2024 Volume 64 Issue 2 Pages 85-88
上皮細胞の細胞集団遊走過程で,ERKというキナーゼの活性は集団を牽引する先導細胞では常に高く,後続の細胞では細胞間で波のように伝播する.本稿では,この時空間パターンが細胞接着を介した物理的・機械的刺激によって形成され,先導細胞形成と後続細胞間コミュニケーションを制御することを紹介する.
During collective migration of epithelial cells, leader cells show sustained ERK activity, while follower cells exhibit oscillatory ERK activation in conjunction with the intercellular propagation of the ERK activity. These different ERK activations govern the spatiotemporal organization of cell specification and coordinated movement. By employing the visualization and manipulation of cell signaling activity with biosensors and optogenetic tools, we revealed that free space-dependent cell protrusions and intercellular pulling forces are required for the ERK activation dynamics in the leader and follower cells, respectively. These findings highlight the novel aspects of growth factor signaling pathways dependent on physical and mechanical stimuli.
細胞間で強固に接着する上皮細胞は組織に傷ができると,接着を維持したまま集団で移動して傷を埋める(図1A).この集団細胞遊走では,傷口に接した細胞が先導細胞と呼ばれるリーダーの役割を果たし,後続の細胞を牽引する1).また,先導細胞は葉状仮足と呼ばれる扇形の膜突起を形成して高い運動能を持つ2).しかし,集団遊走の過程で先導細胞が傷口に接した領域で特異的に生じる機構は未解明であった(課題1).
(A)上皮組織に傷ができると周辺細胞が集団遊走し,傷を埋める.(B)傷口に面した細胞が葉状仮足を形成するとHGF-Met依存的な正のフィードバックによって持続的なERK活性化が起こり,先導細胞としての機能を獲得する.(C)後続細胞は隣接細胞から引っ張られるとEGFR依存的にERKが活性化し,細胞収縮するという負のフィードバック機構を持つ.細胞が収縮するとさらに隣の細胞が引っ張られ,ERK活性が伝播する.
後続細胞は先導細胞の運動方向を感知して追従する.この過程で,細胞外シグナル調節キナーゼ(Extracellular signal-regulated kinase; ERK)の活性が上皮増殖因子受容体(Epidermal growth factor receptor; EGFR)依存的に先導から後続細胞へと繰り返し伝播し,後続細胞の運動方向を制御する3),4).一方で,後続細胞の運動制御には物理的・機械的力も重要な役割を担う.遊走時には細胞の変形が疎密波のように先導から後続細胞へと伝播し5),細胞は上皮層内の応力の向きに移動する性質を持つ6).しかし,後続細胞間でのERK活性と変形の伝播の関連は不明であった(課題2).
我々は物理的・機械的な刺激とERK活性動態との関連に着目し,課題1,2の解決に取り組んだ.課題1では,細胞が傷口に向かって伸展することが先導細胞の出現に重要であると明らかにした(図1B)7).また,課題2では細胞同士の引っ張り合いによって細胞間での増殖因子シグナル活性の伝達が起こると明らかにした(図1C)8).本稿ではこれらの研究を解説する.
集団細胞遊走は動的な過程であり,細胞の形態,接着状態,そして分子の活性などは刻一刻と変化する.そのため,ウェスタンブロットや免疫染色などの方法は,一細胞レベルでの経時変化情報を失ってしまい,細胞形態や接着と分子活性との関連の解析には不向きである.これらの問題を解決するために,我々はフェルスター共鳴エネルギー移動(Förster resonance energy transfer; FRET)の原理を利用した蛍光プローブを用いた9).これにより,生きた細胞内での分子活性変化を可視化できる.一方,分子活性と細胞機能の因果関係を調べるためには光遺伝学技術を用いた.特に我々は光照射依存的にタンパク質間相互作用が誘導されるCRY2-CIBN系を応用したキナーゼ活性操作技術を利用した10),11).こうした技術は分子活性と細胞の振る舞いの因果関係を調べる上で有用である.
