2024 Volume 64 Issue 5 Pages 263-265
オレキシン2受容体(OX2R)はオレキシンと結合し,睡眠・覚醒を調節する.OX2R選択的薬剤開発に資するため,溶液NMR法と分子動力学計算を相補的に用いてOX2R-拮抗薬の動的構造を解析した.OX2R-非選択的拮抗薬の結合状態は選択的拮抗薬との結合より不均一性が高いことが示唆された.
オレキシンはオレキシンA(OXA),オレキシンB(OXB)のそれぞれ33残基,28残基からなるニューロペプチドの総称で,摂食行動,睡眠・覚醒行動,情動やエネルギー恒常性など,幅広い生理作用に関与する1)-3).オレキシンは,Gタンパク質共役型受容体(GPCR)であるOX1RとOX2Rに結合してシグナル伝達を開始するが,OXAがOX1R,OX2Rともに同程度の親和性を示すのに対し,OXBはOX2Rに対する親和性が10倍ほど高い(図1A)4).OX2R経路は睡眠・覚醒に重要な働きをしており,その異常な活性化は不眠症に,逆にオレキシンの欠乏に起因する同経路の不活性状態は過眠症であるナルコレプシーと密接に関わる5).そのため,オレキシンシグナルはこれら睡眠障害に対する治療薬開発の有望なターゲットと見なされている.
現在上市されているスボレキサントやレンボレキサントなど,オレキシンシグナルを標的とする睡眠薬は,従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬よりも副作用が軽くより自然な睡眠をもたらすが,傾眠が生じるなど,改善すべき点もまだ残っている6).更なる副作用低減のために受容体サブタイプ選択的な薬剤の開発が望まれているが,OX1RとOX2Rはリガンド結合部位のアミノ酸配列の保存度が高く構造が類似しているため,合理的な薬剤設計が難しい状況である.
OX2Rを含めたGPCRの構造的特徴を理解することは医薬品開発のためにも重要と考えられており,結晶学やクライオ電子顕微鏡(cryo-EM)による構造解析が精力的に行われている.GPCRの構造は,しばしば単純化された二状態モデル(活性または不活性)で説明される.しかし多くのGPCRシグナルはリガンド結合がない場合でもある程度活性化されており(basal activity),これは,リガンド不在でも活性・不活性の複数の構造状態が同時に存在しうる(平衡にある)ためであることが示されている.このようなGPCRの高度に動的な特性に鑑みると,GPCR-リガンド複合体の静的構造だけではリガンド結合やGPCR活性化の様式を十分に表現しきれない可能性があり,薬剤開発の観点からもGPCRの動的特徴に関する情報が求められている.
本研究ではOX2R選択的な薬剤開発に貢献すべく,溶液NMR法と分子動力学(MD)計算を相補的に用いて選択的/非選択的拮抗薬と結合したOX2Rの動的構造を解析した.
GPCRの場合,通常のNMR測定は困難なためメチオニン残基のメチル基を13C標識し高分子量タンパク質でも高感度に1H-13C相関スペクトルを観測できるメチルTROSY法による測定を行った7).試料は安定性を向上させるために各種変異を導入したコンストラクトを昆虫細胞Sf9を用いて発現させ調製した.なお,これら変異のため本試料は活性型構造に移行できないが,拮抗薬との結合には影響ない.図1に拮抗薬EMPAとの複合体のスペクトルを示す.全部で10残基のメチオニンが含まれるが,そのうち8残基の帰属を得ることができた(図1B, C).
OX1RとOX2Rに対するスボレキサントの結合,およびOX2RにおけるEMPAの結合を比較した3D構造解析から,リガンド結合部位を形成するT111およびT135の2つの残基が拮抗薬のサブタイプ選択性に重要な役割を果たすことが報告されている8)-10).しかし,これら2つの残基とN324の側鎖を除けば,両サブタイプのリガンド結合部位の構造には高い類似性がある.そのためOX1RとOX2Rに対してEMPAとスボレキサントが示すサブタイプ選択性の詳細は明らかになっていない.
そこで,EMPAと結合したOX2Rにスボレキサントを滴定し,OX2RのNMRスペクトルの変化を調べた(アポ型OX2Rは不安定で調製できなかった).その結果,滴定に伴いM184,M191,およびM222に対応する交差ピークの化学シフト変化が観察された(図2A).M191はリガンド結合部位を形成し,リガンドと直接接触する位置にある.そのピークの化学シフト変化は,EMPAからスボレキサントへのリガンド交換による影響である.一方,M184はリガンドとの接触はないものの,サブタイプ選択性に重要なT135,およびEMPAと直接相互作用しているF227に近接している(図2B).そのため,リガンド交換に伴う結合ポケットの構造変化がT135/F227を介してM184の局所環境に影響を与えていると考えられる.M222もリガンドから離れているが,スボレキサントと相互作用するN324の側鎖の移動と関連している可能性があると解釈した(図2B).
