Seibutsu Butsuri
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Molecular Mechanism of Memory Consolidation Elucidated by Optical Control of Synaptic Plasticity
Akihiro GOTOYasunori HAYASHI
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2022 Volume 62 Issue 4 Pages 239-241

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記憶はまず海馬で形成された後,脳の他領域に移行する.この時シナプス長期増強現象(LTP)が起こると考えられるが,いつどこで起こるかは明らかではない.そこで光にてLTPを解除する手法を確立し,海馬では学習時にだけではなく,同日の睡眠中にも起こること,大脳皮質では次の日の睡眠中にLTPが起こることを示した.

1.  長期増強現象とは

記憶の細胞基盤として考えられているのが,長期増強現象(long-term potentiation; LTP)である.これはシナプスの伝達効率が秒単位の入力の変化に伴い分から時間単位で増強する現象である.当初海馬で発見されたが,その後大脳皮質や小脳などの脳領域でも見出され,成体で見られる記憶だけではなく,発達期の神経回路網形成にも関与していると考えられている.

LTPの物質基盤には兼ねてから興味が持たれ,その誘導に伴い,シナプス後部でさまざまな情報伝達系が活性化され最終的にはシナプス後部のAMPA型グルタミン酸受容体をシナプス表面に移行していく.このためシナプス伝達が増強すると考えられる.

2.  LTPに伴うシナプス構造の変化とそのメカニズム

中枢神経系では,シナプスは樹状突起スパインと呼ばれるキノコ状の構造に形成される.LTPに伴いスパイン構造は拡大しアクチン重合に依存して拡大する1).アクチン重合を担う因子を明らかにするため,アクチン調節因子やシナプス足場タンパク質がLTP誘導に伴いどの様に挙動するかを調べたところ,アクチン制御因子であるcofilinに興味深い挙動が認められた2).LTP誘導後に,cofilinはシナプスへ急速に流入し,スパイン頭底部に集積して,アクチンと安定した複合体を形成した(図1).

図1

LTP誘導によるスパイン頭底部へのcofilin集積と,CALIによる解除.(左)SuperNovaに光照射すると活性酸素が産生され,融合されたcofilinが不活化される.(右)赤色蛍光タンパク質(赤,形態を示す)とcofilin-GFP(緑),cofilin-SuperNova(図には示されていない)を共発現した海馬神経細胞の樹状突起スパイン.LTP誘導によりスパインが拡大し,同時にcofilinがスパイン頭底部に集積する.光照射によりCALIを誘導すると,cofilinの集積がなくなり,同時にスパインが縮小する.スケールバー1 µm.

Cofilinは元々線維状アクチン(F-アクチン)を切断する分子として同定されたが,F-アクチンに1対1近い比で結合した時には寧ろ安定化することが知られている3).我々はスパインに流入したcofilinとアクチンとの相互作用がどの様な量比になっているかを解析するため,Förster共鳴エネルギー移動(FRET)を用いた.F-アクチン内でのアクチン単量体の間隔は約5 nm程度でありFRETを起こすのに理想的な距離である.Cofilinが,F-アクチンと1 : 1に近い密度で相互作用していればcofilin同士でFRETが起こることが予想される.そこでcofilinをドナー蛍光タンパク質とアクセプター蛍光タンパク質と融合させ,神経細胞に共発現しLTPを誘導したところ,FRETが増加し,しかも長期に継続することが分かった2).このことから,cofilinとF-アクチンは1 : 1に近い密度で相互作用し,F-アクチンを安定化し,これによりスパインが拡大していると考えられた.

3.  Cofilinの光不活化がLTPを解除する

もしこの図式が正しければ,cofilinを不活化すれば一旦成立したLTPを消去することができると考えた.このためSuperNovaというGFPファミリー蛍光タンパク質に着目した4),5).SuperNovaは光照射により活性酸素を発生し,光照射分子不活性化(chromophore-assisted light inactivation; CALI)を起こす.このため,cofilinをSuperNovaと融合するとcofilinを光で不活化することができると考えた.そこでcofilin-SuperNova融合タンパク質とcofilin-GFPを神経細胞に共発現し,LTPを誘導した後,光を照射しCALIを誘導した.その結果cofilin-GFPのスパイン集積と共にLTPが解除された6).この効果には時間枠があり,LTP誘導前や誘導後20分以降に光照射した場合には効果はなかった.また再度LTPを誘導した場合は正常に誘導できた.CofilinとF-アクチンとの結合は協働的で,一部のcofilinが不活化するだけで他のcofilin分子もF-アクチンから解離するのではないかと考えられる.

