Seibutsu Butsuri
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Cutting Edge of Data-Driven Antibody Design
Ryo MATSUNAGAKouhei TSUMOTO
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2024 Volume 64 Issue 6 Pages 309-312

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Abstract

従来の抗体最適化設計においては煩雑な実験による検証が課題だった.我々は,ブレビバチルス発現系,ナノポアシーケンスおよびハイスループット解析技術を融合して,ハイスループットな相互作用解析系BreviAと熱安定性解析系Brevityを開発し,抗体の親和性・特異性・安定性の評価と最適化を効率化した.

1.  はじめに:従来の抗体最適化設計における課題

抗体(イムノグロブリン)は4本のポリペプチド鎖から構成され,定常領域と可変領域を持つ.ヒトでは5種類のクラス(IgG, IgM, IgA, IgD, IgE)に分類されるが,以降では最も一般的なIgGについて述べる.IgGはY字型構造を持つ150 kDaの分子である.Fab領域とFc領域に分けられ,Fab領域の可変領域(VH, VL)が抗原結合部位を形成する.各領域には3か所の相補性決定領域(CDR: Complementary Determining Region)があり,特にCDR-H3は抗原結合に重要で多様性に富む.生体内の抗体産生細胞のレパートリーは理論上1011種類に達し,親和性成熟のプロセスでさらに多様性は増加する.

従来の抗体取得法では,ハイブリドーマ技術などを用いた抗体産生細胞の単離,配列解析,スクリーニングなどの煩雑な手順により,リード候補の同定に時間を要する.さらに,望ましい特性を有する抗体配列の候補を見つけるには多数の候補を評価する必要があるが,従来の実験技術では膨大な配列や構造の多様性を十分に検証することが難しい.抗原認識,親和性,特異性などの重要な特性評価には低スループットの実験的アッセイに依存せざるを得ず,より結合能の高い抗体を得るための最適化設計プロセスにおいても配列空間の効率的な探索が困難である.加えて,製造や治療応用に不可欠な物理化学的安定性や製剤安定性の評価には多大な実験的労力を要しており,従来の経験的で試行錯誤的なアプローチでは,これらの抗体開発のボトルネックを解消することがきわめて難しい状況にある.

そこで我々は,ハイスループットに抗体を発現し,抗原に対する親和性および物性を測定できる系の開発を進めている.従来は遺伝子工学的手法により各抗体クローンのベクターを作製し,サンガー法によるDNAシーケンス解析でその配列を確認したのち,微生物の形質転換や哺乳細胞のトランスフェクションにより抗体をリコンビナント発現させ,多段階の精製を経て親和性解析や物性解析に供されてきた.これらのプロセスは高作業負荷かつ高コストのため,多くても数十種類程度の候補を評価するのが限界だった.我々は,マルチウェルプレートでベクター構築,シーケンス解析,抗体発現,精製,分子間相互作用解析を行うBreviA,熱安定性解析を行うBrevityを開発した.本稿では,その構成要素となる各種技術を紹介したのち,実際の応用例について簡単に紹介する.

2.  ブレビバチルス発現系

大腸菌は長年利用されている汎用的で簡便な発現系だが,細胞内は還元的な環境のため,ジスルフィド結合を有する抗体のようなタンパク質はペリプラズム(細胞膜と細胞外膜に囲まれた空間)で発現させる必要があり,その分泌効率や可溶性発現の成功率が低いことが知られている.一方,ブレビバチルスはグラム陽性菌であるためペリプラズムを有さず,培地へのリコンビナントタンパク質の分泌能力に優れている.

したがって,ブレビバチルス発現系を用いれば,遠心分離によって培地上清を回収し,簡便な処理のみで抗体を分析することが可能になるのではないかと考えた.我々は,多数のクローンの効率的な培養方法として,96ウェルプレートでの培養方法を確立した.さらに,培地へ折り畳み補助分子としてアルギニン塩酸塩やプロリンを添加することでFab,VHHなどの断片抗体を含む様々なタンパク質の可溶性発現量が向上することを確認した1)

3.  ナノポアシーケンサーによる並列シーケンス解析

96ウェルプレートで培養した各抗体クローンの親和性や物性とそのアミノ酸配列を結合したデータセットの取得のためには,遺伝子配列の解析が必須である.当初は,遠心分離で回収した菌体からプラスミドを精製し,サンガー法によって遺伝子配列解析を実施していた2).しかしながら,高作業負荷,高コストであるうえに,複数クローンが混合したサンプルの自動判別が困難であるという課題に直面した.

そこで,次世代シーケンシング技術の一つであるナノポアシーケンサーの活用を着想した.本手法では,タンパク質で構成されるナノサイズの孔(ナノポア)をDNAが通過する際の電流変化を測定することで,DNAの塩基配列を1分子レベルで解析することができる.メリットとして,ハンディサイズの装置を用いて解析が可能のため,高額な設備投資が不要である点が挙げられる.

我々は,既に報告されていたダイレクトPCRによるナノポアシーケンシング用バーコード付加ライブラリの調製および解析手法3)をアレンジして,1152サンプルの並列シーケンス解析手法を確立した4)図1).本手法は,ダイレクトPCR後に1152サンプルをまとめて処理することができるため操作が簡便であること,解析できる遺伝子領域の長さに制限がなくFabのような2つの鎖,4ドメインからなる遺伝子領域(約1500塩基)を一度に解析可能であること,1サンプルにつき数百リード以上解析してコンセンサス配列を取得することで正確な配列決定が可能であること,複数クローンの混合の判別に閾値を設定することで解析の全自動化が可能であることなど,多くの利点を有する.

図1

並列シーケンス解析の概要.

