Seibutsu Butsuri
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Operation and Recent Activities of the Cryo-EM Facility in KEK
Naruhiko ADACHI
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2022 Volume 62 Issue 1 Pages 67-68

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1.  クライオ電子顕微鏡に関する国内外の状況

2013年,クライオ電子顕微鏡(クライオ電顕)を用いた単粒子解析により,側鎖が見える分解能のマップが得られた1).その後,本体・検出器・測定方法・解析ソフトのさらなる発展を受けて,現在では単粒子解析に適したグリッドさえ用意できれば,高分解能の立体構造解析をルーチンで完遂できるようになった.クライオ電顕の急速な発展と普及を受けて,技術面や理論面で大きな貢献のあった3名の研究者(Jacques Dubochet博士,Joachim Frank博士,Richard Henderson博士)に2017年のノーベル化学賞が授与された.

2017年の時点で,グリッドスクリーニングを容易に行えるオートローダー付き300 kVクライオ電顕の設置台数は,欧米中では各50台以上であったが,日本ではわずか5台ほどであった.その後,様々な支援で国内の整備が加速し,国内のオートローダー付き300 kVクライオ電顕は合計15台近くになりつつある.およその役割分担として,大学/研究機関に設置されたクライオ電顕は内部ユーザーやその共同研究者が利用する傾向があり,放射光施設やNational Centerに設置されたクライオ電顕は外部ユーザーが利用する傾向がある.ただし,施設ごとに運用の詳細は異なるため,本稿ではKEKのクライオ電顕に焦点を絞って紹介する.

2.  KEKのクライオ電子顕微鏡の特徴

2017年頃,国内に設置されたクライオ電顕の台数が少ないという状況を受けて,共同利用型クライオ電顕の設置が望まれた.2018年3月,放射光施設における共同利用のノウハウを豊富に持つ高エネルギー加速器研究機構(KEK)に200 kVクライオ電顕(Thermo Fisher Scientific 社・Talos Arctica)が導入された.一般的に,高分解能の単粒子解析には300 kVクライオ電顕を使い,スクリーニングには200 kVクライオ電顕を使うことが多いが,多くの場合,200 kVクライオ電顕でも十分に側鎖が見える分解能のマップが得られる.装置導入以降,KEKは,以下3つのミッションを掲げて共同利用型クライオ電顕を運用している.

①アカデミア/企業ユーザーへのマシンタイム提供

②グリッド凍結/データ測定の支援(必要に応じた単粒子解析支援)

③クライオ電顕実験に関する技術導入の支援

①については,外部ユーザーに年間200日以上(装置稼働日の90%)のマシンタイムを供出している.実際,2020年度のマシンタイム配分は,アカデミア167日(71.4%),企業43日(18.4%),内部利用24日(10.3%)となっている.なお,設置時の取り決めに沿って,企業利用は全体の3割を上限としている.

②について,KEKではユーザーにマシンタイムを供出するだけでなく,ほぼ全てのマシンタイムにスタッフが立ち会い,グリッド凍結/データ測定を支援している.Zoomなどによるリモート実験にも対応しており,約半数のユーザーに利用されている.なお,次の実験の計画を立てるには,ある程度の解析が必要となるが,KEKにはこれからクライオ電顕実験を始めるユーザーが多く,解析環境が立ち上がっていない例も多い.KEKでは必要に応じた解析支援も行っている.

③に関しては,グリッド凍結/データ測定についての初期トレーニング用テキストを作成・web上で公開し,2021年9月までに4日間初期トレーニングを14回開催して,アカデミア31グループ・企業3社への技術導入を支援してきた.単粒子解析についてはRELIONのtutorialに沿った2日間の初心者解析講習会を4回開催し,通算178名が受講している.以上の結果,外部ユーザーによる成果として,2021年9月までに5 Å以上の分解能のマップが54種類得られており,8報の論文を報告している(例えば文献2-5).なお,グリッド凍結・データ測定・単粒子解析の技術導入は,KEKスタッフとユーザーの関与の割合が8:2→6:4→5:5→4:6→2:8などと段階的に移行する形で進めている.

