2024 Volume 64 Issue 2 Pages 94-96
細胞周期の制御因子p21のプロモーター領域でヒストンH3の27番目のリジンが,アセチル化やメチル化ではなくクロトニル化されていた.GAS41がクロトニル化リジンを認識し,MYCや転写抑制複合体SIN3a/HDAC1と協働的にp21の発現を抑制し,その結果としてがん細胞が増殖する分子機構を紹介する.
翻訳後修飾は,生体内における翻訳過程を経て合成されたタンパク質が受ける特定の化学修飾を指す.この修飾により,タンパク質の構造安定性,活性,および細胞内局在性などが変化する.つまり,タンパク質の機能はその遺伝子によってコードされたアミノ酸配列に依存するが,その機能が実際に発揮されるタイミングや場所は複数の翻訳後修飾によって厳密に制御されている.
遺伝子の転写プロセスでは,ヒストンタンパク質の翻訳後修飾,クロマチン構造の変化,そして転写因子複合体の構築が行われる.この階層的プロセスの破綻は炎症やがんなどの重篤な疾病につながることから,この分野では基礎研究から臨床研究,そして創薬研究まで包括的に進行している.ヒストンの翻訳後修飾は細胞内の環境に応じた酵素群によって修飾または脱修飾され,クロマチンの状態変化を可逆的に制御している.特にアセチル化やメチル化は遺伝子発現をダイナミックに制御している.ヒストンタンパク質のリジン残基に生じるアセチル化リジンやメチル化リジンの機能発現には,これらの翻訳後修飾基を読み取る(結合する)タンパク質との複合体形成が必須である.つまり翻訳後修飾基に結合するリーダー(reader)タンパク質の発見が,翻訳後修飾の機能解明に重要であることを示唆している.例えばアセチル化リジンであればブロモドメイン,メチル化リジンであればクロモドメインはよく知られたリーダータンパク質である1),2).近年では高度化した質量分析装置を用いたプロテオミクス研究によって新しい翻訳後修飾が続々と発見されてきている3).複数の新規翻訳後修飾の存在は,細胞内代謝と遺伝子発現の密接な関連を示している一方,それらのリーダータンパク質は同定されておらず,転写制御における機能解明は進んでいないのが現状である.
本稿ではクロトニル化という新しい翻訳後修飾基に着目し(図1),クロトニル化されたリジン(Kcr)のリーダータンパク質であるGAS41,およびその複合体形成による転写制御機構について紹介する.
アセチル化リジン(Kac)とクロトニル化リジン(Kcr)の化学構造.
今回実験に用いた大腸がん患者組織においてGAS41のmRNAが増加し,サイクリン依存性キナーゼ阻害因子p21のmRNAは減少していた4).そこでヒト大腸がん細胞株(HCT116)でGAS41をノックアウトしたところ,p21のタンパク質発現量が増加した(図2A左).さらに,このGAS41ノックアウトHCT116にGAS41をレスキューするとp21の発現量は下がった(図2A右).このことから,GAS41とp21の発現量にはmRNAおよびタンパク質レベルで負の相関があることを見出した.次に免疫不全マウスの皮下にHCT116またはGAS41ノックアウトHCT116を移植し,それらの大きさを一月後に比較したところ,GAS41ノックアウトHCT116は非ノックアウトHCT116に比べて明らかに小さかった(図2B).これらの結果から,GAS41によりp21の転写が抑制され,HCT116の細胞分裂が促進していると考えられる.
