Seibutsu Butsuri
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Ligand Binding and Protein Interactions
Fumio ARISAKA
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2024 Volume 64 Issue 3 Pages 161-163

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1.  生物物理学との出会い

私が大学に入学したのは1968年で,この年,いわゆる東大闘争が始まり,8ヶ月ほど授業のない期間があった.その間,自分を含む十人ほどの学生が何人かの教官にセミナーをお願いした.これに応じられた教官の一人が故丸山工作先生で,毎週1回教官室でセミナーが行われた.セミナーでは丸山先生が,Scientific Americanから論文を選ばれ,輪読することになった.Arthur KornbergのDNA ReplicationやHugh HuxleyのThe Mechanism of Muscular Contractionを読んだことを今でも覚えている.大学1年生で読んだ初めての英語の論文で四苦八苦しながら読んだ記憶がある.高校の時は物理が好きで生物を敬遠していたが,生命科学という面白い分野があることを学んだことは大きな転機となった.生物物理学という分野があることを知ったのもこの時だった.この経験がきっかけとなって,物理ではなく生命科学の道を歩むことになり,卒業研究では基礎科学科の丸山研に所属した.修士は理学系の生物化学科(指導教員は野田春彦教授)に進んだ.

修士の2年の時だったと思うが,野田研で修士を終え,米国で学位を取ってポストドクを経て帰国し,同研究室の助手になられた猪飼篤博士と話すうちに,学生として米国に留学したいと思うようになった.

2.  ヘモシアニンHcyの解離会合とリガンドの結合

経緯は省略するが,オレゴン州立大学の大学院博士課程に入り,Ken Van Holde教授から指導を受けた.与えられたテーマはHcy(スナモグリエビCallianassa californiensis由来Hcy)の解離会合と,アロステリックなO2の結合だった.

Hcyは,安定な6量体が基本構造で,生理的条件下ではこの6量体と,6量体が4分子会合した24量体とが動的平衡にある.以下,6量体をモノマー(17S),24量体をテトラマー(39S)と呼ぶことにする.Hcyの解離平衡は,Mg2+濃度とpHに依存する.平衡のMg2+濃度およびpH依存性は超遠心分析沈降速度法(SV)によって測定した(図1).また,HcyへのO2の結合はキュベットを結合したtonometerを用いて測定した(図2).

図1

超遠心沈降速度法による解離平衡の測定.文献1より改変.

図2

(a)Hcyのアロステリックな(シグモイド状の)O2結合(b)O2の結合(T状態→R状態)はHcy分子の解離平衡を4量体にシフトする.文献1より改変.

ヘモシアニンはO2の貯蔵・運搬を担っており,O2が重要なリガンドだが,解離会合に影響を与え,O2の結合にも影響を与えるMg2+およびH+もリガンドとして機能している1)

Hcy分子の解離平衡のMg2+濃度およびpH依存性,およびO2のアロステリックな結合のMg2+濃度およびpH依存性はそれぞれ詳細に測定され,いずれも比較的単純な方程式によって説明できることが分かった.O2のアロステリックな結合はいわゆるMonod-Wyman-Changeuxのアロステリックモデル2)を若干拡張したものがよくフィットした.ここで,○はR状態,□はT状態を表す(図3).

図3

ヘモシアニン基本6量体(モノマー)のR⇔T平衡.文献1より改変.

4(Hcy)6↔(Hcy)24

さて,O2の結合とHcy分子の解離会合の平衡を別々に定式化するのではなく,解離会合の平衡定数を,酸素濃度およびMg2+とpHの関数として表すことができないかと考えたが,うまい方法が考え付かなかった.しかしある時,ふと1年ほど前にBiopolymersに報告されたJohn Schellmanの論文を思い出した3).この論文では,ヘモグロビンのダイマー・テトラマー間の解離平衡とO2の結合が結合多項式(binding polynomial)とWymanのlinked function4)によって関係づけられていた.そこで私はSchellmanの理論をHcyの系に当てはめることにした.この時点でHcy分子の系で何が起こっているかを理解できたと思った.その結果,モノマーとテトラマーの解離定数KがMg2+および,H+濃度の関数として,

