Seibutsu Butsuri
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Molecular Basis for the Acquisition of Iron by Pathogenic Bacteria
Akinobu SENOOKouhei TSUMOTOJose M. M. CAAVEIRO
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2025 Volume 65 Issue 4 Pages 206-209

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Abstract

化膿連鎖球菌はヒトへの感染時に,菌の生育に必須な鉄をヘモグロビンから奪取する.本稿では,この機能を司っているタンパク質Shrとヘモグロビンの相互作用様式を構造生物学的に検証した研究について記述する.また,その特徴について黄色ブドウ球菌の鉄取り込みシステムと比較しながら概説する.

1.  病原細菌にとっての鉄取り込み

鉄は,電子伝達や酸素の活性化,過酸化物の還元など多様な細胞機能に用いられる元素であり,あらゆる生物の生存に必須である.病原性細菌にとっても鉄は非常に重要な元素である.それゆえ病原性細菌は,宿主内で生存・増殖するため,鉄を宿主から奪取するタンパク質分子システムを発達させている.鉄は生体環境において,遊離のイオンとしてはほとんど存在していない.ヒトという宿主においては特に,80%ほどの鉄がポルフィリン環にキレートされたヘム鉄として存在する.さらにその半数以上のヘム鉄はヘモグロビンと結合した状態で血中を浮遊している.そのため,病原性細菌はその細菌膜表層にヘモグロビンからヘム鉄を奪取するためのタンパク質を創り込んでいる1)

院内感染菌としても知られる黄色ブドウ球菌が有するIron-regulated surface determinant(Isd)は,最も研究されている病原性細菌のヘム鉄取り込みタンパク質の1つである.筆者らのグループを含む複数のグループによって,細菌膜表層においてヘモグロビンからヘム鉄を奪取するタンパク質の分子メカニズムが明らかになっている2),3).例えば,メトヘモグロビンからのヘム鉄獲得を司るIsdHは,ブドウ球菌のペプチドグリカン層から細胞膜にかけてIsdH,IsdA,IsdC,IsdE,IsdFと計5種にも渡るIsdタンパク質を経由してヘモグロビンからヘム鉄を奪取・細胞質内へと輸送する(図1a).本稿では,黄色ブドウ球菌と並んで化膿性の疾患を引き起こすグラム陽性細菌である,化膿連鎖球菌に焦点をあてる.本邦では「溶連菌」という呼称でも知られ,小児咽頭炎の原因菌としても有名である.咽頭炎のみならず,しばしば致死性の高い劇症型感染症を引き起こすこともある.劇症型感染症の患者数はここ数年顕著に増加しており,「人食いバクテリア」の名前でセンセーショナルに報道される機会も増えている.このような社会的背景からも,化膿連鎖球菌に対する抗菌剤の標的に資するタンパク質の機能解析が望まれている.しかし,タンパク質の機能と構造の解明によっていくつかの抗菌戦略の提案にまで結びついている黄色ブドウ球菌のIsdシステムと比較すると,化膿連鎖球菌が保有するヘム鉄取り込みタンパク質についてはその分子メカニズムが明らかになっていない点も多い.本稿では,化膿連鎖球菌のヘム鉄取り込みタンパク質を構造生物学的観点から解析した成果を紹介しつつ,そのヘム鉄取り込み機構について議論したい.

図1

病原性細菌によるヘモグロビンからのヘム鉄奪取経路.(a)黄色ブドウ球菌はIsdHに始まり細胞膜に至るまで5種のIsdタンパク質を経由してヘム鉄輸送が行われる.(b)化膿連鎖球菌においては多ドメインのShrの他にShp,HtsABCを介したヘム鉄輸送が行われる.

2.  化膿連鎖球菌が保有する鉄取り込みタンパク質Shr

化膿連鎖球菌はStreptococcal hemoprotein receptor(Shr)と呼ばれる膜タンパク質を保有しており,このタンパク質が宿主のヘモグロビンからヘム鉄を取り込む.Shrは1275アミノ酸からなる多ドメインタンパク質である(図1b).この内,N末端側に位置しているHemoglobin-interacting domain 1(HID1)およびHID2がヘモグロビンとの相互作用を司ることが分かっている.その内,ヘモグロビンとのより強い親和性を有することが知られるHID2が主たる相互作用ドメインであると考えられている.その後,ヘモグロビンから抜き取られたヘム鉄はHID2よりC末端側のヘム鉄結合ドメインへと受け渡され,最終的にはShp,HtsABCといった膜近傍のタンパク質を経由して菌体内へと輸送される4)図1b).先述したIsdタンパク質と比較すると,細胞膜表層までヘム鉄を輸送するのに関わるタンパク質の種類こそ少ない(3種)が,多ドメインタンパク質であるShrがヘモグロビンからのヘム鉄奪取・輸送の大部分を担うことでヘム鉄獲得という目的が達成されているものと推察される.

