2022 Volume 62 Issue 4 Pages 228-231
哺乳類の概日時計の中枢は,脳深部の視交叉上核に局在し,約2万個の神経細胞が全身の生理機能の約24時間リズムを制御する.本稿では,視交叉上核の神経回路および単一神経細胞での概日Ca2+リズムの光イメージング研究を中心に,研究の過程で偶然見いだした概日膜電位リズムやウルトラディアンCa2+リズムについて紹介する.
The mammalian master circadian clock locates in the suprachiasmatic nucleus (SCN) of the hypothalamus, where ca. 20,000 neurons constitute a hierarchical network. The SCN receives direct light information from the retina, integrates the environmental information, transmits the rhythmic information to other brain areas and peripheral organs in the body, and finally regulates 24 h physiological functions. In the last decade, I have reported circadian Ca2+ rhythms in the SCN network and isolated single SCN neurons, circadian voltage rhythms synchronized in the SCN network, and ultradian Ca2+ rhythms in the primary output regions of the SCN. In this review, I summarize my 10 years of work and discuss the future perspective.
生物時計とは,地球環境の変化に適応するために生命が進化の過程で獲得した能力であり,バクテリアからヒトに至る地球上のあらゆる生命体で観察される.生命は,地球の自転と公転により引き起こされる明暗サイクルや気温変化,季節変動,月の引力による潮の満ち引きなどに適応し,自身の生物時計を巧みに利用して環境変化を予測することで,自らの生存戦略を有利にしている.
私たち哺乳類にも実に様々な時間スケールの生物時計が存在しており,全身の細胞は時計機能を有し,睡眠覚醒やホルモン分泌などの生理機能に周期的なリズムをもたらす.中でも地球の約24時間に適応した生物時計を概日リズム(概日時計)と呼ぶ.2017年のノーベル生理・医学賞は,概日リズムの分子メカニズムを解明した研究者に贈られたことは記憶に新しい.現在では約20種類の時計遺伝子が同定され,時計遺伝子とその転写産物による転写翻訳の負のフィードバックループが24時間の制御メカニズムの分子骨格であるとされており,分子レベルの概日リズムの理解が進んでいる.
哺乳類では全身のあらゆる細胞や組織に概日リズムを刻む仕組みが存在するが,その中枢は脳深部にある視床下部領域の視交叉上核(Suprachiasmatic Nucleus:以下SCN)と呼ばれる.マウスでは,直径0.5 mmほどの神経核に局在する.SCNは約2万個の多様な性質をもつ神経細胞とそれを取り巻くグリア細胞からなる階層的なネットワークを形成する.SCNは網膜の神経節細胞から直接の光情報を受け,外界環境の情報を統合して,脳の他領域や全身の末梢臓器へとリズム情報を伝え,睡眠覚醒やホルモン放出,体温維持といった全身の生理機能や行動の24時間リズムを統合し制御する(図1)1).SCNを切除すると,動物の生理現象の概日リズムは消失するが,異なるリズム周期をもつ別個体から取り出したSCNを移植すると,別個体SCNがもつリズム周期に依存した個体のリズムが回復する.
視交叉上核(SCN).(a)マウス脳断面図.SCNは網膜からの直接の神経入力を受け,外界の光環境に同調する.(b)SCNにおける情報の入出力.SCNはリズム情報を発振し,室傍核/傍室傍核領域を経て,他の脳領域や末梢組織にリズム情報を発振し,睡眠覚醒サイクルや体温変動などの約24時間の生理機能を制御する.
SCNは,組織レベルでは約24時間に正確でロバストなリズムを示す一方で,分散培養した神経細胞はリズム周期が不安定でばらつくことから,組織としての安定性やロバストさは時計細胞の相互作用により生み出されると推定されている.特に最近ではグリア細胞も独自の概日リズムをもち,神経細胞と相互作用することで,中枢時計の発振と安定化に関わっていることが報告されている1).
SCNの神経細胞では,時計遺伝子やタンパク質の変動だけでなく,神経の活動電位発生(発射活動)や神経ペプチド放出,そして細胞内Ca2+イオン濃度動態にも概日リズムが観察される.哺乳類において最初に細胞内Ca2+濃度の昼夜差の存在が示されたのは,単離したSCNの組織切片にCa2+指示薬を用いた蛍光観察実験であった.その後,遺伝子コード型Ca2+センサーを用いた数日間の連続的なイメージング計測により,細胞質のCa2+濃度の概日リズムが報告された(以下,概日Ca2+リズム)2).
