2022 Volume 62 Issue 2 Pages 99
自然科学の「研究」を進める上で「観察」は全ての基礎であり,「観察」を客観的に測る「計測技術」が「研究」を支える「実験データ」を集めるためにもっとも重要であり,またそのデータを正しく理解するための「解析技術」も同様であると考えています.私が大学院に進学した40年ほど前を振り返ってみると,(あたりまえですが)今とは全く違う世界でした.当時はいろいろな計測器がようやくデジタル化され始めた頃で,アナログの計測機器も数多く使われていました.
この数10年の間,計測機器のデジタル化と平行して市販の複雑な計測装置はどんどんブラックボックス化され,内部でどのようなことが行われているかわからずに研究に使っていることも多くなってきているように感じています.アナログの測定装置や比較的シンプルなデジタルの測定装置は,トラブルがあった時や測定結果に疑問が出た時に,その原因を理解することは比較的容易ですが,ブラックボックス化された測定装置の場合,出てきたデータだけから判断しなければならないことも多く,また,ちょっとしたトラブルでもメーカーに対応してもらわなければならず歯がゆく感じることがしばしばあります.解析ソフトウェアも同様で,ソースコードがなくて,問題の解決に苦労することも経験しています.
近年急激に進歩してきた生命科学の分野では,大きく進歩してきた様々な新しい計測技術を組み合わせて,より複雑な現象を理解することが求められるようになってきています.基となる測定データがどのように得られているかということを深く理解する時間が取りにくくなっているのも事実だと思いますが,サイエンスを進めていくためには,その基となるデータがどのようにして測定・解析されたかを理解することは大変重要であると考えています.
独自のアイデアの基に新しい計測法・解析法を考え出し,それを実現する新しい計測技術を開発しながら研究を進めるというのが,生物物理学会の伝統の1つであると言えると思います.一般に使われる家電製品がどんどんブラックボックス化され自分で直したりする機会が失われていることなどが,若い人たちにとって計測装置の内部に興味を持つ機会を失う原因の1つとなっているように感じていますが,生物物理学会会員の若い研究者の方々には,独自のサイエンスを開拓するためにも,計測装置の内部に興味を持って,新しい計測技術を開発しながら新たな分野を開拓していって頂くことを願っていますし,自らもそのような気構えで新たな研究を展開していきたいと考えています.