Abstract
剣山の該当地域には,以上述べた通り,60属141種の苔類が産するが,これらの内容を総括的に検討してみると凡そ次の通りである.(1)南方系の要素とりわけ Lejeuneaceae がはなはだ貧弱である(本山で顕著な Lejeuneaceae の種は亜高山性の Nipponolejeunea pilifera だけである).これは,この地域がすべて標高500メ-トルを超えているため,熱帯及至亜熱帯性の諸種が気象条件によって抑制されているからであろう.当地域には,葉上苔が生じないという生態的な事実からもそれが頷かれる.(2)本山が多少とも塩基性の岩石から成るため,Porellaceae が種類数及び個体数に於いて旺盛である.逆に,酸性基物を好む Bazzaniaceae や Scapaniaceae が総じて貧弱である.両者とも上記リストには,かなりの種類が載っているが,それらのうち,大部分の種類は,山頂周辺のチャ-ト上に生じ,山麓から中腹にかけてはきわめて少ない.因みに,西南日本では,ごく普通に産する Bazzania albicans が見出されなかったが,これは強ち筆者の見落としではなく,剣山に本種が生じないと断言できないまでも,少なくとも非常に乏しいと言うことができよう.また Scapania parvitexta や S. spinosa などの普通種も,本山では稀である.尚,Calypogeiaceae も比較的少ない.(3)本山は概して乾燥した環境にあり,湿潤なところに生ずる苔類が乏しい.Junger-manniaceae や "thallose" の苔類がその例である. Phaeocceros laevis, Riccardia sinuata, Pallavicinia longispina などの普通種が見出されなかったが,これらは湿潤な渓流の傍などに今後発見できるであろう.