(A)GAS41ノックアウトHCT116ではp21の発現が増加し(左),GAS41をレスキューすると発現が抑制される(右).(B)GAS41をノックアウトするとHCT116の成長は鈍化する.
p21のプロモーター領域におけるヒストンの翻訳後修飾状態を調べたところ,ヌクレオソームを構成するヒストンH3タンパク質のLys27(H3K27)がクロトニル化されていた.このクロトニル化リジン(H3K27cr)はアセチル化リジン(H3K27ac)の約4倍多く存在し,メチル化リジン(H3K27me3)はほとんど検出されなかった(図3A).同領域にGAS41も局在していたことから,H3K27crとの特異的な結合が考えられた.そこでGAS41とH3K27crの結合親和性を定量的に見積もるため,H3K27crを含むヌクレオソームコア粒子(crNCP)存在下にてGAS41のマイクロスケール熱泳動測定を行った.この際,H3K27acを含むヌクレオソームコア粒子(acNCP)や未修飾H3を含むヌクレオソームコア粒子(unNCP)に対しても同測定を行った.その結果,GAS41はいずれのNCPに対しても結合し,中でもcrNCPに対して最も強く結合した(図3B).
(A)p21のプロモーター領域におけるH3K27ac(青),H3K27cr(赤),H3K27me3(黄),GAS41(水)のChiP-qPCR解析結果.(B)crNCP(赤),acNCP(青),unNCP(黒)に対するGAS41のマイクロスケール熱泳動測定結果.(C)GAS41-H3K27cr複合体のX線結晶構造(左)とクロトニル基認識部位の拡大図(右).
H3K27crに対するGAS41の結合様式を原子分解能で理解するため,X線結晶構造解析を行った.得られた立体構造からGAS41のTyr74とTrp93の側鎖がクロトニル基を挟みこむ結合様式(π-π-πスタッキング)であることが分かった(図3C).
p21転写抑制の分子機構をさらに理解するため,GAS41を用いた免疫沈降実験を行った.その結果,全がん種の少なくとも50%以上で高発現している転写因子MYCや転写抑制複合体因子として知られるSIN3AとHDAC1を検出した(図4A)5),6).さらに,これらのタンパク質を一つでもノックアウトした細胞では,p21の発現抑制が緩和することを確認している.以上の結果から,GAS41はMYCやSIN3A,HDAC1と複合体を形成し,協働的に機能することでp21の転写を抑制する分子機構モデルが考えられる(図4B).
(A)GAS41はMYC,SIN3A,HDAC1と複合体を形成する.(B)GAS41のH3K27cr認識を起因とした大腸がん細胞増殖の分子機構モデル.
今回の研究から,H3K27のクロトニル化による遺伝子制御の分子機構を明らかにした4).この結果は,H3K27においてアセチル化とメチル化に加え,クロトニル化を含めた3種類の化学修飾および未修飾状態が細胞内環境に応じて代わる代わる生じ得ることを意味している.このようにヒストンの一つのリジン残基に異なる化学修飾が生じ,その結果として転写機構が変化することは「ヒストンコード仮説」7)を支持しており,同様な例が今後発見されることが期待される.ヒストン修飾の書き手(writer)と消し手(eraser),そして読み手(reader)が協調することで,生理的・環境的シグナルに応答した遺伝子の発現や抑制がオンデマンドで厳密に制御されている8).それゆえ異なるクロマチン状態の調節不全は,しばしば疾患の発症につながる.したがってヒストン修飾の書き手,消し手,読み手は,がんや炎症などの疾患に対するエピゲノム創薬の新たな標的として大きな可能性を秘めている.
過去20年の間にヒストン修飾とその遺伝子転写制御の役割について我々の知識は著しく拡大した.H3K27だけでなく他のヒストンリジンでも示されているように,リーダータンパク質によるヒストンの翻訳後修飾基への結合は,ヒストン修飾,クロマチン構造のリモデリング,転写因子のリクルート,転写制御複合体のアセンブリーなど,クロマチンの遺伝子転写に関わる翻訳後修飾駆動型の分子プロセスにおいて重要なトリガーである.1999年にアセチル化リジンのリーダータンパク質としてブロモドメインが発見されて以降9),化学的に異なるヒストン修飾基に対する特異的な分子認識機構の理解とともに,さまざまなタイプの結合ドメインが同定されてきた.新規の翻訳後修飾の発見,そしてそのリーダータンパク質の同定による生物学的機能を理解するための研究は,遺伝子の転写制御に関する理解を深め,クロマチン生物学のさらなる発展につながるであろう.
本内容はプレスリリースを改変したものである10).