2025 Volume 65 Issue 1 Pages 21-23
私が修士課程の学生だった頃は世の中がバブル景気にわいていて,余程専門からはずれていない限りどんな企業も内定を出してくれました.多角化路線を標榜する企業も多く,基礎から応用まで,いろいろな研究テーマを扱っていました.綺麗なオフィスで,お金をふんだんに使い,新しいテーマに取り組む.給料ももらえます.これは辛気くさい大学なんて行っている場合じゃないなという気分になりましたし,なにしろ学生結婚(今は事実婚)していて子持ちだったから,ガンガン働いてお金を稼ぐぜという意気込みで東燃(株)に入社しました.ここで計算化学と今で言うバイオインフォマティクスと出会い,というよりジョブとして与えられ,それにはまって現在に至っています.東燃(現ENEOS)はとても居心地の良い会社でした.上司の専門は分野違いだったので自由にやらせてもらいました.研究会参加も裁量があったので,例えば当時活動していた第5世代コンピュータ開発機構(ICOT)の会議も都合のつく限り出席して楽しみました.ここで,秋山泰さん,中井謙太さん,浅井潔さん,阿久津達也さんなどと知り合いになりました.河野秀俊さんも何年かして仲間になりました.しかし盛者必衰の理とは良く言ったもので,楽しい時間はなかなか続きません.企業なので当たり前なのですが,研究テーマの決定権は私にではなく会社にあります.現業(ガソリンと潤滑油)回帰が謳われるようになり,バイオ部門は縮小,撤退が見えてきました.私は研究が好きでした.データを見ながらああでもないこうでもないとたわいもない妄想をする時間が好きでした.そういう研究をやるには,自分が決定権を持つ必要があります.凄く悩みましたが企業にいてはダメなんだなと熟々思い,早稲田に戻ろうと考えました(東大,東工大,名大も見学に行きましたが,同期の原山卓久君が強く誘ってくれたのが決め手です;ヤツは待っているそぶりをして直ぐにATRに行ってしまったのですが).でもそうこうするうちに,東燃が出資していた(株)蛋白工学研究所(PERI)に出向していた先輩が,任期を待たずに戻ってくることになりました.東燃はバイオから撤退予定だったので,次のプロジェクト((株)生物分子工学研究所(BERI))には参加しないことになっていましたが,PERIからBERIに切り替わるまでの1年間は籍があるので出向してもいいよ,と会社に言われたのです.当時のPERIは日本の,いや「世界の」タンパク質の理論研究を牽引している超豪華メンバー(中村春木,西川建,木寺詔紀,大畠玄久,斎藤稔など)が揃っていたので,もう行かないなんて言っていられません.妻は僕が仕事のことでずっと悩んでいることを知っていたので1年間の単身赴任を許してくれました(修士論文を書く年なのに!).当時は名古屋飛ばしをしていた月曜日ののぞみの始発で大阪に行き,金曜日に戻ってくるという生活を毎週1年間続けました.土日は二人の子供を公園で放牧し,多少の家事をして英気を養いました(少しは妻の助けになったと思いたい).神戸の震災があった時は新幹線の橋脚破損が心配だったので,羽田から伊丹に飛びました.そしてキッカリ1年後に私は5年間勤めた東燃を晴れて円満退社し,早稲田の学生に戻りました.こういう過去でお分かりのように,大学教員をかろうじて勤めているのは,会社員失格だからなのです(それしかできない).新橋あたりにいる皆さんには,頭が下がるばかりで何も言えない人間なのです.
今考えると無謀だったなという気もします.でも30歳くらいの時は,必要ならなんでもするぜ,絶対なんとか生きて行けると信じていました.なにより研究に飢えていました.だからPERIに行って自由に研究ができて凄く幸せだったし,(辛気くさい?)早稲田に戻っても幸せでした.会社を辞める決断をする時に,上板橋のマンションのベランダでセブンスターを吸いながら,「ああ,オレは研究していないと生きた心地がしないんだな」と思った記憶は,時にくじけそうになる度に思い出しています.
さて,お題のキャリアデザインなのですが,これまで何人かの方が書かれているように,キャリアなんて自分でデザインできるもんじゃないと思います.キャリアというか仕事は余程有能な人でない限り能動的に選択するものではなく,回ってくるもの,と言うのでしょうか.自然とそれをやることになるもの,でしょうか.養老孟司は「超バカの壁」で,仕事とは「社会に空いた穴」だと述べています.「そのまま放っておくとみんなが転んで困るから,そこを埋める」.これが仕事だと.「地面の上に余計な山を作る」のは仕事ではないとも言っています.もちろん穴埋めだってできる,できないはあります.やる,やらないの選択権は自分が持つ.でも,対象は山じゃなくてあくまで穴.キャリアもそうです.ポジションに穴があって自分が埋める.そんな感じでしょうか.
しかしそう言って突き放してしまってもこのままではページに空間ができてしまうし,穴があったら埋めないといけません.というわけで,残りは私が日頃から気をつけていること,考えていること,などをつらつらと述べ,もしも何かの参考にしていただけたら嬉しいな,という体にしたいと思います.
