Seibutsu Butsuri
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Theoretical and experimental techniques
SATORI: Amplification Free Digital RNA Detection for Rapid and Sensitive SARS-CoV-2 Diagnosis
Tatsuya IIDAHajime SHINODARikiya WATANABE
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2023 Volume 63 Issue 2 Pages 115-118

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Abstract

感染症診断に汎用される抗原検査やPCR検査には感度や時間にトレードオフが存在する.著者らは,これらを両立する新たな核酸診断技術:SATORI法を開発した.CRISPR-Casと1分子定量法を組合せ,~9分の短時間で6.5 aMの高感度を実現した.社会実装を目指した技術/装置開発の現状や展望を紹介する.

1.  はじめに

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミックを経験し,感染症の迅速診断の重要性が共通認識として根付きつつある.これは,感染者を迅速かつ正確に診断することが,更なる感染拡大の防止や重症化リスクの低減など,有効な公衆衛生対策となるためである.現在,汎用される感染症診断方法として,抗原検査法と核酸増幅検査法がある.抗原検査法は抗原タンパク質を標的にした簡便かつ迅速な検査法であるが,感度・特異度が低いため,確定診断には主として感度・特異度に優る核酸増幅検査法が用いられる.核酸増幅検査法は,ウイルス遺伝子を標的とし,その増幅を経て検出に至る検査方法であり,その中でも定量性が高いRT-qPCR は遺伝子の複製増幅に1時間程度を要する.最近では,世界規模の研究開発競争により,30分程度で検出できる検査方法も開発されているが,更なる検出時間の短縮が課題となっている.すなわち,既存の感染症診断方法おいては,感度・特異度・検出時間の何れかに技術的なトレードオフが存在し,全てを満たす新技術の開発が強く期待されていた.

そこで,本課題の解決に資するべく,私たちは,CRISPR-Cas13(RNA誘導型RNA分解酵素)とマイクロチップによる1分子デジタル定量法を組み合わせた新しいウイルス遺伝子の検出方法であるSATORI法1)を開発した.SATORI法は,ウイルス遺伝子を増幅せずとも1分子単位で識別して9分程度で検出できる高感度かつ高精度な検出方法であり,臨床現場で必要とされる検出性能のほぼ全てを満たしている.更に,臨床現場での実用化を目指し,私たちは,SATORI法の自動化装置:opn-SATORI2)や安価な小型検出装置:COWFISH3)などの装置開発も継続して行ってきた.本稿では,私たちの最新技術/装置の現状とそれらが実現する感染症診断の将来展望について概説する.

2.  SATORI法:CRISPR-Cas13 × 1分子デジタル定量法

新規の核酸診断法として,CRISPR-Casを用いた核酸検出手法が近年注目を集めている.CRISPR-Casにはゲノム編集ツールとして注目されるCas9に加えて,DNAおよびRNAの検出に用いられるCas12およびCas13が存在する.Cas12/13はそれぞれCRISPR-RNA(crRNA)と2者複合体を形成し,更には,そのスペーサー配列に依存して,相補的な配列をもつ標的DNAおよびRNAと特異的に3者複合体を形成する.この3者複合体形成によりCas12/13は活性化し,周囲の1本鎖DNA/1本鎖RNAを無差別に切断するようになる4).この時,5塩基程度のDNA/RNAの末端を蛍光色素と消光基で標識した蛍光レポーター分子を供給すると,活性化したCas12/13により切断され,蛍光色素と消光基が物理的に解離することで,蛍光シグナルが発生する.蛍光シグナルはCas12/13の反応の進行に伴って経時的に増大し,そのシグナルの検出から,検体中の標的DNAおよびRNAの有無を判定することが可能となる.

従来のCas12/13を用いたウイルスRNA遺伝子の検出法では,それ単体での検出感度が不十分なため,核酸増幅法と組み合わせた手法が主として用いられる.代表例として,ウイルスRNAをDNAへと逆転写し,そのDNA産物をPCRなどで増幅したのち,直接Cas12で検出する方法:DETECTR法5)と併せて,再度RNAへ転写した後にCas13により検出する方法:SHERLOCK法6)の2種類が報告されている.何れの方法も核酸増幅法を用いているため,RT-qPCRと同等の高感度(~2-20 aM(~1-10 copies/μL))を実現しているが6),7),検出時間に30分以上かかるなど,高感度かつ迅速な検出を両立することはできていない.

そこで,私たちは,Cas13を使った核酸検出法と1分子デジタル定量法を組み合わせたSATORI法(CRISPR-based amplification-free digital RNA detection)を開発し,RNAを増幅させることなく高感度かつ世界最速で検出することを可能とした1).1分子デジタル定量法は,容積が数10 fL程度の微小試験管が高密度に集積したマイクロチップを用いて,その試験管内に標的分子を1分子レベルで捕捉・分画し,蛍光分子を産出する酵素反応と共役して,迅速かつ定量的に標的分子の有無を判定する手法である.近年では,デジタルPCR8)やデジタルELISA9)などの次世代の分析装置のコア技術として採用されており,高感度・高精度・迅速なバイオ分析技術として注目を集めている.SATORI法によるウイルスRNA遺伝子の検出プロセスを以下に示す(図1A).

