2024 Volume 64 Issue 6 Pages 306-308
悪性のがん細胞の多くは,集団運動することによって浸潤や転移を効率よく起こす.しかし,がん細胞の集団運動を制御するメカニズムには未だ不明な点が多い.本トピックスでは,私たちの研究グループが近年解明したN-カドヘリンのエンドサイトーシスを介したがん細胞集団の運動制御機構を紹介する.
がんは,世界の主たる死因の一つであり,その治療法の開発が喫緊の課題となっている.がん患者の死因の9割以上が転移に起因していることが知られる.転移プロセスは,原発巣から周囲の組織へのがん細胞の侵入に始まり,血管やリンパ系を通じて他の器官や組織へ移動し,新たな腫瘍(転移巣)を形成するという複雑な過程を経る.近年,悪性度の高いがん細胞の多くは,単独ではなく集団として移動し,効率的に浸潤・転移を行うことが判明してきた1).しかし,このがん細胞の集団運動を制御するメカニズムについては,まだ多くの謎が残されている.本トピックスでは,細胞集団運動について概要を説明するとともに,私たちの研究グループが最近解明した,N-カドヘリンのエンドサイトーシスを介したがん細胞の集団運動制御機構に関する新知見を紹介する2).
細胞運動は,個体の形成,創傷治癒,免疫応答などの多様な生体プロセスで重要な機能を担っている.一方,細胞運動の制御異常は,がんの浸潤や転移などに深く関わる.多くの細胞は個々に運動するが,細胞はしばしば隣接する細胞との接着を維持しつつ,集団として運動(細胞集団運動)することが知られている(図1)3).細胞集団運動には,異なる特徴を持つ2種類の細胞,リーダー細胞とフォロワー細胞が関与している.細胞集団の運動方向前部では,リーダー細胞が突起を形成し,細胞外環境からの刺激に応じて運動の方向や速さを決定する.一方で,フォロワー細胞は強固な細胞間接着を維持しながら,細胞集団が協調的に運動できるように制御する.細胞集団運動では,焦点接着斑(focal adhesion)とアドへレンス・ジャンクション(adherens junction)が,それぞれ細胞-細胞外マトリクス間,細胞-細胞間で生じるメカニカルストレスを制御し,細胞集団としての協調的な運動を可能にしている.アドへレンス・ジャンクションの主要な構成因子であるカドヘリンは,竹市雅俊博士により発見・命名されたカルシウム依存的な細胞接着分子で,発生過程やがん進展などにおいて重要な働きを持つ4).哺乳類では100種類を超えるサブタイプが存在し,それらはクラシカルカドヘリン(Classical Cadherins),デスモソーマルカドヘリン(Desmosomal Cadherins),プロトカドヘリン(Protocadherins),その他のカドヘリン(Unconventional Cadherins)に大別される.多くのカドヘリンは1回膜貫通型蛋白質で,5個のECドメイン(カドヘリンリピートとも呼ばれる)からなる長い細胞外領域と,膜貫通領域,短い細胞質領域を持つ.ECドメインは同種のカドヘリンによるホモフィリックな細胞間接着に関わる.一方,カドヘリンの細胞質領域は,β-カテニンという細胞質因子と結合し,さらにα-カテニンを介してアクチン細胞骨格と相互作用する.また細胞質領域には,カドヘリンのエンドサイトーシスに関わるp120カテニン(CTNND1)との結合部位が存在し,細胞表面からのカドヘリンの取り込みが調節される5).クラシカルカドヘリンであるN-カドヘリン(図2)は,神経や心筋の細胞で機能する他,がんの転移に関わることが知られている.しかし,細胞集団運動においてN-カドヘリンのエンドサイトーシスがどのように制御されるのか,その詳細は不明であった.
細胞集団運動の模式図.リーダー細胞,フォロワー細胞における細胞接着装置(アドへレンスジャンクションと接着斑)を示す.
N-カドヘリンとPACSIN2のドメイン構造.
私たちは,がん細胞の集団運動が,PACSIN2という蛋白質によって制御されることを明らかにした2).PACSIN(Protein kinase C and casein kinase substrate in neurons)(Syndapinとも呼ばれる)は,細胞内小胞輸送,細胞骨格の制御,細胞内シグナリングなど,多様な細胞機能に関わる蛋白質である6).哺乳類には3つのアイソフォーム(PACSIN1, PACSIN2, PACSIN3)が存在し,PACSIN1が脳,PACSIN3が骨格筋や心筋など組織特異的に発現するのに対し,PACSIN 2は全組織で発現している.すべてのアイソフォームに共通し,N末にF-BAR(Fes-CIP4 homology Bin-Amphiphysin-Rvs161/167)ドメイン,C末にSH3(Src-Homology 3)ドメインを持つ(図2).F-BARドメインは二量体を形成し,三日月状の立体構造の凹面で膜に結合し,曲率に応じて膜を変形させる.一方,SH3ドメインは他の蛋白質のプロリンに富むモチーフ(X-P-X-X-P)と相互作用する.近年,TCGA(The Cancer Genome Atlas)のがん種横断的全ゲノム解析(PanCancer Atlas Studies)により,子宮がんや肺がん,膀胱がんなどの患者で,PACSIN2遺伝子の欠失や変異が報告されていた7).しかし,がん細胞におけるPACSIN2の機能は不明であった.