  
K = K0 ( 1+ L'M ) ( 1+ L'Te ) (1+α) 6 + L'Te 1+cα 6 (1+α) 6 + L'M 1+cα 6 4 ( 1 + kY y ) 4p ( 1 + kZ z ) 8p

と表されることが分かった.ここで,αは酸素濃度と結合定数の積,yはMg2+濃度,zはH+濃度,cはR状態とT状態の酸素のHcyへの結合定数の比である.

Schellmanの理論のおかげで博士論文を書くことができ,1977年6月に学位を取得することができた.この論文はJMBに受理された(Fumio Arisaka and K. E. Van Holde, 1979)1)

3.  T4ファージ尾繊維の形成に必須な分子シャペロンgp57A

Oregon州立大学で学位を取得した後,スイスのバーゼル大学,バイオセンターのJürgen Engel教授の研究室でポストドクを勤めた.選んだテーマはT4ファージテイルの構造と分子集合(Molecular Assembly)だが,ここでは,分子集合には必須だが構造には取り込まれない,分子シャペロンgp57Aについて述べる.T4ファージの構造形成に必須な蛋白質でありながら構造には取り込まれない,触媒機能を持つ蛋白質が存在することを示したのはD. P. Snustadである5)

分子集合の過程で,触媒的な機能を持つ蛋白質が存在することには当初から興味があったが,こちらの研究はなかなか思うように進まず,分子シャペロンgp57Aについて調べることになったのは,退職前のわずかな時間になってしまった.

さて,T4ファージ尾部先端の基盤(baseplate)には6本の尾繊維が結合している.尾繊維は先端(gp37のC末端,gpは遺伝子産物)で宿主を認識する.gp57Aはファージ構造体には取り込まれないが,尾繊維の形成に必須で,尾繊維を構成するgp34(N末端で基盤に結合する)とgp37をそれぞれ3量体化する機能を持つ(図4).こうして生成された尾繊維は尾部基盤に6本結合する(図5).

図4

Long tailfiber の形成.文献6より改変.

図5

尾繊維の結合(感染能のあるファージの形成).文献6より改変.

gp57Aは79残基のアミノ酸からなる小さな蛋白質である.gp57Aの構造を明らかにするために,gp57Aを発現・精製し,超遠心沈降速度法・示差走査型微小熱量計(DSC)と円2色性スペクトル(CD)を用いて構造解析を行った7).その結果,gp57Aは90%以上がαヘリックスで,3量体と6量体間で平衡にあることが分かった.いずれが機能的に活性のある状態かは不明である.なお,gp57Aは宿主大腸菌の持つ共シャペロンと共同して作用する可能性が指摘されている.6本の尾繊維は頭部(head)に尾部が結合した後に,尾部基盤に結合する(図5).

gp57A分子の性状は明らかになったが,分子シャペロンとしての機能のメカニズムは未解明である.宿主の共シャペロンの同定と,今なら高速AFMを用いた3量体化の過程の観察が可能かもしれない.

ここでは,分子シャペロンのうち,gp57Aのみを取りあげたが,gp37の3量体化にはgp38も必要で,gp38も分子シャペロンと考えられる.また,尾部基盤(baseplate)は中心部(hub)とその周りを囲む6個のWedgeから構成される.Hubの形成に必要なgp51も分子シャペロンとして知られている.gp26とgp28は当初Wedgeの構成成分と考えられていたが,全原子構造が決定された尾部基盤にはこれら2成分の分子量に対応する電子密度がなく,これらも分子シャペロンと考えてよいと思われる.gp57Aを含めてこれらの分子シャペロンは結晶構造が決定されておらず,分子シャペロン機能のメカニズムも未解明である.

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Biographies

有坂文雄(ありさか ふみお)

 
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