図1

SATORI法の概要.(A)SATORI法による検出プロセスの模式図.(B)SARS-CoV-2由来のRNA遺伝子の検出結果.実線は線形近似曲線,破線は標的RNAが無い時の輝点数の平均値+3SDであり,これらの交点を検出感度と定義.(C)臨床検体を用いた陽性判定結果.98%の正解率.

i)ウイルスRNA遺伝子を含む検体とCas13-crRNA 2者複合体や蛍光レポーターを含む反応溶液を混合し,Cas13とウイルスRNA遺伝子との3者複合体を形成する.

ii)上記反応溶液をマイクロチップに滴下し,微小試験管内に3者複合体を1分子単位で捕捉・分画する.

iii)3者複合体により蛍光レポーターが切断され,消光基から解離した蛍光色素が微小試験管内に蓄積することで,その蛍光シグナルが短時間(数分以内)で急激に上昇する.

iv)数十万個の微小試験管の蛍光画像を蛍光顕微鏡などにより撮像し,その蛍光画像の解析から,蛍光シグナルを発する微小試験管の個数を計量する.

SATORI法にかかる時間は1検体あたり5分程度と短く,SARS-CoV-2のRNA遺伝子の検出感度は,非増幅検出法であるにも関わらず,720 aM(430 copies/μL)に到達した2)図1B).これは,核酸増幅法におけるCt値に換算すると30程度であり,RT-qPCRと同等のCt値38相当の感度を実現するには,更に100倍程度の感度の改善が必要であった.

1分子デジタル定量法は生体分子を1分子単位で識別して検出できる極限計測であるが,従来からの課題である「微小試験管への標的分子の捕捉効率の低さ」から,十分な検出感度を実現していない.この課題を解決すべく,私たちは,核酸増幅過程を組み込むのではなく,磁気ビーズを用いてウイルスRNA遺伝子の捕捉効率を劇的に改善する新規方法の開発を行った.具体的には,上述のi)の過程で,検体とビオチン標識したCas13を混合し,更には,アビジンが表面コーティングされた磁気ビーズを添加することで,ウイルスRNA遺伝子と3者複合体を形成したCas13を磁気ビーズの表面に固相化・濃縮する.そして,上述のii)の過程で,マイクロチップの裏面から磁石を近づけ,微小試験管内に磁気ビーズを強制的に捕捉・濃縮し,ひいては,その表面に固相化した3者複合体の捕捉効率を劇的に改善した.磁気ビーズの操作を追加した結果,検出時間は9分程度まで延びたが,検出感度は6.5 aM(3.9 copies/μL:Ct 38相当)まで向上し,臨床検体を用いた検証では,RT-qPCRと98%の一致率でCOVID-19の陽性診断が可能であることを実証した(図1B, C).

3.  opn-SATORI:全自動1分子定量装置

臨床現場での感染症診断を想定した場合,SATORI法の全自動化は,従事者への感染リスクの低減や人為的ミスの排除が期待できるだけでなく,再現性の確保や時間の有効活用などの様々なメリットが見込める.そこで,臨床現場での実用化を実現すべく,SATORI法の全自動化装置(automated platform on SATORI: opn-SATORI)の開発に取り組んだ(図2A).

図2

SATORI法の自動化と小型化に向けた装置開発.(A)opn-SATORI装置(左)とCOWFISH装置(右)の全体像.(B)COWFISHの装置構成.(C)COWFISH装置を使ったSATORI法の蛍光観察画像.

SATORI法は,主にピペットによる溶液操作と顕微鏡などによる蛍光画像の撮像・解析の2つの工程から構成される.そこで,SATORI法の全自動化を実現すべく,私たちは,溶液操作に長けた自動分注ロボットを組み込んだ蛍光顕微鏡システムを開発し,それらが相互通信することでSATORI法の全工程を一貫して自動処理することが可能な新規装置(opn-SATORI)の開発を行った.opn-SATORIの主要構成部品であるNikon社製の共焦点蛍光顕微鏡には専用のソフトウェアが用意されており,蛍光画像の撮像・解析から外部機器の制御に至るまで,マクロにより全自動化することが可能である.そこで,私たちは,国内分注機メーカーであるバイオテック社とともに,Nikon社製の顕微鏡に最適化した自動分注ロボットを開発し,それを顕微鏡システムへと組み込むことで,上述の専用ソフトウェアから種々の溶液操作を同時に自動制御できる全自動検出プラットフォームを構築した.