私たちは,ヒト膀胱移行上皮がん由来T24細胞を用いて,PACSIN2の機能解析を行った.まず創傷治癒(スクラッチ)アッセイで,PACSIN2の細胞運動における機能を解析した.その結果,PACSIN2をRNAiにより発現抑制したT24細胞は,運動能が向上することが明らかになった.そこで,ライブセルイメージングで細胞運動の様子をリアルタイム解析したところ,PACSIN2 RNAi細胞はコントロール細胞に比べて,運動の速さには変化がないものの,運動の方向性が定まる傾向があることがわかった(図3).また,蛍光抗体法によってPACSIN2 RNAi細胞の状態を詳細に解析したところ,複数の細胞が集まって細胞塊を形成し(図4),細胞同士の境界面には,悪性がんで発現するN-カドへリンが集積することが明らかになった(図5).さらに透過型電子顕微鏡を用いて細胞境界領域の微細構造を観察すると,隣り合った細胞から伸びた膜突起構造を,互いに組み合うようにして細胞が接着していることも明らかになった(図5).
創傷治癒アッセイにおける6時間の細胞運動の軌跡.PACSIN2 RNAi細胞(右)では,コントロール細胞(左)に比べ運動の方向性が揃っている.スケールバーは100 μm.文献2より改変.
PACSIN2 RNAiによる細胞塊の形成.アクチン(赤)とDNA(青)の蛍光顕微鏡像を示す.スケールバーは10 μm.文献2より改変.
PACSIN2 RNAi細胞の接着部位におけるN-カドヘリン(緑),アクチン(赤),DNA(青)の蛍光顕微鏡像(左)と電子顕微鏡像(右).スケールバーは10 μm(左)と1 μm(右).文献2より改変.
細胞接着に直接関与する細胞表面のカドへリン量は,細胞表面からのエンドサイトーシスによる取り込み,さらに細胞表面へのリサイクリングや細胞内分解など,細胞内膜輸送系により調節される.そこで,細胞表面ビオチン化法を用いて,細胞内膜輸送過程におけるN-カドヘリン量を定量的に解析した.その結果,PACSIN2 RNAi細胞では,細胞内に取り込まれるN-カドヘリンが減少していたことから,PACSIN2がN-カドへリンのエンドサイトーシスに必要であることが明らかになった.つまり,PACSIN2 RNAi細胞では,N-カドへリンが細胞内に取り込まれずに細胞表面のN-カドへリン量が増えるため,細胞同士が接着しやすくなることがわかった.PACSIN2による細胞接着の制御は,ヒト肺がん由来H1299細胞においても同様に見られたことから,PACSIN2は多様ながん細胞において,N-カドヘリンのエンドサイトーシスを介して,細胞集団運動を制御する可能性が強く示唆された.
次に,PACSIN2によりN-カドヘリンのエンドサイトーシスがどのように制御されるのかについて解析した.先述したように,PACISN2はC末にSH3ドメインを持ち,X-P-X-X-Pモチーフと相互作用する.興味深いことに,N-カドヘリンの細胞質領域には2カ所のX-P-X-X-Pモチーフが存在し,PACISN2と直接相互作用する可能性が示唆された.実際に,N末にGSTタグを付したPACSIN 2 SH3ドメインを用いたGSTプルダウンアッセイにより,PACSIN2とN-カドヘリンの相互作用を検証したところ,PACSIN2のSH3ドメインがN-カドヘリンの細胞質領域と結合すること,さらにその結合にはN-カドヘリンの細胞質領域2カ所のX-P-X-X-Pモチーフが必要であることを明らかにした.X-P-X-X-PモチーフのProlineをAlanineに置換した,PACSIN2非結合型N-カドヘリン変異体は,エンドサイトーシスによる細胞内への取り込み量が低下し,同変異体を発現した細胞は,細胞塊の形成などPACSIN2 RNAi細胞と同様の表現型を示すことが明らかになった.以上より,がん細胞の集団運動の制御には,PACSIN2を介したN-カドヘリンのエンドサイトーシスが重要な役割を持つことが明らかになった.
近年,集団で運動するがん細胞は,浸潤や転移能力が高いだけでなく,抗がん剤に対する抵抗性も顕著であることが明らかになってきた.今後,がん細胞の集団運動を制御するメカニズムの解明が進むことで,がんの早期検出に資する新規バイオマーカーの開発や,細胞集団運動を標的としたがん創薬につながる可能性がある.また,細胞集団運動は,個体の発生過程や傷の治癒など,多様な生命現象において不可欠な役割を担っている.本研究成果は,細胞集団運動が関与する幅広い生命現象を制御する分子メカニズムの解明にも貢献することが期待される.
Haymar WINT(へいまー うぃんと)
理化学研究所BDR血管形成研究チーム研究員
竹居孝二(たけい こうじ)
岡山大学学術研究院医歯薬学域教授
竹田哲也(たけだ てつや)
岡山大学学術研究院医歯薬学域研究准教授