Seibutsu Butsuri
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LACCO Series: Genetically Encoded L-Lactate Biosensors
Yusuke NASU
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2024 Volume 64 Issue 3 Pages 155-158

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何かとネガティブな印象がある「乳酸」.実はエネルギー源やシグナル分子として重要であることがわかってきた.この古くて新しい分子「乳酸」を⽣細胞や動物で観察可能な蛍光バイオセンサー“LACCOシリーズ”を開発した.本稿では,タンパク質工学によるLACCOシリーズの開発とその性能を概説する.

1.  はじめに

学生時代,部活動やサークルなどで運動をされたことのある方で「今日は乳酸が溜まったなあ」と呟いたことはないだろうか.実は筋肉疲労に伴う乳酸の蓄積は19世紀から知られており,以来乳酸はどちらかというとネガティブな印象がついてまわる分子であった.しかし,近年この乳酸が脳内の神経細胞でエネルギー源として利用されているのではないかという説が提唱され,乳酸の役割が見直されつつある1).さらに,健常細胞よりも乳酸を多く産生するがん細胞は産生した乳酸を周辺環境へ放出することで免疫反応を制御していることもわかってきた2).また興味深いことに,乳酸がヒストンを修飾することでエピジェネティックな遺伝子制御を行う3).そのため,乳酸を生体内で非侵襲的に観察することで乳酸の新たな役割に迫ろうという機運が神経科学やがん生物学,免疫学,エピジェネティクスといった幅広い分野で高まっている.

本来,生体物質の多くはそのままでは「観えない」.しかし,下村脩博士がオワンクラゲから発見した緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein,GFP)のおかげで,生体内物質を非侵襲的に(対象試料が生きたまま)高時空間分解能で「観える」化することが可能となった.このような対象生体物質の観える化を可能にするツールを蛍光バイオセンサーと呼ぶ(図14).これまで筆者らはタンパク質工学の手法を用いてさまざまな蛍光乳酸バイオセンサー(LACCOシリーズ)を開発してきた5)-8).本稿では筆者らが最近開発した乳酸センサー7)を中心に紹介する.

図1

GFPを利用した蛍光バイオセンサーの模式図.GFPの蛍光団近傍(“Bulge”)に標的結合タンパク質を挿入する.標的結合に伴う標的結合タンパク質の構造変化をGFP蛍光団のイオン化状態変化(=蛍光強度変化)に変換する.

2.  細胞外乳酸センサー(eLACCOシリーズ)

乳酸は細胞内で産生されてから細胞外へ放出され,他の細胞の受容体に作用したり細胞内に取り込まれてその機能を発揮する.つまり乳酸の役割を知るためには細胞内と細胞外の乳酸の動態をそれぞれ観る必要がある.まず細胞外の乳酸を観るための蛍光センサー(図2A)を開発するため,cpGFP及び好熱菌由来乳酸結合タンパク質TTHA0766を図1の要領で融合したセンサーのプロトタイプを作製した.作製したプロトタイプは乳酸依存的な蛍光強度変化(ΔF/F)が0.2程度と極めて小さく有用なセンサーとして利用できなかった.そこでdirected evolutionで乳酸感度を劇的に向上させた.Directed evolutionは,ランダムな箇所にランダムなアミノ酸変異を導入したセンサー変異体の集合体(ライブラリー)から最もΔF/Fの高い変異体を同定し,その変異体に対して同様のサイクルを繰り返すことでセンサー性能の向上を図るタンパク質工学手法である(図2B).本手法は有用な酵素やバイオ医薬品の開発に大きく貢献したことで2018年にノーベル化学賞を受賞していることは特筆すべきだろう.さてその結果,ΔF/F = 14という極めて高感度な乳酸センサーが得られ(図2C),これをeLACCO2.1(extracellular lactate indicator, ver. 2.1)と名付けた.

図2

(A)細胞外乳酸センサーeLACCOの模式図.(B)Directed evolutionの模式図.(C)eLACCO2.1の励起蛍光スペクトル.(D)eLACCO2.1を細胞膜表面にアンカーする仕組み.(E)ラット神経細胞における乳酸センサーの性能.

細胞外の乳酸の動態(濃度変化)を可視化するためには,センサーを細胞膜表面に局在させる必要がある(図2D).通常タンパク質は細胞質で翻訳されその機能を発揮するが,膜タンパク質などは細胞内小器官の小胞体で翻訳され,細胞膜へと移行する.膜タンパク質にはN末側にシグナル配列,C末側にアンカー配列と呼ばれる2つの機能的ドメインが付与されていて,これによって効率的な細胞膜への移行が実現されている.そこで,この仕組みを模倣することでeLACCO2.1を細胞膜へ移行させることを試みた.天然のさまざまな生物種の膜タンパク質から探索された23種のN末シグナル配列と10種のC末アンカー配列を利用して膜局在の効率及び発現量を指標に神経細胞における性能評価を行った結果,インフルエンザ由来hemagglutinin(HA)及びマウス由来reticulon4受容体(NGR)の組み合わせがN末シグナル配列とC末アンカー配列として最適であることを見出した.ヒト由来CD59を利用した第一世代センサー(CD59-eLACCO1.1-CD59)は神経細胞における凝集が問題となっていたが5),今回開発した第二世代センサー(HA-eLACCO2.1-NGR)はそのような凝集を起こさず極めて優れた膜局在を示し,またΔF/Fが劇的に改善した(図2E).開発された第二世代細胞外乳酸センサーは,培養細胞のみならず生きたマウス脳内の乳酸動態を可視化することに成功している7).なお,赤色蛍光タンパク質(red fluorescent protein, RFP)を利用した細胞外乳酸センサーR-eLACCO2.1の開発にも成功している6)

