Seibutsu Butsuri
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
Theoretical and experimental techniques
Application of Zero-field Solid-state Sulfur-33 NMR to Biophysics
Kazuhiko YAMADA
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 62 Issue 4 Pages 242-245

Details
Abstract

硫黄原子が関与する様々な分子メカニズムの解明に威力を発揮する新規分析手法として期待されている無磁場固体33S核磁気共鳴(NMR)法について,技術的背景や測定事例,また,装置の概要を交えて概説する.本手法を使用することで,共有結合性を示す硫黄の詳細な電子情報を得ることや局所的立体構造解析が可能になる.

1.  はじめに

硫黄は生体にとって必要不可欠な元素である.例えば,含硫アミノ酸の一つであるシステインのチオール基を介したジスルフィド結合は,タンパク質の高次構造を保持するだけではなく,機能的にも重要な役割を担っている.また,核酸に含まれる硫黄原子は他の核酸やタンパク質と特異的相互作用を引き起こすことが知られている.ところで,分子レベルにおける立体構造や機能解析の分析手法として,固体核磁気共鳴(NMR)法が注目をされている.2002年にF. Castellaniら1)が微結晶タンパク質の立体構造解析に成功しており,それ以降,生物物理の研究分野において本手法を活用した研究報告は飛躍的に増えている.生体分子の場合,核スピン数(I)が1/2である水素(1H),炭素(13C),もしくは,窒素(15N)が主な測定対象核である.これら核種に加えて,生物物理において重要な測定対象核として,酸素(17O),ナトリウム(23Na),マグネシウム(25Mg),リン(31P),硫黄(33S),塩素(35Cl),カリウム(39K),カルシウム(43Ca),亜鉛(67Zn)が挙げられる.31P以外の核種は四極子核(I > 1/2)である.溶液状態では緩和時間の都合上,四極子核NMR測定は非常に困難,もしくは,ほぼ不可能である.他方,粉末試料や微結晶等を「そのままの状態」で測定する固体NMR法では,それら緩和時間の問題は軽減される.更には,NMRパラメータをテンソル量として得ることができるため,より詳細な電子情報を取得することが可能である.しかしながら,研究分野を問わず,四極子核を測定対象とした固体NMR法はほとんど普及していない.その大きな障害の一つは,後述する核四極相互作用の影響を受けて,固体NMRスペクトルの線幅が広がることである.固体NMR法は長い歴史を有しているが,核四極相互作用が主因となりFID信号(NMRスペクトルの源)の検出が困難な核種が未だに数多く存在する.硫黄(33S)も測定難易度が高い核種の一つであり,特に共有結合性を示す有機硫黄化合物を測定対象とする固体NMR法の実験報告は皆無と言える.最近,著者らのグループは古典的な無磁場固体NMR法に着目し,33Sに応用できることを見出した.例として,図1にdibenzyl disulfideの無磁場固体33S NMRスペクトルを示す2).ジスルフィド結合における硫黄原子のピークは非常に鋭利である.更には,信号強度が高いため測定時間は短時間(1分以内)で十分である.横軸は測定周波数であり,ピーク位置を四極子周波数(νQ)と呼ぶ.このパラメータは,一般的なNMR法における化学シフト(ある基準物質の共鳴周波数から試料の共鳴周波数の差分(割合).百万分率で表記し,電子構造を反映する重要なNMRパラメータの一つ)と同様に,官能基の同定や化学構造解析に活用することができる.本稿では,将来的に生物物理の研究分野への応用が期待されている,共有結合性を示す硫黄を測定対象とする無磁場固体NMR法について概説する.

図1

dibenzyl disulfideの無磁場固体33S NMRスペクトル2)

2.  無磁場固体NMR法について

無磁場固体NMR法とは,文字通り,外部磁場を使わない固体NMR法であり,化学や物理の研究分野では古くから使用されている.Nuclear Quadrupole Resonance(NQR)法とも呼ばれている.ここでは,四極子核固体NMR法と比較しながら本手法の技術的背景や特徴について簡便に説明する.

