2024 Volume 64 Issue 6 Pages 317-320
膜変形は,膜輸送を担う重要な生体システムの一つである.本トピックスでは,単純化した膜モデルから膜変形を設計し,一種類の光駆動分子を用いて膜変形,さらに膜輸送を実証した研究を紹介する.膜透過型輸送では輸送困難な巨大分子集合体であるウイルスを,小胞内部へ膜輸送し,ウイルスの生体内輸送へ展開した.

膜輸送は,細胞活動の根幹に位置する生命プロセスである.細胞は,チャネル輸送やトランスポーター輸送に加え,膜変形による輸送を巧みに使い分け,細胞内イオン環境の維持や栄養分の取り込みを実現している1).高度な生命システムをシンプルな分子で再構築することは,その現象の要となる部分を見定める点で構成論的な生命の理解に貢献し,また高度機能を発現する機能性分子の合成化学的な設計指針を提示するなど,生命科学と材料科学の幅広い分野へ波及する.膜輸送の分野では,これまでにイオンチャネルやトランスポーターの人工模倣分子の開発が活発に行われてきた.生細胞で機能する人工分子も開発されるなど,模倣分子の科学は人工系の枠を飛び出し,細胞活動を制御する分子ツールや失われた生命機能を人工的に付与する置換分子としての利用が期待される段階に発展しつつある2).
その一方で,膜変形により物質を輸送する人工分子の開発は大きく出遅れている.浸透圧や温度変化を利用した膜変形の物理学は長く研究され,深い理解に至っているものの,生理的な環境で比較的温和な刺激によって膜変形を駆動し,物質輸送を行う人工分子はほとんど開発されていないのが現状である3).主にイオンや低分子を対象とする膜透過型輸送とは異なり,膜変形輸送は,原理上,高分子や分子集合体などの大きな対象物の輸送を可能にする.我々は,膜変形輸送を可能にする人工システムの構築に向け,可視光に応答してエンドサイトーシス型の膜変形を駆動する新規人工脂質の開発に取り組んだ4).これまでに,マイクロメートルスケールの物体であるファージウイルスの膜輸送に成功し,キャリア材料としてウイルスのマウス生体内輸送へ展開した.その詳細について以下に紹介する.
クラスリン介在エンドサイトーシスに見られるように,生体は多種類の分子を巧みに組み合わせて異方的な膜変形を実現している5).人工的に同様の現象を起こす場合,複雑な系を構築し制御することは困難なため,単純なモデルとして現象を解釈し,少数の要素分子で設計することが望ましい.そこで,膜変形を,膜を構成する脂質分子の数Nと内水相の体積Vの関係でとらえると,重要な設計指針を得ることができる(図1).変形前のそれぞれのパラメータをN0,V0とする.リポソームのような球状膜が,外側に変形するエクソサイトーシス型分裂の場合,膜の一部が離脱するためN,Vのいずれも減少する(Nout < N0, Vout < V0).一方,内側に変形するエンドサイトーシス型分裂の場合,膜の一部が切り取られるためNは減少するのに対して,外水相を内側に取り込むためVはV0に比べて増加する(Nin < N0, Vin > V0).つまり,減少した分子数でより大きな体積を覆う,という一見矛盾する関係を満たすことが,エンドサイトーシス型分裂を実現する鍵となる.

エクソサイトーシス型分裂(左側)とエンドサイトーシス型分裂(右側)での,膜を構成する脂質分子の数Nと内水相の体積Vの変化.(文献4より一部改変の上転載)
膜を構成する分子数の減少と,内部体積の増加は,膜構成分子を大きくする,つまり膜専有面積を広げることで両立することができる.そこで我々は,青色光(420 nm,または370 nm紫外光)を受けて2本のアルキル基を広げる人工脂質AzoMExを開発した(図2a).AzoMExのコアに位置する光応答性骨格ジアゾシンはcis体が熱力学的に安定であり,青色光を受けることでtrans体に異性化する6).X線結晶構造解析とDFT計算から,この異性化の過程で,O-C-C-O結合のねじれ角が55°から85°へ広がることが示された(図2b).このコア部のねじれ運動が,分子末端のアンモニウム基に伝わり,分子専有面積が1.4倍拡大することが,気液界面での単層膜π-A曲線測定から示された.

