2024 Volume 64 Issue 6 Pages 327-329
高校3年の夏休みだったか,父が突然「岡山大学はどうだ」と.確かに,理学部生物を目指すことは決めていたが,どの大学にという点では何も決まっておらず困っていた.慌てて模試のデータを調べたらちょうどボーダーライン,当時は一期校二期校の時代で一発勝負でボーダーが合否ラインそのものだった.何故,そんなことを言い出したのか.一つには隔年で集中講義を行っていたからだが,息子の偏差値に興味があったとは思えず,謎のままだ.もう一つ,集中講義は物理学科を中心としたものだから,物理と思ったのだと思う.こちらは生物を目指したのだが.赤本から,入試の英語の難易度が高く,苦手な人間には好都合と思った.めでたく合格となり,昭和49年に入学した.
入学してすぐに父の集中講義の担当だった物理学科磁性物理の山田宰さんの構内の宿舎を訪ねて色々と話を伺った.と言っても,学問の話があるはずもなく,多分一人暮らしの不安を解消するのが主な理由だったのだろう.その後も何度か訪問した.
入学式直後の説明では,外国語は1ヶ国語のみで英語は学科で輪読などするから他の言語を選べとのこと.始まってみると知らない単語は辞書で調べればいい,との説明にホッとした記憶がある.その後も1年生から口頭発表があり,3年の時には希望研究室の教員から紹介用の論文を与えてもらうこととなっていた.2年まではある研究室を思い描いていたが,少し不安に感じ3年になった時に赴任された細菌べん毛の榎本雅敏さんのところと決めた.べん毛遺伝子発現調節の論文だった.榎本さんに英語が苦手で論文の読み方を尋ねると,全文和訳を勧められ,かなり長く続けた.
卒業研究と修士ではべん毛相変異の研究を行った.べん毛相変異はサルモネラ菌で1922年に見つかった現象で,下痢を起こす食中毒の原因菌であるサルモネラ菌はべん毛抗原型で分類されていたが,培養中に別の抗原型を示し,そこから元の抗原型に戻ることが知られており,突然変異ではなく遺伝子発現調節の例と考えられていた.関与する遺伝子は,当時の名称では1相べん毛繊維タンパク質(H1),2相べん毛繊維タンパク質(H2),H1遺伝子リプレッサー(rh1),相変異制御因子(vh2)だった.相変異を示さないサルモネラ菌はvh2–と呼ばれたが,これを大腸菌に形質導入すると相変異を示すようになることを榎本さんが見つけていた.そこで,それに関連する遺伝子を見つけるのが卒研,修士の研究テーマだった.

岡山大学卒業アルバムの写真.
べん毛相変異の研究は東京大学の飯野徹雄さんが日本に持ち帰ったもので,その後の日本におけるべん毛研究はここに端を発している.研究室では時々榎本さんと相変異の機構について議論していた.H2が発現するとその下流にあるrh1も発現し,H1は発現しない.H2が発現しなければH1が発現する,というわけだが,H2の発現を調節する因子がない.そこで,新たにah1というH1の発現を活性化する因子を考え,更にH1の下流にrh2という具合に考えれば,と進めていたが,はて,この堂々巡りはどう調節されるのか,思いつかないのだ.増殖分裂を繰り返しつつ,どちらの抗原型のべん毛をもつ細胞が出てくるのかのきっかけがまったくつかめない.
その時,発表されたのがZiegらの論文である1).彼らはサルモネラ菌のH2領域をλファージにクローニングし,それが大腸菌内でもH2発現のOn-Offを繰り返すことを確認するとともに,制限酵素で切断したH2を含むDNA断片を変性させて一本鎖にして二本鎖に戻したものを電子顕微鏡で観察すると,一部に環状の一本鎖があったことからその領域が逆位を起こしたことを発見し,逆位の部分にH2領域のプロモーターがあれば発現のOn-Offが制御できるというモデルを提唱した.巧みな実験手法で決定的な結論を導いた内容は衝撃的で堂々巡りの考えは一本道に戻された.様々に考えを巡らせることは研究上も重要となるが,時に一つの実験結果が考えをまとめることへと繋がるわけだ.Melvin Simonにはその翌年に京都で開催された国際生物物理学会議で会うことができ,こちらの拙い研究内容を紹介することができた.大腸菌でvh2–でも相変異を示したのは別の系が存在したためだが,この結果については在籍中には到達できず,後輩の研究によって日の目を見た2).

