2025 Volume 65 Issue 3 Pages 150-152
RNA結合タンパク質として細胞内で働くFUSは液液相分離により液滴を形成し,異常凝集を起こし,神経変性疾患を招く.このメカニズムを解明するため,圧力-温度相図や圧力ジャンプ分光法による速度論的解析を行った.著者らは,疾患型変異体であるR495Xについて物性解析を行い,その物理的性質を明らかにした.
タンパク質などの生体高分子は通常,溶媒と均一に混ざり合っているが,周囲の環境変化に伴って分離することがあり,この現象は液液相分離(LLPS)と呼ばれる.LLPSは身近なところでも見られる現象で,水と油が混ざり合わずに油が水面に浮くのもLLPSである.LLPSは細胞内でも観測されており,基質や酵素を高濃度に含んだ液滴を形成することで代謝反応の場を設ける役割や,アミロイド線維など異常凝集への過渡的状態とも考えられている.
細胞核内でRNAプロセシングに関わるfused in sarcoma(FUS)は,LLPSにより液滴を形成するタンパク質の一つである.通常細胞核内に局在しているが,家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者では,アミノ酸配列に異常のあるFUSが,細胞質でアミロイド性/非アミロイド性の異常凝集物体を形成し,神経細胞死を招くことで疾患を誘発することが知られている1).近年の研究から,FUSの異常凝集についてもLLPSを介して生じる例が報告されている.我々は通常の液滴と平衡して存在する異常な液滴が液固相転移,すなわち異常凝集を加速することを示した2)-4).異常液滴は高圧下で分布率が増加するが,熱力学的には生体内でもわずかに存在すると考えられ,LLPSの発生や異常凝集体の形成メカニズムを解明することで,病態解明やそれらの過程をターゲットとしたALSに対する創薬研究に繋がると考えられる.ここでは,FUSのALS疾患型変異体R495Xに関する我々の最近の研究について紹介する.この変異体は核内に局在するために必要な核移行シグナルを欠損しており,細胞質に蓄積しやすいことから発症リスクが高いと考えられている.FUS野生型との物理的性質の比較から,異常凝集のメカニズム解明を目指した.
LLPSによって生じる液滴は,圧力や温度などの物理化学的パラメーターの変化に伴って形成,消失する.過去の研究で,FUSが形成するLLPSは2種類あることを示した2)(図1).一つは常圧下で支配的なlow-pressure LLPS(LP-LLPS),もう一つは2千気圧以上で支配的なhigh-pressure LLPS(HP-LLPS)である.これらが前章で述べた通常液滴と異常液滴に対応する.これらとタンパク質が溶けた均一状態(1相)を含めた3種類の状態では部分モル体積が異なり,LP-LLPS,1相,HP-LLPSの順で小さくなる.圧力は部分モル体積差ΔVに作用し平衡をシフトさせるため,圧力の上昇に伴ってLP-LLPS,1相,HP-LLPSの順で最安定相がシフトしていく.
FUSの状態概念図.LP-LLPS,HP-LLPS,1相状態は平衡して存在している.これらは可逆的に変化するが,HP-LLPSから凝集体への変化は不可逆的である.
圧力と温度を軸として相転移点,つまり液滴が発生する点を示したものを圧力-温度相図と呼ぶ.圧力を横軸,温度を縦軸としたとき,タンパク質と溶媒の2成分系として見なすならば,dTc/dPは式1のように表現できる5).
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いわゆるクラペイロン式である.
LLPSの形成と消失について,速度論的な研究手法は十分に開発されていない.ここで紹介する圧力ジャンプ法は,一瞬で圧力を変化させることで,平衡状態にある系が新しい平衡状態に移行する段階を解析できる手法である.圧力は温度とは違い,瞬時に均一にかつ何度でも系の状態を変化させることができるため,速度論的な解析に適した摂動である.本研究では,LLPSによって生じる液滴を濁度の変化として捉え,結晶学で用いられる数理モデルThe Johnson-Mehl-Avrami-Kolmogorov(JMAK)式を用いることで速度論的解析を行った.液滴形成の過程は,まず液滴の元となる核が形成されてから三次元的に成長するモデルとして考えることができる.この考え方は結晶成長のメカニズムと同様である.JMAK式では,反応率を液滴の時間に伴う体積変化で表す.相Aから相Bに転移する場合を考えるとき,相A,相Bを合わせた総体積Vに対する時刻tにおいて,相Bの体積V(t)の割合X(t)は以下のJMAK式(式2)で表される6),7).
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kは反応速度定数,nはAvrami係数と呼ばれ,核形成と成長の指標となる値である.nはさらに核形成と成長を表すパラメーターを用いて表現されるが,詳細は原著論文を参考にされたい3).
圧力-温度相図,圧力ジャンプ法を用いて,疾患型FUSの一種であるR495XのLLPSについて解析を行った.図2は曇点から求めた圧力-温度相図である.WTとR495Xにおいて,曇点の変化は限定的であり,二つのLLPS状態について両タンパク質で安定性はほぼ等しいことが示された.
FUS野生型とALS疾患型変異体R495Xの相図.文献8のFig. 2cを改変して転載.
圧力ジャンプによる液滴の形成と消失過程における速度論的解析もそれぞれについて行い,結果を比較した.WTとR495Xについて,1相状態とLP-LLPSの圧力ジャンプ実験では,10分間のLLPS状態の滞在時間の範囲では複数回の変化に対しても完全に可逆的な濁度変化が得られた.一方,1相状態とHP-LLPSの圧力ジャンプにおいて,10分間のLLPS状態の滞在時間の範囲ではWTについては完全に可逆的な濁度変化が得られたが3),R495Xについては濁度の変化が繰り返しとともに小さくなり,液滴が消失しにくくなっていることがわかった(図3).これらの結果は,R495XのHP-LLPS状態ではWTのそれに比べ凝集性が高まっていることを示す.JMAK解析によるk,n値からもR495XのLLPSの形成と消失のしにくさがわかり,分子間相互作用がより強固であることが推測された8).
(A)野生型FUSおよび(B)ALS疾患型変異体R495Xの圧力ジャンプ濁度測定の結果.濁度は形成された液滴の量を反映している.圧力ジャンプは野生型では2.0 kbarと3.1 kbar,R495Xでは2.0 kbarと3.5 kbarの間で行っており,ここで形成される液滴はHP-LLPSによるものである.文献8のFig. 6cを改変して転載.
R495Xは細胞核に局在するために必要な移行シグナル配列を欠損している.故に細胞質に停滞,蓄積しLLPSや凝集体を形成しやすい.我々の研究で,R495XのHP-LLPSにおいて,WTのそれに比べ凝集の危険性が高いことが示された.
本稿では圧力を用いたLLPSの速度論的解析とFUSのALS疾患型変異体の特徴について紹介した.HP-LLPSは,非生理的な高圧力下でのみ存在する状態ではないと考えている.HP-LLPSは,LP-LLPSに比べ部分モル体積が小さく不安定な液滴であるが,生理条件でわずかに存在しうる.つまりエネルギー差と分布率の問題である.時間とともに,凝集性の高い危険なHP-LLPSが稀に生じることで凝集が加速すると考えられる.
この研究は立命館大学薬学部生体分子構造学研究室の北沢創一郎助教を始め,多くの共著者の方々に支えられて実施しました.この場を借りて御礼申し上げます.