2025 Volume 65 Issue 4 Pages 232-233
私は生物物理学会の会員ではないのですが,本誌「海外だより」への原稿執筆依頼を受けましたので,筆をとることにしました.本稿が海外留学を考えている研究者の一助になれば幸いです.
私は大阪大学微生物病研究所の木下タロウ先生の指導の下,大学院生として糖鎖の生物学に関する研究をスタートしました.学位取得後は微生物病研究所でポスドク研究員として,生理学研究所および岐阜大学にて特任助教として合計6年間働きました.その過程で,タンパク質ごとの細胞内輸送の違いにより個々のタンパク質に付加される糖鎖構造が決定されうることを見出しました.このことから,糖鎖の多様性が生み出される仕組みの理解にはタンパク質輸送の制御メカニズムを理解する必要があると考えていました.
小胞体からゴルジ体へのタンパク質輸送はSec23,Sec24,Sec13,Sec31の四つのコートタンパク質から構成されるCoat Protein Complex II(COPII)と呼ばれる複合体により担われています.COPIIの形成機構や立体構造等の多くは既に明らかにされており,2013年にはこの分野の先駆者であるRandy Schekman博士らにノーベル生理学・医学賞が授与されています.ですが,タンパク質ごとのCOPII輸送メカニズムや,様々な刺激に応じてCOPII輸送が制御される仕組みなど,未解明な問題がまだまだ山積しています.興味深いことに,COPIIの機能は細胞質に存在する唯一の糖鎖修飾であるO-GlcNAc化によって刺激依存的に制御されうることが,2018年から2021年にかけてデューク大学のMichael Boyce博士(Mike)らのグループから報告されました.タンパク質輸送制御機構を理解したいと考えていた私にとって,細胞内の糖鎖によるCOPII輸送の制御機構は非常に魅力的に感じました.そこですぐにMikeに連絡したところ,ちょうどCOPIIプロジェクトに関するグラントの延長が決定してポスドクを探していた,との返事を受け,Mikeとの一対一での面談,ラボメイト全員との一対一でのトーク,1時間のラボ内セミナーを経て,晴れて受け入れが決まりました.
Boyce研ではCOPIIの構成因子のうち,積荷となるタンパク質の選別を担い,コラーゲンの輸送不全による骨形成不全症の責任遺伝子としても知られるSec24のO-GlcNAc化機能の解明に取り組んでいます.内在性にコラーゲンを発現する軟骨芽細胞株のSec24遺伝子にエピトープタグとO-GlcNAc化修飾サイトへの点変異を導入したノックイン細胞をモデルとし,Sec24のO-GlcNAc化機能をコラーゲンの輸送や相互作用タンパク質の観点から明らかにすることを目指しています.イメージングや生化学的な手法に加え,Mikeが得意とするクリックケミストリーなどのケミカルバイオロジーの手法を取り入れることで,Sec24のO-GlcNAc化に直接結合するタンパク質の同定などオリジナルなCOPII研究を進めています.点変異をホモで有するノックイン細胞を取得するのに1年かかり,渡米4年目にしてようやく論文投稿間近のところまで来ました.さらに現在,ケミカルバイオロジーとプロテオミクスを組み合わせることで,種々の刺激に応じたO-GlcNAc化の変化をプロテオームワイドに追跡する手法の開発にも取り組んでいます.これを用いることで,COPII輸送を制御するO-GlcNAc化タンパク質ネットワークを明らかにしたいと考えています.
デューク大学はアメリカでもレベルの高い大学の一つであり,特に医学研究で有名です.そのため,超解像顕微鏡をはじめ数々の最新鋭の装置が共通機器として使用可能です.これら共通機器を使用する前には専門家によるトレーニングがあり,初めて使用する機器でも安心して使用することができます.また学期間は新進気鋭の若手研究者や著名な研究者によるセミナーが毎週あり,様々な分野の最先端の研究を肌で感じることができるのも魅力です.さらにセミナー後には演者とのランチに参加でき,演者に直接質問したり,自身の研究について話すことができます.実際,私もランチの場でRandy Schekman博士に自身のCOPII研究について話す機会があり,大きなモチベーションになりました(ちなみにRandyとはランチを共にした翌年のゴードン会議で再会し,デュークで会ったことを覚えてもらっていることがわかり,さらに大きなモチベーションとなりました).さらにハッピーアワーやドーナツアワーなどが定期的に催されたり,毎年リトリートに泊まりがけで行ったりとネットワーキングの機会も多く,所属する研究室外にも知り合いを作ることができるのも特徴です.
このようにアメリカでの研究は刺激的で,楽しいことがたくさんあるのですが,トランプ大統領就任後の研究資金の削減の煽りを受け,これらの環境も変わりつつあります.実際に私の所属する部門では,外部からのセミナー演者の数を減らすこと,ハッピーアワーやリトリートの取りやめが決定しています.また新入学大学院生の受け入れを取りやめた大学があるということも聞いています.さらに,新たに大学院生やポスドクを雇用することが難しくなっている研究室もあるようです.状況は大学ごと,部門ごとに異なると思いますので,直近にアメリカ留学をお考えの方は自身で留学資金の目処をつけるか,受け入れ研究室のPIに状況を尋ねるのが良いと思います.
デューク大学はノースカロライナ州のダーラムという街にあります.周辺には他にノースカロライナ大学チャペルヒル校とノースカロライナ州立大学という二つの有力な大学があり,これら三大学を結ぶエリアはリサーチトライアングルパーク(RTP)と呼ばれています.RTPにはこれら大学の他に,ライフサイエンス分野などの様々な企業が集積しており,全米でも屈指の研究地域として知られています.そのためRTPには高学歴の人が比較的多く住んでおり,治安はかなり良いと感じています.また自然も多くとても過ごしやすい場所で,個人的にはとても気に入っています.ただし自然の多さが仇となり,毎年3月から4月にかけて花粉が大量に飛散し,車や道路など全てが黄色一色に染まります.幸い,アメリカの花粉は日本の花粉と違うのか,全くと言っていいほど花粉症の症状は出ていません.とはいえ,重度の花粉症の方は注意をしたほうが良いかもしれません.また,多くの企業がRTPに集まりつつあることから,家賃が大都市ほどではないにしろ高く,毎年更新するたびに値上がりしています.とはいえ,支給される給料で十分に生活できる範囲であり,同僚との飲み会や食事会も楽しんでいます.また最近,RTPの研究機関に所属する日本人研究者の会が結成され,研究発表会や食事会などアクティブに活動しています.
アメリカは主要な国際学会が多く開催されており,海外発表の経験値を積む上で絶好の留学先だと思います.私の場合,アメリカ細胞生物学会やゴードン会議など各地で開催される国際会議の他,部門内でのセミナーやTrafficking clubやSugar clubといった研究分野ごとのセミナーなど,口頭発表の経験を多く積むことができました.さらにゴードン会議では,サテライト会議における一つのセッションで座長を経験することができました.昨今の円安傾向を鑑みると,日本にいたならばこれだけの海外発表の経験を積むことは間違いなくできなかったと思います.
今後,これまでの糖鎖研究とアメリカでのCOPII研究を融合し,オリジナルな研究を展開したいと考えています.アメリカで得た様々な経験を糧に,今後の研究生活をより良いものにしたいです.

大学院生の博士論文審査会のあと,研究室内にてラボメンバーと.右から二番目が筆者,左から二番目がMike.