傷ができる以前は均質であった上皮細胞集団から,どのように傷口に接した領域にのみ先導細胞が生じるのであろうか.上述したERKの集団遊走における重要性を受けて,我々は集団遊走過程の先導細胞でのERK活性動態を調べた.ここでは,イヌ腎臓上皮細胞Madin-Darby canine kidney(MDCK)細胞の核にERKの活性をモニターするFRETバイオセンサーEKARrEV-NLS12)を発現させた細胞を用いた.傷の治癒過程を模倣するために,シリコンチャンバー内に細胞を播種し,密に増殖させた後にチャンバーを取り外すことで外側に遊走する細胞を観察した.この観察により,後続細胞は既報通り細胞間でERK活性が伝播しており4),個々の細胞レベルではERK活性の振動が見られた.一方,先導細胞は持続的に高いERK活性を示すことがわかった(図2,Supplementary movie).興味深いことに後続細胞と異なり,先導細胞でのERK活性化はEGFR活性に依存しなかった.先導細胞でのERK活性化の上流因子の探索を行った結果,この活性は肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor; HGF)とその受容体Metに依存していた.こうしたHGF-Metシグナルの先導細胞への作用はマウス表皮の創傷治癒過程でも同様に観察された.また,MDCK細胞はHGF産生を行っておらず,HGFは培養液の血清由来であることもわかった.では,なぜ培養液中に一様に存在するHGFが先導細胞特異的に作用するのであろうか.細胞形態とERK活性の相関解析や,シリコン壁の設置による細胞伸展抑制の実験を通じ,細胞が傷口に向かって葉状仮足を形成するとHGFに対する感受性が上がり,持続的なERK活性化が起こることが明らかになった.
(A)ERKバイオセンサー発現細胞の透過光とFRET観察画像.(B, C)先導細胞(B)と後続細胞(C)でのERK活性動態.下のグラフには代表的な5細胞でのERK活性の時系列変化をプロットした.文献7より,一部改変.
次に,光遺伝学ツール2paRAF11)を用いてERK活性化が細胞に与える影響を調べたところ,ERK活性化により先導細胞で葉状仮足形成が促進された.よって,細胞が葉状仮足を形成するとHGF感受性が上昇し,これによって引き起こされる持続的ERK活性化が葉状仮足形成をさらに促進するという正のフィードバック制御が存在することがわかった.また,細胞が基質に対して付加する力を可視化する牽引力顕微鏡法によって,HGFが先導細胞による牽引力発生を促進することがわかった.つまり,HGFが細胞にリーダーとしての機能を発現させると考えられる.よって,細胞は仮足を形成するスペースという物理的環境を感知し,先導細胞としての機能を獲得することがわかった(図1B).
先導細胞形成に置いて鍵となるMetはその異常活性化ががんの一要因となっている13).そのため,HGF-MetシグナルがHGFというリガンドの存在と細胞形態という2重の制御を受けていることは,活性化を厳密に制御し,異常な作用を防ぐ意義があると考えられる.また,細胞形態との共役は傷が埋まり,細胞同士が再度密に細胞間接着を形成した際,迅速にシグナル活性を下げる利点もあると考えられる.
先導細胞に牽引された後続細胞はどのように振る舞うのであろうか.後続細胞が追従する際には,ERKの活性化が先導細胞から後続細胞へと波のように伝播する.このERK活性伝播にはEGFRとそのリガンドが主要な役割を担う.EGFRリガンドは細胞膜上にアンカーされた形でMDCK細胞に発現している.このリガンドはA disintegrin and metalloprotease 17(ADAM17)によって細胞膜から切り出され,EGFRと結合することでこれを活性化させる.そのため,ERK活性伝播の機構としてERK活性依存的なADAM17活性化によるリガンドの放出と隣接細胞への拡散が提案されていた.しかし,このモデルではなぜERK活性が先導細胞から後続細胞へと一方向的に伝播するかは説明できていなかった.
我々は集団遊走時のERK活性伝播が細胞間接着に依存することを発見し,この過程に機械的な力が関与する可能性を考えた.そこで,まず細胞の変形とERK活性化との相関解析を行った.粒子画像流速測定法によって細胞の単位時間当たりの変形率であるひずみ速度を算出したところ,既報の通り細胞は伸び縮みを繰り返しながら移動しており,変形が後続細胞へと繰り返し伝播していた(図3A)5).ここで得られたひずみ速度と,FRETイメージングによって得られたERK活性変化速度の相互相関解析を行ったところ,これらの値はほぼ同期していた(図3A, B).また興味深いことに,細胞変形の方がERK活性化よりも約3分早く起こることがわかった.このことから細胞は伸展→ERK活性化→収縮の時系列変化を示すことが明らかになった.そこで,次に細胞の変形とERK活性化との因果関係を解析した.伸展装置と光遺伝学技術によるERK活性操作実験を行った結果,細胞の伸展でERKが活性化すること,またERK活性化で細胞が収縮することがわかった.つまり,個々の細胞は引っ張られて伸展するとERKが活性化することで収縮するという,伸展-ERK活性化間の負のフィードバック機構を持つことがわかった.
