2024 Volume 64 Issue 6 Pages 303-305
細胞や組織の電子顕微鏡(電顕)画像から目的構造を抽出するには多大な労力を要する.本稿では筆者らが開発した対話型深層学習法による超高効率な電顕画像解析手法を紹介し,本手法によるミトコンドリア内膜クリステ構造の3次元再構築結果や,ミトコンドリア内膜局在OPA1欠損細胞における表現系の解析結果を解説する.

近年,次世代シーケンシング技術や遺伝子改変技術の発達により,遺伝子変異が細胞に与える表現系の解析は飛躍的に高効率化した.その結果,ミトコンドリア局在タンパク質をコードする多くの遺伝子に神経変性疾患を含むさまざまな疾患と高い相関を持つ変異が発見され,実際にそれらの遺伝子変異が病態の原因となることが示唆されつつある.そのため,これらの遺伝子変異が実際のミトコンドリアの形態やミトコンドリア内膜構造クリステのナノメートルレベルの微細構造に与える影響を明らかにするべく,電子顕微鏡(電顕)を用いた微細構造解析が行われてきた.細胞内の微細構造を電顕観察するためには超薄切片を作製する必要があるが,高難易度かつ専門的な技術が求められ,その上電顕撮影においても高度な撮影技術が必須である.これらの理由からミトコンドリアの微細構造解析は,多くは2次元的な平面画像での解析にとどまっており,遺伝子の表現系解析と比べて極めて非効率であった.ところが近年,超薄切片作製と電顕画像撮影を自動化する技術が発展し,連続切片電顕法(serial-section EM, ssEM)が大きくハイスループット化しており,その結果数千枚にも及ぶ電顕の連続断層画像を自動取得できるようになった.これにより,さまざまな状態の細胞や組織の3次元微細構造を従来よりも格段に早く撮影可能となった.その一方で,取得した画像容量は時にはテラバイトに及び,その解析が新たな律速段階となっている.細胞の電顕画像は,無差別に膜構造,核酸,タンパク質などをモノトーンのグレースケール画像として可視化する.したがって,電顕画像中の特定の構造を解析するためには,画像中から対象構造をトレーシングし,抽出しなければならない.これまで電顕画像から目的の構造を抽出する作業は熟練の観察者により手作業で行われており,単純な作業ではあるものの膨大な労働量を要するため,解析可能なサンプル数が限定されてしまっていた.そこで,この問題を解決すべく,人工知能(AI),特に深層学習を導入した電顕画像解析の自動化を促進する試みが行われており,実際にミトコンドリア構造抽出については高精度化が達成され実用的なところまで到達している.しかしながら,クリステ構造のように複雑かつ微細な細胞内3次元構造の解析は,ヒトにとっても解析が難しく従来の深層学習法を用いた自動解析は困難であった.
本稿では,この問題点を解消するために構築した深層学習を応用した画像解析ワークフローおよびその解析例を紹介し,さらにその検証結果も紹介したい.
深層学習を用いた構造抽出法は,ニューラルネットワーク構造のU-Net1)が登場して以来,多岐にわたる改良が行われて高精度化され続けている.深層学習による構造抽出の手順では,まず膨大な枚数の電顕画像の中から数枚〜数十枚程度を選び,目的の構造を手動で抽出した教師データを作成する.続いて,元の電顕画像と教師データをペアとして,「ヒトであったらどの構造を目的の構造だと判断するのか」を深層学習によってコンピュータに学習させ,目的構造の特徴を覚え込ませたモデルを構築させる.最後に構築したモデルに元の膨大な枚数の電顕画像を照らし合わることで,どの部分が目的の構造かをコンピュータに推論させる.この推論結果の中には誤って抽出している領域や抽出できていない領域が存在しているので,それらの箇所を人間の手で修正することで最終的に目的の構造領域を正確に抽出する(図1A).我々も当初この手法を用いた解析を,数百枚もの連続切片電顕画像からのミトコンドリア構造抽出に適用したところ,抽出精度は約70%にしか到達できず,残り30%の部分の手作業による修正に多くの労力と時間を割く必要があった.

