2023 Volume 63 Issue 4 Pages 205-206
ペプチド結合の平面性はタンパク質の安定性や構造形成に重要であるが,アミドプロトンを含めた構造の詳細については不明であった.高分解能中性子構造解析の結果から,アミドプロトンの原子核の位置は,周囲の原子によって大きく影響を受けペプチド平面から乖離していることを実験的に明らかにした.

水素原子はタンパク質中の全原子数の約半数を占め,基質認識や触媒作用に深く関与している.しかし,電子を1つしか持たないため,X線結晶構造解析において座標を精確に決定することは困難である.そのため水素原子は,構造精密化においてライディングモデルとして座標を拘束して取り扱っている.中性子結晶構造解析は,中性子と原子核との相互作用を利用した手法であり,水素原子の座標を他の原子と同じ精度で決定することができる1),2).しかしながら,中性子構造解析においても高分解能回折データを取得する困難さから,水素原子の座標決定を含めた構造精密化にはこれまで至っていなかった.そこで,高分解能中性子回折データを取得することで,水素原子の座標を実験的に決めることを目指した.今回,高電位鉄イオウタンパク質(HiPIP)の酸化型構造に関してタンパク質の中性子構造解析としては非常に高い分解能である1.2 Å分解能の回折データを取得し,タンパク質の構造解析では初めてアミドプロトンの座標を幾何学的な束縛なしで決定した.HiPIPの中性子回折データはJ-PARC内にある茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)で取得した.また,同一結晶からPhoton Factoryにおいて0.66 Å分解能のX線回折データを取得し,中性子回折データとX線回折データを合わせて構造精密化を行った.その結果,ペプチド平面上に存在すると考えられていたアミドプロトンは,原子核の位置が周りの原子によって大きく影響を受けペプチド平面から乖離していることを実験的に明らかにすることができた3),4).
ペプチド結合はC═OとC─Nの間の共鳴安定化のため二重結合性を持ち,トランス型(ω = 180°)あるいはシス型(ω = 0°)の立体配座を取る平面構造であるとされている.しかし,実際のタンパク質内のペプチド構造の平面性は厳密に保たれているわけではないことが高分解能X線構造から明らかになっており,主鎖二面角のφとψに依存してωが変化することが報告されている5)-7).一方,アミドプロトンの構造情報に関しては実験的にほとんど明らかになっていなかった.
通常,アミドプロトンは1つのアクセプターと水素結合を形成する.このような水素結合では,ドナーのアミド基(N─H)とアクセプターの酸素原子間の角度(∠N─H...O)では精密化したモデルの方が大きな値を示した(図1).これは,アミドプロトンの原子核がアクセプターに引き寄せられ,ペプチド平面から外れていることを示唆している.また,アミドプロトンを含むペプチド結合の平面構造に着目し,H─N─C═O面における二面角をωʹと定義した.二重結合の平面性はsp2混成軌道の比率で表され,ピラミッド化角θで評価できる8).炭素のピラミッド化角(θC)は–5°から5°であるのに対し,アミド窒素のピラミッド化角(θN)は–20°から25°と大きく変化していた(図2).さらに,θNはωʹと強く相関していた.この結果は,ペプチド結合中のC═O二重結合によって炭素原子の平面性は維持されているのに対し,アミド窒素はアミドプロトンが静電的相互作用によってアクセプターに引き寄せられることでアミド窒素がピラミッド化し,ωʹの平面性が崩れていることを示している.

アミドプロトンのペプチド平面からの乖離(文献4より改変).

(左)θNとωʹの相関.(右)アミド窒素のピラミッド化によるペプチド平面の歪み(文献4より改変).
今回明らかにしたアミドプロトンのペプチド平面からの乖離は,HiPIPの酸化還元反応にも強く関係していると考えられた.HiPIPは光合成細菌の電子伝達系において,シトクロムbc1複合体から電子を受け取り,反応中心複合体へと電子を運ぶ.HiPIPの分子の中心にはFe4S4クラスターが存在し,酸化型では[Fe4S4]3+,還元型では[Fe4S4]2+と2つの状態を取る.Fe4S4クラスターは鉄原子間のスピンカップリングの形式によって2つのサブクラスターに分割することができ,その内のFe1-S4-Fe2-S3で形成されるサブクラスター1が電子の貯蔵に大きな役割を持つ.今回明らかにした酸化型HiPIPでは,Fe4S4クラスター近傍のペプチド結合の歪みによりCys75のアミドプロトンがS3原子には向かず,Trp74のインドール環とNH-π相互作用を形成していた(図3).一方,還元型(0.48 Å分解能のX線構造9))では,アミドプロトンはほぼペプチド平面上にあり,イオウ原子(S3)と相互作用していた.還元型では,酸化型よりも電子を1つ多く持つため,Cys75のアミドプロトンはサブクラスター1のS3原子に引き寄せられ,酸化型と比べて電子の1個多い[Fe4S4]2+の状態を安定化していると考えられる.ペプチド結合の平面性のFe4S4クラスターと相互作用する1つのアミドプロトンの違いが,HiPIPの電子伝達を制御していることが示唆された.

酸化型(左)と還元型(右)におけるCys75のアミドプロトンの相互作用の変化(文献4より改変).
本研究は,京都大学三木邦夫名誉教授,竹田一旗准教授,量子科学技術研究開発機構玉田太郎博士,平野優博士,総合科学研究機構日下勝弘博士と共同で行ったものである.また,回折実験では量子科学技術研究開発機構栗原和男博士,J-PARC,PFのスタッフにお世話になり,この場を借りてお礼申し上げる.本内容に関してはプレスリリース10)として解説記事があるのでそちらもご参照されたい.