a)AzoMExの分子構造.b)AzoMExの光運動とジアゾシン部分の構造変化.c)AzoMExを含むDOPCリポソームに対して青色光を照射した際に見られるエンドサイトーシス型膜変形.(文献4より一部改変の上転載)
不飽和脂質DOPCとAzoMExを,モル比90/10で混合し,細胞サイズリポソームを作成した.得られたリポソームに青色光を照射すると,膜揺らぎが生じた後,一部が内側にくびれ,陥入するエンドサイトーシス型分裂が見られた(図2c).巨大な膜変形であるが,ランダムに観察した20個のリポソームのうち,実に19個はエンドサイトーシス型分裂を示した.残る1個も陥入プロセスは進行しており,この現象が高い確率で誘起されることが分かる.一連の膜変形は,平均して約9分の光照射で進行した.この光駆動エンドサイトーシスは,DOPCとAzoMExの混合膜において,AzoMExの含有率が10-20 mol%の範囲で見られた.飽和脂質から成るリポソームでは見られなかったことから,この現象は膜の流動性に依存することも分かる.AFMや,蛍光ラベルしたAzoMExを用いた蛍光顕微鏡観察から,青色光照射によりAzoMExが自己集合することが示された.cis体からtrans体に異性化することで双極子モーメントが小さくなり,疎水性が向上すること,かつジアゾシン部分が側方パッキングに有利な平面的になることが,自己集合を誘起していると考えられる.AzoMExの自己集合によって形成されるドメイン周囲の不安定な膜界面を最小化する力が,膜変形を駆動していると考察される.共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)観察から,蛍光ラベルしたAzoMExが分裂した娘リポソームに多く含まれることが示され,AzoMExの自己集合が膜変形を起こす重要なプロセスであることが分かる.
エンドサイトーシスの重要な生命機能は物質輸送である.我々は,ウイルスの細胞内侵入がエンドサイトーシスを介して起こることから着想し,AzoMExによるM13ファージウイルスの膜輸送を行うこととした.AzoMExは末端にカチオン性基を持つため,静電的にM13ファージと相互作用することが期待された.DOPC·AzoMExリポソームに,M13ファージを添加したところ,ファージに特徴的な黒点がリポソーム膜表面に見られた(図3a, b).続く青色光照射により,黒点が一部に集積し,陥入した.Cy3で蛍光ラベルしたM13ファージを用いたCLSM観察からも,ファージがリポソーム内部に封入されたことが示された(図3c).

DOPC·AzoMExリポソームによるM13ファージウイルス膜輸送のa)イラストとb)位相差顕微鏡画像,c)CLSM画像.緑色の球はAzoMExを表す.(文献4より一部改変の上転載)
M13ファージの宿主は大腸菌であり,その感染性を評価することで活性を定量することができる.DOPC·AzoMExリポソームとM13ファージの混合物を大腸菌と混ぜた後,大腸菌をX-galプレート上で培養した.ファージに感染した大腸菌は青色色素を呈示することから,青色コロニーの数で感染性を評価することができる7).興味深いことに,光照射する前に比べて,照射後の感染性は約37%に大きく低下した.界面活性剤を用いてリポソームを溶解させるとファージの感染性は回復したことから,光照射後の感染性の低下はファージの失活ではないことが示され,ファージがリポソーム内部に封入された隔離効果に由来することが強く示唆された.
外部環境からの隔離は,ファージを安定化する効果を生むことも期待できる.例えば血中では,ファージは抗体に認識され速やかに分解される.実際,蛍光ラベルしたM13ファージをマウスに対して尾静脈投与し,血中循環を生体CLSMでリアルタイム観察8)したところ,121 sの間で急激に蛍光強度が減少し,分解されたことが示された(図4a, b).一方,DOPC·AzoMExリポソームに封入されたファージを投与したところ,驚くべきことに15 min経過後も蛍光を観察することができ,長時間にわたってファージが血中循環したことが示された.さらに,その後摘出した肝臓,脾臓,腎臓,心臓,肺,脳の各組織の抽出液から,ファージの活性が示された(図4c).M13ファージを直接尾静脈投与した場合は,これらの組織から大腸菌への感染は検出されなかったことからも,リポソームに封入した効果によって,M13ファージを活性を保持した状態で,安定に長時間血中循環させることができたことが分かる.

a)DOPC·AzoMExリポソームに封入したM13ファージウイルスの尾静脈投与.b)生体CLSMによる蛍光ラベルしたM13ファージウイルスの血中循環時間プロファイル.c)血中循環後に回収した組織の抽出液を用いたプラークアッセイ.(文献4より一部改変の上転載)
今回,極めて単純化した膜モデルから膜変形を設計し,光駆動分子を利用して実証し,物質輸送へ展開した.生体の膜輸送システムとは異なる機構での膜変形ではあるが,たった一種類の化合物で,生体類似の膜変形と膜輸送を再現できることを示した本研究は,膜に関する生物学や物理学研究に対しても新たな発想や着眼点を与えるきっかけになるのではないかと期待する.また,今回示した膜変形リポソームが,生体内輸送キャリアとしても有用であることが示され,材料科学へも新しい設計指針を与えるものと位置付けられる.M13ファージはファージディスプレイに用いられる.従って,その全身への輸送は生体内ファージディスプレイを可能にすると期待され,疾患マーカーの探索などにつながる基盤技術としても注目される9),10).膜変形は,これまで主に生物学や物理学の観点から研究されてきた.化学の視点から膜変形を再構成し,制御する研究は,新たな角度からの生命の理解と生命操作へ貢献すると期待される.