OX2R-EMPA,OX2R-スボレキサントの1H-13C相関NMRスペクトル.(A)EMPAに結合したOX2Rのスボレキサントによる滴定実験において顕著な摂動が見られた3残基の1H-13C交差ピーク.(B)M184,M191,M222の摂動原因の概念図.(C)EMPAに結合したOX2R(左)とスボレキサントに結合したOX2R(右)の1H-13C相関NMRスペクトルの比較.(D)EMPAとスボレキサントに結合したOX2Rの自由エネルギー地形の模式図.文献11の図を改変.
次に,スボレキサントと結合したOX2Rを調製し,そのNMRスペクトルを測定した(両リガンドが試料中に共存する先の滴定実験と異なり,スボレキサントのみがOX2Rに結合する状態で観測した).EMPAの場合と異なり,スボレキサント結合状態では,多くの交差ピークの顕著な広幅化と一部交差ピークの消失(M184, M191, M222)が観察された(図2C).この結果は先の滴定実験で3メチオニンの交差ピークの化学シフトが変化し最終的に消失した結果とよく一致する.スボレキサントもEMPAと同等の親和性(数nM)でOX2Rに結合することを考えると,この結果(ピークの広幅化や消失)はスボレキサントに結合したOX2Rのほうが構造の不均一性が高いことを示しており,結合する拮抗薬によって受容体ダイナミクスが異なることを示唆している(図2D).
また,スボレキサントから距離的に遠く離れた細胞質側に位置するメチオニンのNMRシグナルにも広幅化などの影響が顕著であることから,リガンド結合部位の構造の揺らぎは分子の反対側にも伝播していると考えられ,アロステリックな共役が示唆される.EMPAはOX2Rに選択的な拮抗薬で,その結合構造は安定しているのに対し,OX1R,OX2Rに同等の親和性を示すスボレキサントでは結合状態に揺動性があった.逆の見方をすると,この揺動性が2つの異なる受容体に対する同等の親和性を許容する要因なのかもしれない.
NMRで観察された3つのメチオニン残基の摂動の原因を検証するため,MDシミュレーションを行なった.EMPA-OX2R複合体,スボレキサント-OX2R複合体の結晶構造を比較しても,リガンド結合に預かるアミノ酸側鎖の構造に大きな違いはない.しかし,それぞれのMDトラジェクトリーを解析すると,EMPAとスボレキサントで接触頻度の高い残基が大きく異なることがわかった.特に,NMR測定で見られたM184,M222の化学シフト変化に関わると推定したT135,F227,N324は,EMPAとの接触頻度がスボレキサントよりも高く,スボレキサント結合への寄与は相対的に低いことが示唆された.この差異が化学シフトの変化として現われた可能性が高い.
次に,EMPAとスボレキサントでリガンド周辺残基の動的振る舞いが異なるかを調べるため,リガンド結合部位周辺のCα原子に着目してMDトラジェクトリーの主成分分析(PCA)を行った.先述のようにOX2R-EMPAとOX2R-スボレキサントの結晶構造では,リガンドに直接結合する残基の主鎖・側鎖配向はほとんど同じだが(図3A, Bの▲印),第1主成分(PC1)によりEMPAとスボレキサント結合状態は明瞭に区別され,両者でリガンド結合残基の動的振る舞いが大きく異なることがわかった(図3B).PC1への寄与率が高い残基のうち,多くはT111周辺に集中しており,T111がサブタイプ選択性に重要であることと一致する.また,M184とM222の化学シフト変化の原因と推定した残基(F227, N324)もPC1への寄与率が大きい残基として同定されたこともNMRで観測された結果と一致する.
PCAの結果.(A)PCAに用いたOX2R-EMPAとOX2R-スボレキサントの構造に共通するリガンド結合ポケット形成残基の重ね合わせ.(B)PCAの結果からEMPAとスボレキサントではリガンド結合部位残基の動的振る舞いが大きく異なる.文献11の図を改変.
本研究では,オレキシン受容体OX2RのNMR実験とMDシミュレーションを行い,OX2Rの異なるリガンドとの結合状態を解析した.何れのリガンドも同程度の親和性でOX2Rに結合するが,スボレキサント結合時のNMRシグナルはEMPAよりも広幅化しており,より動的な状態であることがわかった.またMDシミュレーションからEMPAとスボレキサントとOX2Rの相互作用パターンの動的性状が異なることが明らかになった.それらの結果から,リガンド結合時のオレキシン受容体の構造多様性と動的性状の違いがサブタイプ選択性に関係している可能性が示唆された.
今回の測定では活性型に移行できないOX2R試料を用いて異なるタイプの拮抗薬との相互作用について調べた.しかし,ナルコレプシーの治療には作動薬の開発が必要で,OX2Rの活性化機構の理解が鍵となる.活性型と不活性型の受容体の構造が,どのように動的に変換するかについて調べる必要があると考えられ,現在,研究を継続している.また,本研究では,感度の制約から単純な二次元1H-13C相関NMRしか測定できていないが,スピン緩和時間測定による構造揺らぎの定量解析や常磁性分子を援用した構造アンサンブル解析など,より高度で洗練されたNMR技法を適用すべく,試料調製などの最適化を進めている.