4.  ハイスループット相互作用解析系BreviA

個々の抗体クローンの親和性をハイスループットに評価するため,表面プラズモン共鳴法(SPR: Surface Plasmon Resonance)を用いたハイスループット相互作用解析系BreviAを構築した2)図2).BreviAでは,培養上清に分泌された抗体を硫酸アンモニウム(硫安)により沈殿させ,その画分を回収・可溶化したのち,ポリヒスチジンタグによりセンサーチップ上に特異的に固定化し,抗原溶液を添加することで,抗原-抗体間相互作用における結合速度定数(kon),解離速度定数(koff),解離平衡定数(KD)を測定する.384サンプルの相互作用を同時測定できるハイスループットSPR装置を利用することで,数百クローンの抗体変異体の親和性を1回の測定で評価できる.

図2

BreviAの概要.

従来のハイスループット相互作用スクリーニング系では,抗原への結合の有無を検出することはできても,親和性自体の直接的な評価は困難だったが,BreviAでは,各抗体の親和性を直接的かつ定量的に評価できる点で画期的である.

我々はBreviAの有用性を検証するために,抗ヒトPD-1(hPD-1)抗体toripalimabのマウスPD-1(mPD-1)への交差反応性を高めるための変異体設計に取り組んだ.はじめに,toripalimabのCDRの全残基をアラニンもしくはチロシンに変異した単変異Fabライブラリを作製し,BreviAによるhPD-1およびFc融合mPD-1(mPD-1-Fc)に対する相互作用解析を行った.その結果,hPD-1,mPD-1-Fcへの結合に大きく寄与するhotspot残基が特定されたうえに,L鎖99-101番の領域に変異を加えると,mPD-1-Fcへの親和性が大きく向上することが明らかになった(図3A).そこで,当該領域への網羅的な単変異導入スキャン(DMS: Deep Mutational Scanning)ライブラリを作製して再度BreviAを行ったところ,hPD-1への親和性を維持したまま,mPD-1-Fcへの親和性が約100倍向上した2つの単変異体(L.V99G, L.P100H)を見出した(図3B).

図3

BreviAによる親和性測定結果.(A)全CDRのアラニン/チロシン単変異体ライブラリの測定結果.(B)L鎖99-101番残基のDMSライブラリの測定結果.

以上より,データ駆動により抗体の親和性・特異性の最適化を迅速に行うことができることを実証した.

5.  ハイスループット熱安定性解析系Brevity

前述のように,抗体の実応用には親和性や特異性のみならず,分子としての安定性も重要である.抗体の熱安定性を測定する手法としては,示差走査熱量測定(DSC: Differential Scanning Calorimetry)が一般的であるが,必要サンプル量が多く,多サンプル同時測定ができないため,ハイスループットなデータ取得には不適である.

そこで我々は示差走査蛍光測定(DSF: Differential Scanning Fluorometry)に着目した.DSFでは,タンパク質が変性する際に蛍光色素がタンパク質の疎水性部位と相互作用して蛍光を発する現象を利用して,タンパク質の変性中点温度(Tm)を測定する手法である.リアルタイムPCR装置を利用して,96ウェルプレートや384ウェルプレートを用いたハイスループット測定できることがメリットである.

我々は一本鎖抗体(scFv: single chain Fv)を用いて,ハイスループット熱安定性解析系Brevityの構築に取り組んだ4).DSF測定には精製サンプルが必要のため,scFvを含む培地上清を96ウェルプレートで金属キレートアフィニティークロマトグラフィー(IMAC: Immobilized Metal Affinity Chromatography)による精製後に,DSF測定に供した.しかしながら,IMACのみの精製では初期蛍光が大きく,変性過程における蛍光変化を検出することができなかった.高い初期蛍光の原因は,scFvの凝集体であると考え,IMAC前に硫安分画によって凝集体を除去する工程を追加した(図4).その結果,狙い通り初期蛍光が減少し,サイズ排除クロマトグラフィー精製を経た高精製度サンプルとほぼ一致したTmが得られた.

図4

Brevityにおける精製工程の概要.

系の検証のため,抗hPD-1抗体nivolumabのscFvの熱安定化を目指したスクリーニングを行った.RosettaのオンラインサーバーROSIE5)のStabilize-PMアプリケーション6)を利用して安定化が予測された213種類の単変異体で構成されるライブラリを作製し,Brevityを行った.その結果,190種類の単変異体のTmを得た.このうち,元のnivolumab scFvよりも顕著にTmが向上した3つの変異体(L.S91R, L.A34K, H.V50Y)について,改めて大量発現および精製を行い,DSCとDSFで熱安定性測定したところ,Brevityで得られた結果と同様にTmが大きく向上したことが確認された.

以上の結果をもって,ハイスループット熱安定性解析系Brevityの有用性を確認できた.

6.  おわりに

本稿では,ブレビバチルス発現系とナノポアシーケンサーを活用したハイスループット相互作用解析系BreviAおよび熱安定性解析系Brevityを紹介した.これらの技術により,抗体の親和性,特異性,熱安定性の効率的な評価と最適化が可能になった.

今後は,これらのシステムを統合・自動化して効率化を進めるともに,得られたデータセットから機械学習を行って,所望の相互作用特性を有し,かつ物性に優れた抗体を設計するパイプラインを構築したい.また,我々の手法は,治療用抗体の開発のみならず,研究用試薬や診断薬,高機能材料の開発にも応用可能である.これにより,様々な分野における抗体の迅速かつ高精度な開発を実現し,医療および生命科学の発展に貢献できることを目指す.

文献
Biographies

松長 遼(まつなが りょう)

東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻助教

津本浩平(つもと こうへい)

東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻/化学生命工学専攻教授

 
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