2022 Volume 62 Issue 6 Pages 351-353
脊椎動物の視覚を担うロドプシンは光で活性状態を生成する.しかし,この状態から光でも熱でも直接元の不活性状態に戻ることができない.本稿では,ロドプシンが「光活性化」に特化したメカニズムに迫るため,活性状態から光でも熱でも元の不活性状態に戻る変異体を1アミノ酸置換で作製したので紹介する.
ロドプシンは動物や微生物などが広く持つ光受容タンパク質で,光受容のための補因子レチナール(ビタミンA誘導体)を持つことが分子構造の共通点である.大学の学部生向けの分子細胞生物学の教科書にEssential細胞生物学があるが,手元にある第5版でロドプシンについて調べると,「視覚のロドプシン」「バクテリオロドプシン」「チャネルロドプシン」の3つの記述が見つかる.「視覚のロドプシン」はヒトの眼にもある視覚を担うタンパク質,「バクテリオロドプシン」は高度好塩菌から見つかった光駆動型プロトンポンプ,「チャネルロドプシン」はクラミドモナスから見つかった光駆動型陽イオンチャネル,である.このような多様な光受容タンパク質の総称であるロドプシンは,元々は約150年前,脊椎動物の網膜にある赤色の感光性物質として見つかった.視覚を担うこの分子はその後,分子実体としては桿体視細胞で機能する七回膜貫通型タンパク質であること,分子機能としては光を受容して細胞内のGタンパク質を活性化すること,が明らかとなった.現在では,アミノ酸配列の類似性のあるロドプシン様タンパク質(オプシン類)が動物で多数見つかり,眼だけでなく脳など様々な組織でも機能することがわかっている1).これら動物が持つオプシン類のことを「動物型ロドプシン」と呼び,バクテリオロドプシンやチャネルロドプシンを含む「微生物型ロドプシン」とはアミノ酸配列の類似性がなく分子機能も異なるため,区別することができる2).
動物型ロドプシンの研究は,歴史的に脊椎動物の視覚に関わるロドプシン(視覚ロドプシン)において進んできた.視覚ロドプシンは,11シス型レチナールを結合し,光でそれを全トランス型に異性化させ活性状態に変換する(図1a).この活性状態は熱的に不安定で,その後レチナールを分子外に放出し,再び11シス型レチナールを取り込んで元の不活性状態に戻る(図2).また,この活性状態は光を受けてもそのまま置いておいても直接元の不活性状態には戻らない.このように視覚ロドプシンは不活性状態のみが安定であるため,mono-stable opsinと呼ばれる.近年,視覚ロドプシン以外のオプシン類の研究が進み,その分子的性質の多様性が明らかとなってきた.視覚ロドプシン以外のほとんどのオプシンは,11シス型レチナールを結合しそれを光で全トランス型に変換して活性化するものの,この活性状態は熱的に安定である.そして,この活性状態が光を受容すると,レチナールの11シス型への再異性化によって不活性状態に戻る.このようなオプシンは不活性状態・活性状態がともに安定であるため,bistable opsinと呼ばれる(図1c).そしてこれら分子的性質の比較から,脊椎動物の視覚ロドプシンは祖先型のbistable opsinから分子進化する過程で「光で不活性化」する性質を失い「光で活性化」のみするmono-stable opsinに変化した,と考えられる1).さらに我々は最近,mono-stable opsinともbistable opsinとも分子的性質が大きく異なるオプシンOpn5L1を見出した3).Opn5L1は,哺乳類以外の脊椎動物が広く持ち,11シス型ではなく全トランス型レチナールを結合し光を受容しなくても活性状態を形成する.そして光受容によってレチナールは11シス型に異性化してタンパク質は不活性化し,その後レチナールが自発的に全トランス型に再異性化することで,タンパク質は光受容前の状態に戻る.つまりこのOpn5L1は,光で不活性化のみすること,光サイクルで活性が制御されること,の2点においてユニークな性質を持ち,photocycle opsinと呼ぶことができる(図1d).さらにOpn5L1内部では,光受容後の11シス型レチナールが近傍のシステイン残基(ウシロドプシンのアミノ酸残基番号でN末端から188番目,GPCRのBallesteros-Weinstein番号ではxl2.51に相当)と共有結合を形成することで,レチナールのポリエン鎖の二重結合が単結合になり,その後のレチナールの全トランス型への熱異性化が促進され,光サイクルが実現されていた.Cys188は動物型ロドプシンにおいてほぼOpn5L1でのみ保存されるため,この光サイクル反応はOpn5L1特有であると考えられた.微生物型ロドプシンに含まれるバクテリオロドプシンやチャネルロドプシンは,全トランス型レチナールを結合し,光でそれを13シス型に変換して分子機能を発揮する.そしてその後,レチナールが自発的に全トランス型に異性化することで,タンパク質は不活性状態に戻る.つまり,バクテリオロドプシンやチャネルロドプシンは光サイクル反応を示し,従来は動物型ロドプシンと光反応特性が大きく異なると考えられていた2).そのため,Opn5L1は微生物型ロドプシン様の動物型ロドプシンの発見であり,2つのロドプシンにおいて収斂的に光サイクル反応を示す分子が創製された,と考えることができる.