電顕画像からの構造抽出法.(A)従来の深層学習法を用いた構造抽出方法.(B)PHILOWによる高効率的な構造抽出方法.
そこで我々は,抽出精度を向上させるべく,ミトコンドリア構造の特徴のあらゆるパターンを網羅的に教師データとして加えて学習させるために,「推論結果の中から誤答率の高い画像,すなわち以前までの教師データに含まれていない特徴が存在する部位を選択して教師データに加え,新たにモデルを学習させて推論し,このサイクルを繰り返すことでモデルを強化する手法」,HITL(Human-in-the-loop)法を構築した(図1B).しかしながら,HITL法を実行するには,電顕画像内の目的構造を手動で抽出する色塗りツールと,深層学習のプラットフォームを交互に使用する必要がある.また同時に,教師データや推論結果などの画像ファイル,およびプログラムコードの適切な管理も必須であり,これら煩雑な作業が障壁となり実現が困難であった.そこで,我々は,プログラミングせずにHITL法を利用できる,全ての必要機能を備えた独自のプラットフォームPHILOW(Python-based human-in-the-loop workflow)を開発した2).PHILOWはGithubにて無料公開しており,インストール手順から使用方法まで詳しく解説しているため,誰でも利用可能である(https://github.com/neurobiology-ut/PHILOW).また,誤抽出の多くは,切片の切断面がミトコンドリアの持つ曲線部と接線方向にあり,ミトコンドリアの境界の判別が困難であることに起因した.そこで,「X-Y平面画像からのミトコンドリア構造抽出に用いた学習済みモデルを,Y-Z平面,Z-X平面にも適用し,推論結果を多数決させることで,対象の構造が目的構造であるかを1ボクセル単位で3方向から決定する手法」,Three-Axes Prediction(TAP)法を実装し,PHILOWに搭載した.その結果,構造解析を3次元的に行うことで,ミトコンドリアの境界部分でさえも極めて高精度に抽出できたため,抽出精度は99%以上に達した.これは,従来の深層学習を適用した抽出法では3ヶ月要していた構造抽出が,わずか10日で完了することを意味しており,HITL-TAP法が非常に高効率的な画像解析手法であることを示している.
ミトコンドリアは限られた体積内でATP産生などの生化学反応を効率的に行うために,複雑に折りたたまれた内膜構造であるクリステを形成している.このクリステ構造は,細胞や組織の異なるエネルギー要求に応答するため,さまざまな形態をとると考えられている.しかし,ATP産生をはじめとする生化学反応とクリステ構造の関係性は未だ明らかになっていない.この大きな要因の一つは,クリステ構造の複雑さから,3次元構造を定量的に解析する手法が未だ存在していないことであった.近年の電子線トモグラフィを用いた研究により,クリステ構造はチューブ状とシート(ラメラ)状に分類できることが明らかになった.しかし,この手法では観察可能な厚さが200 nm程度に限られており,ミトコンドリア全体のクリステ構造を把握することは不可能であった.そこで,PHILOWによるHITL-TAP法を用いて,集束イオンビーム走査型電子顕微鏡(FIB-SEM)で撮影したマウス線維芽細胞の数百枚に及ぶ連続切片電顕画像を解析することで,クリステ構造の抽出を試みた.その結果,クリステを3次元的に再構築することに世界で初めて成功し,手作業による抽出結果と比較したところ,手作業よりも高精度,すなわちSuperhumanの精度であった(図2).

PHILOWを用いてSuperhumanの精度で抽出された,マウス線維芽細胞のミトコンドリアとその内膜構造クリステ.ミトコンドリア(マゼンタ),ラメラ状クリステ(黄色),チューブ状クリステ(シアン).
ミトコンドリアの機能異常を引き起こすミトコンドリア局在遺伝子の変異は多く知られているものの,クリステ構造にどのような影響を及ぼすのかについては2次元的かつ定性的な解析にとどまっていた.これは,ミトコンドリア内膜に局在し内膜融合に重要な役割を果たすことが知られているタンパク質OPA1についても当てはまる.OPA1遺伝子における変異は優性遺伝性視神経委縮症と強い相関を示し,実際OPA1遺伝子の変異によりクリステ構造が変化することも知られている.しかしこの時,クリステ構造の変化を3次元的かつ定量的に報告した例はなかった.そこで我々は,FIB-SEMを用いてOPA1欠損マウス線維芽細胞の3次元連続電顕画像を撮影し,PHILOWによって数百個のミトコンドリアかつその内部クリステ構造を抽出し,3次元再構築した(図3A).さらに,抽出したミトコンドリアおよびクリステ構造を定量解析したところ,OPA1欠損細胞ではミトコンドリア単位体積あたりのクリステ総表面積量は変わらないものの(図3B),クリステ表面積におけるチューブ状クリステの割合は有意に減少していた(図3C).このことから,チューブ状かラメラ状か,クリステ構造のバランスを決定する上でOPA1が重要な役割を果たすことを新たに発見した.

OPA1欠損細胞におけるクリステ構造での表現系の比較.(A)OPA1欠損細胞の3次元再構築結果.ミトコンドリア(マゼンタ),ラメラ状クリステ(黄色),チューブ状クリステ(シアン).(B)ミトコンドリア単位体積におけるクリステ総表面積量の比較.(C)チューブ状クリステの表面積の割合の比較.
近年3次元連続電顕法は特に着目されつつある技術であり3),細胞やミトコンドリア構造などの特定の部分を抽出する,深層学習を取り入れた電顕画像解析ツールはいくつか報告されている4),5).今回の研究にて開発したPHILOWは,今後,ミトコンドリアやクリステ構造解析のみならずさまざまな電顕画像の解析や,さらには光学顕微鏡画像を含んだ画像解析に適用され,さまざまな研究を加速化することが期待される.また,本研究で明らかになったOPA1の新たな機能の理解は,優性遺伝性視神経委縮症をはじめとする疾患においてミトコンドリア変異と病態の関係性を解明する上で重要な一歩になる.今後,本解析手法を用いることで,ミトコンドリアのみならずさまざまなオルガネラが関連している疾患などの原因解明が促進することが期待される.