筆者らのグループでは,一連のヘム鉄取り込み機構を解明するにあたり,まずはその全ての過程で最初のステップとなるHID2とヘモグロビンの相互作用様式を明らかにすることから始めた.

筆者らはHID2をコードする遺伝子を大腸菌発現用プラスミドに組み込み,組換えタンパク質を調製した.分子間相互作用解析装置である表面プラズモン共鳴(SPR)法を用い,センサー基盤に固定化したHID2に対するヘモグロビンとの相互作用を測定した(図2a).その結果,解離定数が22 μMの比較的弱い相互作用が検出された(図2b5).これは他グループが同じく分子間相互作用解析装置である等温滴定型カロリメトリー(ITC)を用いて決定した解離定数(16 μM)6)とほとんど一致しており,筆者らの調製している組換えタンパク質および相互作用計測系の妥当性が確認できた.

図2

SPR法を用いたHID2とヘモグロビンの相互作用解析.(a)センサー基盤に固定化したHID2に対し,ヘモグロビンを添加した.(b)ヘモグロビンを0.63 μM~20 μMまで濃度依存的に添加した際の結合レスポンス.

続いて筆者らはHID2とヘモグロビンの相互作用を発端にして如何にヘム鉄が下流のドメインへと輸送されていくかの手がかりを得るため,HID2とヘモグロビンの複合体構造を取得した(図3a).その結果,分解能2.75 Åで構造を決定することができた5).取得された結晶構造の非対称単位には,ヘモグロビンのテトラマー(2つのα鎖と2つのβ鎖)に対して,3分子のHID2が結合している様子が見られた.2つのα鎖の内1つにHID2が,2つのβ鎖の両方にHID2が結合していた.PDB PISAによって相互作用界面の解析を実施すると,界面に存在している水素結合や塩橋といった相互作用のほとんどはヘム鉄のプロピオン酸側鎖とHID2の間で形成されていることが分かった(図3b, c).実際,他グループの解析ではヘム鉄が配位していないヘモグロビンとHID2の相互作用はほとんど消失することが報告されており6),本構造によってその構造基盤が明らかになったと言える.これは,ヘム鉄と結合しているヘモグロビンと優先的に相互作用することによってヘム鉄の取り込み効率を向上させる化膿連鎖球菌の戦略だろうと考察できる.

図3

HID2とヘモグロビンの複合体結晶構造.(a)全体構造.4量体のヘモグロビンに対して3分子のHID2が結合していた.(b)ヘモグロビンα鎖とHID2の間の相互作用.(c)ヘモグロビンβ鎖とHID2との相互作用.いずれもPDB PISAによって特定された塩橋や水素結合を形成する残基および埋没表面積の大きい残基を示している.

3.  変異体解析

PDB PISAによる相互作用界面の解析によって,ヘム鉄のプロピオン酸側鎖との相互作用形成に関わる残基の他にも,相互作用時に大きな埋没表面積を創出する複数の残基が浮かび上がった(図3b, c).これらの6つのアミノ酸残基(Arg196, Tyr197, Gln209, Ile224, Ser225, Met238)をそれぞれアラニンに変異させた変異体HID2を調製し,相互作用界面における局所的な環境変化が相互作用に及ぼす影響を調べた.SPR法による相互作用解析の結果,Q209Aにおいては73倍,I224Aについては360倍,その他の変異体(R196A, Y197A, S225A, M238A)に関しては1000倍以上の親和性の低下が確認された5).このことは,HID2とヘモグロビン間における相互作用が局所的な環境変化に極めて敏感であることを示している.HID2-α鎖およびHID2-β鎖の間の相互作用界面における埋没表面積はそれぞれ1184 Å2,1171 Å2と一般的なタンパク質間相互作用界面の中では極めて小さい部類に入る.このような小さな界面を有する相互作用だからこそ,その界面中の局所環境の変化によって容易に相互作用が損なわれるものと考えられる.このことは,HID2-ヘモグロビンの相互作用は低分子化合物のような小さな接触面積しか有さない医薬品モダリティによっても十分摂動を与えることができることを示唆しており,本相互作用を標的とした低分子化合物ベースの抗菌剤開発に光明が差す.Shrによるヘム鉄の獲得は,病原性発揮にとって必須であることからも7),本相互作用の抗菌剤標的としての可能性は十分高いと期待される.