国際生物物理学会議での一コマ.
修士修了後は他大学に進学せねばならない.4倍多くの論文を読む分野より,100報程度で済む細菌運動をと名古屋大学に進み,負の走化性を今栄康雄さんの下で行い,4年かけて博士号を取得し,CaltechのSimonさんのところにポスドクとして出かけた.当時はちょうど部位特異的変異導入が実現し,はじめの2年は色々と試してみたが良い結果が得られずにいた.ある朝Simonに相談したら,「心配するな,大丈夫だ」と励まされた.その通り,結果が出たのは走化性受容体の膜貫通領域へのリジン導入だった3).ただ結果は想定外であり,膜挿入もリガンド結合も影響を受けず,ただ走化性のみが失われていた.ただ,放置すると走化性を回復した復帰変異体が出現し,そこに興味深い結果が出てきた.この現象は元の変異箇所以外にも多数生じ,そこから分子内だけでなく分子間相互作用も推測された.実際に受容体が二量体で機能することから,後に分子間を示唆する結果も出た4).
はじめの論文に関しては大学で教える時に実験の失敗例として紹介した.仮説とは異なる結果が出たという意味での失敗だが,そこから発展させることで新たな成果が得られる場合もある,という例として.
同じ頃,私より前にSimon研究室がカリフォルニア大学サンディエゴ校にあった頃からポスドクとして来ていた武藤宣博さんはプラスミドDNAをヒドロキシルアミンで処理することで走化性受容体遺伝子に突然変異を誘発させていた.その結果を見て他の走化性タンパク質にも変異を導入しようと考えたのは,ちょうど走化性の信号伝達経路にリン酸化が見つかったからだ.自己リン酸化を行うCheAタンパク質の遺伝子に変異を導入し,そのリン酸化能を調べてみた.変異タンパク質は種々の特徴を示し,走化性という形質とリン酸化という形質が結びつくことを示した5).これには後日談がある.帰国間際で,cheA変異体のDNA配列解析は断念したが,Simonさんは誰かにそれを行わせて全ての変異を特定していた.その後,好熱菌のCheAタンパク質の構造解析ができた時,Simonさんから「変異部位は立体構造の重要な部分にあったぞ」と言われ,やはり遺伝解析は重要な知見を与えてくれると思った.
武藤さんが帰国してから,走化性のグループは米国人のFred Hessさんとイスラエル人のNachum Kaplanさんと私となった.他の二人は他の分野でPh.D.を取っており,走化性の基礎知識の不足を心配していた.そこで,代表的な論文を選び,議論をする時間を設けた.論文の選出を私が行ったのは少しだけ長くこの分野にいたからだが,英語での議論は大変役に立ったと思う.実際に,CheAタンパク質とCheYタンパク質にリン酸化を見つけたのはHessさんだが,そこまでにはこういう形での知識の集積も重要だったと思う.
タンパク質のリン酸化が関わる仕組みは二成分系と呼ばれており,大腸菌が示す,環境の変化への応答において多くの系が同様の信号伝達系を有していた.その中に,Robert Wood Johnson Medical Schoolの井上正順さんが研究していた外膜タンパク質の調節機構があり,内膜に存在する受容体EnvZと走化性受容体Tarのキメラ分子を作製した際には使った手法は偶然だったのか,必然だったのか.どちらにもほぼ同じ位置にHis-Metの配列があり,DNA上でもNdeI制限酵素の切断部位となっていた.それを利用して前後を交換してキメラを作ったわけだ6).

Caltechでのお別れパーティー.息子が着ているTシャツには「CRAZY JAPANESE POSTDOC」の文字が.
帰国後,宝谷プロジェクトでFliFタンパク質の大量生産系の構築を試みた時も,ちょっとした偶然が幸運を呼び込んだ.T7の大量生産系にfliF遺伝子領域を組み込んでも一向に発現が起きない,とそれまで試みていた研究員から報告を受け,さて,と考えたのは細菌の遺伝子が複数並んでオペロンを形成する話だ.ただし,fliFはオペロンの先頭にあり通常なら翻訳開始も問題なく起きるはずだった.でも,と思いつつ,T7リゾチームの本来の遺伝子の翻訳開始を使い,ほんの短い部分にfliFの開始コドンをつないでみた.すると膨大な量の発現が起きたのだ.この時も幸運だったのかもしれないが,そこにNdeIの切断部位があった.大量生産系を確立したが,精製は思うように進まなかった,そんなある日,上野貴将さんが電顕室から皆を呼びにきて,見せてくれたものには驚いた7).大量生産した細菌の膜画分にリングが並んでいた.自分は精製ばかり考えて,観察を忘れていた.
帝京大学に移り山口滋さんが単離したfliF変異体が興味深い挙動を示すだけでなく,復帰変異体を多数生じることから,卒研として二人の学生に500株近くを単離させ遺伝子領域分析までを行った.その後,難波プロジェクトで小松ひとみさんがほぼ全てを塩基配列解析した8).これらからは多くの機能的な回復を推測でき,その後も群馬大学で解析を続けた.例えば,motABに二番目の変異が存在したものでは,遊泳速度やべん毛モーターの回転速度に対する粘度の影響が,野生株のものとは異なっていた.
もう一つ,群馬大学ではべん毛繊維のらせん形状の復帰突然変異体を多数単離した9).直線形べん毛の変異体から遊泳能を回復した復帰変異体を取り,それらのDNA配列解析を行うことで変異箇所を特定した.これらの変異体は例えば野生株と同じノーマル型のべん毛でも,アミノ酸配列では二箇所が異なり,それらの影響が形状だけでなく多型変換の挙動にも及ぶことが予測された.この研究でフラジェリンの構造変化をべん毛形状の変化として直接観察するだけでなく様々な環境下での多型変換を調べることでべん毛繊維のサブユニット内やサブユニット間の相互作用の解析を進めた.これはタンパク質立体構造へのアミノ酸配列の関与と環境変化の関わりを調べることに繋がっている.
ここで残った問いは,べん毛モーターでは粘度上昇に対するトルクの大きさと回転速度の挙動の違いの原因はという点と,べん毛の多型変換ではどのアミノ酸側鎖が関わるかという点だろう.しかし,大学を退職後はほぼ全ての学会を退会し,研究活動からは完全に離れた.学生たちとワイワイやりながらの研究は楽しいが一人でコツコツというのは性に合わない.
父は生前,生物物理のおもしろさは,「物理学としてもおもしろく,生物学としてもおもしろい」ところにあると何度も書いていた.仮説や理論のおもしろさと現象のおもしろさ,という意味かと思うが,私には生物学のおもしろさは多種多様の変異体にあるように思える.物理の物性で材料の組成を変えて解析するように,変異によって変化した生物材料を使うところにこそ,おもしろさがあるのではないか.細菌は遺伝解析の面で優れており,スクリーニングを工夫することで興味深い性質をもつ変異タンパク質が手に入る.それを利用しない手はないと思う.
大澤研二(おおさわ けんじ)
群馬大学名誉教授