2024 Volume 64 Issue 4 Pages 190-192
細菌の接着性と運動性は病原性に関わることが知られているが,それらの具体的な役割は十分に解明されていない.本稿では,病原性細菌の接着性と運動性の宿主依存性を明らかにした機械学習によるラベルフリーin vitro感染実験を紹介し,病原体-宿主相互作用と病気の重症度の関連を考察する.
細菌の運動性は,大腸菌やサルモネラが示すべん毛依存的遊泳,マイコプラズマなどの滑走運動,集団遊泳が生み出すアクティブ乱流など,生物物理学の分野では様々な切り口で研究されている.一方,病原微生物学の観点では,細菌の運動性は病原因子の1つであり,運動性を失った変異体は顕著に病原性が低下することが多くの種で報告されている1).しかし,感染,発病,治癒,保菌といったプロセスのどこでどのように運動性が関わるのかは十分に解明されていない.このトピックスでは,レプトスピラ症という人獣共通感染症を引き起こす細菌と,その宿主にあたる動物の培養細胞を使った研究を紹介し,細菌の病原機構における運動性の意義について議論する.
レプトスピラ症の患者は,東南アジアや南米を中心に世界中で年間約100万人,死者数は6万人と推定されている.家畜やペットに対しても重篤な症状を引き起こし,日本でも犬の集団感染などの報告がある2).病原体であるレプトスピラ(図1a, b)は300株近い血清型に分類され,宿主と血清型の組み合わせによって病気の重症度は異なる.例えば,病原性種Leptospira interrogansのManilaeという血清型にヒトが感染すると,肺出血や腎障害などの症状を呈して死に至ることもあるが,ドブネズミは無症状のまま腎臓に保菌し,病原体を尿とともに断続的に排出して環境を汚染する.
レプトスピラの構造と運動.(a)暗視野顕微鏡像.(b)菌体構造の模式図.(c)2種類の運動様式.
感染症のメカニズム解明や予防・治療技術の開発のためには,宿主と病原体の相互作用を分子レベルで理解することが重要である.病原体が宿主の種を超えて感染する人獣共通感染症については,宿主種と病原体の組み合わせと,病気の重症度の関係が特に注目される.宿主-病原体関係の研究には様々なアプローチがあるが,その1つが感染状態のイメージングである.動物細胞上にいる細菌の像を観察や解析に十分なコントラストで得るために,細菌を蛍光標識するのが一般的である3).しかし,蛍光蛋白質発現が生理状態に影響することは少なくなく,遺伝子操作技術が十分に確立されていない種では技術的なハードルも高い.レプトスピラに対する蛍光蛋白質遺伝子の導入も容易ではないが,私たちの以前の研究では,ようやく作製できた3株のGFP発現レプトスピラ(うち1株は非病原性株)を様々な宿主種の培養腎臓細胞に感染させて,腎臓細胞上での細菌の動態を調べた4).その結果,液相での遊泳運動(図1c左)に大きな違いはなかったが,病原性種のほうが細胞への接着率が高く,細胞上で這いまわる「クロウリング」(図1c右)と呼ばれる動きが活発である傾向が示された4).クロウリングは菌体表面の接着性分子と宿主細胞表面の受容体の結合と解離が繰り返されることで起こると考えられているが5),接着分子も受容体も未同定であり,メカニズムはよく分かっていない.
宿主種-病原体株の組み合わせと重症度との関連を考察するには,300近い血清型をすべてでなくとも,できるだけ多くの病原株について調べる必要があるが,蛍光標識のステップがそれを阻んでいた.そこで私たちは,「前景は動き,背景は動かない」という考え方のもとに,変化しない背景データを元画像から差し引くことで,動く前景(細菌)を蛍光標識なしで検出する技術を開発した(図2)6).画像の画素毎の変化を時間軸方向に調べていくと,背景が写っている間の輝度変化は小さいが,前景物体が通過すると一時的に大きな変化が生じる.複数のガウス分布で構成される分布モデル(ガウス混合モデル,GMM)を事前に推定し,新しいデータの追加とともに,GMMのパラメータを逐次的に更新する.パラメータ更新で特に重要なのはGMMを構成する各クラスターの割合(重み)で,ベイズの定理に基づく最尤推定法によって,尤もらしい重みが機械学習で推定される.前景物体の通過は動画データのごく短い時間だろう.したがって,最終的に得られた分布のうち,最も大きなクラスターが背景と推定されるので,これをデータから差し引くことで,前景が抽出される.このような背景差分のアルゴリズムは,監視カメラの物体検知でも利用されている.
