2023 Volume 63 Issue 3 Pages 169-170
KIF5Aは細胞内でカーゴ輸送を行うモータータンパク質である.2018年にKIF5Aの遺伝子変異が筋萎縮性側索硬化症(ALS)を引き起こすことが報告された.本稿では最近明らかになってきたALS変異型KIF5Aタンパク質に関する研究結果を紹介する.
キネシンスーパーファミリー(Kinesin Super Family: KIF)は細胞内で微小管に沿った順行性輸送を主として働くモータータンパク質群である1).KIF5は数多く存在するKIFの中で最も初めに見出された分子である.発見当初の“kinesin”は長いポリペプチド鎖と比較的短いポリペプチド鎖の複合体として報告され2),それぞれKinesin Heavy Chain(KHC),Kinesin Light Chain(KLC)と名付けられた.輸送の動力源となるモータードメインはKHCが有しており,KHCは単体でも輸送能を発揮する.その後KIFのクローニングが進む過程でKHCはKIF5と呼ばれるようになった(KIF1ではないことに注意されたい)3).現在では,初めに見つかったKIF5とKLCの複合体はKinesin-1或いはConventional kinesinと呼ばれている.一方KIF5単体もKinesin-1と呼ばれることがあり少々ややこしい.この命名の経緯は本稿の主題ではないが,話を進めるにあたり必ずと言ってよいほど質問されるので記述した.哺乳類においてKIF5にはKIF5A,KIF5B,KIF5Cの3つのファミリータンパク質が存在する.KIF5Bはユビキタスに,KIF5A,KIF5Cは神経特異的に発現する4).KIF5ファミリーはすべてヒトの疾患原因となるが,特にKIF5Aは多くの神経変性疾患を引き起こす.
KIF5Aの遺伝子変異が引き起こす疾患としては痙性対麻痺が初めに報告され,その他2010年代にシャルコー・マリー・トゥース病,ミオクローヌス,更に筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis: ALS)が報告された5),6).痙性対麻痺の原因変異が主にKIF5AのN末端のモータードメインに生じるのに対し,ALSやミオクローヌスの原因変異はC末端のカーゴ結合ドメイン周辺に生じる.ALSに関してKIF5Aは常染色体優性の遺伝形式を示し,家族性だけではなく孤発性患者からも変異が見出されている.その変異の殆どはKIF5A遺伝子のエクソン27およびその周辺配列に集中しており,多くがスプライシング異常によりエクソン27のスキップを引き起こす(図1).エクソン27の欠失は,全1032アミノ酸から成るKIF5AのうちGly998でのフレームシフトを起こす.変異型KIF5AではAsn999以降の34アミノ酸が,39アミノ酸からなる別の配列に置き換わることとなる.我々はこの変異型KIF5Aの解析を行ってきた7).
KIF5Aのエクソン27周辺の模式図.代表的なALS原因変異の箇所を*で示す.変異はエクソン27のスキップおよびフレームシフトを引き起こす.フレームシフトにより新たに生じる配列をピンクで示す.
初めにALS変異型KIF5Aの細胞内局在を観察した.蛍光タンパク質を付加したALS変異型KIF5Aを神経系細胞株であるCAD細胞に発現した.野生型KIF5Aは細胞質に一様に分散し(図2a),場合によっては小さい輝点を幾つか形成する(図2b矢印).それに対してALS変異型KIF5Aは細胞内や突起末端に多数の高輝度の構造物を形成した(図2c).特に突起末端に大きな凝集様の塊が観察された(矢印).
CAD細胞にmScarlet-KIF5Aを発現し蛍光を観察した.(a-b)野生型KIF5A.(c)ALS変異型KIF5A.Bars,10 μm.(d)凝集を有する細胞の割合.χ2検定(Bonferroni補正).ns,有意差なし;**,p < 0.01;****,p < 0.0001.文献7より一部改変の上転載.
この結果から,KIF5Aタンパク質自体の性質が変異により大きく変化することが予想された.そこで精製タンパク質を用い解析を試みた.昆虫細胞を用いて発現しアフィニティー精製したKIF5Aをゲル濾過クロマトグラフィーで解析した.野生型KIF5Aはダイマー相当の位置に溶出するのに対し,変異型KIF5Aはより高分子量側およびカラムの排除限界に溶出が見られた(図3).
野生型およびALS変異型KIF5Aのゲル濾過クロマトグラム.縦軸は280 nmの吸光度,横軸は溶出液量を示す.変異型(赤線)は野生型(青線)に比べ高分子量側に多く溶出した.黄の塗りつぶしはカラムの排除限界である.文献7より転載.
得られたタンパク質を用いて全反射顕微鏡によるin vitroの運動能アッセイを行った.KIF5Aは全長では自己阻害がかかるため微小管へは殆ど結合しないことが知られている.しかし変異型KIF5Aは微小管へ高頻度に結合し運動した.結合頻度は野生型の10倍以上であった.蛍光強度から判断し変異型は1分子ではなくオリゴマー状態と考えられる.
これらの結果からALS変異はKIF5Aの凝集傾向を増し,且つ過剰な運動活性を与えると考えられる.更に線虫を用いた実験から変異型KIF5Aが神経細胞毒性を持つことを示した.神経毒性とKIF5Aの異常活性・凝集形成の因果関係は未だ明らかではないが,ALSの原因となるタンパク質の多くが細胞内凝集を形成することから,KIF5Aにおいても凝集形成が神経毒性に主要な役割を果たすと考えられる.
ALS変異型KIF5Aに関しては,我々を含めほぼ同時期によく似た内容の報告が相次いだ7)-9).用いたモデル生物や実験系が異なるものの,結論に大きな違いは無く互いに補完的である.本稿に興味を持たれた方は是非そちらも一読してほしい.
本研究は東北大学学際科学フロンティア研究所の丹羽伸介准教授,同大学院生命科学研究科修士課程の中野朱莉さんと行いました.この場を借りて御礼申し上げます.