4.  Cofilinの光不活化が記憶を解除する

次に我々は生体で記憶が消去できるかを検討した.このためcofilin-SuperNovaを記憶形成の場である海馬に発現させた上で,受動的回避テスト(inhibitory avoidance test)課題で記憶成績を評価した.このテストでは,明区画,暗区画があるチェンバー(IAチェンバー)を用いた.マウスを明区画に入れると暗区画に移動しようとするが,そこに入ると電気ショックが与えられる.マウスは暗区画が危険であることを学習し,次の日に再度明区画に入れると,暗区画に入るまでの時間が延長する.この学習後,光を照射しその次の日の記憶成績を測定した.その結果,学習後20分以内に光照射した時には記憶が消去された(図2).このことから学習時に起こった海馬LTPがCALIにより消去されたと考えられた.

図2

光照射による学習直後のLTPの消去.(左)IAチャンバーの明区画にマウスを導入すると,暗区画に入る.しかし電気刺激を与えると暗区画が危険だと学習し,暗所へ入るまでの時間が延長する.(右)SuperNova融合cofilinを発現したマウスの海馬に,学習1分前,2-120分後でそれぞれ光を照射すると,学習後2-10分の時間枠で照射した時のみ,記憶成績が低下した.

5.  記憶の長期固定化とシナプス可塑性

海馬で一旦形成された記憶は長期的には脳の他の部位に移行することが知られている.この過程を記憶の固定化という.記憶の固定化に際し,再度LTPは起こるのであろうか.我々は特に睡眠に注目した.睡眠中には起きていた時の神経活動が繰り返されるリプレーという現象が知られている.我々はこのリプレーによって再度シナプス可塑性が起こることが,記憶の固定化に必要なのではないかと考えた.

これを実証するため,脳波と筋電図を測定し,自動的にマウスの睡眠状態を検出し,20分間睡眠あるいは覚醒状態が続いた時にのみ海馬に光照射しCALIを誘導した.記憶形成と同日の睡眠中にCALIを行った場合,次の日の記憶成績が低下した.一方,覚醒中のCALIには効果がなかった.また,次の日にはCALIを誘導した場合効果はなかった.このことは,学習直後,同日の睡眠中でLTPが起こることが記憶の固定化に必要であることを意味する.

それでは,海馬ではなくもっと高次の脳領域ではどうであろうか.我々は前帯状皮質という大脳皮質の領域に注目した.この領域は,古い記憶(マウス実験の場合は数週間)を想起する時に活性化され,さらに局所麻酔薬で不活化すると想起できなくなることが知られている.一方新しい記憶(前日)の想起には必要なかった7).そのため我々は前帯状皮質で同様にCALIを行った.学習直後また同日の睡眠に行った場合には効果はなかった.しかし次の日にCALIを行った場合,記憶は消去された.さらに学習とCALIの間の間隔を伸ばしたところ,25日目には効果がなくなった.これは次の日の睡眠中に前帯状皮質にてLTPが起こり記憶内容が移行することが長期記憶に必要であることを示している.

6.  海馬online LTPとoffline LTPの機能差異

さて,海馬では学習時と同日の睡眠中の2回のLTPがいずれも記憶に必要であることが分かった,この両者の機能的な差異はあるであろうか.我々は,これらをonline LTP,offline LTPと呼ぶことにした.これを解明するため,我々は学習行動中の神経細胞の発火を,頭部装着型小型顕微鏡を用いたカルシウムイメージングにて観察し,その上でonline LTPあるいはoffline LTPをCALIで消去した.その結果online LTPとoffline LTPは異なった機能を持つことが分かった.

ホームケージとIAチェンバーでの神経細胞の発火を観察すると,記憶形成に伴い,ホームケージあるいはIAチェンバーのみで選択的に発火する細胞の数が増加した.さらに特にIAチェンバーで発火する細胞間での同期性が向上した.Online LTPをCALIにて消去すると,発火の選択性と同期性が失われたが,offline LTPの消去では同期性のみが失われた.つまり同じLTPが海馬で起こるタイミングによって,異なった機能があることが示唆された.

7.  今後に向けて

海馬にはさまざまなシナプスがあり,どの入力でいつLTPが起こっているかは明らかではない.さらに前帯状皮質で記憶が移行する時にもどの細胞のどのシナプスでLTPが起こっているかは明らかではない.最近特にウイルスベクターを用いた神経回路トレーシングの技術が発達してきており,特定の神経細胞とシナプスを形成している神経細胞を同定することも可能となった.こういった技術と組み合わせることによりcofilin-SuperNovaは記憶の謎を解き明かすのに今後大きな役割を果たしていくと期待される.

文献
Biographies

後藤明弘(ごとう あきひろ)

京都大学大学院医学研究科システム神経薬理学分野助教

林 康紀(はやし やすのり)

京都大学大学院医学研究科システム神経薬理学分野教授

 
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