できないかと考えた.同時に,このシャープなエッジを異方的な周期構造にすることが有効ではないかと予想した.その周期構造は,経験的に細胞サイズと同程度の周期が最も効果的ではないかと考えた.そして,そのようなシャープなエッジを有するマイクロパターンの設計と作製を開始し,その上で培養されたNIH3T3細胞の遊走と偏在を観察した.均一に播種された細胞が,培養後に偏在していれば,一方向への細胞遊走が発現している証拠になる.

4.  一方向への細胞遊走を発現させるまでの試行錯誤

一方向への細胞遊走を発現するマイクロパターンにたどり着くまでには,数多くの試行錯誤があった.当初より,異方的な周期構造を形成する基本的な形として二等辺三角形に着目していたが,これを密に並べただけのパターンでは全く効果がなかった(図2A).

図2

マイクロパターンの形状最適化過程.(A)二等辺三角形を密に並べたパターン上の細胞遊走.(B)二等辺三角形をストライプ状に並べたパターン上の細胞遊走.(C)二等辺の長さに対する底辺の長さの比を高めた二等辺三角形パターン上の細胞遊走.(D)溝を挟んで隣り合う二等辺三角形の底角の位置をずらした二等辺三角形パターン上の細胞遊走(完成).各図の明るい部分がマイクロパターンの凸,暗い部分が凹である.赤矢印の向きは,細胞の遊走方向を示す.

そこで,この二等辺三角形のパターンに,細胞の遊走方向を一次元方向に限定できる図1Bのようなストライプ状パターンの要素を追加することにした.そして,細胞の遊走方向が評価されたが,残念ながら遊走方向が一次元方向に限定されただけであった(図2B).細胞の遊走挙動をタイムラプス観察により詳細に調査したところ,細胞は,溝の中と溝の外の両方にいて,溝の中ではわずかに異方的な遊走が見られたものの,溝の外では平坦面が連続する方向(二等辺三角形が重なり合う方向)の両側方向に高速で遊走していることが分かった.一方向への細胞遊走を発現させるためには,溝の外にいる細胞を減らさなければならないことに気づいた.

溝の外の細胞を溝の中に入れるための工夫として,図1A, Bのようなエッジに沿った細胞の遊走を利用することにした.具体的には,二等辺三角形の二等辺の長さに対する底辺の長さの比率を上げ,溝の外の細胞の遊走方向を溝の連続する方向に対して垂直方向にする.そうすれば,両側方向への細胞遊走を防げると共に,溝の外の細胞を溝の中へ向かわせられると考えた(図2C).実際に,溝の外を両側方向へ高速で遊走する細胞はいなくなり,ほとんどの細胞が溝の中を遊走するようになった.ところが,今度は溝の中の細胞が,溝が狭くなっている部分に引っかかり,そこで遊走が止まってしまうという問題が発生した.溝が狭くなっている部分とは,溝を挟んで隣り合う二等辺三角形の底角と底角の間のことである.

これを解決すべく,溝が狭くなる原因の隣り合う二等辺三角形の底角の位置をずらすことにした.そうすると,溝の中の細胞が引っかからなくなり,底辺側に遊走するようになった.最終的に完成したのが図2Dのようなマイクロパターンである12).このような基本的な形状さえ保っていれば,多少サイズや間隔が違っても一方向への細胞遊走は発現する.実際に一方向への細胞遊走が確認されたパターンの形状パラメータは,二等辺の長さ:18.3-23.9 μm,底辺の長さ:19.7-44.9 μm,高さの10%重なり合う二等辺三角形の底辺の間隔:7.2-15.7 μm,底角の傾き:19.0-60.8°,平行に並んだ隣の列との間隔:3.2-9.3 μm,底辺の長さ/二等辺の長さ:1以上,深さ:約21 μmというように,かなり幅がある.これだけパターンの形状パラメータが変わっても,図2Dのような基本的な形状を維持している限り,一方向への細胞遊走が再現されたのは驚きであった.私はこれを大いに新規性の高い現象だと捉えた.なぜなら,これまでに二次元的なパターンを工夫して一方向への細胞遊走を目指す研究13),14)はあったが,三次元的な凹凸形状によって一方向への細胞遊走を実現した例はなかったからである.

