2023 Volume 63 Issue 4 Pages 202-204
in vivo遺伝子治療の有望なプラットフォームであるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの溶液試料中の分散状態を正確かつ定量的に理解するため,超遠心分析による新たなアプローチを開発した.遠心力場中における溶質の沈降を多波長でリアルタイム計測し,数値解析することで,AAVベクター試料中に含まれる粒子成分の特定と定量を可能とした.

近年,遺伝子治療やワクチン療法での利用が拡大しているウイルスベクター製品であるが,精製後の製品中には目的のベクター粒子以外の不純物が必ず含まれており,そうした不純物が製品の有効性や安全性の低下につながる可能性が指摘されている.従って,治療効果を持つ粒子の純度を含めた分散度を正確に把握することは品質管理の観点から必要不可欠である.本稿では,ウイルスベクターの中でもin vivo遺伝子治療のための最も有望なプラットフォームの一つであるアデノ随伴ウイルスベクター(AAVベクター)に焦点を当て,生体高分子のサイズ分布を高い分離能で解析可能な超遠心分析について,著者らが開発した新しい解析手法や研究成果1)を含めて概説する.
超遠心分析(Analytical ultracentrifugation: AUC)は遠心力場中における溶液中の分子の沈降挙動を観察し,沈降プロファイルの解析により分子の溶液物性を評価する手法である.1990年代半ば以降,装置の光学系の大幅な改良とデータ取得の高精度デジタル化が進められ,さらに沈降プロファイルに対する数値解析が導入されたことで,沈降プロファイルからの溶質分子の沈降係数,分子量,分子形状および分散状態の直接評価が可能となった.特に,超遠心分析の手法の一つである沈降速度法(Sedimentation velocity AUC: SV-AUC)において数値解析を駆使した手法が発展し,従来の超遠心分析と区別するためにModern AUCと呼ばれている.
ここで,超遠心分析の原理の概略を説明する.遠心力場における溶質分子の濃度の時間変化である沈降プロファイルは,沈降係数と拡散係数の項を持つ2階微分方程式であるLamm方程式(式1)により表される.
| (式1) |
ここでcは溶質濃度,tは時間,rは回転半径,sは沈降係数,ωは角速度,Dは拡散係数を示す.
Lamm方程式には解析解は知られておらず,解析的に溶質の沈降係数と拡散係数を得ることはできない.一方で,任意の沈降係数と拡散係数を与えたときの濃度分布はLamm方程式の積分によりシミュレートできるので,実測値を再現できる沈降係数と拡散係数を探索し求めることが可能である.これが数値解析による近似解の算定である.また,Lamm方程式は1種類の溶質の沈降を表現するものであるが,観測される沈降プロファイルを複数の分子種の沈降プロファイルの和と見なすことで,Lamm方程式の重ね合わせとした解析が可能となる.沈降プロファイルの解析には,米国NIHのSchuck博士によって開発されたプログラムSEDFITのc(s)解析が最もよく用いられている.c(s)解析により対象とする溶質の分散状態を沈降係数の分布として評価可能で,さらに,分子量,拡散係数,おおまかな分子形状などの情報を取得できる.
近年,様々なウイルスベクターが遺伝子治療やワクチン療法に用いられており,中でもAAVベクターはin vivo遺伝子治療のための最も有望なプラットフォームである.AAVベクターはITRと呼ばれる配列を両端に持ちプロモーターと治療用タンパク質の遺伝子をコードする1本鎖DNAがカプシドタンパク質(カプシド)に内包された構造をしており,設計通りのDNAが内包された粒子は完全粒子と呼ばれる.AAVベクターは溶液として精製されるが,現時点での製造方法の場合,最終精製物には完全粒子の他にカプシドの内部にDNAを含まない中空粒子や断片DNAを含む部分粒子が含まれる.これらの粒子は標的細胞表面の受容体と相互作用するため完全粒子と競合し,完全粒子による治療効果を低下させるだけでなく,免疫原性の原因となる可能性がある.加えて,AAVベクター由来の凝集体も製造中に発生することがあり,こうした凝集体も治療効果を低下させる要因の一つとなり得る.このため,製造されたAAVベクター溶液に含まれる粒子サイズの分布を正確に把握することはその品質管理において必須である.
従来,AAVベクターの純度分析のうち特に中空粒子/完全粒子比の決定には負染色による透過型電子顕微鏡法が採用されてきた.得られる顕微鏡像中,粒子の内部が染色された粒子は中空粒子,内部が染色されていない粒子は完全粒子であると見なされる.一方で,中空粒子のカプシド内部に染色剤がうまく浸透しなかった場合には,完全粒子との区別が困難になり,結果として中空粒子の個数が過小評価される可能性がある.透過型電子顕微鏡法と同様にAAVベクターの純度分析に利用されているイオン交換クロマトグラフィーは,少量の試料(1010粒子以下)で短時間かつ簡便に分析可能であるが,中空粒子と完全粒子を適切に分離・定量するためには,カラム,移動相,溶出条件を血清型ごと,内包核酸ごと,最適化する必要がある.加えて,液体クロマトグラフ装置の流路表面やカラム担体への吸着は定量性に影響を与えうるため,通常,数十μg/mLといった希薄溶液で取り扱われるAAVベクターの分析においては十分な配慮が必要である.一方で,溶質の沈降係数の違いにより分離定量を行うSV-AUCは,AAVベクター試料中の中空粒子と完全粒子の分離定量に加えて,部分粒子,遊離核酸さらには凝集体の分離定量も可能であること,幅広い溶媒条件での溶液中分散状態の解析が可能であること,血清型や内包核酸の違いによる測定条件の最適化がほとんど必要ない,といった特徴を有する.これらの特徴から,SV-AUCはAAVベクターの分散度解析方法のゴールドスタンダードとして認識されている.
これまでAAVベクターのSV-AUC分析では,カプシドに内包される核酸の鎖長によるものの概ね沈降係数60-70 S,90-100 S(ここで,Sは沈降係数の単位であり,1 S = 10–13秒と定義される.)付近の成分がそれぞれ中空粒子,完全粒子と見なされてきた.しかしこれは他の分析結果との整合性から導き出されたものであり,超遠心分析結果から行われるべき対象ピークの分子量や吸光特性に基づいたピークアサインではないという決定的な問題があった.そこで,著者らは主要成分の分子量に基づいたピークアサインを行うこととした.分子量決定に必要な物理量の一つに偏比容がある.偏比容は溶質1 gが溶媒中で占める体積であり,実験的には溶質を溶解させた際に生じる溶液の体積変化量から求める.著者らは分析試料中に含まれる成分の偏比容をH2OとH218Oの量比を変化させた緩衝液を用いたSV-AUC実験により決定した.用いた試料において,20°Cの水における値に換算した沈降係数(s20,w)で67.3 Sに観測された成分の偏比容は0.722 cm3/g,その値を用いて計算された分子量は,3,696 kDaとなり,アミノ酸組成から計算した中空粒子の値(3.706 kDa)とよく一致した.加えて,s20,wで93.7 Sに観測された成分の偏比容は0.686 cm3/g,その計算分子量は4,914 kDaとなり,中空粒子と内包される核酸の組成から計算した分子量を加えた計算値(4,507 kDa)とSV-AUCにより決定される分子量の典型的な誤差の範囲内で良い一致を示した.以上により,これらの成分が,それぞれ今回用いたAAVベクターの中空粒子および完全粒子であると結論した.
本項についてシミュレーションデータを交えながら概説する.まずAAVベクター試料の沈降挙動を230 nmから280 nmの範囲で5 nm間隔で検出し,得られる沈降係数分布の波長依存性を調べ(図1a),各成分のUV吸収スペクトルを取得する(図1b).次に完全粒子と中空粒子のUV吸収スペクトルの差から内包核酸のUV吸収スペクトルを導出する.干渉光学系検出データを用いて,各成分のUV吸収スペクトルから各波長における吸光係数を算出する.

