2022 Volume 62 Issue 2 Pages 104-109
地球規模のCO2問題が叫ばれる中,光合成微生物による化学物質や燃料の環境調和型生産の重要性が注目されている.シミュレーション,代謝フラックス解析,進化工学といったシステムバイオロジーの手法による多様な光環境における藍藻(シアノバクテリア)の光合成システムに関する最近の研究成果を解説する.
Cyanobacteria are promising green cell factories to produce valuable compounds by directly fixing CO2. The photosynthetic organisms acclimate and adapt to changing light condition by controlling the energy transfer between both photosystems and the pigments composition for keeping a suitable balance of excitation between photosystem I (PSI) and photosystem II (PSII). We try to understand the adaptive function of photosystems of cyanobacteria against various types of light conditions based on systems biology techniques such as genome scale metabolic modeling and 13C-metabolic flux analysis. Evolution engineering to screen high light tolerant strains is also performed to elucidate mechanism of high light stress tolerance.
地球規模のCO2問題が叫ばれる中,微生物による化学物質や燃料の環境調和型生産の重要性が注目されている.中でも,光合成微生物の一種である藍藻(シアノバクテリア)を用いた物質生産はCO2から直接目的物質に変換できることなどの利点を有することから,未来の細胞工場として大きな期待が寄せられている1).Synechocystis sp. PCC 6803は酸素発生型の藍藻であり,ゲノムが解読済みである2)こと,遺伝子操作が可能でオミクス解析なども行われていることから膨大な研究成果が蓄積されている.また,工学的な観点からエタノールなどさまざまな物質生産にも応用されておりシステムバイオロジー研究が展開されている3).
光合成生物は光エネルギーを利用してCO2を固定する能力を有していることから光エネルギーをいかに有効に活用するかに研究の力点が置かれてきた.しかし,光合成生物は光強度が強すぎると光合成系が障害を受け細胞が増殖できなくなる光阻害と呼ばれる現象を引き起こすことが知られている.
光合成は光エネルギーを用いて水を還元することで電子およびプロトンを獲得し,NADPHおよびATPを生産する.図1に示すように光化学系II(PSII)において水から引き抜かれた電子が直線的電子伝達経路に流れ,最終的にNADPHおよびATPを生産する(図1青矢印).もう一つの経路である循環的電子伝達経路はNADPHの再生に貢献せずATPのみを生産する(オレンジ矢印).この二つの経路の使い分けにより環境条件によって変動するATPおよびNADPHの需要を満たすように機能する.生成したATPやNADPHを利用して中心代謝経路のカルビン回路を駆動することでCO2を固定してさまざまな代謝反応により細胞構成成分を合成している.
光合成経路の概要:PSII:光化学系II,PQ:プラストキノンプール,Cytb6f:シトクロームb6f複合体,PCプラストシアニン,PSI:光化学系I,Fd:フェレドキシン,NDH-1:1型NADPHデヒドロゲナーゼ複合体,NDH-2:2型NADPHデヒドロゲナーゼ複合体,FNR:フェレドキシンNADP+レダクターゼ,TH:トランスヒドロゲナーゼ,H+:プロトン.光合成は直線的電子伝達経路,循環的電子伝達経路からなる複雑なシステムである.
藍藻の光合成研究で利用可能なシステムバイオロジーの研究ツールを図2に示す4).ゲノムワイドな代謝モデル(ゲノムスケール代謝モデル(Genome Scale Metabolic Reaction Model (GSM)))を構築し,代謝状態をシミュレーションすることができる(図2,左).また,実験的な代謝解析においては,標識炭素を含む化合物を細胞内に取り込ませ,その標識がどの代謝物質にどの程度蓄積しているかを質量分析によって明らかにすることで細胞内の代謝状態を決定することができる(図2,右).この方法を13C代謝フラックス解析(13C-Metabolic Flux Analysis (13C-MFA))と呼ぶ5).代謝シミュレーションと実験的な代謝解析を統合して解析することで,さまざまな光環境下での光合成と中枢代謝の理解を深めることができる(図2).
光合成のシステムバイオロジーのツール.
また,後で述べるように,強光条件など細胞にとってストレスのかかる環境で細胞を培養し続けることで,細胞が置かれた環境に適応し細胞増殖速度を上昇させるという特徴を利用し,細胞を実験室で進化させる進化工学という手法がある.この手法では,置かれたストレス環境下で耐性のある細胞を取得し,その細胞のゲノムに起きた変化を次世代シーケンサーによって解析することができる.