四極子核固体NMR法の例として,図2aに700 MHz(16.44 T)で測定したアミノ酸の固体17O NMRスペクトルを示す3).四極子核固体NMRスペクトルでは,このように特徴的な線形を示す場合が多い.一般に,NMRパラメータを算出するためにシミュレーションプログラムを用いて,実験NMRスペクトルの線形に対して最適化を行う.理論上,化学シフト相互作用,双極子-双極子相互作用,間接スピン-スピン相互作用,そして,四極子相互作用に起因するNMRパラメータを得ることが可能である.これら全ての相互作用は異方性を有している.つまり,磁場に対して分子の向きが変われば,その相互作用の大きさも変化する.従って,NMRパラメータはテンソル量で表記する.図2aの四極子核固体NMRでは化学シフトテンソル(δ11, δ22, δ33)と電場勾配テンソル(CQ, ηQ)を得ることができる.後者は四極子核固有のNMRパラメータであり,電場勾配テンソルの大きさを表す核四極結合定数(CQ)とテンソルの対称性を表す非対称因子(ηQ)が使用されている.なお,溶液NMRで得られるNMRパラメータは,分子自身のブラウン運動の影響を受け異方性がキャンセルされるため,スカラー量である.例えば,化学シフト値は化学シフトテンソルの平均値,(δ11 + δ22 + δ33)/3,に相当する.また,電場勾配テンソルはトレースレステンソル,つまり,平均値はゼロであることから,溶液NMRでは検出することが理論上不可能である.磁場中のI = 3/2における核スピンのエネルギー準位(ゼーマン分裂)を図3aに示す.通常計測するNMR遷移は,矢印で示した中央遷移である.そのエネルギー差に相当するラーモア周波数(ν)を固体NMRスペクトルとして観測する.化学シフト相互作用や核四極相互作用の影響を受けるため各エネルギー状態は変化する.そして,それぞれ異方性が存在するため,結果として広幅なNMRスペクトルになる.硫黄原子はNMR測定が可能な硫黄33安定同位体(33S,I = 3/2,g = 2.055ʹ × 107 rad/Ts,四極子モーメント=–5.5 × 1026 Q/m2)を有しているが,核四極相互作用が極めて大きいことが問題である.換言すれば,固体33S NMRスペクトルの線幅が広くなるため,観測は非常に困難である.なお,核四極相互作用の大きさは,分子自身の電場勾配と核固有の四極子モーメントの積である.例えば,硫黄原子周辺の立体対称性が高い化合物(イオン結合性を示す無機化合物,等)の場合,線幅は特に問題にならない.また,低分子化合物や高温状態に限定されるが,ブラウン運動によって溶液中の分子が電場勾配をキャンセルできれば,硫黄NMRスペクトルを観測することは可能である.このように四極子核NMRでは,同一核種でありながら,分子の状態や結合様式によって実験難易度は大きく異なる場合が存在する.

図2

(a)700 MHzで測定したアミノ酸における固体17O NMRスペクトル3).(b)500 MHzで測定した場合の固体33S NMRスペクトル(理論).

図3

I = 3/2における(a)磁場中(ゼーマン分裂)と(b)無磁場固体NMR法における核スピンのエネルギー準位.

図2bに,500 MHz(11.74 T)で測定した場合の,共有結合性を示す硫黄化合物における理論的固体33S NMRスペクトルを示す.中央遷移の線幅は10 MHzに渡り広がることが予想される.この線幅を化学シフト値に変換すると約260,000 ppmである.13C NMRの全域が200 ppm程度であることから,汎用装置で固体33S NMRスペクトルを観測することは非常に困難である.四極子核固体NMRには超高磁場超伝導磁石の活用が有効であると言われている.その理由は,外部磁場強度を上げることでゼーマン相互作用に対する核四極相互作用の影響が小さくなるからである.つまり,線幅は狭くなる.現時点における世界最高のNMR用超伝導磁石の磁場強度は1.2 GHz(28.19 T)である.残念ながら,この磁場強度においても数MHzの線幅が予想されるため,かつ,非常に高価な装置であることから限定されたユーザーしか使用できないため,より安価で代替的な測定手法が望まれている.

無磁場固体NMR法は,上述した線幅の問題を回避できる.本法では,外部磁場(ゼーマン相互作用)の代わりに分子内の電場勾配を利用する.図3bI = 3/2におけるエネルギー状態を示す.四極子核の電荷分布は球対称ではない.従って,周囲に電場勾配が存在すると,原子核のエネルギーは安定な状態と不安定な状態に分裂する.このエネルギー差に相当する電磁波を照射すれば,遷移が起こり共鳴信号を得ることが可能になる.他の核スピン相互作用や分子構造が影響を与えない限り,異方性は存在しないので非常に鋭利なピークを得ることができる.無磁場固体NMR測定を実施するために特別な装置は不要である.市販の固体NMR装置もしくは溶液NMR装置を利用する.ただし,高出力のRFパルスを照射するので,高出力パワーアンプや高耐圧のディプレキサー等が必要である.また,信号検出プローブも高耐圧固体NMR用が望ましい.信号検出プローブを超伝導磁石内(ボア)に挿入する必要がないのでサイズの制限は存在しない.図4に著者らのグループが使用している自作の無磁場固体NMR用プローブを示す.安価な材料費で作製でき,デザインの自由度が高いためグラム単位の大容量試料の測定や高耐圧用の大型トリマコンデンサーの使用が可能である.なお,NMR装置を活用する場合,信号検出プローブの設置場所には注意が必要である.電場勾配に対してゼーマン相互作用が影響を与えるため,超伝導磁石の5ガウスラインよりも外側で測定を行うことが必須である.厳密には地磁気(44~51 μT)が存在するが,その磁場強度は無視している.

