Seibutsu Butsuri
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Letters from Abroad
Research at MPIB, Munich
Shunshi KOHYAMA
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2025 Volume 65 Issue 2 Pages 118-119

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はじめに

ドイツ,ミュンヘンにあるMax-Planck-Institute of Biochemistry(MPIB)のPetra Schwille groupにてポスドクとして約4年過ごした後,2024年7月から東京大学大学院理学系研究科物理学専攻,川口研究室に助教として着任しました.これまでは博士課程,ポスドクと一貫して,細胞モデル(人工細胞)を用いたタンパク質の持つ高次機能(パターン形成や細胞分裂など)の再構成研究をしてきました.帰国のタイミングと前後して海外だよりの執筆依頼を頂いたので適任でないのではと思いましたが,折角の機会ですのでミュンヘンでの生活を振り返ってみて,何か参考になるようなことが書ければ幸いです.

きっかけ

もともと海外志向が強かった訳ではないのですが,博士課程でいくつかの海外学会(Biophysical Society(BPS)の年会など)に参加した際,もう少し外に目を向けた方がいいのかなと漠然と感じ始めました.とはいえ計画性のないタイプで,博士取得直前になってもポスドク先が決まっておらず,2019年末にベルリンで開催された国際学会に参加にした際に,第一候補だったSchwille groupの訪問とインタビューを経て,受け入れOKをもらいました.

Petraのラボを志望した理由は,実は私の博士論文で彼女らが確立した再構成タンパク質波(Min波)の人工細胞系における再現を目的としていたことから,“本場”で研究してみたい,これまでの研究をさらに飛躍させたいと思ったからです.また,実際にラボの見学をさせてもらい,これ以上ない研究環境(後述)だなと思えたこと,学生やポスドクとも話して自分がフィットしそうだなと思えたことも大きかったです.やはり海外で長期の研究滞在をする場合,可能な限り事前に研究室を訪問し,ボスやラボメンバーと直接話してみて,自分に合いそうかどうか確かめることは非常に大事だと思います.

MPIBの研究環境

MPIBはミュンヘンの中心部から少し離れた(地下鉄で20分ほど)Martinsriedという場所にキャンパスを構えています.MPI for Biological Intelligenceが併設されており,また近隣にはIZBと呼ばれるバイオテックスタートアップが集まる拠点や,Ludwig Maximilian University of Munichのキャンパスもあります.MPIBには約20の大小様々なDepartment/groupがあり,いずれのグループにも非常に充実した研究費・設備投資が行われています.さらにcore facilityと呼ばれるwet/dry関係なく様々な実験やIT関係のサポートを担当する部署があり,一通りの生化学・生物物理的な解析はすぐにできる環境です.また,wet実験系のラボには通常Technical Assistantが在籍しており,いわゆるルーティーンワーク(プラスミド構築,タンパク質精製,細胞の維持など)は基本的にサイエンティスト(学生・ポスドク)側ではやらなくてよいサポート体制が備えられています.

これは,基礎研究に対して大きな投資を行うMPIを象徴する,非常に魅力的な環境でした.最先端の研究機器が揃っていることに加え,ルーティーンワークを可能な限り削減する(アシスタントを雇う,市場で手に入るものは可能な限り買う=自作しない)ことで徹底的に効率化を図っています.あたりまえに聞こえるかもしれませんが,サイエンティストはサイエンスとして一番大事なところ・面白いところ集中すべきで,Petraが「あなた達の時間を無駄にするな,まずはお金を無駄にしなさい」と言っていたことが印象的です.

