2022 Volume 62 Issue 1 Pages 75-76
私は現在,アメリカ,ペンシルベニア州,フィラデルフィアにあるフォックスチェイス癌センターにポスドクとして在籍しています.私が所属するAndrews研究室とRoder研究室はそれぞれ,LC-MS/MSを用いたヒストンの翻訳後修飾の研究,高速溶液混合法やNMRを用いたタンパク質フォールディングの研究を行っています.
フォックスチェイス癌センターはフィラデルフィア国際空港から電車で約1時間,その後徒歩で10分ほどの場所にある歴史のある研究機関です.病院棟に加え,オフィスや図書室があるCenter,様々な研究室があるReimann,West,Young pavilionの棟が口の字型につながっています.Andrews研究室はYoung pavilion棟に,Roder研究室はReimann棟にあります.こちらでは,PIをAndy,Heiner,と愛称で呼ぶため,とても親しみやすいです.どちらの研究室も規模は小さく,Roder研究室のポスドクは私一人で,Andrews研究室には自分を含めて三人のポスドクが所属しています.大学の研究室とは異なり,学生がほとんどいないため,センター内のどの研究室も似たような規模になっています.研究室のレイアウトはどの研究室もほぼ同じで,自分のデスクがあり,すぐ隣に自分のベンチスペースがあります.Andrews研究室にはサンプル用の冷凍庫が,小型ではありますが,ちょうど三台設置されているので,一人一台使用しています.よく使うものを常に手前に置いておくことができるので,非常に使い勝手が良いです.LC-MS/MSは廊下を挟んだ反対の部屋に三台あります.こちらも一人一台使用できるため,大量の測定を行ってもほかのメンバーが実験できなくなるという心配はありません.実際,私が頻繁に行うヒストンのアセチル化のアッセイでは,十分程度の反応を三十秒程度ごとにサンプルするため,いくつかの条件で実験を行うと,簡単にLC-MS/MS測定数日分のサンプルが出来上がります.一連のサンプルをまとめて測定できるので,研究がスムーズに行えます.一方でクリーンベンチやオートクレーブはほかの研究室と共用のため,使用する時間帯が被らないよう気を付けなければならないことが少し面倒ではあります.こちらでは,夜遅くまで研究室に残っていたり土日に実験を行う人はとても少ないので,細胞の継代のタイミングが土日になるようにしています.Roder研究室には,サンプル調製用のベンチスペースがある部屋のほかに,各種分光器が置かれた測定用の部屋,NMRが置かれた部屋があります.Roder研究室のポスドクは私一人であることもあり,自分の好きなタイミングでNMRや連続フロー装置を使用することができます.これは規模が小さい研究室の利点の一つかと思います.
Andrews研究室もRoder研究室も共同研究が非常に盛んです.外部から多くのサンプルが送られてくるので,かなりの時間をその測定と結果の解析に使っています.自分の研究テーマとは全く異なる分野の研究にも多く携われるので,新しい刺激が常にあり,非常に良い研究環境だと思っています.Roder研究室は分光測定ファシリティを兼ねており,私はそのマネージャーでもあります.サンプルの測定を自分たちで行いたい研究室の学生・ポスドクの方には実験や解析について教えています.皆さん専攻が異なるので,誰でも簡単に理解できるように説明するのはなかなか難しいなと,よく実感させられます.
センター内のすべての研究室がそうというわけではないのですが,PIは大型研究費獲得に向けて,自宅で申請書等の書き物に集中していることが多いです.そのため,メールや電話で実験結果の報告や議論をすることが多いです.この点は大学の研究室とかなり異なっており,共同研究で派遣されてきた大学生の皆さんはPIが研究室にいないことが多いことに驚かれています.PIとの議論の時間をin personで多く持ちたい研究者にとっては,少し物足りなさを感じる環境かもしれません.

Roder研究室・NMRルームでの一枚.
Roder教授(右)と筆者(左)

Andrews研究室・質量分析室での一枚.
三台の質量分析装置があり,筆者は左のものを使用している.
フォックスチェイス癌センターはポスドクに人気のある研究機関です.数年前に“The Scientists”という雑誌が“Best place to work”というアンケート特集を行った際,ポスドク部門で上位にランクインしていました.実際,ポスドク向けのセミナーが多く開かれていたり,センター内向けの奨学金を募集していたり,年に一回ポスドク向けの発表会を設けていたりと,ポスドクの育成に力を入れています.また,学会発表とうで必要な旅費の支援も受けられます.
フォックスチェイス癌センターは,研究者がサイエンスに集中できる環境が整っていると思います.例えば多くの研究室が頻繁に購入するディッシュ・チューブ・試薬はセンター内にストックがあり,朝に注文すればお昼過ぎごろに研究室まで配達されます.また,基本的な培地はセルカルチャーファシリティに作り置きがあり,そこから購入できます.使用したガラス器具の洗浄はガラスウォッシュファシリティにお願いできます.分光測定ファシリティの使用料の請求も,PC上で数回クリックするだけで,サイエンティフィックファシリティが代行してくれます.このように,研究室にとって必須ではあるけれども,サイエンスとは関係のない部分はうまく簡略化されていると思います.
フォックスチェイス癌センターは,徒歩五分ほどの場所にあるアパートの部屋をいくつか,新人のために押さえてくれています.留学の前によくわからない土地のアパートを自分で探さないといけないといった不安はありません.アパートの目の前にはセブンイレブンがあり,徒歩圏内にファーマシーとスーパーマーケットがあるので,車がなくても普段の生活に困ることはありません.また,駅やバス停が近いのでセンターシティに遊びに出かけたり,少し離れた場所にある東アジア系のスーパーマーケットに和食の材料を買いに行くといったことも簡単にできます.センターシティまで出かけると,美術館や博物館を楽しむこともできます.特に独立記念日には,お祭と夜には花火大会が開かれます.COVID以前は,サンクスギビングとクリスマスに,PIがホームパーティーを開催していました.早く状況が落ち着き,以前のようにパーティーを楽しむことができるようになれば良いと思います.気候は日本と大差ないためとても過ごしやすいと思いますが,たまに大雨で道が小川のようになったり,大雪で交通機関が麻痺したりします.
現在,フォックスチェイス癌センターには,私を含めて三名の日本人が在籍しています.少し前までは私だけでしたので,日本語を話す機会があることが今は少し新鮮に感じます.私は英語が得意ではないため,こちらに来た当初は不安もありましたが,研究室のメンバーやほかのラボの皆さん,カフェテリアやセキュリティのスタッフがとても親切にしてくださるので,楽しく研究生活を送れています.