2024 Volume 64 Issue 3 Pages 159-160
日本学術振興会(JSPS)で事務職員をしております伊藤奨太と申します.現役バリバリで研究活動をされている皆さんからすると,博士を取って研究支援の道へ,しかもJSPSの事務職員という,少し特殊に見える存在かもしれません.今回,なぜ私がこの道に進んだのかを示しつつも,そもそも「JSPSの仕事」ってどんなものかイメージが湧かないところも多いと思いますので,JSPSの仕事紹介を行うことで研究支援をキャリアパスの一つとして検討されている方にとって少しでも参考になれば幸いです.またキャリアパスの検討という視点に関わらず,単純にJSPS職員がどのように働いているのか,という興味でご一読頂けるだけでも嬉しく思います.
私自身の経歴を簡単に紹介すると,名古屋工業大学の神取秀樹教授の研究室に学部4年生から配属させていただき,修士卒業後の就職も一時考えた時もありましたが,結局研究にのめり込む形で,同研究室で博士課程まで進みました.博士2年時からは日本学術振興会特別研究員DC-2に採択され,自分の興味のある研究を進める傍ら,国内・国外の複数の共同研究を実施させてもらい,多くのご協力のおかげで幾つかの論文も発表できました.
それなりに研究が進展する一方で,博士を取った後の進路をどうするのか,皆さん同様に,私も大変思い悩んでいたことを思い起こします.キャリア選択にあたっては,一本筋が通ったような選択ができるに越したことはないと思いますが,私の場合は内心ブレブレなところがあったかと思います.博士課程の主な研究テーマが,光受容タンパク質の微生物型ロドプシンの赤外分光解析だったのですが,研究対象のタンパク質を軸に別の解析手法を学ぶ道,逆に解析手法を軸に別のタンパク質・化合物等を調べる道,様々な選択肢が考えられる中,研究室セミナーでの論文紹介の機会も利用し,意識的に少し異なる角度から物事を捉えるように心がけていたと思います.また,海外の学会参加やそれに合わせて研究室訪問・セミナーもさせてもらう等して,海外への道というのも考えてもいました.このように自分なりには行動に起こしてみたりはするものの,どうもどの選択肢もしっくりこないまま,結局のところ研究のために時間を使う日々でした.
そんな将来の進路に関しては漠然としつつ,研究に邁進する日々でしたが,研究支援の道を考え始めたのは,D2の頃に名古屋工業大学に来られたURA(ユニバーシティー・リサーチ・アドミニストレーター)の方が一つのきっかけだったかと思います.この方は生物物理の出身ということもあり,大学のURAとして勤務される傍ら,神取研でも研究を行うということで自己紹介のセミナーをしていただきました.当時の無知な私は,その場でURAという仕事について初めて理解し,なるほど博士を取った後に研究者に近い立場での研究支援という仕事が世の中にあるのだと,自分の中で一つの世界が広がった気がしました.元々,後輩への指導や共同研究の数々も自分としては楽しく行ってきたのですが,このように新たな視点をもつことで研究や教育のシステムの根本のところに興味をもつようになり,研究支援という考え方が自分の一番腑に落ちる将来の道ではないかと,研究が進展するとともに徐々に決心が固まっていきました.
このように将来の方向性を研究支援の道へと舵を切ったわけですが,就職活動はなかなか困難を極めました.D3の春から夏にかけて,URAやJSPS,JST等の研究資金配分機関,理研やNIMSの事務職員等をターゲットにしましたが,それなりのところまで進むものの,全て残念な結果に終わってしまうという残念な現実が待っていました.そんな状況を見ていた神取教授にある日呼ばれ就職活動の状況を説明したところ,「私の研究室でドクターを取った君の先輩たちはほぼ全てアカデミアの道を選択してきたし,その応援はしてきた.君の目指している道は,私も考えてなかった学生の進路先だが,非常に面白い考えだし,日本の学術のために大切な仕事でもある.1年なら科研費でポスドクをしてもらいながら応援できると思うが,もう一度チャレンジしてみてはどうだろうか」と思いがけず背中を押していただきました.この言葉に甘える形で,博士取得後,ポスドクとして就職活動に再チャレンジすることにしました.現在の研究支援の立場に立ってみると,改めてこの時のありがたみの深さを感じるとともに,再チャレンジをする勇気をもらった気がします.2年連続で同じところを受けるのはあまりないかと思いますが,粘り勝ちなのか,幸いJSPSに内定を頂くことができ,お世話になることにしました.
