Seibutsu Butsuri
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In Praise of Myopia by an Anti
Akio KITAO
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2023 Volume 63 Issue 4 Pages 230-231

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1.  生後8,000~10,000日の凡人を読者と想定

現在,日本人男性の平均寿命はおよそ生後30,000日に相当する.標準的には研究者として自立するはずの博士号取得までに,その1/3である約10,000日を費やす.類似の見方は散見されるであろうが,私にとっては院生の時に先輩の伊倉貞吉さん(現 お茶の水女子大)に最初に指摘され,同期の天能精一郎さん(現 神戸大)達とも議論して以来,しばしば意識する観点である.凡人から天才にアドバイスできることはないので,大学院に進学する頃の生後8,000日から10,000日位の凡人を,本稿の想定する読者としたい.

時代や能力が異なる他人のキャリアを知って直接参考にすることは難しいが,自分でも見習いたいことや普遍性がありそうな面を感じ取れたらよい.そんなことを考えながら,これまでの「キャリアデザイン談話室」を興味深く,しかし影響され過ぎない程度に流し読みさせていただいた.そして,偉人伝やディケンズのDavid Copperfield的なものよりも,ずっと身近で親しみを感じながら.一方で,私は自分の体験が直接的に誰かの参考になるとは思っていない程度に,キャリアデザインという概念に賛同していないアンチである.とはいうものの,長年多くの若い人達と接してきて,典型的なキャリアの悩みがあることを知り,場面に応じて自分の考えも伝えてきた.実際に参考なるかどうかは大いに疑問だが,本稿ではこんなふうにしてみたら,という凡人から凡人への提案を列挙してみたいと思う.

2.  能動的に中心極限定理から逸脱せよ

目標が定まってくると,それを達成するためにやるべきことは明確になる.例えば,アカデミックで研究を仕事にしたいという目標があれば,簡単に5~10くらいのTo Doリストの項目をアドバイスできるだろう.そして達成できた項目が増えるにつれ,目標を達成できる可能性は高まることが期待できそうだ.

問題は目標が定まっていない凡人の場合である.いわゆる酔歩問題であれば,その確率分布は中心極限定理によって正規分布に近づく.個人の人生であれば,目標が不明確であってもどこかにたどり着くだろうが,偶然に大きく依存した生き方になる.自律的に行動するには目標設定が重要であるが,目標が定まらず悩んでいるというケースを想定して次に進もう.

3.  凡人はまず経験から学べ

天才は,想定される行動がもたらす結果を,経験せずにある程度予測できるようだ.また自分の将来像を確信できる人は意外に多く見受けられる.これらの人達はあまり悩む必要がない.問題は先が読めずに悩んでしまう場合である.目標を設定するには知識や経験が足りない,しかし知識や経験を得るためには,まずある程度の目標を持って何かをやってみるしかない.

この堂々巡りを解消するためには,凡人はまず経験から学んでみる必要がある,というのが私の持論である.こういうことを書くと,自分がやりたい研究テーマを学生にやらせるように誘導しているよう見えるが,目標は自分で設定したもので全く構わないのである.

4.  局所から次のベクトルを見出す

最初の経験は,自分の最初の立ち位置(原点)を定めることになる.これが素晴らしいものになるか,ほろ苦いものになるかはわからないが,まず足場を固めるわけである.前者であれば,より掘り下げる方向に進んでもよいし,後者なら別のところへ向かえばよい.いずれにしろ,まず原点を定めることで,次のベクトルを決め易くなるのではないだろうか.石の上にも三年とは言うが,必ずしもそこまで待つ必要はないような気もする.しかし,ある程度は極めておかないと自信を持って次の一歩に踏み出せないかもしれない.

5.  心変わりや進路変更はOK

そう言われても第一歩を踏み出せない場合もある.典型的には,失敗を恐れ過ぎる場合である.失敗は往々にしてあるので,その場合にどうするか,準備しておくことはよいことだ.備えがあれば,失敗を気にし過ぎない方がよいだろう.経験的にはチャンスは2回あるものだ.また2回くらいの失敗は許容範囲だが,それを越えたら作戦を大きく練り直すことを薦める.