Schwille groupでの日々

Petraのグループでは,タンパク質や脂質膜の再構成系を用いて,非平衡な生命システムの解析や,より生命に近い人工細胞系の構築を目指しています.ラボの規模としては,比較的人の出入りが多いものの,最近は概ねポスドク5人,博士課程の学生10人,テクニシャン5人程度の規模です.学生の場合,International Max Planck Research Schools(IMPRS)やThe Max Planck School Matter to Life(MPS MtL)といったプログラムを通じて標準的には4年程度で博士号を取得します.学生であっても基本的にはMPIBとの雇用関係にあるため,学生でもミュンヘンで生活していくには十分な給料を得られます(物価は高いですが…).ポスドクの場合は,もちろんフェローシップを取得することは(どちらかといえばキャリア構築的な意味で)推奨されるものの,ラボ(MPIB)に直接雇ってもらうことも多いと思います.私の場合はフェローシップを挟んで前後の期間はMPIBに雇用されていました.ラボごとに事情は様々だと思いますが,フェローシップがなくとも雇ってくれることは多くあると思いますので,ポスドク先で興味があるラボにはダメもとでまずは一度聞いてみるといいと思います.

Petra自身はもともとFluorescence Cross-Correlation Spectroscopy(FCCS)の開発で知られるPhysicistで,Biology寄りの研究は独立後に始めた(どちらかといえば専門外)分野です.MPIBのDirectorとして超多忙であるため,Petraから研究の新しいアイデアや方向性が示されることはあるものの,具体的な道筋を立てる作業は基本的にサイエンティスト側に委ねられています.また,Petraから日々マネジメントをされるということはなく,学生であっても自立して研究を遂行できる能力が求められます(その中で実際に成果を上げていく学生達がすごい!).一方,彼女のチームビルディングの方針として面白いところは,生物や物理だけでなく,化学やエンジニア,インフォマティクスなど様々なバックグラウンドを持った研究者を集めて,それぞれが持っている専門性の“化学反応”を目指しているところです.これはとても刺激的な環境で,自分が全く触れてこなかった分野やアイデアを持つ研究者に囲まれて,学びの多い日々でした.反面,お互いの分野の常識が全く理解されない・話が噛み合わないことも多々あり,相互理解をいかに深めていくかということを常に(楽しみつつも)試行錯誤していました.

Petraは非常に優れたモチベーターであり,常にラボ全員をポジティブに励ましてくれる存在でした.また,研究者としては珍しい(?)タイプかもしれませんが「まずは手を動かして(実験して)何か面白いものを見つけなさい,使い道は後から考えればいい.」とよく言っていたことが印象的です.実際に,ラボの重要な成果の多くが予期せぬセレンディピティ(何が起こるかわからないけど面白そうだからとりあえず試してみた)から生まれており,先述の分野融合+好奇心ドリブンの手数で勝負しているような印象でした.

研究だけしていたら満足か

Schwille group(もちろんMPIBとしても)では,それぞれ多様な人種・国籍・宗教をバックグラウンドに持つ人々が集まっている点も特徴的です.ラボメンバー表には少なくとも10カ国以上の国旗が並んでいて,その中には,難民としてドイツに滞在しながら研究をしている人や,現在進行形で起こっている戦争の当事者国出身者もいます.ラボ内のコミュニケーション一つとっても,皆に共通する“あたりまえ”は存在せず,全く異なる価値観を持つ他者とどう向き合い,理解し合うか,という課題に直面する日々でした.また,最近,ドイツ国内では移民や難民に対する反発が一部で強まっており,“外国人”としてドイツに暮らす当事者性を痛感することも.ありきたりですが,今世界で起きている問題がまさに地続きなんだなと実感するとともに,“すぐそこ”で起こる不合理を目の当たりにして,そもそも頑張って研究していたらそれで満足なんだっけ?と根本から考え直すきっかけになりました.この一点だけをとっても,Petraのところ・MPIB・ドイツに行って本当に良かったと思っています.

最後に,字数の都合上お伝えできず申し訳ないですが,もちろん,観光地としてもミュンヘンはとても良いところ(冬は寒いですが…)なので,機会があればぜひ多くの方に訪れてみてほしいです.

研究室のretreatで毎年訪れるRingberg castleでの集合写真(写真中央が筆者,右端がPetra)

 
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