2025 Volume 65 Issue 1 Pages 17-19
著者らは細胞の力学特性である細胞表面張力と遺伝子発現を1細胞レベルで大規模解析することが可能な新規手法であるELASTomics法を開発した.この方法を用いて老化細胞の細胞表面張力と遺伝子発現の相関を調べた結果,RRADが老化に伴う細胞表面張力の増加を制御していることを明らかにした.
老化やがん,細胞分化といった様々な生命現象における細胞の力学特性とそれが生命現象において果たす役割について研究する学問領域であるセルメカニクスは,2000年頃から飛躍的に発展してきた1).近年では重要な制御因子についても同定され始め根本的なメカニズムの理解が進みつつあるが2)-4),遺伝子発現変動と細胞の力学特性を繋ぐ分子カスケードについては未だ不明な点が多い.
そこで著者らは細胞表面張力と遺伝子発現解析を組み合わせることが可能な新しい手法を開発し,ELASTomics(Electroporation-based Lipid-bilayer Assay for cell Surface Tension and transcriptomics)と命名した(図1)5).ELASTomicsとは,ナノポアエレクトロポレーション(NanoEP)により細胞内へ物質輸送されたDNAタグ付きデキストラン(DTD: DNA-tagged dextran)のバーコード配列を1細胞RNA-seqで読み出すことにより,細胞の遺伝子発現と細胞表面張力の測定を同時かつ大規模にできる新しい解析法である.NanoEPは,100 nmの貫通穴が無数に空いた絶縁性のトラックエッチドメンブレン上に細胞を播種し電気パルスを与える手法であり,穴近傍に位置する形質膜にナノメートルサイズのポア(ナノポア)を一過的に形成することで高効率かつ低侵襲に細胞内に外来の分子を導入することができる6).この一過的に形成されるナノポアの半径は,膜張力と相関することが理論計算により示されており7),細胞表面膜張力の高い細胞ほど半径の大きなナノポアが形成され,結果的により大きな分子が,もしくはより多くの分子が細胞内へと輸送される.なお,細胞接着面積や導入物質の大きさ等による影響の詳細については著者らの原著論文を参照されたい5).そこで著者らは,ストークス半径の異なるdextran分子を持つDTDをNanoEPにより細胞内へ輸送し,1細胞RNAシーケンシングを行うことで,各細胞の遺伝子発現を読み出すと同時に,DTDの種類と量を定量し細胞表面張力を評価した.これにより,これまで技術的に困難であった細胞表面張力と遺伝子発現を1細胞解像度かつ大規模に統合解析することを達成した.
ELASTomics法の概略図.
がんの浸潤能は細胞表面張力と高い相関があり,浸潤能の高いPC-3やMDA-MB-231細胞の細胞表面張力は低く,浸潤能の低いMCF7やMCF10A細胞の細胞表面張力は高いことが報告されている8).そこで上記の4種類の細胞株合計105個に対しELASTomicsを適用し,細胞の遺伝子発現から細胞株を同定すると共に細胞表面張力を測定した.その結果,各細胞株におけるDTDの輸送量の平均値は先行研究で報告されているそれと高く相関する一方で,同一細胞株由来でも細胞間の細胞表面張力の不均一性は高く,その要因としてRPL37のほか数遺伝子を同定した.
血管や肺といった組織の老化による細胞の力学特性の変化は,慢性呼吸器疾患や脳卒中,がんの進行を含む疾患を引き起こす原因として注目されているが,未解明な点が多く残されている9).そこで著者らは細胞分裂に従って複製老化の傾向を示すTIG-1細胞に対してELASTomicsを適用した(図2).
若いTIG-1細胞(左)と老化したTIG-1細胞(右).輸送量を蛍光で評価するため,DTDの代用品としてFITC-BSA(緑色,粒子径3.5 nm)をNanoEPにより細胞内へ輸送,Hoechst33342(青色)で核を染色した.Scale bar:100 μm.
ELASTomicsにより相対的に若いTIG-1細胞と老化したTIG-1細胞の遺伝子発現と細胞表面張力を比較解析した結果,CDKN1A(cyclin-dependent kinase inhibitor 1A)をはじめ,多くの老化関連遺伝子において細胞表面張力と高い相関が見られた.さらに著者らは重回帰分析から,複製老化に伴った細胞表面張力の上昇における原因遺伝子としてRRAD(Ras related glycolysis inhibitor and calcium channel regulator)を同定した.RRADは細胞老化によって発現が上昇する遺伝子であり,GLUT1(glucose transporter-1)の細胞質から形質膜への移行を阻害することにより,細胞外からのグルコースの取り込みを阻害し糖代謝を制限することが報告されている10).しかし細胞表面張力に対する寄与は不明であった.老化したTIG-1細胞のRRAD発現をsiRNAにより抑制したところ細胞表面張力の増加は抑制され,加えて,2-DG(2-デオキシ-グルコース)により糖代謝を抑制するとTIG-1細胞の細胞表面張力は老化細胞と同様に増加した.これらのことから著者らは,細胞老化に伴う細胞表面張力の増加の原因としてRRADを介した糖代謝抑制が関わっている可能性を明らかにした.糖代謝と細胞の力学特性の関係は特にがん細胞において代謝リプログラミングとして注目されており,アクチン細胞骨格の強化をサポートするために必要なエネルギーの提供に糖代謝が関わっている一方で11),細胞骨格が逆に解糖系に影響を与えるパターンも報告されている12).老化における糖代謝の抑制が具体的にどのような分子経路によって細胞骨格並びに細胞表面張力を変動させているのかについては,現在更なる解析を進めている.
以上のように,著者らは細胞の力学特性と遺伝子発現を1細胞解像度かつ大規模に統合解析する手法としてELASTomicsを開発した.セルメカニクス,シングルセルオミクス解析はどちらも21世紀に飛躍的に発展してきた学問領域である.著者らが開発したELASTomicsにより,これまで独立して発展してきた二つの領域が融合し,生命現象における細胞・組織の力学特性が担う役割の解明が加速度的に進む一助になれば幸いである.
本研究はCREST「多細胞」領域,科研費若手研究,挑戦的研究(開拓),海外連携研究,学術変革(A)「生体秩序力学」により実施された.また,本研究にご協力いただいた理化学研究所の礒島隆史氏,豊岡公徳氏,佐藤繭子氏,筑波大学の錦井秀和准教授,豊橋技術科学大学の土井謙太郎教授にこの場を借りてお礼申し上げます.
塩見晃史(しおみ あきふみ)
理化学研究所基礎科学特別研究員
金子泰洸ポール(かねこ たいこうぽーる)
京都大学医生物学研究所助教
西川香里(にしかわ かおり)
理化学研究所テクニカルスタッフI
土田 新(つちだ あらた)
理化学研究所テクニカルスタッフII
新宅博文(しんたく ひろふみ)
京都大学医生物学研究所教授