Seibutsu Butsuri
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From Molecules to Cells: Learning from Pioneering Experiments in Biophysics
Yoshie HARADA
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2024 Volume 64 Issue 4 Pages 218-219

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1.  Caged-ATPの合成

学部4年生と大学院修士課程で,私はゾウリムシの研究をしていた.その縁で大学院博士課程から大阪大学基礎工学部生物工学科の大沢文夫先生の研究室に進学した.その後訳あって博士2年の秋から柳田敏雄先生のご指導を受けることになった.与えられた実験テーマは「Caged-ATPの合成」だった.当時,同仁化学研究所も合成を始めたばかりで,Caged-ATPは市販されていなかった.核酸の固相合成を行っていた大阪大学薬学部の池原森男先生の研究室に連れていかれ,助手の田中俊樹先生のご指導の下Caged-ATPの合成を行うことになった.それまで化学合成など全く行ったことはなく,分液ロートの振り方を教わっている私を,池原研究室の学生たちが心配そうに見ていたことを覚えている.俊樹先生の的確なご指導で実験を始めて1か月くらいで合成に成功した.このとき参考にしたのが以下の論文である1).この論文のMaterials and Methodsの項を繰り返し読んだことが懐かしい思い出である.

2.  蛍光標識アクチン線維

私がCaged-ATPの合成をしていた頃,柳田研では修士2年の野口明さんが精製したミオシンと蛍光標識したアクチン線維を使って顕微鏡下で筋収縮を再現する実験を行っていた.修士課程の発表会の前の晩,野口さんは徹夜で実験してアクチン線維の滑り運動の観察に初めて成功した.野口さんの卒業後,この実験を私が引き継いだ.これがin vitro motility assayである2).カバーガラスにミオシンを吸着させてから,蛍光標識アクチン線維を加えミオシンに結合させた後,エネルギー源であるATPを含む溶液を加えると,アクチン線維はミオシン分子上を滑り運動する.蛍光顕微鏡や高感度カメラの性能が向上した現在は,試料さえ用意すれば誰でも簡単にできる実験である.この実験を可能にしたのは,1本の蛍光標識アクチン線維を蛍光顕微鏡で観察する技術が確立されたからである.蛍光標識したアクチン線維1本の蛍光顕微鏡観察に初めて成功したのは名古屋大学の朝倉昌先生のグループであった3)が,柳田敏雄先生が蛍光標識にローダミンファロイジンを使ったことでアクチン線維の蛍光観察が簡単にできるようになった.柳田先生は1984年に単一アクチン線維の直接観察の論文をNature誌に報告している4).この論文では1本のアクチン線維の溶液中の屈曲運動がHMM(可溶性ミオシンフラグメント)とATPの両方が存在する,すなわち筋収縮が起こるような条件で速く大きくなることを報告している.アクチン線維の揺らぎ運動が大きくなることが筋収縮の分子メカニズムの本質をあらわしているのではないかと思い,わくわくしたものである.

3.  F1-ATPaseの回転運動の観察

今や生物物理学の研究者であれば,ATP合成酵素がATP合成時にくるくる回転していることはご存じだろう.初めて回転運動が観察されたのはATP合成酵素の部分複合体であるF1-ATPaseのATP分解反応においてである.実験の成果はNature誌に掲載され,大きな話題になった5).この実験の素晴らしいところは,蛍光標識した長いアクチン線維を回転軸となるγサブユニットに付着させることで,回転運動を蛍光顕微鏡で簡単に観察できるようにしたアイデアである.私はこの論文が掲載されたおよそ半年後に慶應義塾大学理工学部物理学科木下研究室の専任講師に採用された.研究室には実験を行った,安田涼平さんと野地博行さんがそれぞれ学生とポスドクとして在籍していた.私には二人とも自信に満ち溢れ光輝いて見えた.安田さんや野地さんほどではなくとも,早く成果を挙げなければとあせる気持ちもあったが,楽しい実験をしようと思い,考えた実験が,RNAポリメラーゼがDNAを転写するときのDNAの回転の観察であった.

4.  RNAポリメラーゼ(RNAP)1分子の転写の観察

私は前職のERATO柳田生体運動子プロジェクトの研究員時代に,研究対象を筋肉タンパク質からRNAPとDNAに変更していた.大腸菌のRNAPは,DNAを転写する際,DNAの二重らせんを巻き戻し,回転させながら転写していると考えられていた.インターネット上で公開されている転写のCGでもDNAはくるくる回転していたが,それまで回転を直接観察した実験はなかった.どのようにして回転を観察すればよいのか考えたときに参考にしたのがSchaferらの論文である6).この論文は簡単な方法で,1分子のRNAPが転写する様子の観察を行った実験の報告である.転写の材料である4種類のヌクレオチドのうちATP,CTP,GTPの3種類のみ含む溶液中で転写を途中まで進めて一旦停止させたRNAPとDNAの転写複合体を作製し,ガラス基板上に固定する.DNAの上流端をビオチン標識しておき,直径40 nmのストレプトアビジンコート金ナノ粒子を結合させ,4種類すべての転写の材料を含む溶液を加えることで,転写を再開させる.転写が進むにつれて,RNAPと金ナノ粒子間のDNAの長さが長くなり,金ナノ粒子のブラウン運動の範囲が広がっていく.この変化を解析することで,RNAP分子の転写速度を見積もることができる.アイデア次第で,高価な装置を使わなくても1分子の転写反応をリアルタイムイメージングすることができる点が素晴らしい.私はこの系をそのまま拝借し,金ナノ粒子を小さな蛍光ビーズを付けたプラスチックビーズに変更し,転写中のDNAの回転運動の観察に成功した(図17)

図1

転写中のRNAPによるDNAの回転の直接観察.DNAとRNAPの複合体をガラス表面に固定.RNAPはDNAをたぐり寄せながら転写を行う.DNAの片端に結合させた磁気ビーズは,回転が見やすいようにネオジウム磁石によって上方に引っ張られている.磁気ビーズには回転観察の目印として小さな蛍光ビーズがつけてある.

5.  細胞内量子センシング

私の研究室では現在,蛍光ナノダイヤモンドを用いた細胞内局所温度計測実験を行っている.もともと独立に行っていた蛍光高分子温度計を用いた細胞内温度計測実験8)と,ナノダイヤモンドを用いた量子センシング技術の開発9)が自然と融合した.この研究の目指すところは,細胞が自ら細胞内の局所の温度を変化させることで,細胞機能の制御を行っていることの証明である.これまでの研究で神経細胞が分化する際,細胞内の温度が上昇すること,核を温めると細胞の分化が促進することなど,細胞分化と温度が密接に関係していることが明らかになった.私は2024年度で定年退職を迎えるが幸いなことに2022年に大阪大学が採択されたWPI-PRIMeのメンバーであるため,退職後はWPI-PRIMeで研究を続けることになった.生命科学における新しい概念を確立するような研究にしたい.

文献
Biographies

原田慶恵(はらだ よしえ)

大阪大学蛋白質研究所教授,大阪大学量子情報量子生命研究センター教授,大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点教授

 
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