私はなんせ諸般を自分で決めないとおさまらないという(日本的意味での)社会適用性が相当欠けた人間なので,自分で自分の未来を決めることができるかどうか,は凄く気にしています.つまり指令が役職のつく人たちやPIから降ってくるような所じゃなくて,正直にモノを言っていい職場環境なのかどうか,相手側に聞く耳と道理が分かる頭があって,こちらの言い分がまともなら受け入れてくれるのか.こういうことが満たされないと不幸になっていくのです(余談ですが,今年のノーベル化学賞の解説講演を大学に頼まれちゃったけど,モヤモヤしているのでどうするか,は凄く悩みました.でも名大さんは「あんたやれ」とは決して強制しません.そこは本当にいいですね).同じ論理が共同研究にもあてはまり,研究の議論をしている時に忌憚なく意見交換ができないと,一緒に進んでいくことができないし,良い研究にもならないと思っています.学生の研究についても同じで,私は指導教官かもしれないけど,顔色を見ないで頭の中にあることを言って欲しいのです.言い換えれば,私は学生を共同研究者だと思っているのです.最近の若い人たちはお行儀が良いので,なかなか本音を言わないし,言うのは無礼だと思っているのでしょうかね.だからゼミなどではなるべく学生が意見を言いやすい雰囲気作りを心がけています.なかなか成功しませんが…共同研究者や上司と,議論の場でイーブン・フラットになれるかどうか.仕事,キャリアを考える時にこのことを気にしていると,ブラックな環境を避けることができます.気をつけていると,ちょっと話をしただけでその人がイーブンでフラット好きかどうかは察しがつきます.この嗅覚はとても大事です.私は今まで遺伝研,東工大,名大に奉職しましたが,多少理不尽なことはあったけど,基本的には幸いどこもイーブン・フラットでした.
学会などに行くと,参加者はほぼ皆さん元気です.語りたいことが一杯あって活発に議論しています.ゼミでも発表者は大概元気です.自分のデータを示しながら仮説を語ります.毎日元気,毎朝アゲアゲ,で楽しく研究できれば超ハッピーでしょう.でも特に歳を取ってきてから(もうすぐ還暦です),デフォルトはちょっと違うんじゃないかと思えてきました.というのは,元気じゃない日も当然あるし,気分が乗らないこともあります.それを「オレはこんなんじゃいかん」と思わないで,「そういうものなのね」と受け入れた方が自然なのではないか,ということなのです.中国占星術でもホロスコープでも,良い時期もそうじゃない時期もあることがちゃんと述べられています.調子がいい時はそれを享受すればいいのです.“Such a feelin’s comin’ over me”(カーペンターズ)でTop of the worldな気分ってなかなか味わえません.そういう時にはたっぷりと堪能しましょうね.でも,調子が悪い時はそれをちゃんと受けとめて,なんとかやり過ごす.そういう諦めというか見極めって重要だと言いたいのです.若い頃は良く友人と麻雀をしました.山の調子というものがあり,場が悪いと牌をツモッてもツモッても良い手牌になりません.そういう時は,役作りをキッパリと諦めて相手に振り込まないように凌ぐのです.最悪の場合が回避できたらラッキーなのです.天中殺は12年に一度やってきます.占星術の通りになるわけではありませんが,きたなと思ったら無理をしないで充電する.特に,長く継続していく為には.「陽はまた昇る」(アリス)し「明日があるさ」(坂本九)と信じるのです.
鷲田小彌太の「大学教授になる方法」では,まずは兎も角業界に入ることを勧めています.執筆当時と今はシステムがちょっと違っているので,助教さんになれば定年まで安泰というわけではないでしょう.でも入れば次に繋がります.じゃあその後どうしますか,と言うことですが,小彌太氏は,ともかく住めば都,そこを良くせい,と仰います.私もそれは納得で,お金をもらう立場になったのであれば,そこに尽くすことってとても大事だと思います.大学や研究所は組織なので皆で力を合わせて運営しないといけません.お金がもらえるからそれでいいじゃん,という態度ではどこかにしわ寄せが来ること必定です.何も全身全霊を賭けて組織に尽くせと言っているわけではありません.これも養老氏の言う仕事と同じ意味で,穴があり,そこを塞ぐ力があるのなら出し惜しみをしないでね,という程度です.全ての穴を埋めることは全能の神でないとできません.自分に適した穴埋めを,自分のやり方で「無理をしないで」やればいいのです.皆がそういう気持ちで仕事をすると,組織は回っていきます.あいつは穴埋めができますね,という目で周りも見てくれます.結果的に大学に貢献できるし,そこそこ業績リストがリッチならプロモーションもあるかもしれません.でも期待せず,黙々と,良い環境作りを目指して働くことです.職場はどんどん良くなって仕事が捗り,正のスパイラル状態に向かいます.なにより同僚がニコニコしていると,自分も楽しくなるからね.
太田元規(おおた もとのり)
名古屋大学大学院情報学研究科教授