(A)集団遊走時のERK活性(左)とひずみ速度(右)のカイモグラフを示す.白矢印はERK活性とひずみ速度の伝播を表す.(B)代表細胞でのひずみ速度とERK活性変化速度のプロット.(C)細胞の核(緑)とゴルジ体(赤)の蛍光画像.領域1,2の拡大画像を下に示す.細胞集団の遊走方向とゴルジ体の向きとのなす角をθとし,そのcos θの平均値を極性の配向性として右のグラフにプロットした.文献8より,一部改変.
上皮細胞は細胞同士で強固に接着している.そのため,一つの細胞が収縮すると隣接細胞はそれによって引っ張られ,伸展すると予想される.我々はこうした細胞間接着を介した細胞変形の連関がERK活性伝播を引き起こすと考えた.この検証のため,細胞収縮を司るRhoAを一部の細胞で活性化し,周辺の細胞でのERK活性変化を観察した.ここではラパマイシン依存的なFKBP-FRB相互作用を応用したRhoA活性操作技術を利用した14).これによって,細胞収縮が隣接細胞へのERK活性伝播を引き起こすことが明らかになった.以上のことから,ERK活性化依存的な収縮が隣接細胞を引っ張ることで隣接細胞でのERK活性化を引き起こし,この過程を繰り返すことで,細胞間でのERK伝播が実現されることがわかった(図1C).
では,これだけの要素で先導細胞から後続細胞への一方向的な伝播が可能なのであろうか.数理モデルを用いた検証によって,これらの要素のみではERK活性の波は多方向に分散し,遠くの後続細胞へは伝播しないことが示唆された.そこで,ERK活性伝播の方向性を保つ機構が存在すると考えた.細胞収縮のより詳細な解析を行ったところ,細胞は遊走方向に異方的な収縮をしていた.さらに,ゴルジ体の細胞内局在をマーカーとして細胞極性を解析したところ,遊走中に先導細胞から徐々に極性が傷口方向へと向き,この極性の方向転換が後続細胞まで広がっていくことを見出した(図3C).極性形成に関わる遺伝子発現抑制と数理モデルを用いた解析により,細胞極性と異方的な細胞収縮がERK活性の一方向的な伝播をもたらすことが支持された.一方で,興味深いことにERK活性伝播が細胞極性の方向転換を促進することもわかった.つまり,ERK活性伝播により極性が方向付けられ,さらに遠くの細胞へのERK活性伝播が促進される.よって,後続細胞は細胞間接着にかかる機械的な力を介してERK活性を隣接細胞に伝え,細胞集団の極性を揃えることで協調的な集団運動をすることが明らかになった.
先導細胞の形成と後続細胞の追従制御には,傷口への細胞伸展や細胞同士での引っ張り合いといった物理的・機械的な刺激によるERK活性化が重要である.しかし,こうした刺激でのERK活性化機構は未解明である.先導細胞での持続的ERK活性化では葉状仮足形成によって細胞のHGF感受性が高くなる.この過程にはHGFの補助受容体として機能するヘパラン硫酸プロテオグリカンが必要であるが,この詳細な機構は不明である.また,後続細胞でのERK活性伝播では細胞への伸展刺激の付加によってADAM17活性依存的にEGFRが活性化する.このことから,伸展によってADAM17依存的なEGFRリガンドの放出が起こる,もしくはリガンドは恒常的に放出されているが伸展によってEGFRのリガンド感受性が高くなる可能性などが考えられる.今後の研究では,これらの作用機序を明らかにするため物理的・機械的な刺激が,増殖因子とその受容体の親和性や,受容体活性化の鍵となる二量体化の過程に与える影響を詳細に解析する必要がある.
HGFとEGFシグナルは集団遊走過程においてそれぞれ持続性と振動性のERK活性化を引き起こす.重要なことに,細胞の伸展刺激ではHGF依存的なERK活性化は起こらない.つまり,HGFとEGFはそれぞれ能動的,受動的な細胞伸展によって下流の分子の活性化を引き起こす.興味深いことに,線維芽細胞増殖因子は細胞膜張力の低下依存的に下流経路の活性化を引き起こすことが報告されている15).このことから,増殖因子によって物理的・機械的な刺激に対する応答性が異なる可能性が考えられる.生体内には他にも血管内皮増殖因子,神経成長因子,血小板由来増殖因子など多様な増殖因子が存在し,様々な組織でERK活性化の制御に関わる.これらの増殖因子の物理的・機械的な刺激に対する応答性の有無や違いとその生理的な意義についても今後の研究で明らかになることを期待したい.
日野直也(ひの なおや)
Institute of Science and Technology Austria博士研究員
平島剛志(ひらしま つよし)
シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所主任研究員