背景差分による無標識細菌の検出.(a)背景のちらつきや前景物体の通過で注目画素(紫)の輝度は経時的に変化する.(b)注目画素のある時間tまでの輝度分布(上)と,t + 1での新データ追加による分布パラメータ更新の例.ここでは3つのクラスターが仮定されている.新データが既存のクラスターのいずれかに分類されるか(Case 1またはCase 2),新しいクラスターが生成されるか(Case 3)が判断され,分布が更新される.新たに追加されるデータが少ない分布は小さくなっていく(Case 2).(c)得られた分布のうち,最大の分布が背景(培養細胞)とみなされ,元画像から差し引かれる.詳細は文献6を参照.
背景差分法の導入により細菌を蛍光標識する必要がなくなったため,実際にレプトスピラ症に感染したヒトや動物から分離された様々な病原株(臨床分離株)やその変異株を技術的な制約なしに感染実験に使えるようになった.感染すると重症化しやすいイヌの腎臓細胞と,感染しても無症状で保菌するラットの腎臓細胞に対して7株の臨床分離株を感染させ,細胞上での個々の細菌の動態を解析したところ,細菌の接着性とクロウリング活性の間に明らかな反相関関係が示された(図3a)6).病気の重症度との関連に注目すると,イヌの細胞では細菌の接着は弱くクロウリングが活発で,ラットの細胞では接着が強くクロウリングが起こりにくい傾向があった.この関係は,菌体表層の接着分子と宿主側受容体の結合と解離を仮定した簡単な二状態モデルで説明できる(図3b).接着分子-受容体間結合は,菌の推進によって解離するが,接着点が増えるほど解離に時間がかかり,クロウリングは遅くなる.細菌の付着が弱ければ,排尿によって体外に排出されるリスクを負いながらもクロウリングによって臓器表面を広く探索でき,細胞間隙に行き着いて深部に侵入できる可能性がある(図3c左).一方,断続的な排尿に耐えながら宿主体内で増殖し続けるには,動くよりも強く接着するほうが重要だろう(図3c右).腎臓細胞への付着菌数が多いにも関わらず,ラットが無症状であることも説明がつく.GFPを使った以前の研究では非病原性種と病原性種の違いを示すに留まったが,様々な臨床分離株を利用できるようになったことで,病原性種の動態が宿主に依存して大きく変わることが分かり,病気の重症度との関連も考察できるようになったのである.
細菌の接着・運動と病気の重症度の関係.(a)ラットまたはイヌ腎臓細胞上で計測された様々なレプトスピラ株(異なるシンボルで表示)の接着菌数とクロウリング運動性.クロウリング運動性はクロウリング速度を遊泳速度(接着による拘束がない運動)で割った値.(b)接着とクロウリングの反相関関係を説明する2状態モデル.接着分子はバネと仮定され,接着分子の解離速度はクロウリングに伴う接着分子の伸びxに依存する.(c)病気の重症度との関係(本文参照).使用菌株やモデルの詳細は文献6を参照.
蛍光ラベルフリーのin vitro感染実験系が確立されたことで,レプトスピラ症という人獣共通感染症の重症度が病原体の接着性とクロウリング運動性に依存する可能性が示された.ワクチンなど予防・治療法の開発を見据えて,現在,レプトスピラの細胞接着とクロウリング運動を規定する分子を探索中である.新しい感染実験を実現したベイズの定理に基づく画像解析は,感染症研究への機械学習の新たな活用例である.近年の医学・生命科学分野において,機械学習は診断やデータ解析の有力な支援技術であり,さらなる応用展開が期待される.
このトピックスで紹介した成果は,阿部圭吾博士(研究当時・東北大学大学院博士課程学生),許駿博士(琉球大学医学部),小泉信夫博士(国立感染症研究所)との共同研究によるものです.この場を借りて厚く御礼申し上げます.