3.  細胞内乳酸センサー(iLACCOシリーズ)

細胞内と細胞外の乳酸動態を同時に観るためには,それぞれを異なる波長の蛍光で二色観察する必要がある.そこで,緑色蛍光細胞外乳酸センサーeLACCO2.1のペアとなる赤色蛍光細胞内乳酸センサーの開発に取り組んだ(図3A).eLACCO2.1に利用した乳酸結合タンパク質TTHA0766は~μM濃度のカルシウムイオン(Ca2+)存在下でのみその機能を発揮するため,~nMと低いCa2+濃度である細胞内環境では乳酸を結合することができない.そこで,TTHA0766とは別の乳酸結合タンパク質である大腸菌由来LldRとcpmApple(RFPの一種)を用いて図1の要領で融合したセンサーのプロトタイプを作製した.作製したプロトタイプはΔF/Fが0.7程度と小さかったため,図2Bと同様にdirected evolutionで乳酸感度を向上させた(図3B).その結果,ΔF/F = 20という極めて高感度な乳酸センサーが得られ(図3C),これをR-iLACCO1(red fluorescent intracellular lactate indicator, ver. 1)と名付けた.

図3

(A)細胞内乳酸センサーR-iLACCOの模式図.(B)Directed evolutionによるΔF/Fの改善の様子.各点が単一の変異体を,各lineが1ラウンド分のevolution工程を示す.(C)R-iLACCO1の励起蛍光スペクトル.(D)HEK293T細胞における乳酸センサーの性能.右図では,グルコース添加前後の蛍光強度比を各蛍光細胞内乳酸センサーで比較している.

細胞はグルコース(ブドウ糖)を取り込んで乳酸を産生する.R-iLACCO1の生細胞における性能を確認するため,乳酸センサーをHEK293T細胞に発現し,グルコース添加による乳酸産生がどの程度の蛍光変化(ΔF/F)で捉えられるか実験した.その結果,R-iLACCO1やその親和性変異体(蛍光変化する乳酸濃度領域が異なる変異体)であるR-iLACCO1.1,R-iLACCO1.2は既報の細胞内乳酸センサーと比較して大きなΔF/Fを示し,生細胞生理的条件下でbest-in-classのセンサーであることが示された(図3D).開発された細胞内乳酸センサーは,培養細胞のみならず生きたマウス脳内の乳酸動態を可視化することにも成功している7).なお,筆者らはGFPを利用した緑色蛍光細胞内乳酸センサーiLACCO1の開発にも成功している8)

4.  細胞内及び細胞外乳酸の同時観察

神経科学分野では,現在乳酸シャトルという仮説が議論を呼んでいる1).これは,神経細胞を取り囲むグリア細胞が血管から取り込んだグルコースを乳酸に変換し,その乳酸を細胞外空間を通して神経細胞へと受け渡すというものである.神経細胞はグリア細胞から受け取った乳酸を最終的に細胞内エネルギー通貨であるATPに変換し,神経活動に必要なエネルギーを賄う.このような細胞内外でのシャトルだけでなく,ミトコンドリアのような細胞内小器官と細胞質との間で乳酸がシャトルされる可能性も示唆されている9)

筆者らが開発したLACCOシリーズを用いて異なる区画間での乳酸シャトルを可視化するため,eLACCO2.1とR-iLACCO1.2をT98G細胞に発現させた.その結果,グルコース添加に伴う細胞内乳酸産生と,それと同時に起こる細胞外への乳酸放出が観察された(図4A, B).細胞培養されたことのある方の多くは,赤から黄への培地の変色を見たことがあるだろう.この原因の一つは,細胞による細胞外への乳酸放出によるpHの低下である.マクロでは普段からよく見ていた現象を,分子レベルで観られたことは非常に興味深い.なお,ミトコンドリアのマトリックスにR-iLACCO1.2を,細胞質にiLACCO1を発現させることで,細胞内における乳酸シャトルを可視化することにも成功している(図4C, D).面白いことに,細胞内乳酸濃度はグルコース添加直後に増加するが,数分後に一旦ピークを迎え僅かに減少してからまた増加を続ける.乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)による乳酸産生,モノカルボン酸トランスポーター(MCT)による乳酸の細胞外放出,細胞内小器官間での乳酸シャトルが複雑に組み合わさることで,乳酸が非常にダイナミックな動態を有することが明らかになったのである.

図4

(A)細胞内及び細胞外乳酸可視化の模式図.(B)T98G細胞における細胞内及び細胞外乳酸の動態.(C)ミトコンドリア(マトリックス)及び細胞質乳酸可視化の模式図.COXIVは酵母cytochrome c oxidase subunit IV由来のミトコンドリア移行シグナル.(D)T98G細胞におけるミトコンドリア(マトリックス)及び細胞質乳酸の動態.拡大図では,ミトコンドリアが融合する様子を示す.

5.  まとめ

“New technology drives new science”これは筆者の研究哲学である.今回筆者らはdirected evolutionをはじめとするタンパク質工学の手法を駆使して高性能蛍光乳酸バイオセンサーLACCOシリーズを開発した.LACCOシリーズは細胞内外の乳酸動態を高時空間分解能で可視化することができる.今後,幅広い生物学分野でLACCOシリーズを用いた研究が行われ,乳酸の新たな役割に光があたることが期待される.

文献
Biographies

那須雄介(なす ゆうすけ)

東京大学大学院理学系研究科化学専攻助教・科学技術振興機構さきがけ(2022年より兼任)

 
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