5.  一方向への細胞遊走の発現は細胞の偏在で確認

この研究で,一方向への細胞遊走の発現をどのように確認するのかも重要なポイントであった.試作したマイクロパターンは最終的に507種類となり,これら全てで細胞遊走の評価が行われた.大量のマイクロパターンを効率良く評価するため,親水化処理済の1 cm角シリコンウェハ上の1 mm角マイクロパターン領域に細胞を均一に播種し,72 h培養後に細胞が偏在するかどうかで有効なマイクロパターンかどうかを判定した.もし,明確な偏在が見られれば,一方向への細胞遊走が発現している証拠になる.図3は最終的に完成したマイクロパターン上で培養されたNIH3T3細胞の偏在の例である.これを見ると,細胞が右(二等辺三角形の底辺側)に偏在している様子を確認でき,一方向への細胞遊走の発現を確認できる12)

図3

孤立したパターン領域での細胞の偏在確認.1 cm角シリコンウェハ上の 1 mm角パターン領域に均一に播種され72 h培養されたNIH3T3細胞(緑:phalloidin染色されたFアクチン,青:DAPI染色された核)を共焦点レーザー操作型顕微鏡で観察した.観察場所はパターン領域の左側(AL, BL, CL)と右側(AR, BR, CR)である.

6.  一方向への細胞遊走発現のメカニズム

ではなぜ,図2Dのような形がNIH3T3細胞を偏在させるほど一方向に遊走させるのであろうか.一方向への細胞遊走が発現した各マイクロパターン上のタイムラプス動画から,94%の細胞が溝の中にいること,右(二等辺三角形の底辺側)へ遊走する頻度が高いことが判明した12).一方で,こういった溝の中にいる細胞は,平坦な表面上では見られない特徴的な形態をとることが分かった(図4).これを見ると,細胞は溝の中のノコギリの刃のように並んだ複数の突出部の先端にしがみつくようなユニークな形態をとり,右に長く突起を伸長する傾向があることも分かった12)

図4

溝の中の細胞の特徴的な形態.共焦点レーザー走査型顕微鏡で観察されたNIH3T3細胞の蛍光像(緑:phalloidin染色されたFアクチン,青:DAPI染色された核)およびマイクロパターンの反射像の重ね合わせ画像である.マイクロパターンを真上から見た正面図と真横から見た断面図を示す.青い矢印は核の位置を示す.

細胞が溝の中でこのような独特の形態をとる理由は以下のように推測される.今回使用した足場には,図5の(1)-(3)のような3種類のシャープなエッジがある.細胞の遊走および接着形態を詳細に観察すると,溝の外(パターン上面)にある数少ない細胞は,図5の二等辺(1)と底辺(2)の2つのエッジに沿って赤矢印の向きに突起を伸長し,溝に対して直交するような向きに接着伸展していた.また,溝の中の細胞は,図4の断面図のように中間的な深さに留まるものばかりで,底まで到達しているものはほとんどいなかった.もし,(3)の部分の突起伸長方向が,(1)と(2)と同じ向き(下向き)であれば,溝の底に到達した細胞が多いはずであり,そうではない事実から図中に示したように逆向き(上向き)ではないかと推測される.

図5

三種類のシャープなエッジと突起伸長方向.(1)二等辺上のエッジ.(2)底辺上のエッジ.(3)三角柱の側辺.赤矢印の向きは予測される突起伸長方向.アスタリスクは隣接する右側の突出部のエッジ.点線は突起伸長と遊走方向.

以上から,NIH3T3細胞は,(1)-(3)のエッジに沿って突起を伸長し,図中の矢印の方向に接着伸展した結果,細胞はマイクロパターンの溝の中へ移動し,ノコギリの刃のように並んだ複数の突出部の先端にしがみつくようなユニークな形態に至ったと推察される.図4からは分かりにくいが,溝の中で(1)-(3)全てのシャープなエッジに無数の細かい突起でしがみついた細胞は,次なるエッジを求めて,隣接する右側の突出部のエッジに太く長い突起を伸ばしていくと考えられる.右に向かう理由は,図5の(1)-(3)上の突起の伸長に関する幾何ベクトルの和が右方向に大きいからだと予想される.パターンの深さや,隣接するエッジを隔てる溝の幅,3つのエッジの交わる頂点についても,(1)-(3)上の突起伸長の方向決定に極めて重要な役割を果たすと考えている.今後,高倍率でのタイムラプス観察などにより,3つのエッジに沿った突起伸長の方向およびその頻度,エッジの交わる頂点の役割などを調査したいと考えている.

7.  まとめ

私は,細胞が偏在するほどの一方向への細胞遊走をマイクロパターンの三次元的な形によって発現させることができた.細胞は,こういったマイクロパターンの持つシャープなエッジに沿って方向性を持った突起伸長を行い,その方向にマイクロパターンが続く限り遊走すると考えられる.本研究で得られた知見は,あらゆる細胞培養用基材や医用デバイスなどの表面に応用可能だと考えられる.

文献
Biographies

角南 寛(すなみ ひろし)

琉球大学医学部先端医学研究センター特命助教

 
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