筆者らは,ニポウディスク型共焦点ユニットと高感度CCDカメラなどから構成される顕微鏡観察システムにより,ごく微弱な励起光での蛍光イメージングを行うことで,長期間の蛍光イメージングの際の励起光による細胞毒性や光退色を軽減した共焦点イメージング観察を可能とし,数日~週単位の長期間での概日リズムのタイムラプス観察を可能とした3).またアデノ随伴ウイルスを用い,遺伝子コード型Ca2+センサーを神経回路全体に感染発現させることで,多数の神経細胞から長期のイメージングが可能となった.私たちは,SCN領域に特徴的なCa2+リズムの空間パターンを観察し,Ca2+リズム位相は背側領域で腹側領域よりも前進しており,概日Ca2+リズムはSCN組織で空間的に制御されていることを見いだした(図2)4).
SCNスライスにおける概日Ca2+リズム計測.(a)遺伝子コード型Ca2+プローブ(Yellow Cameleon 3.60)を発現したSCN.(b)単一SCN神経細胞のCa2+変動.SCN領域内の神経細胞では概日Ca2+リズムが観察される.(c)各細胞のCa2+変動の時間変化トレース.
現在では,この概日Ca2+リズムは脳スライス系のみならず,SCN神経の分散培養5),光ファイバー計測を用いた自由行動するマウス生体内6)など,多階層のレベルで観測されている.
筆者らは,多電極ディッシュアレイ上にSCNスライスを培養して神経発射活動を計測し,時計タンパク質の発現リズムを発光計測により同時計測することで,Ca2+,時計タンパク質発現,神経発射活動の概日リズムの位相関係を解析したところ,概日Ca2+リズムと神経活動リズム位相が異なることが分かった7).さらに,神経発射活動を阻害する薬剤を投与しても概日Ca2+リズムが継続したことから2),概日Ca2+リズムは膜電位変動とは異なるメカニズムで駆動されることが示唆された(図3).
SCNスライスにおけるCa2+-神経発射活動-時計タンパク質の概日リズムの位相関係.多電極アレイ上に培養したSCNスライスより神経発射頻度を計測し,蛍光/発光イメージングによりCa2+(GCaMP6s)とPERRIOD2のリズムを計測した.
筆者らは,より直接的にSCNの膜電位変動を計測するため,蛍光膜電位センサー(ArcLightD)とCa2+センサー(RGECO)を多数の神経細胞に同時発現させ,膜電位と細胞内Ca2+の概日リズムの同時計測を行った.その結果,概日Ca2+リズムはSCN内で特徴的な時空間パターンを示した一方で,膜電位の概日リズムは神経細胞全体で同期していることが分かった(図4).この結果は,SCN神経回路は特異的なリズム位相をもつ細胞種を統一して,同期した出力を作り出していることを示している8).
SCNにおける膜電位リズムとCa2+リズムの位相空間分布.リズム位相を疑似カラーで表示.(a)膜電位リズムはSCN組織で位相が一様であり,膜電位リズムが同期していることが分かる.(b)Ca2+リズムの位相は幅広く分布しており,背側(第三脳室)から腹側(視交叉)への位相分布がある.
SCN組織のロバストで安定した概日リズムは神経細胞同士の連絡により生み出されると考えられている.しかしながら,単一SCN神経細胞においても安定したリズムを刻むことができるのか,またどれ位の割合のSCN神経細胞が自律振動能をもつのかについては,他の細胞と一切物理的な接触をもたない1個だけのSCN神経細胞から測定することが技術的に困難であり,統一した見解は得られていなかった.
筆者らは,微細加工技術により1個の神経細胞のみを物理的に隔離して隔離できるマイクロパターン基板を作成し,1個のSCN神経細胞を長期培養する手法を確立した5)(図5).単一SCN神経細胞から概日Ca2+リズムを数日間測定したところ,他の神経細胞やグリア細胞と物理的接触が一切ない状態においても,約80%の細胞は安定した概日Ca2+リズムを示した.一方で,グリア細胞と共存している神経細胞では,20%ほどの細胞しかリズムを示さなかった.この結果は,1細胞レベルでも自律振動する細胞が大半であり,グリア細胞によりSCN神経細胞のリズムが制御されることを示している.
