Seibutsu Butsuri
Online ISSN : 1347-4219
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ISSN-L : 0582-4052
Perspective
An Environment for Challenging Research
Masahiro UEDA
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2024 Volume 64 Issue 6 Pages 287

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職,資金,自由が必要ということになるだろうが,これらが悉く縮小の危機にあるのが現在の日本のアカデミアであると認識している.40歳まで特任研究員として過ごした.その後に大学職員になるも,任期付き雇用が46歳まで続いた.この間,多くの方々のサポートがあって生きのびたが,博士号取得後は計2年間の厳しい経済状況にあり,数年ごとに迫る失職への不安から研究者を辞めざるを得ないのではと考える日々にあったことは,今でも諸々の時勢に対する判断の基盤となっている.研究を継続できたのは,直接には綱渡り的に職と資金が得られたからであるが,私がやりたい研究を理解して励ましてくれた先達や同志がいたことで,挑戦する意志を保てた.若い研究者にとって研究の自由と継続の覚悟は,理解者の存在が大きく影響する.困難な時期に,私が心の底から面白いと思えた「細胞の自発性」について飄々と語る碩学に出会えた.また,生命機能に対する独自の視点からおもろい研究を爆誕させ,私の稚拙な議論にも目の覚める洞察を示して下さった大先達.居酒屋での私のアイデアに「それをやろう」と細胞内1分子イメージングの開発に誘って下さった先輩.様々な理解者がいたことが研究を続ける判断にポジティブに働いた.やりたい研究に挑戦できる自由があった.生物物理学会はそうした理解者に出会える場であり続けて欲しい.

研究は探索を基本とするので,試行錯誤を重ねることでしか成功に結びつかない.理解が進まず虚しく失敗に終わることもある.失敗できない環境では,挑戦もできない.徒労に終わろうとも挑戦する日々を自ら歩む研究者一人ひとりに過重なリスクを負わせるのではなく,今少し優しく見守りサポートする社会であって欲しい.人類の健康と福祉への科学の貢献は,試行錯誤を積み重ねる研究者個々人で評価すれば小さく“コスパ”が悪いかもしれない.しかし,そうした個人が集まって生み出す集合知が人類の自然認識のフロンティアを開拓し,科学コミュニティーとして不断に貢献する.失敗しても大丈夫と若い研究者に軽々しくは言えない状況であるし,生存者バイアスとして伝わるだけだろう.それでもなお言いたい.挑戦しよう.理解者はどこかにいるはずだ.

学会設立20年後の1980年代に“生物物理学研究所”が構想され,その試みは今も形を変えて続いている.研究に挑戦できる環境の整備は一つの学会,学問領域,国内にとどまる話ではない.良いモデルケースを提案,実現できれば良いが,ここにも集合知と理解者が必要であろう.

 
© 2024 The Biophysical Society of Japan
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