2024 Volume 64 Issue 2 Pages 89-93
水素結合はタンパク質の二次構造形成において必要不可欠な要素の1つである.我々の研究は,ヘリックス中の水素結合は単離されたものと比べて不安定であることを明らかにした.この不安定化は,水素結合のドナーおよびアクセプターが隣接するペプチド基の影響で脱分極することに起因している.
Hydrogen bond (H-bond) is an essential factor for the secondary structure formation in proteins. In this review, we will introduce our recent studies in which H-bond interaction energies in three helical secondary structures were systematically analyzed by using the negative fragmentation approach (NFA). We found that the H-bond energies in the helical conformations are weaker than those of the isolated ones. We conclude that H-bond destabilization is originated from the depolarization of the H-bond acceptor and donor groups by their neighboring peptide groups and that the difference of the orientation of neighboring groups cause differences in H-bond energies.
タンパク質機能の多くは立体構造によって生み出される.タンパク質の立体構造や動態を理解することはタンパク質科学において非常に重要と言える.タンパク質構造には階層性が存在する.二次構造はタンパク質の主鎖に特徴的に見られる局所構造であり,二次構造が集まって三次構造を形成することから,三次構造の構成要素と言える.ヘリックス(らせん)構造はタンパク質で最もよく見られる二次構造である.その中でもαヘリックス(図1中央)は全二次構造の31%を占め,繊維タンパク質や球状タンパク質を構成する最も一般的なヘリックス構造である1).次によく見られるヘリックス構造は310ヘリックス(図1左)であり,二次構造の4%を占める.πヘリックスは,昔はレアな二次構造と考えられていたが,以前に考えられていたよりタンパク質中に多く存在していると言われる2).310ヘリックスではi番目と(i + 3)番目,αヘリックスではi番目と(i + 4)番目,πヘリックスでは i番目と(i + 5)番目の残基の間に水素結合が形成される.
310ヘリックス,αヘリックス,およびπヘリックスの主鎖構造.炭素,酸素,窒素,および水素は,それぞれシアン,赤,青,白で表示している.
水素結合は二次構造形成において必要不可欠な要素であるため,水素結合相互作用を定量的に評価することはタンパク質の立体構造形成原理の理解につながると期待される.また,分子動力学シミュレーションで用いられる力場パラメータの問題3),4)の理解にも重要と考えられる.本稿では,310ヘリックス,αヘリックス,およびπヘリックスについて,水素結合エネルギーを密度汎関数法(DFT)により系統的に評価し,その構造依存性について考察した研究について紹介する.以下,310ヘリックス,αヘリックス,およびπヘリックスを310,α,πと表記する.
3種類のヘリックス(310, α, π)のモデル系として,まずwhole-helix(WholeHx)モデルを作成した(図2a).WholeHxモデルはポリアラニンの両端をそれぞれアセチル基とN-メチルアミド基でキャップした分子であり,ACE-(Ala)n-NMEと表される.以下,310,α,およびπのWholeHxモデルを,Ala残基数nを用いてそれぞれWholeHx 3_10-n,WholeHx alpha-n,WholeHx pi-nと表記する.また,これらのWholeHx -nモデルのN末端から数えてs番目の水素結合をn-sと表記することとする.310ではn = 2~7,αではn = 3~8,πではn = 4~12とした.WholeHxモデルの主鎖の二面角ϕおよびψは,WholeHx 3_10-nモデルでは,ϕ = –49°,ψ = –26°,WholeHx alpha-nモデルでは,ϕ = –57°,ψ = –47°,WholeHx pi-nモデルではϕ = –70°,ψ = –57°とした5),6).各系に対して真空中で主鎖の二面角を固定してDFTによる構造最適化を行った(最適化構造はhttps://github.com/xeno1729/NFAにて公開).さらに,この WholeHxモデルの構造をもとに,各水素結合ペアについて,単純化したモデルを2種類作成した.1つはsingle turn(SingleTn)モデルで,水素結合ペアとそれらをつなぐ残基からなりACE-(Ala)m-NMEと表される(310,α,πでそれぞれm = 2,3,4,図2b).もう1つは,水素結合のアクセプターとドナーのみを含むminimal H-bond(MinHb)モデルである(図2c).πについては,水素結合ペアに隣接する残基の影響のみを評価するために,SingleTnモデルから1残基(iとi + 5の水素結合ペアにおいてi + 2番目の残基)を除いたSingleTn –1モデルも作成した(図2d).これらのモデルの原子座標は,N末およびC末のキャップを除いてWholeHxモデルと同一である.