4.  Isdシステムとの比較

ここまでで概説してきたHID2とヘモグロビンの相互作用様式に関して,実は当初最も懐疑的であったのは筆者らだと言ってよいであろう.無論,構造生物学的手法で明らかとなった相互作用様式を溶液中の相互作用測定系であるSPRとアラニンスキャニングで立証したうえ,他グループからも類似の構造が報告された8)今となっては,この相互作用様式は紛れもなく化膿連鎖球菌の表層で起こっているものを表しているはずだが,この構造の生物学的解釈をめぐっては依然明確な答えが得られていない問いがある.それは,「Shrにおいてどのようにしてヘム鉄はヘモグロビンから抜き取られているのか?」という問いである.この問いは黄色ブドウ球菌のIsdシステムとShrを比較すると理解しやすい.先述したように,Isdシステムもヘモグロビンからのヘム鉄取り込みに寄与するタンパク質である.図1aに示したIsdHというタンパク質は,NEAr-Transporter(NEAT)ドメインと呼ばれるドメインが複数連なった構成となっている.NEATドメインの1つであるNEAT2が,ヘモグロビンのα鎖に結合し,NEAT2からリンカーを介して連結されたNEAT3がヘム鉄を奪取する.この際,NEAT2はヘモグロビンα鎖の,NEAT3が丁度ヘム鉄結合ポケットへ近接するような位置へ結合し,それによって効率よくヘモグロビンからのヘム鉄奪取が進行する(図42).それと比較して,Shrにおいてヘモグロビンに結合する役割を持つドメインであるHID2は,ヘモグロビンのヘム鉄結合ポケットを完全に塞ぐような位置でヘモグロビンに結合している(図4).HID2そのものにはヘム鉄と結合する(=奪取する)能力はないため,Shr中のHID2よりC末端に近いドメインのいずれかがヘム鉄を奪取しているはずだが,ヘモグロビンからそのドメインへのヘム鉄の移動をHID2自身が阻害するかのような相互作用様式となっていた.すなわち,Isdシステムにおいては特定されているヘム鉄の移動経路がShrにおいては未知な状態であると言える.現在,他グループによってヘム鉄はこのHID2と相互作用したヘモグロビンのプロトマーではなく,テトラマー中の他のプロトマーから自発的に放出されるという説が提唱されているが7),それでも遊離したヘム鉄がどのようにShrの他のドメインへ運搬されていくかについては謎が残ったままである.

図4

黄色ブドウ球菌のIsdシステムとShr HID2の比較.IsdH-ヘモグロビンの複合体構造(PDB ID: 4IJ2)とShr-ヘモグロビンの複合体構造(PDB ID: 7CUE)をヘモグロビンα鎖で重ね合わせている.HID2はIsdシステムのLinkerとNEAT3(ヘム鉄結合ドメイン)に跨る位置に結合しているが,NEAT2(ヘモグロビン結合ドメイン)とは異なる位置に結合している.

5.  Shrによるヘム鉄取り込みの全貌解明に向けて

Shrによるヘム鉄取り込みの全貌を明らかにするためには,いくつかの課題が残る.HID2によって補足されたヘモグロビンからどのようにヘム鉄が移動し,どのドメインへと輸送されるのか.膜近傍タンパク質であるShpへとヘム鉄を輸送するのはどのドメインなのか.HID2の下流には,2つのNEATドメイン,リンカー領域,Leucine-rich repeat(LRR)ドメインなど複数の機能未知ドメインが存在する.上記のような残された問いの解明に向けて,各ドメインの役割やドメインが協奏的に織り成すタンパク質機能に着目した研究に取り組む必要がある.

謝辞

このトピックスで紹介した成果は,九州大学大学院薬学研究院蛋白質創薬学分野および東京大学津本研究室において行われた研究によるものです.この場を借りて関係者のみなさまに厚くお礼申し上げます.

文献
Biographies

妹尾暁暢(せのお あきのぶ)

九州大学大学院薬学研究院助教

津本浩平(つもと こうへい)

東京大学大学院工学系研究科教授

CAAVEIRO Jose(カアベイロ ホセ)

九州大学大学院薬学研究院教授

 
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