Seibutsu Butsuri
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DNA Transformation Driven by Electric Organ Discharge from Electric Eel
Atsuo IIDA
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2024 Volume 64 Issue 5 Pages 266-268

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Abstract

デンキウナギの放電が周囲の生物に対し,外来遺伝子の導入を促進する効果があるか否かを検証し,魚類胚へのGFP遺伝子の導入が起こりうることを観測した.この結果から,自然界で起こっている遺伝子の水平伝播の原動力として,デンキウナギをはじめとした発電生物による電気刺激の影響を新たに提案する.

1.  発電魚デンキウナギ

発電魚とは,文字通り体内で電気を生成できる魚類を指す.発電魚のうち,体外への強い放電を捕食や防御に用いる種を強発電魚,弱い放電を個体間コミュニケーションや定位に用いる種を弱発電魚と呼ぶ.発電魚は魚類の進化の中で独立に複数回出現しており,強発電魚だけでもデンキウナギ,シビレエイ,デンキナマズなど異なる分類群に属する種が知られている.本稿で取り上げるデンキウナギ(Electrophorus)はデンキウナギ目ギュムノートゥス科に属する淡水魚で,南米のアマゾン川およびオリノコ川流域に分布している.ウナギの名を冠してはいるが,ウナギ目ウナギ科に属するニホンウナギとは全く異なる種となる.デンキウナギは1864年に現在のElectrophorusに分類され,以降E. electricusの1種のみとされてきた1).ところが2019年,形態やDNA配列に基づいて,E. variiおよびE. voltaiを追加した3種に再分類された2).これまでに報告された最大電圧はE. voltaiで記録された860 Vであるが,これは全長1219 mmの個体での報告である2)Electrophorus類は最大で2 mに達する個体も確認されており,自然環境において860 V以上の放電を行える個体が存在する可能性は否定しきれない.

2.  電気穿孔法

電気穿孔法(エレクトロポレーション)とは,細胞を電気パルスに晒すことにより,細胞膜に孔を開けて細胞外にある核酸(DNAあるいはRNA)を自然拡散で細胞中に導入する,分子生物学上の実験手法である.電気パルスの条件は対象とする生物および細胞種によって異なり,例えばゼブラフィッシュ胚であれば[電圧:5-20 V,パルス幅:1 ms,パルス間隔:50 ms,回数:2-3回]程度が至適条件として報告されている3).エレクトロポレーションはあくまで人工的な環境下での実験手法であり,自然下で同様の現象が再現しうるかという考察や検証は乏しい.過去には落雷が土壌細菌に及ぼす影響を考察した研究事例はあるものの4),実験的な検証は見当たらない.

3.  遺伝子の水平伝播

ここでひとつ考えておきたいのは,原動力がどうあれ,自然下で細胞への外来DNA導入が起こっているかということである.結論から言えば起こっている.遺伝子の水平伝播(horizontal gene transfer)と呼ばれる現象は古くから報告されている.これは,本来であれば世代間で受け継がれるべき遺伝情報が,個体や種を跨いで伝播するという現象を指す.遺伝子の水平伝播はバクテリアから脊椎動物まで,様々な生物種で起こったとされる痕跡が報告されている.近年の事例を挙げれば,カマキリに寄生するハリガネムシが,宿主の遺伝情報を水平伝播により獲得して利用していることが報告された5).遺伝子の水平伝播はゲノムに残された痕跡として発見されるため,DNAが個体間を移動する現場の観測や,その原動力の特定には至っていない.原動力としては,細胞同士の接合やウイルス感染などによる能動的な要因や,損傷した細胞にたまたま取り込まれる受動的な要因が提唱されているが,自然下で起こった伝播との因果関係を証明することは難しい.

4.  デンキウナギによる水平伝播:構想

そのような背景の下,我々は自然下で起こる遺伝子の水平伝播の要因のひとつとして,デンキウナギを電源とするエレクトロポレーションに注目した.我々はまず,デンキウナギが生息するアマゾン川の環境を想像することから始めた.電源装置としてのデンキウナギは自然下で生息しており,2023年公開の国際自然保護連合のレッドリストにおいても低懸念(least concern)にカテゴライズされている.その周囲にはDNAのレシピエントとなる多種多様な生物が共存していることも想像に難くない.最後に,ドナーとなるDNAの供給元であるが,アマゾン川流域の水圏から2.68 ng/μlの環境DNAが検出されたとする報告もあり6),少なくない量のDNAがデンキウナギとレシピエント生物の周囲に存在すると考えた.

ここまで妄想を進めたのが2020年下半期であり,折しもコロナ禍で海外でのサンプリングを含む計画を立てることは難しかった.そこで我々は,デンキウナギを研究室で飼育して,あくまで人為的な環境下において,エレクトロポレーションによるDNA導入の可否を検証することとした.

5.  デンキウナギによる水平伝播:検証

全長60 cm弱のデンキウナギ生体をペットショップから入手し,効率よく放電を促す方法を探索した.いくつかの方法を試した結果,安楽死させた金魚をクリップで電極棒の先端に取り付け,捕食時の放電を利用する方法に落ち着いた.この方法は,放電時には頭部が常に電極の至近に位置し,金魚1匹を食べ終わるまでのおよそ30秒間に限って放電するため,比較的再現性よくデンキウナギ由来の電気パルスを得ることができた(図1).今回用いた個体からは1回の捕食行動で[電圧:184.6 ± 1.9 V,パルス幅(半幅値):0.501 ± 0.001 ms,パルス間隔:19.4 ± 2.1 ms,回数:447回]のパルスが記録された.パルス形状は一般的なエレクトロポレーターの発する矩形波ではなく,釣鐘状であった(図2).