図4

無磁場固体NMR用プローブの例.

3.  生物物理における無磁場固体33S NMR法の応用

別例として,図5に八硫黄(α-S8)の無磁場固体33S NMRスペクトルを示す4).約200 kHzに渡り鋭利な4本のピークを観測したX線回折の結果から本試料の環内には対称軸が存在することが判明しており,4つの非等価な硫黄サイトが存在する.同一のスルフィド結合を示す硫黄サイトでありながら,二面角や隣接原子との分子間相互作用の僅かな差異を四極子周波数は明確に反映している.なお,四極子周波数は電場勾配テンソルを使って式(1)で表すことができる.

  

νQ = 3CQ 1+ ηQ2 3 / 2I (2I-1) (1)

図5

八硫黄(α-S8)の無磁場固体硫黄33S NMRスペクトル4)

NMRパラメータであるCQとηQは基底状態の電子状態を表す.従って,四極子周波数も同様であり,官能基の同定や構造解析に極めて有用である.また,測定時に各ピークの緩和時間を考慮すれば,すなわち,積算における繰返し時間を最大の縦緩和時間(T1)の5倍以上に設定すれば,各ピークの強度は定量性を示すことになる.アモルファス試料においても硫黄の化学分析が可能であることから,著者らのグループでは加硫ゴムにおける架橋構造の解析に本手法を応用している.最近,アミノ酸やペプチドの無磁場固体33S NMR測定にも成功しており,今後,生物物理における様々な研究分野に普及することを期待している.将来的な応用事例として,システインやシスチンの局所的定量解析や,システインと亜鉛を含む金属イオンの結合性評価,また,硫黄を含む生体分子の生合成の解明,等々の,硫黄原子が鍵となる分子メカニズムの解明に威力を発揮すると考えている.

四極子周波数には明確な温度依存性が存在する.図6に,図1のdibenzyl disulfideにおける四極子周波数の温度依存性を示す.一般的な傾向として,測定温度を下げると四極子周波数は増加する.この変化量は非常に大きいことから,文献値や他の分子における測定結果と比較する際には,測定温度を考慮する必要がある.また,積算時間が長い場合,例えば,昼夜の温度差で四極子周波数が大きく変化する可能性がある.測定中の室温を一定にするか,試料温度を調整できるデバイスが別途必要である.なお,紙面の都合で割愛をしたが,式(1)より四極子周波数から電場勾配テンソルのパラメータ(CQとηQ)を算出することが可能である.I = 3/2の場合,極めて低い外部磁場を印加する方法やNutation Echo法5)と呼ばれる二次元測定方法,等が使用されている.四極子核固体NMR法と無磁場固体NMR法は緊密に関連しており,測定難易度の高い核種に対しては,補完的に活用することが重要である.

図6

dibenzyl disulfideにおける四極子周波数の温度依存性.

4.  まとめ

共有結合性を有する有機硫黄化合物を測定対象とする無磁場固体33S NMR法について概説した.高耐圧の信号検出プローブや高出力のパワーアンプ等が必要ではあるが,汎用のNMR装置を用いて測定は可能である.本法は古典的ではあるが,硫黄を測定対象とした文献は皆無であった.従って,膨大な文献が存在する1Hや13C NMR法と比べると,官能基の同定や立体構造解析は現時点において容易ではない.量子化学計算やX線構造解析の結果と比較しながら考察する必要がある.しかしながら,徐々に文献数は増えている.硫黄を直接観測することで得られる分子情報は,硫黄原子が関与する様々な分子メカニズムの解明に役に立ち,将来的には強力な分析手法になると確信している.本稿が,生物物理の分野において普及する一助になれば幸いである.

文献
Biographies

山田和彦(やまだ かずひこ)

高知大学教育研究部総合科学系複合領域科学部門准教授

 
© 2022 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top