Seibutsu Butsuri
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Which Comes First, Proton Uptake or Isomerization?
Yasuhisa MIZUTANI
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2024 Volume 64 Issue 3 Pages 137-140

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Abstract

従来とは輸送方向が逆向きのプロトン輸送体ロドプシンが発見され注目を集めている.時間分解共鳴ラマンスペクトルから,発色団がプロトンを受容する孤立電子対の向きが,輸送方向に対応して逆になっていることが明らかになった.これは,プロトン受容と立体配置変化の順序が輸送方向の決定因子であることを示している.

1.  はじめに

濃度勾配に沿って移動する受動輸送と異なり,濃度勾配に逆らって移動する能動輸送では,イオンの通り道だけでなくイオンを一方向へ動かす仕組みが必要である.なぜ一方向へ動かせるのか?この問題は多くの研究者の興味を集めてきた.特にプロトンの能動輸送は,ATP産生に関わる過程であることや,プロトン移動に量子性が含まれることが他のイオン輸送にはない面白さである.

よく知られたプロトン輸送体の一つに,高度好塩菌に含まれるバクテリオロドプシン(BR)がある1).光駆動型のプロトン輸送体であり,レチナール(図1)を発色団として持つ.レチナールはポリペプチド鎖中の216番目のリシン残基とシッフ塩基を介して共有結合している.ポリペプチド鎖は7本の膜貫通型ヘリックスを形成し,それらがレチナール発色団を取り囲むように位置する.光吸収後,レチナール発色団にはプロトン化状態の変化と立体配置の変化(異性化)が起きる.

図1

レチナール発色団(全トランス形)の構造.四角で囲った部分を図2では示している.

BRの研究では,まず過渡吸収分光法によって反応中間体がキャラクタライズされ,その後共鳴ラマン分光法によって発色団構造が,赤外吸収分光法によって過渡的なプロトン受容残基が同定された.図2AにBRの反応スキームを示す.未反応状態の発色団が光子を吸収すると,ポリエン鎖の二重結合周りに全トランス形から13-シス形へ異性化反応を起こす.次にシッフ塩基からプロトンが脱離し,Asp85残基に移動する.脱プロトン化したシッフ塩基にはAsp96残基からプロトンが供与される.その後13-シス形から全トランス形へ戻るとともにAsp96残基へ細胞質からプロトンが取り込まれる.最後にAsp85残基からいくつかの残基や内部結合水を介して細胞外へプロトンが放出される.この段階で,発色団の構造とタンパク質のプロトン化状態は未反応状態に戻る.以上のように,1個の光子の吸収によってサイクル反応が起こり,サイクル1周の間に細胞質から細胞外へ正味1個のプロトンが輸送される.

図2

BR(A)およびSzR4(B)の発色団構造の変化.発色団は,図1の四角で囲った部分のみを示している.

2.  シゾロドプシン:逆向きのプロトン輸送体

最近,面白いプロトン輸送体ロドプシンがアスガルド古細菌などから発見された.それはBRと立体構造は類似していながら,BRとは逆向き,つまり細胞外から細胞質へプロトンを輸送する,シゾロドプシンと呼ばれるグループである2).立体構造は似ているにもかかわらずなぜ輸送方向が逆なのか?この問いに答えるすべを筆者らは熟考した.シッフ塩基の脱プロトン化がプロトン輸送過程の一部であるので,脱プロトン化した状態の中間体,M中間体が鍵であろうこと,BRでは1種であるM中間体がシゾロドプシンでは複数種観測されていること,これらの理由から筆者らはM中間体に着目した.そして,シゾロドプシンの1種であるシゾロドプシン4(SzR4)について時間分解共鳴ラマン分光法を用いてレチナール発色団の構造を調べた.共鳴ラマン分光法では,ポリペプチド鎖や溶媒のラマンバンドの妨害なしに,タンパク質中に含まれる発色団のラマンスペクトルを選択的に観測することができる.幸い質の高い共鳴ラマンスペクトルが得られたが,そのスペクトルは大変意外な事実を意味するものであった3)

