抄録
隋唐代の浄土教者である道綽の主著、『安楽集』に引用される六十巻『華厳経』をめぐり検討を行った。本稿における筆者の問題意識は、『華厳経』の念仏三昧とそれを引用する『安楽集』における念仏三昧の相違と引用文の改変の二点である。道綽は自身の念仏三昧の根拠として『華厳経』を用いるが、『華厳経』における念仏三昧は特定の仏を対象とせず、止観、禅として説かれるため、阿弥陀仏を対象とし、かつ称名行を含む道綽の念仏三昧とは相容れない。これは第四大門で引用する『文殊般若経』の、一仏を念じる功徳が無量の諸仏を念じる功徳と等しいとする一行三昧の論理をもって整合性をつけたのだと思われる。また第一大門における『華厳経』の引用箇所に関して、引用元の文では菩提心を説くのみに留まるが、道綽はそこに念仏三昧を修するとする文言を加える。それは願往生心と等しい菩提心は、往生のための実践行である念仏三昧と不可分なものであるため、その道綽の菩提心観に立脚しているためだと思われる。