動物型ロドプシンの光反応特性の多様性.(a)脊椎動物の視覚ロドプシン(mono-stable opsin),(b)視覚ロドプシンG188C変異体,(c)bistable opsin,(d)Opn5L1(photocycle opsin)の比較.一般的に,不活性状態は11シス型レチナールを,活性状態は全トランス型レチナールを,それぞれ結合する.
脊椎動物の視覚ロドプシンにおけるレチナールの反応スキーム.レチナールはリジン残基とシッフ塩基結合を形成している.C=N二重結合の炭素原子と窒素原子それぞれに結合する炭素原子が,二重結合に対して同じ側にあるものをsyn型,反対側にあるものをanti型,と呼ぶ.
次に我々は,動物型ロドプシンの光反応特性の違いをもたらす分子メカニズムを探索することを目的に,mono-stable opsinやbistable opsinをphotocycle opsinに変換できないか,と考えた.動物型ロドプシンはいくつかのグループに分類でき,Opn5L1を含むOpn5グループにはbistable opsinの性質を示すOpn5mがある4).そこでまず,Opn5mにCys188を導入したところ,この変異体はOpn5L1のように全トランス型レチナールのみを結合し,光でそれをシス型に異性化し,その後自発的に元のトランス型に戻すことが確認できた.つまり,Opn5mにおいてはCys188の導入によってbistable opsinをphotocycle opsinに変換できることがわかった5).さらに,mono-stable opsinである脊椎動物の視覚ロドプシンをCys188の導入によりphotocycle opsinにできないか,試みた6).その結果,視覚ロドプシンG188C変異体は,野生型と同じく11シス型レチナールの結合で不活性状態を形成し,光でそれを全トランス型へ異性化し活性状態になった.その後,この活性状態はレチナールの熱的な11シス型への異性化により不活性状態に戻った.つまり,Opn5L1とはレチナールの異性化の方向が逆であるが,この変異体はphotocycle opsinの性質に変わっていた.また,この変異体の活性状態は,光を受容するとレチナールの11シス型への異性化により不活性状態に戻った.このような不活性状態と活性状態の相互光変換はbistable opsinに見られる性質であり,視覚ロドプシンでは見られない.つまり,視覚ロドプシンはG188C変異により,bistable opsinの性質にも変わることがわかった(図1b).さらに,この変異体のGタンパク質活性化能を測定した.視覚ロドプシンは桿体視細胞では視細胞特有のGタンパク質Gtを活性化しcGMP濃度を減少させる.しかし,Gtを発現しない培養細胞など他の細胞に視覚ロドプシンを発現させると,光依存的にGtに近縁なGiを活性化しcAMP濃度を減少させることができる.そこで,野生型とG188C変異体を発現した培養細胞でcAMP濃度減少のプロファイルを比較した(図3).野生型では活性状態が一定時間持続するため,光照射後にcAMP濃度減少が継続して起こる.一方,G188C変異体では光照射後にcAMP濃度減少が一過的に起こった後,元のレベルに回復した.さらに,活性状態の寿命を短くする変異(E122Q)を追加すると,より早くcAMP濃度が元のレベルに回復した.これは,G188C変異体では活性状態が自発的に不活性状態に戻ることで説明でき,さらにごく少数の変異の追加でcAMP濃度変化のプロファイルを操作できることを意味している.
脊椎動物の視覚ロドプシンを発現させた培養細胞における光依存的なcAMP濃度減少.(a)野生型,(b)G188C変異体,(c)E122Q/G188C変異体における濃度変化プロファイルの比較.
脊椎動物の視覚ロドプシンにおいてG188C変異がこれほど劇的に分子的性質を変えてしまうのは,正直とても驚きであった.では,どのような分子内メカニズムによって性質が変わるのであろうか.Opn5L1では光受容後のレチナールとCys188が共有結合を形成するが,視覚ロドプシンG188C変異体では共有結合形成の実験的証拠は得られていない.一時的に形成される共有結合を観察できていないのかもしれない.また,視覚ロドプシンでは,光受容によって全トランス型レチナールを結合する活性状態が形成された後,熱的にも光依存的にもレチナールの11シス/トランス異性化よりも15シン/アンチ異性化が優先して起こるため,不活性状態に戻らないと考えられている(図2)7).G188C変異により,15シン/アンチ異性化よりも11シス/トランス異性化が優先して起こるようになった,とも考えられるが,今のところその詳細は不明である.
また先に述べたように,視覚ロドプシンは光受容後に再び不活性状態に戻るには,タンパク質外から常に11シス型レチナールの供給を必要とする(図2).G188C変異体のように光受容後に自発的に元に戻ることができればレチナール供給の必要性が低下するが,自然はそのようには分子進化しなかったようである.G188C変異体は野生型よりも熱安定性が低いため,それが問題になるのかもしれない.
そして,図3で示すように視覚ロドプシンG188C変異体は,細胞内のcAMP濃度減少を短時間のうちに光で繰り返し引き起こすことができる光操作ツールとして利用できる可能性がある.生命現象を光操作するオプトジェネティクスは,チャネルロドプシンの発見を契機にここ10年余りで急速に拡がってきた.19世紀から続く視覚ロドプシンの研究が21世紀の研究と融合し,視覚ロドプシンをベースにした多様な光操作ツールを創製できれば,生命現象の理解に大いに貢献できるのではと期待している.
本研究は,七田芳則名誉教授(京大),今元泰准教授(京大)との共同研究であり,深く感謝いたします.