単一SCN神経細胞における概日Ca2+リズム.(a)ガラス基盤に同一形状のマイクロアイランドを900個作成した.(b)マイクロアイランド内に培養した単一SCN神経細胞からの概日Ca2+リズム計測.
室傍核-傍室傍核領域のウルトラディアンCa2+リズム.(a)遺伝子コード型Ca2+センサー(GCaMP6s)を発現させた視交叉上核-室傍核-傍室傍核スライス.(b)Ca2+変動のラインプロット.SCNでは概日Ca2+リズムが,室傍核-傍室傍核ではウルトラディアンCa2+リズムが観察される.(c)室傍核領域のCa2+変動の時間経過.0.5~4時間周期のリズムが確認できる.
近年,SCNのグリア細胞にはSCN神経細胞とは逆位相の概日Ca2+リズムが存在し,グリア細胞の概日リズムが動物行動を制御することが報告されている1).生体内では,神経細胞とグリア細胞との協調により生理機能のリズムが制御されていると考えられる.
生体時計研究の泰斗であるユルゲン・アショフは,ウルトラディアンリズムを概日リズムより短いリズムとして定義し,その後20分~6時間程度の周期性をもつ短周期リズム(ウルトラディアンリズム)と位置づけた.SCNを破壊した動物でもウルトラディアンリズムは継続し,発生発達のごく初期の概日リズムが発振してない時期では,動物行動に顕著なウルトラディアンリズムが観察されることから,その発振源はSCN以外にあると想定されたが,その部位は不明であった.
筆者らは,SCNの概日リズムの可視化実験の過程で,SCNの主な神経投射先である
室傍核と傍室傍核領域には,コルチコトロピン放出ホルモンやオキシトシンなどの様々なペプチドホルモンを産生する神経細胞が存在している.またこの領域は,視床下部背内側核などの他の脳領域へと投射して,体温や睡眠サイクルを調節する中枢領域へと情報を伝えている.このことから,私たちが見いだしたウルトラディアンCa2+リズムは,生体の様々な生理機能のリズムを制御していると推察される.
SCNの概日リズム発振におけるCa2+の生理的機能については,Ca2+キレータ投与により時計遺伝子の発現リズムが減弱/停止することや,Ca2+-CaMKIIシグナルがCLOCKのリン酸化を介してCLOCK-BMAL1の二量体化を促進するなど,概日リズムの「自律振動性」に関与することが報告されている.また細胞内Ca2+は外環境と自身の時計を合わせる機構である「光同調性」に関わるシグナルであることや,日中の光入力情報を遮断する仕組みである「ゲーティング機構」にも関与することも示唆されている.また最近,概日リズム周期が温度に依存せずほぼ一定に保たれる「温度補償性」にも細胞内Ca2+が関わることが報告された10).哺乳類の細胞内Ca2+レベルは低温に伴ってNa+/Ca2+交換輸送体を介して上昇し,CaMKIIの活性化を誘導して転写振動の速度低下を補償する.時計遺伝子は動物,植物,細菌で保存性が低いことから,概日リズム機能は生物種ごとに独立に進化したと想定されている.低温性Ca2+シグナルは哺乳類だけでなく幅広い生命に保存され仕組みであることから,Ca2+による概日リズムの制御は共通祖先から機能していた可能性がある.
概日リズムの分子機構は,時計遺伝子による転写振動が本体であると想定されているものの,核のない赤血球においても概日リズムが報告されるなど,転写振動をコア振動体とする考えにはいくつかの反証もある.筆者らも,主要な時計遺伝子Cryptochrome1/2を欠損するSCN神経細胞においても概日Ca2+リズムを報告している7).すなわち,概日Ca2+リズムが時計遺伝子の転写振動の上流振動体として働く可能性がある.
哺乳類においては他の脳領域や末梢臓器における概日Ca2+リズムは現在のところ報告されておらず,概日Ca2+リズムは時計中枢に特徴的な性質であると推察される.哺乳類以外では,ショウジョウバエやシロイヌナズナの時計細胞で概日Ca2+リズムが報告されているが,報告数は未だ少ない.生物種間や進化的にどの程度保存されている現象であるかは興味深い課題である.