多波長検出SV-AUCによる分析のワークフロー.(a)沈降係数分布の波長依存評価.(b)各ピークの吸収スペクトルの決定.(c)各ピークの特定と濃度決定.
次に,c(s)解析で検出された未知成分の詳細な理解のため,未知成分のUV吸収スペクトルに対する中空粒子と内包核酸の吸光係数を用いた重回帰分析により未知成分中のゲノム含量を算出する.
以下,具体例を示す.AAV1ベクター試料に含まれる69.8 S成分の核酸量とカプシド量の比([核酸]/[カプシド])は0.43と計算され,この結果は,69.8 S成分のカプシドタンパク質が完全性を保っていると仮定すると,69.8 S成分に含まれる核酸の平均鎖長が完全長核酸の43%に相当することを示している.Burnhamらは,異なるサイズのゲノムを持つAAVベクターを用いて,沈降係数と内包された核酸塩基数(核酸量)の関係が高い相関を示すことを報告している2).今回各ピークのスペクトルの重回帰分析から見積もった核酸の鎖長と沈降係数の関係は,90 S以下の沈降係数ではBurnhamらの先行研究2)から導出した回帰直線とよく一致していた(図2a).

しかし,110-120 Sに観測された成分については,沈降係数と核酸量の間に相関は認められなかった.この結果は,図2aに示した核酸塩基数と沈降係数の相関に基づく方法では,成分特定が困難であるケースがあることを示している.一方,多波長検出SV-AUCでは,決定される量比([核酸]/[カプシド]比)を用いて成分の特定が可能であり,AAV1ベクターの試料で観察された119 Sの成分は,断片化した核酸がカプシドの表面に付着しているか,またはカプシドに巻き込まれている二量体である可能性が考えられた(図2b).このように,多波長検出SV-AUCと各構成成分のスペクトルを用いた重回帰分析を組み合わせたアプローチは,沈降係数に基づいた未知ピークの同定が困難な場合でも,カプシドと核酸の比率を直接決定し,AAVベクター試料の分散度を包括的に理解することが可能である.
一方で,SV-AUCの課題として1回の測定に必要なサンプル量が約2 × 1012 vg(vector genomes)と他の分析法と比べて多い点が指摘されてきた.最近,著者らは超遠心分析バンド沈降速度法3)と呼ばれる測定手法に今回紹介した解析手法を適用し,SV-AUCと比べて約25分の1のサンプル容量で主要成分の定量精度がSV-AUCと同等の評価手法の開発に成功した4).
本稿では,ウイルスベクター,中でもAAVベクターの純度分析に汎用されている分析手法について概説し,著者らの最近の研究成果から多波長検出超遠心分析沈降速度法をAAVベクターの分散度解析に適用した例を紹介した.今回著者らが開発した手法は本稿で取り扱ったウイルスベクターのみならず,核酸-蛋白質複合体など異なる吸光特性を持つ成分からなる粒子の分散度解析に適用することが可能である.