得られた共鳴ラマンスペクトルには2つのM中間体の寄与が観測された.それらのスペクトルを図3Aに示す.先行研究で得られている時定数との比較から,早い時間帯で観測された中間体をM2中間体に,遅い時間帯で観測された中間体をM3中間体に帰属した.M2とM3中間体のスペクトルでは,1160-1260 cm–1領域のC-C伸縮振動バンドの相対強度に最も大きな違いが見られた.C-C伸縮振動バンドの相対強度は二重結合周りの立体配置に敏感に変化することが知られている.M2中間体の相対強度は,BRをはじめイオン輸送体ロドプシンのM中間体の相対強度によく似ており,13-シス形の特徴を示していた.一方,M3中間体の相対強度はこれまでイオン輸送体ロドプシンで測定された中間体のスペクトルのいずれにも似ていなかった.そのためスペクトルの解釈に困っていたが,意外なところによく似たスペクトルを発見した.それは微生物ロドプシンではなく,動物ロドプシンの反応中間体の一つであるメタロドプシンIIのスペクトル4)である.メタロドプシンIIは全トランス形で,シッフ塩基は脱プロトン化している.M3中間体もこれと同じ発色団構造を持つとすると,それは再プロトン化の前に再異性化が起きているという前例のない順序を示唆している.そこでこの帰属を確かめるために,全トランス形で脱プロトン化したシッフ塩基を持つ状態として,高pHでシッフ塩基が脱プロトン化した未反応状態のスペクトル(図3B,トレースb)を測定したところ,そのスペクトルはM3中間体のスペクトル(図3B,トレースa)と酷似していた.さらに,脱プロトン化したシッフ塩基を持つ全トランス形発色団のモデル化合物でも相対強度はよく似ていた(図3B,トレースc).以上の実験結果から,M3中間体が全トランス形であることが結論づけられた.このことは,再プロトン化に先立って再異性化が起きていることを示している.この順序は微生物ロドプシンでは初めて観測されたものである.

図3

(A)SzR4のM中間体の共鳴ラマンスペクトル.a,bはそれぞれM2,M3中間体のスペクトルである.(B)M3中間体の立体配置の帰属.M3中間体(a)と脱プロトン化したシッフ塩基を持つ全トランス形発色団(bとc)のC-C伸縮振動バンドの比較.実験の詳細は原著論文3)を参照されたい.

得られた実験結果と先行研究の結果に基づいて筆者らはSzR4の反応スキームを図2Bのように提案した.未反応状態の発色団が光子を吸収すると,ポリエン鎖の二重結合周りに全トランス形から13-シス形へ異性化反応を起こす.次にシッフ塩基からプロトンが脱離する.ここまではBRと同じである.しかし,SzR4では脱離したプロトンは細胞質へ放出される.これは,BRではAsp85とAsp212と二つの負電荷がシッフ塩基の細胞外側へプロトンを引き寄せるのに対し,SzR4では負電荷が一つしかないために細胞外側ではなくNH基が向いている細胞質側へプロトンが移動するのではないかと考えられる.SzR4の結晶構造解析では,一部のヘリックスが細胞質側でBRに比べて短いことがわかっており,水分子を介したプロトン放出機構が提案されている5).プロトン脱離の後,発色団は脱プロトン化したままで13-シス形から全トランス形へと再異性化する.このとき,シッフ塩基の窒素原子の孤立電子対は細胞外側を向く(図2B,M3中間体).この向きは細胞外からプロトンを取り込むことを有利にしている.

3.  再プロトン化が先か,再異性化が先か

図2のスキームでは,プロトン取り込み時に,シッフ塩基の孤立電子対は,BRでは細胞質側を,SzR4では細胞外側を,すなわち,どちらも孤立電子対はプロトンを取り込む方向に向いて,プロトンを受け取っている.これは,外向き輸送体では再異性化の前に再プロトン化が起こり,内向き輸送体では再プロトン化の前に再異性化が起こるためである.孤立電子対の向きはプロトンの輸送方向とコンシステントであり,『先にプロトンを受け取るか,先に向きを変えるか』の順序がプロトンの輸送方向を決定する一つの因子であると考えられる.