もう一つの典型例は,自信と万能感を持った人物に起こりがちだ.あらゆることが将来達成可能であるのに,何かを行うことで自分の可能性を限定してしまうことを恐れてモラトリアムに陥る.しかし,この万能感は何もしていないことに起因する大きな勘違いであることが多い.何かに取り組むことで,何もしていない状態から,何かを達成する可能性に一歩踏み出す.このことを肯定的に捉えたらどうだろう.

また,以前は光り輝いて見えたものが色あせてきたり,素晴らしかった目標が陳腐化したりするのも,よくあることである.時代も大きく動いている.いろいろ経験した後で,全く違う道に踏み出したくなることもあるだろう.いずれにしろ,多くの人を観察してきてわかることは,後々心変わりや進路変更をしても案外OKだということだ.失敗を恐れず,まず一歩を踏み出してみたらどうだろう.

6.  短期的最適解探しは時間の無駄

万能感を持つ優秀な人物に多いもう一つの行動パターンは,最適解探しに時間を使い過ぎることである.考え得る選択肢からなるべくよいものを選ぶことは重要であるが,最適解の探求に時間をかけ過ぎて,実際何もやらないことになってしまうと,時間の無駄である.自分が納得するためにやり遂げることは必要だが,存在し得るあらゆる可能性から短期的に最適解を探すことは事実上不可能である.ほどほどにしておくのがよいだろう.よくある例には,既に意中の会社に就職が内々定しているのに,力試しに様々な会社の就活を続ける等がある.油断していると就活だけで学生生活は終わるのだ.進路変更は可能なので,最適解探しはもっと長い時間をかけてじっくりとどうぞ.

7.  得意なことを作る

修士課程を経て社会に出た場合,現在の勤め人の標準的な定年までは約40年である.終身雇用は崩壊したと言われる昨今,就職したとしても40年間同じ会社で働けるとはあまり期待できないだろうし,そもそも定年なんて次第になくなっていくだろう.社会の中で生き抜いていくための鍵の一つは,自分の得意分野やスキルを磨くことである.「△△が得意な人といえば,○○さん.」と言われるようになれば,サバイバルスキルの一つとなるだろう.

8.  本質的な問題か,些末な問題か

実際に研究に取り組んでみると様々な問題に突き当たる.それらは,本質的なものと些末なものに分けることができる.些末な問題でも解決するには時間がかかるのだ.しかし,自分がやらなくてもそのうち誰かが解決してくれるだろう.自らは本質的で重要な問題に取り組むことを薦める.

9.  Red Oceanか,Blue Oceanか

自信がある人はRed Oceanと言われるような競争率が高いところで更に一番になりたいかもしれない.厳しい競争には勝ち抜けないと思う人は,Blue Oceanのような未開の地で何か新しいものを見つけられるかもしれない.実際どちらを選ぶのか.人を観察していると,個人の嗜好によって決めることが多いようだ.有名研究室に所属しているなら,研究室の主流派で行くか,新しい流派を作るか,考えどころである.Blue Oceanを開拓する場合は,いつの間にか大きな砂漠の中に一人で住む修行者のようになっていないように気を付けた方がよさそうだ.

10.  時間積分でみると何とかなるかも?

人生思うようにいかないものだ.しかし,長期的にみると多少は違ってくる.短期的にはうまくいかないことは多いが,正しい方向性で努力を続けたり,何度も,あがいたりしている人は,長時間で積分すると割と何とかなっている.全員ではないが,そんな風に見える.

11.  終わりに:大楽観小悲観で

多くの一流の研究者を観察していて気付く彼らの共通項は,いつもパワフルなことと,とても楽観的なことである.なかなか凡人が真似できるものではないが,大楽観小悲観で研究や勉強を近視眼的に大いに楽しみ,自分の道を切り開きながら進もう.

Biographies

北尾彰朗(きたお あきお)

東京工業大学生命理工学院教授

 
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