ゲノムスケール代謝モデルは,既知の細胞内の代謝反応をコンピュータ上で再構築した代謝モデルである.代謝モデルを用いることで光合成における電子伝達反応,生み出されるATPやNADPH,さらには中枢代謝系での各代謝反応,細胞増殖などを反応フラックスという概念で統一的に扱い,理解することが可能である.また,遺伝子改変や培養条件が光化学系の電子伝達系や代謝に与える影響を予測することもできる.Synechocystis sp. PCC 6803株においては,ゲノムスケール代謝モデルが構築されており,500程度の主要な代謝反応に加えて,光化学系の直線的電子伝達反応を含んだモデルが構築されている6).各反応はデータベースや文献などより代謝反応を取得する.化学量論(反応物と生成物の量的な関係)をベースにして,すべての反応をフラックス(mmol/g-DCW/hr:単位乾燥菌体重量(DCW)当たり,単位時間当たりの反応の大きさ)という概念を基盤にして記述する.ミカエリスメンテン式のような反応速度論式や速度パラメータを排除することで各反応の速度論データがなくても全体像を議論できる.
異なる波長の光に応答して,どのような電子伝達が起こっているのかを理解するため,光化学系に関わる直線的電子伝達経路に加えて複数の循環的電子伝達経路を詳細に再構築したモデルが開発された(図3)7)-9).このモデルにより,さまざまな波長の光エネルギーが種々の集光装置で捕捉され,光エネルギーによって生み出される電子伝達,NADPHやATPの生成,中枢代謝上での代謝がシミュレーションできるようになった.光合成生物が環境の変動に対して一過的に電子,プロトン,分子の濃度を変動させる現象は重要であるが,変動後に,恒常的に細胞増殖するためのバランスの取れた電子や分子のフラックスに落ち着いた状態(定常状態)を解析することがより重要である.ゲノムスケールモデルでは,この定常に到達した状態を議論している.細胞への光エネルギー入力に対して,バランスを取るための直線的電子伝達経路と循環的電子伝達経路の電子の流れの割合に関するシミュレーションが行える.捕捉された光エネルギーを光化学系(PSII, PSI)においてどのような割合で分配すると増殖に良いかなどといったことが議論できる.また,光化学系で生み出されるNADPH量から中枢代謝系を用いた物質生産を最適化するための光化学系の改変方法を予測することにも成功例が報告されている.光合成生物の代謝はシミュレーションにより理解を深めデザインすることができるようになった3).
ゲノムスケール代謝モデル.(A)光化学系と(B)中枢炭素代謝のフラックス分布.矢印の太さ,数値は各反応の大きさを示す.光の波長630 nm,100 μmol m–2 sec–1の光で培養した際のフラックス(mmol/g-DCW/hr)の大きさを示す.Fdrd,還元型フェレドキシン;Fdox,酸化型フェレドキシン;PQH2,プラストキノール;SDH,コハク酸デヒドロゲナーゼ;CCM,CO2-濃縮機構;Cox,シトクロームcオキシダーゼ.
藍藻において光強度が同じでも異なる波長の光において増殖の大きくなる光と増殖が小さくなる光が存在するが,それぞれの光環境では,光を補足する集光装置が各波長の光によって異なることに加え,光化学系のPSIとPSIIの励起比がシミュレーションの予測精度に大きく影響することが分かった.例えば,赤色(図3,Red1)630 nmの光では増殖速度が大きくPSIとPSIIの励起比は1に近い.また,青色400 nmや赤色でも少しだけ波長の長い(図3,Red2)680 nmの光において励起比は非常に大きくなることが実験的に確かめられた.これらの値をパラメータとしてモデルに導入することで細胞の増殖速度を予測することができた.
PSIおよびPSIIの励起比が1に近い際には,直線的電子伝達経路がメインとなり,循環的電子伝達経路では電子はフェレドキシンおよびNDH-1を介してプラストキノンプールに戻される.この場合,光合成系全体でATPとNADPHの生成比は細胞増殖にとって適した割合に制御されていることが分かった.図3にモデルを用いた630 nmの波長における光合成経路の電子のフラックスおよび代謝反応のフラックスのシミュレーション結果を示す.矢印の太さはフラックスの大きさを示している.
一方,青色400 nmや680 nmの光ではPSIの励起がより大きくなるため,NADPHは生成せず,より大きな循環電子伝達経路のフラックスが生み出される.このような状態では,電子の受取先はNDH-1ではなく,NDH-2であることが示された.循環的電子伝達系では,NADPHの生成は起こらず,くみ出されるプロトン量が上昇し,NADPH生成に比べてATP生成が過剰に増えることになる.NDH-1は1電子当たり2個のプロトンをくみ出すが,NDH-2はプロトンをくみ出さないため,ATPの過剰生成を抑制していると考えられる.