さらに,2つの反応スキームを比較してみると,SzR4に比べてBRは難しいことをしていることがわかる.BRではプロトン放出の向きとシッフ塩基NH基の向きが合っていない(図2A,K,L中間体).これは『異性化⇒脱プロトン化⇒再プロトン化⇒再異性化』の順では,プロトン放出とプロトン結合の段階でNH基の向きが同じであり,プロトン取り込み時に細胞質側を向くと,プロトン放出時にはプロトン移動の向きとNH基の向きが逆向きになってしまうためである.BRでは向きの齟齬を2つの負電荷の引力によって補っている.BR以外の外向きプロトン輸送体ロドプシンでも2つのアスパラギン酸残基が保存されていることはこの解釈を裏付けている.さらに,シッフ塩基からAsp85に移動したプロトンがシッフ塩基にその後戻らないためには,シッフ塩基とAsp85のpKaの連動的な変化が必要である.BRはおそらく連動的な変化を,タンパク質構造変化を通して実現しているのであろう.2つの負電荷による引き戻し,連動的なpKa変化と高度な仕組みが外向きポンプには必要である.これに対してSzR4では,『異性化⇒脱プロトン化⇒再異性化⇒再プロトン化』の順であれば,プロトン放出時には細胞質側を,プロトン取り込み時には細胞外側へシッフ塩基の向きを合わせることができる.さらに,SzR4ではシッフ塩基のpKaを細胞外側へ向いた状態と細胞質側へ向いた状態とで差をつければ,過渡的なアミノ酸残基は必要なく,したがって連動的なpKaの変化も必要ない.実際にSzR4では過渡的なプロトン受容アミノ酸残基が見つかっていない.これは過渡的な受容アミノ酸残基の存在を否定するものではないが,過渡的なプロトン受容残基を必ずしも必要としないということは人工プロトン輸送体創成のヒントとして考えると興味深い.筆者らはさらにSzR4以外の6種のシゾロドプシンについても,同様に,再プロトン化に先立って再異性化が起きることを明らかにし,再プロトン化に先立つ再異性化がシゾロドプシンに共通する性質であることを示した6)

4.  もしシゾロドプシンが先に発見されていたら…

BRは1971年に発見され,50年以上の研究の歴史がある.生物物理学やタンパク質科学の分野だけでなく,タンパク質を研究していない化学者にもよく知られている.BRはプロトン能動輸送の研究に大きく貢献したが,もし最初に発見されたプロトン輸送体ロドプシンがBRではなくシゾロドプシンであったとしたらどうであったろうか?機構がシンプルであるがゆえに輸送機構の理解はよりスムーズに進んだに違いない.しかし,シンプルであるがゆえにBRほど多くの研究者の興味を集めなかったかもしれない.例えばBRの知識が全くない人がSzR4の反応スキームを見てもきわめて当たり前と思え,さほど興味が沸かないのではないだろうか.BRの高度さを知っているがゆえにSzR4のシンプルさが光る.だからBRが先に発見されたことは生物物理学者にとって幸運だったかもしれない.個々のタンパク質の理解ではなく,広くサイエンスの進歩にはシンプルであることがよいのか複雑であることがよいのか,歴史に「もしも」はないがシゾロドプシンのプロトン輸送機構はそんなことを考えさせてしまう.

謝辞

ここで紹介したシゾロドプシンに関する研究成果は,筆者の研究室の大学院生,林航平君,潤井泰斗君,助教,水野操博士(現・京都大学理学研究科准教授),東京大学物性研究所井上圭一博士,名古屋工業大学大学院工学研究科神取秀樹博士との共同研究によるものである.深く感謝する.

文献
Biographies

水谷泰久(みずたに やすひさ)

大阪大学大学院理学研究科教授

 
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