ここまで私の就職活動の遍歴を赤裸々にお伝えしてきましたが,ここからはJSPS事務職員の仕事をお伝えできればと思います.JSPSの行っている事業は多岐に渡り,科研費や学振特別研究員(いわゆる学振DC,PDや海外学振等),学術国際交流事業,WPI等々の研究者に直接関わる業務もあれば,当然ながらそれを支えるための総務,会計,情報システム,監査,人事も必要です.事業毎に少し細かく見ると,例えば,科研費事業ではそれぞれの事務職員は,種目毎に担当が分かれています.基盤Sを担当する職員は,公募要領の作成から公募受付,審査,採択と行い,基盤Cはまた別の職員が担当するということになります.また種目毎の担当とは別に科研費全体を俯瞰する立場の職員や,審査委員の担当職員等もおり,それぞれの仕事が上手く分担されつつ,カバーされるような仕組みになっています.ただこれは,JSPS事務職員はそれぞれの専門分野毎には配置されていないということも意味しますので,実際に働く立場になると視点の切り替えが必要になります.餅は餅屋ということで,JSPSの中には「学術システム研究センター」という組織があり,各研究分野の第一線級で活躍する現役の研究者が非常勤で業務を行っています.これらのセンター研究員と呼ばれる研究者の方々が,科研費等の審査委員候補者を選考することで,それぞれの研究分野の特性を理解した上で,公正な審査が進められるようにしています.また,毎週行われる会議を通して,JSPS事務職員とこのセンター研究員とで意見交換をしながら,科研費等の審査システムを構築する形は,世界的に見ても非常に特徴的な仕組みです.
私は今現在,この学術システムセンターを担当する職員として業務に当たっています.実務的な仕事としては,会議室の設営から会議出欠照会・旅費精算・当日の会議進行等会議を円滑に進めるための全ての準備を行います.ただその中でも,事務職員と研究者がより効果的に意見交換を行える環境をハード面でもソフト面でも整備することが最も大切な仕事であると意識し,より研究者の意見をJSPS事業に取り入れられる仕組み作りに力を注いでいます.少しだけ具体的に話をすると,昨今,安全保障・研究インテグリティ・オープンサイエンス等々の研究界を取り巻く環境の変化にJSPSとしてどのように取り組むべきか,またそもそもの科研費の種目をどうするか,審査をどのようにすると良いのか等,質的・量的な側面も含めて,学術システム研究センターでは様々な検討・議論がなされています.このようにJSPSの仕事は,研究の現場にいる研究者の皆さんと共に,少し上の視点から,科研費等の審査システムの仕組み作りを考えることとなります.会議の場でも,飲み会の場でも,錚々たる先生方と一緒に研究システムについて議論することは,普通にアカデミアの道に進んでいては味わえなかったであろうことばかりで,私自身の幅も広がるとともに,研究支援の仕事の大切さを実感しながら日々を過ごしています.
今回,私の研究支援の仕事としてJSPS事務職員を紹介させていただきましたが,就職先としてのJSPSに興味のある方は新卒採用のウェブサイト1)に加えて,最近博士卒の職員のインタビューを記事にもしていただきました2)ので,そちらもご覧いただければ幸いです.
伊藤奨太(いとう しょうた)
日本学術振興会経営企画部経営企画・広報課学術システム研究センター支援係係長