NADPH生成に比べて過剰にATP生成が大きくなっても代謝側での炭酸固定が促進されるわけではないのでアンバランスを解消する必要が生じる.これを補償するために代謝側で酸化的リン酸化経路を働かせて代謝側でもNADPH生成を行っているということが予測される.また,PSIとPSIIの励起比が1から大きくなる分子メカニズムとして図4に示すように,通常光では,PSII側に結合しているフィコビリソームがPSIに移動する状態遷移やPSIIとPSIが複合体を形成しPSIIで受け取ったエネルギーを直接PSIに移動させるスピルオーバーが起こることが知られている10).このような光環境では,藍藻は効率的なエネルギー利用よりも過剰なエネルギーからの防御に傾いていると考えられる.
PSIとPSIIの励起比を制御する分子機構.
このシミュレーションの実験による検証として私達は,NDH-1サブユニット遺伝子を破壊した株を用いた実験により,増殖が良好な680 nmではNDH-1を利用し,増殖が小さい630 nmではNDH-2を利用していることを確認した.
代謝側での直接的な確認方法として安定同位体標識を用いた13C代謝フラックス解析(13C-MFA)がある.図5に示すように,一部の炭素原子を安定同位体13Cで標識した炭素に置換した化合物を基質に用いたとき,13Cは通過する代謝経路に依存して各代謝物質に分布する.そのため,各代謝物質中の13Cで標識された割合(13C濃縮割合)を測定することで,代謝フラックスを求めることができる.13C-MFAでは,理想的には対数増殖期など代謝の定常状態において13C標識基質を資化させ,各代謝物質の定常となった13C濃縮割合を質量分析計などにより測定し,代謝フラックスを決定する.代謝フラックスを決定するためのソフトウェアも開発されている11),12).
安定同位体標識を用いた実験的13C代謝フラックス解析の方法(A)と各光条件における炭素代謝の流れ(B).
Synechocystis sp. PCC 6803株は,光独立栄養条件のみならず,光と従属栄養を並列する光混合栄養条件においても培養が可能であるため,13Cグルコースを栄養源とする条件下で,代謝フラックス解析が行われており,さまざまな挙動を実際に代謝フラックス分布として理解することが可能となってきた(図5).上述の青色(400 nm),630 nm,680 nmの光を用いた培養においてシミュレーションの予測どおり,青色や680 nmの光環境下では,酸化的ペントースリン酸化経路の代謝フラックスが増大し,この経路のNADPH再生に依存して生存していることが実験的に明らかになった.逆に,630 nmの光環境下では酸化的ペントースリン酸化経路の代謝フラックスは小さくなり,カルビンサイクルが活性化していることが確認された13).
生物は環境適応能力を持ち,さまざまな環境ストレスによって増殖が低下する状況に置かれても,環境に適応することで増殖を回復させる.これは,遺伝子が変異することにより,その発現量の変化にとどまらずタンパク質などの機能変化により置かれた環境に適した個体が生き残る現象で進化の一種と考えられる.このような現象を実験室での育種に用いる手法として,植え継ぎ培養系やバイオリアクターでの長期間連続培養があげられる.長期間の植え継ぎ培養による育種は,環境に適応した形質を有するものが選択されることが期待される.さらに,植え継ぎ培養により得られた菌株と元の株(親株)を,ゲノム解析やトランスクリプトーム解析,メタボローム解析などの網羅的分析技術により比較することで,遺伝子組換えの戦略立案に有用な情報が取得できる14).藍藻においてもSynechocystis sp. PCC 6803は全ゲノムが同定されているので2),アルコールストレス15)について,植え継ぎ培養で取得された耐性株の網羅的解析が行われている.
図6に実験室進化実験の概要を示す16).図のように野生株が増殖を阻害される強光環境を作成する.この研究では,植え継ぎ試験管を複数系列用意し,通気培養を行う.通常増殖する4,000 μmol m–2 sec–1の光環境に比較して7,000 μmol m–2 sec–1では野生株の増殖が低減される.強光環境下でも生育が良好な変異株が出現すると集団の中で優占種になっていくので集団としても高い増殖速度として検知可能となる.増殖速度が上昇した場合は光強度をさらに上げて強光条件を徐々に厳しい条件に変更し最終的には野生株が生育できない9,000 μmol m–2 sec–1の光強度でも良好に生育できる細胞集団が獲得された.図7に示すように進化株は通常光で野生株と増殖に変わりがなく,強光条件になっても増殖速度が通常光と変わらない株であることが分かる.光合成の活性を調べる一つの指標として時間分解蛍光法17)がある.この方法は光が照射された際に光化学系のクロロフィルが励起された後,電子伝達に利用できなかった過剰のエネルギーを蛍光として発しているものをとらえている.蛍光の消光時間が短いほど光合成のエネルギー獲得,電子伝達が速やかに行われていることを示している.野生株においては過剰な強光条件(9,000 μmol m–2 sec–1)においてはPSIIは受け取った光エネルギーを消化しきれず,4,000 μmol m–2 sec–1の際に比べて蛍光の消光に遅延が生じていることが分かった.これに比較して,強光耐性株では通常光と同じスピードでエネルギー消光が行えていることが分かった.
