2023 Volume 63 Issue 2 Pages 104-106
多細胞動物のからだの形作りは,隣り合う細胞と細胞をつなぐカドヘリン間の結合によって制御されているが,その結合機構については不明な点が多かった.高速原子間力顕微鏡を用いて,溶液中におけるカドヘリンの結合過程を一分子のスケールで直接可視化することで,カドヘリンの結合機構を解析した.
多細胞動物のからだの形作りは,隣り合う細胞と細胞をつなぐ細胞間接着分子によって制御されている.カルシウム依存性の細胞間接着分子として発見されたカドヘリン(竹市雅俊博士によって,calcium + adherenceからcadherinと命名された)は,個体発生から組織形態の維持に至るからだの形作りに必須の分子であり,がん細胞の浸潤等の疾患にも関与することが知られている1),2).カドヘリンは隣り合う細胞表面に提示されたカドヘリンと互いに結合することで細胞と細胞をつなぐものの,一分子のスケールでのカドヘリンの結合機構には未だ明らかになっていない部分も多い.本稿では,高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて,溶液中におけるカドヘリンの結合構造および結合過程を一分子のスケールで直接可視化した結果を紹介する3).
カドヘリンは,膜遠位側(N末端側)から5つの細胞外カドヘリンドメイン,一回膜貫通ドメイン,細胞質ドメインで構成される(図1).5つの細胞外カドヘリンドメインのそれぞれの境界にはカルシウムイオンが3つずつ結合して境界部位を堅くすることで,カドヘリンの棒状構造を支持している.隣り合う細胞表面に提示されたカドヘリンは,5つの細胞外カドヘリンドメインの内,膜遠位側から数えて1番目のドメイン(EC1)と2番目のドメイン(EC2)を介してダイマーを形成することで細胞と細胞をつなぐ.カドヘリンは,EC1とEC2の境界で塩橋を介したXダイマーと呼ばれる始構造を形成した後,EC1に存在するトリプトファンを相手側のカドヘリンのEC1の疎水性のポケットに(互いに)挿入することで,ストランドスワップダイマーと呼ばれる終構造を形成すると考えられている4).しかし,Xダイマーとストランドスワップダイマー以外のダイマーの存在も示唆されており5),6),カドヘリンの結合過程を一分子のスケールで解析することが困難であったため,カドヘリンのダイマー形成機構について包括的な理解は得られていなかった.
カドヘリンのドメイン構成とダイマー形成過程のモデル.
私たちは,カドヘリンの溶液中での結合構造とダイナミクスを一分子のスケールで解析するために,哺乳動物細胞から回収したカドヘリンを,マイカ基板に弱く吸着させて高速AFMで観察した.その結果,カドヘリンは複数の異なる形状のダイマーを形成していることがわかった(図2).これらのダイマーの形状とダイナミクスを解析すると,結合界面を頻繁に変えながらダイマー形状が過渡的に変化するS形状ダイマー,ダイマー形状が変化しない安定したW形状ダイマー,同じく安定したcross形状ダイマーの3種類の構造に分類することが出来た.高速AFMで観察した3種類のダイマーと,過去に結晶構造が報告されているストランドスワップダイマーおよびXダイマーとの関連を検証するために,ストランドスワップダイマーとXダイマーの形成を阻害する変異体を高速AFMで観察した.複数の変異体を用いた網羅的解析の結果,W形状ダイマーがストランドスワップダイマー,cross形状ダイマーがXダイマーに対応することがわかった.ストランドスワップダイマーとXダイマーの結晶構造から生成した疑似AFM像と高速AFM像の類似性からも変異体の解析結果が支持された.一方,上記の変異体と疑似AFM像を用いた解析により,ダイマー形状がダイナミックに変化するS形状ダイマーは,ストランドスワップダイマーとXダイマーとは異なる新規のダイマー構造であることが明らかになった.
(A)カドヘリンのモノマーと3種類のダイマーの高速AFM像.ストランドスワップダイマーとXダイマーの結晶構造から生成した疑似AFM像をW形状ダイマーとcross形状ダイマーの下にそれぞれ示す.(B)S形状ダイマーとW形状ダイマー(ストランドスワップダイマー)の構造ダイナミクス.スケールバーは10 nm.