分子内の水素結合はドナーとアクセプターが共有結合でつながっているため,水素結合エネルギーを直接的に評価するのは困難である.そこで我々はDeshmukhらが開発したMolecular Tailoring Approach(MTA)8)を一部改変したNegative Fragmentation Approach(NFA)という手法を用いた.NFAでは分子内の水素結合エネルギーEHBは以下の(1)で求める:
(1). |
Eentire,
NFAの概要.
本研究では,DFT計算はすべて真空中で行った.ソフトウェアはGaussian09を用い,交換相関汎関数はB97D,基底関数は6-31 + G(d)を使用した.この手法については,ACE–(Ala)n-NME二量体の系において高精度の計算手法であるMP2法と同等の水素結合エネルギーが得られることが確認されている10).
まず,各ヘリックスにおける水素結合距離の分布を比較したところ,310ではαやπと比べて水素結合距離が短い傾向が見られた(図4a).水素結合距離の平均値は,310で2.05 ± 0.04 Å,αで2.30 ± 0.07 Å,πで2.28 ± 0.06 Åであった.
ヘリックス構造が水素結合エネルギーに与える影響を明らかにするために,3種類のヘリックスについて,WholeHxモデル,SingleTnモデル,MinHbモデルの水素結合エネルギーを計算し,比較した.構造の差異ではなく,水素結合ペアの周囲の残基の有無の影響を見やすくするために,WholeHxモデルおよびSingleTnモデルのエネルギーをMinHbモデルのエネルギーに対してプロットした(図4b-d).310,α,およびπのすべてにおいて,WholeHxおよびSingleTnモデルでの水素結合エネルギーがMinHbモデルに比べて大きく不安定化していた.πではSingleTn –1モデルでもSingleTnモデルと同様に水素結合の不安定化が見られていることから,特に水素結合ペアに隣接する残基の影響が大きいことが示唆された.
NFAでは,水素結合形成による電子密度の変化もエネルギーの変化と同様に見積もることができる.そこで,WholeHx,SingleTn,およびMinHbの各モデルについて,(2)により水素結合形成に伴う電子密度の変化を計算し,(3),(4)によりWholeHxモデルとMinHbモデル,SingleTnモデルとMinHbモデルでの電子密度変化の差異を解析した:
(2), |
(3), |
(4). |
WholeHx alphaの5-2(n = 5のモデルの2番目の水素結合)における
WholeHx alpha-5(左)およびSingleTn alpha-5モデル(右)の5-2についてのMinHb alpha-5モデルとの電子密度の差.青とピンクの表面はそれぞれ–0.00015と0.00015 au.の等高線面である.MinHbモデルの原子を棒モデルで表示し,WholeHxモデルの原子を緑の線で表示している.炭素,酸素,窒素,水素はそれぞれ白,赤,青,シアンで表す.文献12のFig.2[e],[g]を改変.
