2025 Volume 65 Issue 3 Pages 168-169
私の所属する機能分子構造解析学講座では,ゲノム安定性,細胞シグナル伝達,免疫などの生命現象や創薬・疾患に関わるタンパク質の作用機構を原子レベルで解明することを目的に研究を進めています.構造生物学的手法を用いたタンパク質の立体構造解析と生化学的,物理化学的手法による機能解析を合わせた研究を行っています.当講座は,2018年に山縣ゆり子名誉教授が定年退職された後,私と池水信二准教授の2人のPIの体制で研究活動を行っています.
私の研究グループでは,①ゲノム安定性維持機構,②細胞シグナル伝達機構,③創薬の基盤研究の3つのテーマに取り組んでいます.
①DNAは,生物の恒常性を担う遺伝情報物質であり,その情報はDNA複製,修復機構によって高度に維持されています.私達のグループは,DNAとその前駆体のヌクレオチド中に生じる酸化損傷グアニン(8-オキソグアニン)を修復・除去する酵素群がどのようにして8-オキソグアニンと通常のグアニンを識別して機能するかの構造学的研究を行っています.また,酵素は結晶状態であっても活性を保持していることに着目して,時分割X線結晶構造解析法を確立しました.DNA複製酵素であるポリメラーゼやヌクレオチド分解酵素の結晶を用いて,いくつもの中間体構造を決定することで反応過程を直接観察し,酵素反応機構を動的に解明しています.②細胞シグナルは,上流から下流までの様々なシグナル分子が離合集散することで伝達されます.最近では,NF-κBの活性化および抑制に関わるシグナル伝達機構の構造学的基盤を解明しました.③DNAやがんに関わるタンパク質はがん治療の標的にもなりえることから,タンパク質-基質複合体の精密な構造情報からより良い阻害剤の創出を目指した研究を進めています.
池水准教授の研究グループでは,①細胞接着分子やサイトカイン/サイトカイン受容体,②免疫応答における遺伝疾患や制御性T細胞,③アフリカ豚熱に関わるワクチンなどの免疫に関わる研究に取り組んでいます.
①T細胞の生存を促進し,自己免疫疾患にも関与するインターロイキン15(IL-15)とその受容体(IL-15Rα)の複合体構造を決定し,特異性と親和性の高いIL-15/IL-15Rα結合機構の構造学的基盤を解明しました.②免疫応答の制御因子であるCTLA-4とリガンドCD80の単体および複合体の構造解析を行いました.さらにCTLA-4の遺伝的変異を同定し,変異と免疫調節異常症候群の関係を解明しています.③アフリカ豚熱(ASF)はASFウイルス(ASFV)を原因とするブタ・イノシシの感染症であり,有効なワクチンや抗ウイルス薬はありません.英国Pirbright研究所・Oxford大学との共同研究で,ASFVから毒性因子を欠損させ,宿主との感染に関わるタンパク質CD2vに変異を導入することにより24種類ある遺伝子型の中,1型および2型のASFVに対するワクチンの開発に成功しています.現在,国際特許を申請すると共に他の遺伝子型ASFVのワクチン開発を進めています.
私達の研究内容に興味がありましたら,是非ホームページもご覧ください.よろしくお願いします.

研究室メンバー(卒業式にて).
崇城大学(旧・熊本工業大学)薬学部は,2005年に設置された学部です.2011年には薬物送達システム研究に特化したDDS研究所も開設され,お互い連携を図ることで,薬学部における教育・研究活動がより一層充実したものとなっています.我々が所属する物理化学研究室は,学部設立当初から設置され,樋口成定教授(2005年~2010年)と宮本秀一助教授(2008年~2021年教授)の2人体制でスタートしました.その後,2006年に河合聡人助手(2014年~2018年助教)(現・藤田医科大学医学部講師),2017年に下野和実教授が,2023年に高橋大輔准教授が加わりました.現在は下野・高橋の教員2名,学部生15名,大学院生1名(国費外国人留学生)が所属しており,以下の研究をそれぞれ進めています.
私は,北海道大学大学院の加茂直樹先生の研究室で2002年に学位取得後,理化学研究所,松山大学薬学部,東邦大学薬学部を経て,崇城大学薬学部に赴任しました.私は,「膜タンパク質の機能動作原理」について研究を進めています.現在は,“等温滴定型熱量計を武器にプロトン共役型多剤認識トランスポーター(EmrEとYdgR)の基質認識機構と基質輸送機構における熱力学的解明”と“計算科学的手法によるトランスポーターの基質認識性の解明”を行っています.最近では,トランスポーターだけでなく,血清アルブミンと薬物の相互作用の熱力学的解析も行っています.これらの研究を通して,標的タンパク質に対する基質結合の熱力学特性と立体構造情報から合理的医薬品設計の効率化を図ることを目指しています.
私は,九州大学農学研究院の山下昭二先生の研究室で2008年に学位を取得後,米国カンザス州立大,千葉大学理学部,九州大学薬学部を経て,2023年に崇城大学に赴任しました.これまで一貫して,タンパク質の構造と相互作用の物理化学的解析を研究の軸とし.現在は主に以下の2つのテーマに取り組んでいます.
①脂質代謝酵素DGKαの構造生物学的研究
DGKαは生体膜に存在するジアシルグリセロールをリン酸化することで細胞内情報伝達の分岐器として機能し,新規抗がん剤の標的としても近年注目されている酵素です.私達は,DGKαの触媒・活性制御の分子メカニズムを詳細に明らかにし,また阻害剤開発のための基盤情報を提供するため,現在クライオ電顕による構造解析に取り組んでいます.
②非天然アミノ酸ペプチドによるPPI阻害剤の開発
細胞内のタンパク質間相互作用(PPI)は,接触領域が広く,従来,阻害することが難しいと考えられてきました.私達はその打開策として,嵩高い非天然のアミノ酸(UAA)を含んだペプチドの利用を図っています(九州大学の矢崎准教授のグループとの共同研究).つまりUAAペプチドを利用することで,細胞膜透過性,構造・代謝安定性,標的親和性も高いペプチドの開発を目指しています.現在,MDM2-p53の相互作用を標的とし,UAAペプチドの構造解析,MDM2との相互作用解析を進めています.
まだスタートしたばかりですが,研究室の学生の新鮮な着眼点や旺盛な探究心を大切にしながら,研究を進めていきたいと思います.どうぞよろしくお願いいたします.

暑さに負けず,研究室メンバーで暑気払い.

2024年10月にはFergusonさん(ガーナからの留学生)もメンバーに加わりました.