図1

上段:デンキウナギを用いた放電の誘導.安楽死させた金魚を電極に結び付け,頭部(+極)と電極を近づけた状態での放電を誘導し,波形を記録する.下段:デンキウナギを用いた放電実験の様子.金魚に食いつく瞬間のキャプチャ画像.電極にはDNA溶液とゼブラフィッシュの入ったキュベットも取り付けられている(矢印).動画(https://youtu.be/CbrCPyYX8Pg).

図2

上段:図1に示した放電時に記録したパルス.捕食行動の約30秒間で447回のパルスを記録した.下段:447回を平均化した釣鐘状のパルス波形.電圧の分布(平均値184.6 ± 1.9 V).半幅値の分布(平均値0.501 ± 0.001 ms).パルス間のインターバルの分布(平均値19.4 ± 2.1 ms,中央値13.8 ms).

レシピエントの生物種には受精卵から成魚までのサンプル供給が容易なゼブラフィッシュ(Danio rerio)を選択し,ドナーにはゼブラフィッシュの全身で強く発現するβアクチンプロモーターにGFP(green fluorescent protein)cDNAを連結したプラスミドを用いた.レシピエントは放電に曝露した後で回収する必要があるため,エレクトロポレーションキュベット内でプラスミドDNA溶液(1 ng/μl)に浸した状態で密閉し,電極棒の先端に取り付けてデンキウナギのいる水槽の中に沈め,放電に曝露した.

予備実験から,受精後間もない(1-2日)胚は放電による致死率が高いことが分かったため,受精後7日の稚魚を用いて放電実験を行った.その結果,試行ごとに生存率やGFP陽性率にバラつきはあったものの,デンキウナギの放電がGFP陽性細胞を含む胚の出現率を上昇させることが分かった(図37)

図3

デンキウナギの放電への暴露後,DNA導入が起こったと判定したゼブラフィッシュ稚魚.体表に高輝度の緑色蛍光を持つ細胞が複数観察された.スケールバー,100 μm.

6.  デンキウナギによる水平伝播:考察

ここまでで,あくまで実験室における人為的条件下ではあるが,デンキウナギの放電が周囲の生物にエレクトロポレーションによるDNA導入を促進することが明らかになった.だが一方で,同様の現象が自然環境下でも再現されているか,そして遺伝子の水平伝播の要因のひとつとなりうるかどうかについては,より慎重に考察する必要がある.

まず同様のDNA導入現象については,自然環境におけるデンキウナギおよび他生物種の分布,河川水に含まれる環境DNAの濃度の報告から,起こりうると考えている.だが一方で,導入したDNAが遺伝因子となるには,核内の染色体に組み込まれる必要がある.それが子孫に伝播するとなると,脊椎動物では生殖系列への組み込みが生殖系列の細胞で起こる必要がある.我々の実験では生殖細胞への導入の検証は行っておらず,GFP蛍光を指標とするならば,体表のごく限られた体細胞のみに導入が起こったとするのが妥当だろう.

ここでレシピエントとして,分裂で子孫を作る単細胞生物を仮想した場合,生殖細胞の議論は必要ではなくなる.我々も同様のアイデアから,大腸菌とゾウリムシを用いた検証を試みたが,共に良い結果は得られていない.大腸菌のエレクトロポレーションにおいて,細胞に孔を開けるPoring Pulseは[電圧:2000 V,パルス幅:2.5 ms,パルス間隔:50 ms,回数:1回]程度が標準的に用いられており,実験に用いたデンキウナギでは出力不足だったと考察している.ゾウリムシについてはより小さな電界強度でエレクトロポレーションが可能とする文献があったものの8),我々の系で再現することはできなかった.

以上のことから,我々の実験結果はデンキウナギの放電を原動力とした遺伝子の水平伝播の可能性を支持する.だがそれは,電源となるデンキウナギのサイズ(出力),環境中のDNA濃度,レシピエント生物が実際に晒される電界強度,レシピエント生物の持つ性質に大きく左右されると考えられる.広大な自然環境で長い時間をかければ散発的には起こりうるかも知れないが,生物の遺伝子改変(進化)や生態系に及ぼす影響力を評価するには,より多面的な検証と考察が必要であろう.

7.  さいごに

本稿の著者は水平伝播を専門に扱ってきた研究者ではなく,どちらかと言えば魚類愛好家の視点から,デンキウナギを原動力としたエレクトロポレーションの可能性を着想した.言わば思いつきを実行に移し,幸運にも新しい考えを提唱することができた.このような経緯で実施される研究は現代生物学では決して多くないかも知れない.だがそこには,間違いなくサイエンスの醍醐味とロマンが詰まっていると信じて,この先も私は研究を続けていきたいと考えている.

文献
Biographies

飯田敦夫(いいだ あつお)

名古屋大学大学院生命農学研究科

 
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