WholeHxモデルとSingleTnモデルの差異は各ヘリックスによって異なっていた.αでは WholeHxとSingleTnの差はほとんど見られなかったのに対し,310および πでは両者の傾向が異なっていた.特に,WholeHx 3_10では,水素結合のエネルギーがそのヘリックスにおける位置に依存しており,ヘリックスの末端から2つ目の水素結合ペアで水素結合が大きく不安定化されていた.また,WholeHx Piでは,N末端の水素結合ペアのエネルギーがヘリックス長によって大きくばらつくこと,長さの短いヘリックスでは水素結合がより不安定になる傾向があることがわかった.WholeHxモデルの傾向の違いの一因は,ヘリックス構造の違いにあると考えられる.αとπでは隣接残基のC=O基がアクセプターのC=Oに近接しており脱分極に寄与するが,310では隣接残基のN-HがアクセプターのC=O基に近接して脱分極を引き起こす(図6).310の特徴である末端の水素結合ペアの安定化に関しては,脱分極に寄与する因子が少ないことに起因すると考えられる.また2番目のペアの強い不安定化については,末端のC=O基(–1)がN-H基(2)と水素結合を形成することでN-H基(2)の分極が強くなり,これがC=O基(0)の脱分極を増大させるためと考えられる.末端の安定化(N-H基(2)の分極)は2番目の水素結合を大きく不安定化(C=O基(0)を脱分極)させる一因であろう.さらにヘリックスが伸長するとC=O基(0)に共有結合するN-H基(1)にも水素結合ペアができ,N-H基(1)の分極の効果でC=O基(0)の脱分極が小さくなり不安定化が弱まると考えられる.πの場合は1巻が長いため,この効果が得られるまでに必要な残基数は310に比べて多くなる.πで見られたヘリックス長による水素結合エネルギーの安定化は,水素結合の共同性(hydrogen bond cooperativity)が関係している可能性が高い.すべてのヘリックスにおいて,ヘリックス長が長くなるほど水素結合エネルギーが低くなる(安定化される)傾向が見られた7),9),11).
NFAで求めた水素結合エネルギーを古典力場での水素結合エネルギーと比較した.古典力場における水素結合エネルギーEHB_MMは以下の(5)により求めた.
(5). |
I,Jはそれぞれ水素結合のアクセプターおよびドナーのペプチド基を構成する原子の集合{C, O, N, H}であり,qiは原子iの部分電荷,rijは原子iと原子jの距離を表す.Bij,CijはLennard-Jones係数である.これらの力場パラメータにはAMBER ff99SBの値を使用した.310,α,およびπについて,WholeHxおよびMinHbモデルにおけるNFAでの水素結合エネルギーを当該ペアのEHB_MMに対してプロットしたものを図7に示す.WholeHx 3_10モデルの水素結合エネルギーはMMに近い値をとっている一方で,WholeHx alphaおよびWholeHx piモデルの値はMMからは大きく解離している.MinHbモデルを見るとこの傾向は逆になる.このようにMMの値がDFTの結果から外れる原因として,原子の部分電荷に問題がある可能性がある.本研究は,ヘリックス構造における水素結合エネルギーが,水素結合ドナーおよびアクセプターの脱分極をもたらす局所的な構造と長距離の共同効果に大きく依存することを明らかにした.少なくとも局所的な相互作用を含めることで分子力場を改良する1つの手段として,原子の部分電荷を局所構造に依存して変化させることが考えられる.我々が現在進めている解析から,主鎖のN-H基およびC=O基の部分電荷を隣接するペプチド基に依存して変化させることで,NFAで得られた水素結合エネルギーを古典力場で再現できることがわかってきた.詳細については文献12を参考にされたい.今後は,この方法をタンパク質のシミュレーションに適用することで検証を行いたいと考えている.このアプローチはより信頼性の高い力場パラメータを提供してくれるであろう.
WholeHx(a)およびMinHb(b)モデルにおける水素結合エネルギーと古典力場によるエネルギーの比較.点線は縦軸のNFAによる水素結合エネルギーの値と横軸の古典力場による値が同一になる点を示している.
本研究は大阪大学蛋白質研究所の中村春木名誉教授との共同研究であり,この場を借りてお礼申し上げる.