高速AFM観察により,カドヘリンがストランドスワップダイマー,Xダイマー,新規のS形状ダイマーを形成することが明らかになった.一方で,これら3者のダイマー間の構造遷移はごく稀にしか生じないことから,ダイマー間の構造遷移過程を詳細に観察し,その関連を検証することは困難であった.そこで,カドヘリンのEC1に存在するアスパラギン酸をアラニンに置換したD1A変異体が野生型よりもダイマー形成活性が高いという先行研究に着目し7),D1A変異体ではカドヘリンダイマーの構造遷移が頻繁に生じるのではないかと考えた.実際,D1A変異体の高速AFM観察では,XダイマーおよびS形状ダイマーがプロトマーを反転するフリップ運動を行うことで,終構造とされるストランドスワップダイマーを形成する過程を観察することが出来た(図3).これらの結果は,これまで提案されていたXダイマーを介したストランドスワップダイマーの形成過程を直接可視化しただけでなく,これまで知られていなかったS形状ダイマーを介したストランドスワップダイマーの形成経路の存在も示している.また,高速AFM像と既知の結晶構造を参照した構造モデリングにより,S形状ダイマーのプロトマーがスライド運動することで,Xダイマー形成が生じるダイマー形成経路が存在することもわかった(図4).
XダイマーとS形状ダイマーのプロトマーが,それぞれフリップ運動することでストランドスワップダイマーを形成している.
高速AFM観察と構造モデリングから提案したカドヘリンのダイマー形成過程のモデル.
これまで,細胞外カドヘリンドメインのEC1とEC2の境界近傍で結合するXダイマーが,カドヘリンダイマーの始構造と考えられていた.しかし,隣り合う細胞表面に提示されたカドヘリンのファーストコンタクトが最も膜遠位側のEC1で生じる可能性を考慮した場合,やや膜近傍側のEC1とEC2の境界で形成されるXダイマーが始構造であることには疑問が生じる.一方で,S形状ダイマーが膜遠位側の先端で結合すること,ダイマー形状が過渡的に変化することを考えると,S形状ダイマーは細胞表面の形状や隣り合う細胞間の距離がダイナミックに変化する細胞間接着の初期の段階で機能するのかもしれない.すなわち,実際の細胞間ではS形状ダイマー,Xダイマー,ストランドスワップダイマーの順にダイマー形成が進行する経路が支配的である可能性が高い(図4).本研究では,精製したカドヘリンをマイカ基板に吸着して高速AFMで観察したが,細胞膜環境を模倣した足場を人工的に構築することで,上記の仮説を検証出来ないかと考えている.
本稿では,カドヘリンのダイマー形成に焦点を絞り,私たちの研究結果を簡潔に紹介したが,カドヘリンは細胞間でダイマーを形成した後,クラスターを形成することで細胞間接着を強化することが報告されている8).本稿で紹介したカドヘリン単独の観察では,ダイマー以外の高次構造体を観察することは出来なかったが,最近私たちは支持脂質二重膜をカドヘリンの足場として利用することで,カドヘリンのクラスター形成を誘導することに成功している.本手法を用いれば,マイカ基板に展開した脂質膜の密度を制御することで,脂質膜の間に適切な距離の隙間を作り,カドヘリンダイマーのダイナミックな形成過程を可視化出来る可能性もある.高速AFMは分子間相互作用を一分子のスケールで観察するための強力なツールとして活用されてきたが,超解像光学顕微鏡と類似した画像再構成技術を利用して,AFMの高解像度化も達成されている9).本稿で紹介したカドヘリンとは異なる細胞間接着分子にも再構成AFM法を応用して,ダイマー構造の高分解能解析が可能なことも確認出来ている(論文準備中).細胞間接着分子の結合機構の解明を目的とした,高速AFMの応用可能性は益々広がりを見せており,今後さらに興味深い知見を提供出来ればと考えている.
西口茂孝(にしぐち しげたか)
自然科学研究機構生命創成探究センター特任研究員
古田忠臣(ふるた ただおみ)
東京工業大学生命理工学院助教
内橋貴之(うちはし たかゆき)
名古屋大学大学院理学研究科教授