この他,内部ユーザーによる高度化も行っており,クラウド解析環境の構築,microED,小型グリッド凍結装置の開発,解析最適化法の提案,特殊ペプチドの利用などを進めている.KEKは,クライオ電顕を専門とする研究室と比較するとクライオ電顕に関する経験値は低いが,国内の既存のクライオ電顕コミュニティーに助けられて今日まで徐々に経験値を上げてきた.同時に,年間約50グループを受け入れ,年間約200種類のサンプルを測定することで,Case studyという点では豊富な経験を蓄積している.加えて,年間200日以上の有料運転を行っているクライオ電顕施設は世界的にも稀で,この点においても豊富な経験を蓄積している点がKEKクライオ電顕施設の特徴である.

3.  KEKのクライオ電子顕微鏡の利用方法

アカデミアユーザーはBINDS経由,企業ユーザーは共同研究契約・学術指導契約などでKEKクライオ電顕を利用可能である.アカデミアユーザーの初回利用までの流れは「事前打ち合わせ→BINDS課題申請→支援開始→マシンタイム配分→マシンタイム当日」が一般的である.実験の進捗に合わせて必要な撮影日数が異なるため,マシンタイム配分はメールベースで行っている.2ヶ月に1回程度,マシンタイム希望日の打診メールを送り,第一から第三候補までを挙げていただき,日程調整をした上で配分している.配分は各グループあたり1-2ヶ月に1枠で,透明性を高める目的で全ての予定をweb上のカレンダーで公開している.

1週間の流れは,月がメンテナンス,火・水・木が1日枠×3(スクリーニング目的),金土日が3日枠×1(本測定)となっている.1日の流れは,9:30に実験開始,午前中にグリッド凍結(6枚以内),午後はスクリーニング測定(1枚あたり約1時間),18:00頃からovernight/over weekの測定開始となっている.ユーザーは9:30に集合して18:00頃に解散する流れで,測定データについては,翌日以降,ユーザーの持ち込んだHDDにKEKスタッフがコピーし,着払いで返送している.なお,KEKでマップを得た後,さらに高分解能のマップを得たい場合は,クライオ電顕ネットワークの枠組みを通して300 kVクライオ電顕を有する他施設への受け渡しを行っている.

利用にあたって,1日に使う消耗品が,グリッド6セット24,000円,液体窒素10,000円など高額であるため,ユーザーには施設利用料をご負担いただいている.アカデミアユーザーは消耗品実費相当で48,000円/日,企業ユーザーは消耗品・保守費・スタッフ付添費などで480,000円/日をご負担いただいている.

ここで,KEKクライオ電顕に関する直近の予定を記す.まず,2021年10月に検出器のupgradeを行った.これまでのFalcon3EC検出器は,overnightの測定枚数が400枚程度であるため,1日枠では本格的な単粒子解析に必要な1,500枚程度を撮影することができなかった.新しく導入されるFalcon4検出器はovernightで800-3,200枚程度の撮影が可能なため,より効率的な運用が可能となる.また,KEKでは2022年3月,放射光施設とwet labの間にクライオ電顕実験棟を新営する.今後,クライオ電顕・ビームライン・wet labの連携をより緊密に行う計画である.

4.  最後に(現状の問題点など)

国内の300 kVクライオ電顕の台数は増え,検出器や測定法の発展により単位時間あたりの撮影枚数は増えた.これに伴い,測定を支援するオペレーターや,データ解析のための計算資源・解析担当者が相対的に足りなくなっている.計算資源については,クラウド解析環境の構築やスーパーコンピューターの活用などが1つの解決策となるだろう.オペレーターや解析担当者については一朝一夕に育成できるものではないため,KEKでは内外の人材をOJT形式で育成している.クライオ電顕の技術的発展はあまりにも著しく,特に共同利用型施設については,解析環境を含めた整備・事務手続きを含めた支援体制・施設内外の人材育成などの点で過渡期という印象を受ける.今後も本分野の発展に少しでも貢献できれば幸いである.

文献
Biographies

安達成彦(あだち なるひこ)

高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所・構造生物学研究センター特任准教授

 
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