進化工学による進化株取得の概要.
取得された進化株の増殖の様子.
強光耐性のメカニズムに迫るため,強光環境下における耐性株のトランスクリプトーム解析や全ゲノムリシークエンス解析を行った.トランスクリプトーム解析の結果,強光耐性株においては,種々の強光応答遺伝子の発現が確認されたが,特に,isiAの顕著な発現上昇が認められた.また,ゲノムリシークエンスにおいてhik26(T29K)およびslr1916(C53Y)の非同義置換が認められた.これらの結果を踏まえてisiA過剰発現株,ゲノム上のhik26およびslr1916の破壊,破壊株への非同義置換変異遺伝子導入を行い,それぞれ株の増殖の様子を解析した.その結果,isiA過剰発現株においては,進化株を完全に再現するには至らないものの強光条件下において野生株に比較すると顕著に大きい増殖活性を示した.また,slr1916では,遺伝子破壊によって進化株と同等の強光耐性を示すことが明らかになり,変異導入株においても同様の表現型を示した.次にhik26株においては,ゲノム上の遺伝子破壊株は強光耐性を失い,変異導入された株においては強光耐性を有することが分かった.これらの結果より,両変異とも,強光耐性に対して必要な変異であることが確認された.
isiAはもともと鉄欠乏ストレス条件下で発見された遺伝子18)であり,鉄制限条件下においてPSIのアンテナタンパク質として機能していることが知られている.また,種々のストレス環境下で誘導されることが分かってきている19).例えば,非常に強い光条件下で生じる過酸化水素によって誘導されることが分かってきている20).さらに,isiAを欠損するとフィコビリソームで吸収したエネルギーのPSIIとPSI間移動を阻害することが分かっており21),この株は光阻害を生じることも分かっている.最近,isiAはチラコイド膜上の強光で誘導されるカルテノイド結合タンパク質High Light-Inducible Carotenoid-Binding Protein Complex(HLCC)であることが報告されている.HLCCはチラコイド膜やPSII中のD1タンパク質の酸化ストレス下での防御に働いているという研究もある22).従って,isiAの強発現はHLCCの形成,チラコイド膜やD1タンパク質の酸化ストレスからの防御に役に立っていることが予想される.図8に考えられる強光耐性の分子メカニズムをまとめて示す.
強光耐性に関する分子メカニズムのまとめ.
hik26はヒスチジンキナーゼ2成分制御系タンパク質であり,多くの遺伝子発現制御に関わっている可能性がある.hik26遺伝子の発現量は野生株と耐性株で大きく変化していないことから,hik26の変異は制御活性に影響している可能性がある.変異タンパク質Hik26mの変異アミノ酸(T29K)はセンサドメイン近辺に位置すると考えられ,制御する遺伝子の発現パターンを変化させた可能性がある.進化株においては,強光環境下で応答すると言われている遺伝子群の顕著な発現上昇,低下が確認されている.
最近,CRISPRiを用いて発現抑制株ライブラリを作成し,網羅的な表現型解析を行った研究23)により,slr1916は最近発現抑制によって強光条件において増殖が強くなることが確認されており,今回示された結果と矛盾しない.また,この研究では,従来言われていた強光で機能するレギュレータPgmA遺伝子も見つかっている24).これらのスキームをまとめると図8のようになる.isiAを介してPSIIとPSIの相互作用なども影響している可能性がある.
本稿では,ゲノムスケールモデルにおける光合成と代謝の統合的解析から藍藻の多様な光に応答し効率的なエネルギー獲得と防御の仕組みについてシステムバイオロジーの観点から理解を試みた.また,13C-MFAによる代謝解析によってシミュレーション予測を確認する方法についても述べた.さらに,進化工学を用いて強光に強い進化株の取得とそこから見える強光耐性メカニズム解明へのアプローチについて述べた.いずれも多様な光環境におけるPSI,PSIIの相互作用や光エネルギーによる励起比の制御が関わりそうなことが考えられた.最近では,振動光に対する応答なども精力的に研究が行われている.光合成と代謝のクロストークが今後ますます盛んに研究されるようになると考えられる.
本稿に示した研究は科学研究費補助金16H06559,21K19825の支援を受けて行われたものである.