装置自体の開発は順風満帆に進んだが,分注操作などのプロトコルの最適化において苦労することが多かった.人間が何気なく手で行う作業を再現するのは一筋縄ではいかない場合もあり,機械動作で再現良く制御できるよう,実験手順を見直した部分が随所にみられる.例えば,市販されている1分子定量装置では,微小流路を実装したマイクロチップが用いられるが,サンプルを充填する際,流路が目詰まりするなどのトラブルが多々報告されている.そのため,私たちは,自動分注ロボットの単純なピペット動作でサンプルを充填できるよう開放型のマイクロチップを作成し,更には,溶液の滴下/吸引のみでSATORI法を実施できる簡便なプロトコルを度重なる試行錯誤の末,確立することに成功した.他に磁気ビーズを用いた濃縮操作においても,対物レンズ型の磁石ホルダーを顕微鏡の電動ターレットに設置し,フォーカス調整機構を流用してマイクロチップ裏面からの距離を制御することで,磁気ビーズを再現良く捕捉できるような工夫も施した.

SATORI法を自動化することで,SARS-CoV-2のRNA遺伝子の検出を無人で連続処理でき,検体と試薬をセットして開始ボタンを押すだけで大量の検出結果が返ってくるようになった.また,一度プロトコルを作ってしまえば,実験者が変わっても安定したデータを取得できるため,医療診断はもちろん,基礎研究用途にも使用の機会が望めると考えている.

4.  COWFISH:1分子デジタル定量法の小型検出装置

opn-SATORIは,横幅160 cm,奥行き70 cm,高さ160 cmと大きく,検出部が共焦点顕微鏡で構成されるため非常に高価であるなどの課題を抱えていた(図2A).そのため,社会実装を想定すると,大規模な検査センターや大病院には設置できる可能性はあるものの,迅速検出の利点を最大限に活用できる市中のクリニックや検疫所に設置することは難しく,小型化および低コスト化した新装置の開発が期待されていた.そこで,検出部である共焦点蛍光顕微鏡に焦点を絞り,代替できる小型で安価な検出装置COWFISH(Compact wide-field femtoliter-chamber imaging system for high-speed digital bioanalysis)を開発した(図2A, B).

COWFISHの心臓部には,民生品の一眼レフカメラと,150 mm2もの大視野を2.5 μmの空間分解能で観察できるトランススケールスコープAMATERAS10)でも採用されているマシンビジョン用のテレセントリックレンズを採用し,入手しやすい市販品のパーツを組み合わせて,照明系やパソコンも含めて総額約120万円で製作した(図2B).COWFISHの大きさは横幅35 cm,奥行き45 cm,高さ30 cmで,opn-SATORIに比べて設置面積を1/5以下にできた.COWFISHで撮影した蛍光画像の画素サイズは2.1 μmで,分解能は緑色・赤色の蛍光観察時にそれぞれ3 μm・4 μm程度となっており,顕微鏡のような1 μm以下の分解能は無いものの,8 μm間隔で並ぶ直径3.5 μmの微小試験管の蛍光観察は問題なく行える.また,論文3)には補足資料として全ての部品リストを価格とともに掲載したので,マイクロチップを用いた1分子定量法にご興味のある方にはDIYで装置を製作して使ってもらいたいと考えている.

装置の性能を評価するため,検出部をCOWFISHに置き換えSATORI法を実施し,共焦点蛍光顕微鏡との性能比較を行った.磁気ビーズによる濃縮を行わない簡易的な手法で,SARS-CoV-2のRNA遺伝子の検出感度を評価すると,COWFISHでは5分未満の計測で480 aM(290 copies/μL)となり,共焦点蛍光顕微鏡と比べて遜色ない性能を発揮できることがわかった.更に,COWFISHの視野(横11.8 mm,縦7.9 mm)の中に直径約7 mmの計測範囲がすっぽり収まり,約65万個の微小試験管を一度に撮影できるため(図2C),同範囲を64分割して1枚1枚撮影する必要がある共焦点蛍光顕微鏡に比べ,撮影時間を1/10以下に短縮できた.

今後はCOWFISHを組み込める小型分注機を設計して自動計測装置としての開発を進め,医療診断機器としての社会実装を目指していきたい.小型で安価なだけでなく,撮影時間の大幅な短縮により分注の並列処理が可能になることで,複数項目や複数検体を同時に迅速診断できるような装置になることを期待している.

5.  おわりに

新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け,核酸増幅検査法のような高い検出感度・特異度と抗原検査法のような早い検出時間を両立するような検査法の開発が求められる中,私たちはRT-qPCRと同等の6.5 aM(3.9 copies/μL)の超高感度で9分程度の迅速検出が可能なSATORI法を開発してきた.更に,この技術の社会実装を目指して全自動装置の開発やその小型化に取り組んでおり,今後も更なる小型化と低コスト化に力を入れていきたい.新型コロナウイルスだけでなく,インフルエンザウイルスやRSウイルスなどによる呼吸器感染症をはじめ,デングウイルスやエボラウイルスなど,様々なウイルス感染症に対象範囲を広げていき,迅速かつ正確に診断できる安価な装置にしたいと考えている.将来的には,多種感染症の臨床現場即時検査(POCT)の実現に向けた基盤装置として発展していくことを期待している.

文献
Biographies

飯田龍也(いいだ たつや)

理化学研究所テクニカルスタッフI

篠田 肇(しのだ はじめ)

理化学研究所研究員

渡邉力也(わたなべ りきや)

理化学研究所主任研究員

 
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