2024 Volume 64 Issue 2 Pages 112-113
生命計算化学研究室は,2018年10月に石川岳志が鹿児島大学に着任してスタートした研究室です.九州新幹線の鹿児島中央駅から研究室まで市電で20分程度ですので,九州圏内からのアクセスは比較的良いと思います.すぐ東には,錦江湾を挟んで桜島が存在し,その雄大な姿を目前に望むことができます.当研究室が所属する化学生命工学プログラムは,学部定員50名,修士定員26名で,南九州を中心に全国各地から学生が集い,化学および生命科学の基礎から応用を学んでいます.
我々の研究室では,生命科学の諸問題を計算化学の立場から理解・解決することを目指しています.現在取り組んでいる具体的な研究テーマの一つが,生体分子を含む巨大分子の量子化学計算を行うソフトウエア「PAICS」の開発です.PAICSは,巨大分子の量子化学計算を可能にするために「フラグメント分子軌道(FMO)法」と呼ばれる計算手法を採用しています.FMO法では,計算対象を小さなフラグメントに分割し,フラグメント単体(モノマー)およびペア(ダイマー)の計算のみから全体の物理量を算出します.これにより,計算量を大幅に減らせるだけではなく,モノマーやダイマー計算が独立しているため,高い並列効率が実現されます.現在PAICSには,RHF法,MP2法,RI-MP2法,LMP2法,MP3法,RI-MP3法が実装されており,これらの計算法を用いて生体分子のエネルギー,エネルギー勾配,電子密度,静電ポテンシャル,電場などを計算することができます.
ソフトウエアだけではなく,新たな解析法の開発も行っています.中でも最も力を入れているのがタンパク-タンパク相互作用(PPI)を,面と面の相互作用として捉える解析法「VIINEC」です.この方法では,複合体における両タンパク質の部分電子密度をFMO計算から求め,それらが同じ値になる面を「接触面」と定義します.そして,接触面における両タンパク質の部分静電ポテンシャルをFMO計算から求め,それらの相補性を視覚的および定量的に解析します.VIINECによるPPI解析は,近年その需要を伸ばしている抗体医薬品の開発に,大きく貢献すると期待されます.
また我々の研究室は,複数の医薬品開発プロジェクトに参加しています.特に,クロイツフェルト・ヤコブ病に代表されるプリオン病の医薬品開発は,石川が10年以上にわたり取り組んでいる研究テーマです.プリオン病は,急速な認知機能の低下を伴う致死性の病気ですが,年間の発症率が約百万人に1人という希少疾患であるため,製薬企業が取り扱う可能性は低く我々のような大学の研究者が取り組むべき創薬対象といえます.決して簡単なテーマではありませんが,今後も地道に研究を続けていきたいと考えています.これら以外にも,虫歯を引き起こすミュータンス菌のタンパク質の分子動力学計算,感染症のインシリコ創薬,量子化学計算による化学反応解析など,計算化学を利用した様々な研究を行っています.
近年,大学で開発された技術の社会実装が求められるようになっています.我々もPAICSやVIINECといった独自技術が,製薬企業などで実用化されることを目指し,日々の研究開発を進めています.我々の研究に興味がある方は,大学・企業を問わずお気軽にご連絡下さい.
石川岳志(鹿児島大学理工学研究科工学専攻)
研究室の集合写真(鹿児島大学稲盛会館横にて)
皆さん,佐賀にどういうイメージをお持ちでしょうか.良く聞くのが「行ったことは無いけど,通り過ぎたことはあります」や「場所がはっきりと分からない」などです.私も着任するまで佐賀は未踏の地でした.研究室紹介に移る前に少し佐賀のアピールをさせて頂きます.佐賀に着任して最初に驚いた点は農産物が非常に美味しいことでした(もちろん値段も安い!).レンコンや玉ねぎの生産は有名ですが,それ以外にもイチゴやトマトなど非常に美味しいです.また佐賀の特産品として忘れてはならないのが有明海苔です.昨年度は記録的な大不況で生産日本一の連続記録が途絶えてしまいましたが,味・風味は格別です.その他にも呼子のイカや鍋島緞通,有田焼をはじめとする陶器,温泉など魅力的なものが非常に多いですので,是非佐賀に一度いらして下さい.
さて,本題の研究室紹介をさせて頂きます.佐賀大学には生物物理分野の研究室として理工学部の海野-藤澤研究室と農学部の当研究室の2つあります.当研究室は私が着任してからできた研究室で,ちょうど7年が経とうとしております.現在の研究室員はスタッフの私と博士課程学生2名,修士課程学生5名,学部生5名の合計13名です.研究室のテーマは,低温適応酵素の低温適応機構の解明および低温適応-熱安定性相関の解明,植物由来有用酵素の反応機構解明,酵素反応中間体捕捉法の開発などです.私自身は学生時代から電子スピン共鳴法(ESR,EPR),先端ESR法(ENDOR:電子核二重共鳴法,ESEEM:電子スピンエコーエンベロープ変調法)を使った金属タンパク質研究に従事してきました.そのため,当研究室では上記研究テーマを解明するためにESR法をメインの研究手段として研究を推進しております.ESR法はラジカルや遷移金属などの不対電子が観測対象ですので,金属タンパク質にはそのまま利用できますが,金属タンパク質以外は測定対象にはなりません.そこで,金属タンパク質以外の酵素には,システイン残基に特異的に付加するスピンラベル剤を利用しています.このようにすることで,スピンラベルESR法が可能になり,酵素の部位特異的な柔軟性が観測可能となります.またスピンラベルESR法のもうひとつの使い方がラベル間距離の測定です.これは比較的新しい手法でPELDOR法(Pulse Electron-electron DOuble Resonance)もしくはDEER法(Double Electron-Electron Resonance)と呼ばれる手法で測定可能です.キナーゼのように酵素反応中において構造変化の大きい酵素の2か所(異なるドメイン)にスピンラベル剤を付加しておくことで,ラベル間距離から酵素反応が追跡できます.さらに2つの異なる酵素にそれぞれスピンラベル剤を導入しておくことで,ラベル間の距離測定から複合体形成の有無やどのような複合体を形成しているかの解析も可能になります.
ESR法はNMR法と同じ磁気共鳴法のひとつですが,装置が汎用的になっておらず,測定や解析のハードルが高いと思います.もし,ESRを使ってみたいという先生方,学生さんがおられれば,どんな相談でも構いませんので是非お声掛け下さい.共同研究,随時募集中です!
堀谷正樹(佐賀大学農学部分子生命科学研究室)
研究室恒例の吉野ケ里リレーマラソンと毎月の誕生日会の様子
九州支部では,7月28日,九州大学生体防御医学研究所との共催で,「構造生物学の新展開:in vitroからin cell,in vivoへ」と題したセミナーをハイブリッド形式で行いました.X線結晶解析,電子顕微鏡解析,NMR,MRIを専門とする6名の先生方をお招きして活発な討論が行われました.オンデマンド配信の視聴数は1291,視聴者数は186名と多くの方にご視聴いただきました.今後もユニークな講演者をお迎えして有意義なセミナーを開催する予定です.
寺沢宏明(熊本大学大学院生命科学研究部)
株式会社ニッセイ基礎研究所,矢嶋康次先生を熊本大学にお迎えして