Seibutsu Butsuri
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Survival of Pathogenic Bacteria: The Molecular Mechanism of the Heme-responsive Sensor Protein PefR
Hitomi SAWAI
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2023 Volume 63 Issue 2 Pages 102-103

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Abstract

動物の血液に感染し「ヘム鉄」を栄養として生きている病原菌は,どのようにしてその濃度を感知し,摂りすぎによる毒性を回避しているのだろうか?ヘム濃度センサータンパク質PefRの作動メカニズムから,その謎に迫る.

1.  病原菌における鉄栄養の獲得システム

すべての生物にとって鉄は必須の栄養素であり,酸素の運搬貯蔵・電子伝達・核酸合成などの生命維持に不可欠な生理機能に関わっている.細菌が増殖し宿主に感染するためには,約10–6 Mの鉄が必要であるが,この濃度はヒト細胞における鉄濃度の約1012倍に相当する.このような高濃度の鉄を獲得するために,ヒトなどの動物の血液に感染する病原菌の多くは,宿主の血液中の赤血球を破壊し(「溶血」という),赤血球に含まれるヘモグロビンのヘム(鉄ポルフィリン錯体)を鉄栄養として奪取し利用している1).赤血球1個には約13億分子のヘムが含まれているため,溶血が起きると大量のヘムが菌体内に流入する事態が起きる.タンパク質などに結合していない遊離のヘムは,活性酸素種を発生させるため細胞毒性を示す.その毒性を回避するために,溶血性の病原菌は細胞内のヘム濃度を感知し,余剰なヘムを排出するシステムを備えている.筆者らは,このようなヘム濃度のセンサーとして機能するタンパク質の構造解析に世界初で成功しており,それらの構造機能相関を明らかにした2),3)

本稿では,新生児の髄膜炎・肺炎・敗血症,乳牛の乳房炎の起因となり酪農経済に多大な損失をもたらすアガラクチア菌Streptococcus agalactiaeが有するヘム濃度センサータンパク質PefRについて,筆者らが明らかにしたヘム感知の分子機序について概説し3),今後の展望を紹介する.

2.  菌体内のヘム濃度センサータンパク質PefR

PefRは,MarRファミリーに属するリプレッサー型転写調節因子である.菌体内のヘム濃度が通常以下の時,PefRは標的DNAに結合しており,ヘムを菌体外に排出するためのヘムエクスポーター遺伝子の発現が抑制されている4).宿主側で溶血が起こり,ヘムが菌体内に流入すると,PefRは遊離ヘムを結合(感知)し,標的DNAから解離することをスイッチにして,ヘムエクスポーター遺伝子の発現が促進され,余剰なヘムが菌体外へと排出される(図1).これにより,病原菌は遊離ヘムによる毒性を回避し生存できるため,PefRは病原菌の生存戦略におけるキープレイヤーであるといえる.

図1

アガラクチア菌におけるヘム毒性の回避機構.必要量のヘムしか存在しない時,PefR はヘムエクスポーター遺伝子の上流に結合し,転写を抑制している.余剰なヘムが増えた時,PefR はヘムを結合し,ヘムエクスポーターの転写が促進される.発現したヘムエクスポーターによって余剰なヘムは菌体外へと排出され,毒性が回避され正常に増殖できるようになる.

3.  ヘムの感知に伴うPefRの作動メカニズム

筆者らは,PefRがヘムを感知するとDNAから解離する作動メカニズムを詳細に理解するために「DNA結合型」「ヘム結合型」などの各状態におけるPefRを調製し,X線結晶構造解析により立体構造を決定した.PefRはいずれの状態でもホモダイマーを形成していた.ヘムを結合していないDNA結合型PefRでは,標的DNAのメジャーグルーブを挟むようにして結合しており,その状態にヘムが結合すると,DNA結合部位間の距離や配向が変化してDNAから解離するという作動メカニズムを初めて明らかにした.このような構造変化は,ヘムがとても珍しい配位構造をとって結合すると,その周辺のアミノ酸側鎖によってタイトな疎水性コアが形成されることをトリガーとして起こると考えられる.つまり,ヘムは片方のサブユニットのN末端に存在する窒素原子(Met1の主鎖窒素)ともう片方のサブユニットのHis114を結合した6配位構造をとることにより(図2),ヘムの軸配位子を有するα1ヘリックスの配向が変化することで,それに続くDNA結合部位に構造変化が生じる(図3).またPefRに結合しているヘムは,ミオグロビンなどの一般的なヘムタンパク質と同様に,一酸化炭素(CO)を結合することに気がついた.この時,COはN末端と置き換わってヘム鉄に配位することもX線結晶構造解析で明らかにできている(図2).

図2

PefRにおけるヘムの配位とその近傍構造.左から,DNA結合型(水色と青色),ヘム結合型(桃色とマゼンタ色),CO結合型(橙色と黄色)におけるPefRのダイマー中でのヘム近傍構造.ヘムは白色のスティックで示した.DNA結合型ではMet1,CO結合型ではN末端の3アミノ酸残基分がディスオーダーしている.

さらなる等温滴定カロリメトリーや分光学的な解析から,PefRとヘムの結合親和性は比較的高く(Kd 610 nM),生理的条件下ではヘムがPefRから解離せずに結合したままの状態になっていると考えられる.COは,宿主動物の体内でヘム分解反応の生成物として放出されるが,それが病原菌体内に流入すると微量でも「毒」となり菌体の死滅や休眠を招く5).そのため,ヘムを結合し細胞質に遊離しているPefRはCOを結合することにより,菌体中でのヘム毒性だけでなくCOによる毒性も回避する機能も備えているのではないだろうか(図3).

図3

PefRの立体構造と毒性回避のためのメカニズム.DNA結合型PefRは青色と水色,DNAは灰色で描いている.ヘム結合型PefRは桃色とマゼンタ色,CO結合型PefRは黄色と橙色で描いている.PefRが菌体内でヘムを結合すると,DNAに結合できない構造に変化する.さらにヘム結合型PefRは,ヘム分解反応により生じたCOを結合する性質を備えている.

4.  おわりに

近年,薬剤耐性菌が蔓延し,抗菌薬が効かなくなることが問題視されており,新規抗菌薬の開発は停滞している.既存の抗菌薬は,病原菌の細胞膜・細胞壁・核酸・タンパク質の合成の阻害をターゲットとしているが,PefRのような病原菌の栄養獲得システムを制御するタンパク質をターゲットとした薬剤は未開発である.筆者らは,PefRを阻害し,ヘムやCOの毒性で病原菌を死滅させる薬剤が新たな抗菌薬候補になると考え,PefRの機能阻害剤の開発を試みている.その薬剤の作用機序を分子構造レベルで説明できる日はそう遠くはないかもしれない.

文献
Biographies

澤井仁美(さわい ひとみ)

長崎大学大学院工学研究科化学物質工学コース准教授

 
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